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薄紅葉

作者: 梅田 絡迷


   ──秋。



「あちきと共に逃げておくんなんし」

 と書いてから、廿日が経った。

 知識を持たぬまま、「花魁」について書くことは困難なため書くことが出来ません。とだけ思っていれば良かったのだが、私は()()をしでかしてしまった。

「この話は、美談じみている」と思ったのだ。

 お終いだ。

 一度、こう思ってしまうと、いけない。永遠に一つの考え、見方から抜け出せなくなってしまうのである。

 だいいち、話の筋がよくない。恋情。それを描くために花魁を絡ませている時点で間違っている。今では、正しい行動をしたと思っている。原稿を丸めて、投げ捨てて、一度拾い上げて、それを開き、読んだ。勿論、破り捨てた。

「おとっつぁん、おっかさん!」

 女衒(ぜげん)、という醜男に私は連れていかれました。(地の文、廓詞に変更。没)


「──怖いかい?」

「ええ、とても、怖くて不安でありんす」

「そうかい。……心配なさんな」

 ──格子で囚われている華美な街を眺望していると、行き交っていく喧騒の中に、一声の人寄せが聞こえんした。

「今朝方、水揚げされたばかりの魚が揃ってますぜ! どうだい、一尾──」

 天国という名の、地獄。罪の無い無垢な少女を囚える、絢爛たる牢。いや、こんな言葉じゃ足りないでありんす。

 此処は、ここは、──「華が咲きたる鉄格子の鳥籠。」(君は、そろそろ書くのを止めた方がいい。全く、冒涜が過ぎるぜ。実際に見たことないだろう? 何も知らない癖に、好き勝手書くんじゃねえ。所詮、荒唐無稽な話にしかならないんだ。没)


「もう、耐えられないでありんす。主さん、どうか、どうかあちきのことを身請けしておくんなんし」

 彼は、顔を歪めて、頭を掻き、

「そうしたいのは、やまやまなんだが、……金がなあ」

「主さん! あちきにとって主さんは、大切な人なんでありんす。あちきの間夫なんでござりんす。主さんと居ると、好かねえことも、武左のことも、現実の苦しみも、全て忘れられるんでありんす。だから、だから──」

 泪であちきの顔は、崩れ去ってしまいんした。

「あちきと共に逃げておくんなんし」


 こうして、初めの文へと戻るのである。

 許して呉れ! ……どうか、お許し下さい。御無礼を、お許し下さい。

 苦境を生き抜いた全ての方に、脱帽をいたします。死してもなお、決して失念いたしませぬ。史実として、聢と受け止めさせていただきます。

 もしも私のことを不躾な者、とお思いになられましたら、どうぞ呪ってくださいませ。それが自分の定めなのだ、と思っております。そうして死ぬのは、少し残り惜しい気がいたしますが、それだけの覚悟を持ち、今まで筆を執ってまいりました。(図に乗っているだけな気もいたしますが)幾度もの冒涜を、業を負って、今、筆を、──落とした。過ぎ来し方が、走馬灯のように脳内を、五臓のうちの一つ(特に、厭わしきもの。全ての人間、いや、一切衆生から雲散霧消すればよろし、諸悪の根源。あれこそが、人の中身、或いは本体と言ってもいいのではないかしら。愛やら恋やら、俗人や今人が好くそれらを図案化すると、先ほど書いた諸悪の根源の図案と類似した図案が出来上がるようである。なんと滑稽な)の中を、駆け巡ったのだ。

 右の手が、烈風に煽られたかのように、振動した。まるで、何かに魅入られてしまったようであった。

 そうして私は、机上に置いてある花瓶に挿された、一輪の鈴蘭を、傷心した人を慰めるように、人差し指でそっとやさしく撫でた。(今迄、人を慰することなど、一度もできはしませんでした)

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