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ハルマチ  作者: ゆっこ
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卒業式前日

第1章



今日もいいことは何も無かった。


少しずつ春の陽気を感じる日が増えてきて

桜も蕾を膨らませている。それでも、福岡の開花はまだ先だと言う。


明日は卒業式。私は明日、何者でも無くなる。気だるげにソファに寝そべり、お腹がすいている訳でもないが、母親が職場で貰ってきたというお菓子を食べる。桜風味のバームクーヘンはほんのり甘くて美味しかった。適当につけたテレビは、卒業式スペシャルと題して学生の門出を祝う番組で溢れかえっている。でも、ただそれだけ。私が高校生というブランドを失うまで残り半日。皮肉なほど満面の笑みでおめでとうと言う担任から卒業証書を受け取った瞬間、私は社会からはみ出た流浪人となる。


どうしてこうなってしまったんだろう。

虚ろな目で右手の薬指に残る跡を見つめた。本当に何もかも失ってしまった。


...


私は、大学受験に失敗した挙句、大好きだった彼氏を失った。東京で大学生のモラトリアムを満喫する彼は、「予定通り大学生になれない春子の面倒は見切れない」とこれまでの時間を名残惜しく振り返ることも無く私を捨てた。 彼の家のある東京から福岡に帰る飛行機の中で読んだ柳田國男のノンフィクションが心を余計荒らした。でも、不思議と涙は出なかった。泣いたら負けだと思ったから。これ以上自分に失望したくない。


一連の流れを夢のごとく思い出して、明日、最後に腕を通す制服にアイロンをかけた。

何もめでたくはない。なんなら行きたくない。 でも、周りはそれを許さない。

時計が12時を回ったのを確認して、ベッドに移動した。少し暑苦しくなってきた羽毛布団にくるまって、寂しい独り身を温めて眠りについた。



けたたましい目覚ましの音に思わず布団を蹴り飛ばし、ぼんやりした目を擦り、急いでアラームをとめた。3月1日。ついにその日がやってきてしまった。ふらつく足取りで洗面所に向かい、ニキビで赤くなった頬を撫でる。鏡の中の自分すら私を絶望させる。やっぱり、朝からしっかり嫌になった。


顔を洗い、前髪をアイロンでカールさせすぎた後、人生で最後の制服を着て食卓についた。いつからか朝から固形物を食べられなくなったから、今日もヨーグルトを食べる。 母親は私を一瞥し、「そこにヨーグルト置いてるから、食べたらもう行きなさいね。」とぶっきらぼうに言った。

妹を起こすので必死のようだ。

用意されたヨーグルトをかきこんで、分厚い参考書もノートも入っていない空っぽのスクールバッグをもって家を出る支度をする。いつかローファーで登校するのが夢だったけど、足が疲れるからって買って貰えなかった。中高とスニーカーだなんて夢もロマンもないな。踵を中途半端に踏んで玄関を出た。


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