青い浪の先にもサムライ 〜魔法使いが海で拾い、異世界を無双する侍に育て上げた、あの武士の子〜 対決! 異世界を無双する刀使いのサムライ VS サムライの国を知っていた剣の魔王
かつて私のことを、誰かが見ていた。
私のいる世界とは違う世界の者だ。
その者に、私は「眼」を向ける。
しばらくの間、私たちは世界と世界を超えて、眼を合わせ続けた。
興味を引かれた私は彼の元に鴉を送ると、その先の世界で面白いものを発見する。
魔剣を極めた、強大な魔王だ。
真の闘争を求めて、強敵を欲している者だった。
呪われた運命を押しつけられて、自身のいる世界と神々を憎んでいる。
彼は、いずれ世界の運命の下に滅び去るだろう。
勿体ないなと、私は考える。できれば、私のギルドに……ともな。
そこで彼の強敵としてまたとない私の仲間を、彼のいる世界に送ることにした。
仲間の名前は、虎丸。
通り名は、青浪の青武士。
とある世界の刀の国からやって来た、いくつもの世界を流浪する武士。
名のある武士の子だ。
剣を極めた魔王が、刀を極めた武士と戦えばどうなるのか、面白そうでもあったのでね。
***
「ぐわあああ!!」
「「勇者!」」
魔王城の謁見の間で、この世界の勇者が打ち倒される。
戦うための体力を失って、その手から聖剣を落としてしまった。
「おのれ……魔剣王!」
勇者が倒れながら悔しさに呻く。
「強すぎる……私たちは六腕をも倒したというのに」
仲間の一人である神殿の巫女ユノアが震えながら口にする。
「……弱い、弱すぎる!
そして、勇者たちを打倒した魔王が怒った。
「この程度か!? 今生の勇者よ!」
その頭には二本の銀の角が生え、銀色の垂髪は乱れていた。
金色の眼、牙の生えた口元、角張った顎は、鬼の形相で恐ろしく歪む。
黒肌の肉体は隅々まで太太しくて、筋骨逞しい。
そして足元には、彼の禍々しい黒き魔剣が突き刺さる。
まさしく絶対王者の風格だ。
その名を、魔剣王。
この世界に君臨すること数百年。その間、世界に現れた聖剣を手にする歴代の勇者たちを、ことごとく返り討ちにしてきた強大なる魔王である。
「まだだ……まだだ、魔剣王!」
「失せろ、勇者よ。聖剣を持ち帰り、せいぜい腕を磨いて出直してこい!」
「貴様の情けなど受けるものか! 世界を滅亡させようとする災厄の悪魔が!」
「愚かな。俺はそんなことに興味はない。俺の力にタカって支配者に祭り上げた魔族どもと、俺を悪役に仕立て上げたい神々や人間の王侯貴族に宗教家どもが、そのように誇大妄想の嘘や戯言を吐き散らして、世界を混乱に陥れているだけだ!!」
「何を、バカな!?」
「この俺からすれば世界を滅びに導くのはどれも同じよ。神々、人間、魔族。皆全てが等しく、愚かで、脆弱で、くだらなすぎる悪党だ……特に、神々は!!」
「だ、黙れ! 女神様を侮辱するな!」
「そういう貴様もな、勇者よ!」
「な、なんだと!?」
「六腕から聞いているぞ。貴様は、女神、仲間、他にも多くの女にうつつを抜かして、勇者としての鍛錬どころか、義務すらもまったく怠っていたというではないか? 魔物に襲われる村を見捨てたりしてな!」
「違う。俺はみんなのことが……」
「そのあげく、女の一人を心変わりさせた仲間の一人に嫉妬し、理不尽な理由で追放したと? 見捨てられた村を救い、六腕の半数も討ち取った頼もしい仲間を!」
あいつ……、また追われたのか……。
「黙れ! あいつのことは何も言うなー!」
「勇者とあろうものが何をしているのか! 神々はこんな奴を選ぶとは! いまだ俺を破れないのも道理よな!!」
「おおっと、お取り込み中のところ失礼」
そこに穏やかな声がかかって、勇者たちと魔剣王は、入り口の方を振り返る。
現れたのは、何とも場違いな異国風の格好の男。武士の装いそのものだ。
黒髪を後ろに束ね、青色の羽織袴。両手に指輪をして、左腰に鞘に収まった二本の刀を佩い、一本の太刀を背負っていた。
「貴様は……?」
「拙者は、虎丸(虎丸)。またの名を青浪の青武士。巫女ユノア殿への恩義により助太刀に参った」
虎丸は、魔剣王に向かって堂々と名乗りを上げる。
勇者一行から追放されたというのに、巫女を放っておけずに駆けつけたようだ。
「虎丸ー!」
虎丸の登場に、巫女ユノアが感激する。
「遅れてすまぬ。ここは拙者に任せて、一時退散なされよ」
虎丸が、巫女と勇者たちに呼びかけた。
「ええ……勇者! 今のうちに!」
「くっ……。サムライ、借りにはしないからな!」
勇者は捨て台詞を残して、脱出呪文で仲間たちと共に魔王城の外に転移して去って行った。
それを魔剣王は止めようともしなかったが、
「……クソッタレな勇者め。聖剣を置いていきやがった」
勇者が手から落とした聖剣が、そこの床に捨て置かれていたことに憤る。
そんな魔剣王に、虎丸は呑気に話しかけた。
「なんの。勇者殿だけが扱える、人々にとっての希望。後で拙者が送り届けよう」
「黙れ!」
魔剣王は、苛立ちを隠そうともしない。
「……アオブシだったか。分身を使っても無駄だぞ!」
「なんと!?」
今まで魔剣王と話していた虎丸は驚いて、ボンッと煙に巻かれて消える。
「いやあ、しくじった。しくじった。まさか、まさか分身が、バレていようとは」
魔剣王が視線を向け直した正面、分身がいたもっと後ろから、本物の虎丸が右手に刀を持った姿で現れた。
虎丸は、まだ会ったことがない魔剣王の力や気質が分からない状況で、確実に巫女たちを助けるために、まずは分身を使って陽動を図ったのだ。
巫女たちを逃した後はどうするか、奥で様子をうかがっていたのである。
「本物の拙者の方は、隠れ身の術で、完璧に姿を隠していたはずでござったが」
「俺の眼は、邪心眼。いかに隠れ、透明になり、幻を見せられようとも見破れる」
「これはこれは恐ろしい。分身や幻術の類は、お主には一切無駄ということか」
「……貴様。あの分身に、カクレミという名といい、その妙な術はなんだ?」
その術の正体まではわからない魔剣王に、虎丸は説明する。
「拙者の忍術でござる。忍法ともいうの」
「……ニンジュツ!? ニンポー!?」
「おうとも。拙者は忍びでもあるからの」
「シノビ!? まさか……思い出したぞ!」
それを聞いて、魔剣王は驚愕した。
「お前、ニンジャ……いやサムライか?」
「いかにも。拙者は侍。武士の端くれでござる」
「この世界に、サムライはいないはずだろ!?」
「ところがどっこい。侍がいる世界から流れてきたのよ」
「……フハハハハハハハハハハハハ! なんてことだ!」
魔剣王は納得し、大いに笑った。
次にわからなくなったのは、虎丸だ。
「魔剣王よ。お主はなぜ侍を知っている?」
「俺の邪心眼は、異世界をも覗ける。その力で、お前がいたサムライの国を見た」
「なんと!」
故国を知る者と出会って虎丸は喜び、魔剣王はもっと笑った。
「お前の国には、素晴らしい刀がたくさんあるではないか?」
「そうでござる。そうでござる!」
「名剣しか求めないこの俺が、欲しくてたまらないものばかりだったぞ!」
「そうとも! 拙者の故国は、刀の国。それだけは、どの世界にも負けぬ!」
「しかもサムライ、ニンジャ、ブケ、ダイミョー、ダイショーグン! 皆が生死をかけて世界の覇権を争い、楽しそうに戦っている。奴ら全員が、最高の戦士だ!」
「そのとおりよ! 拙者、争いは好まぬが、戦は楽しんでしまう性分。誰にも負けない立派な武士になりたいと、常日頃より精進する身よ!」
二人は、たちまちのうちに意気投合したようだ。
「まさか、あの国から来た者に出会えるとは思わなかったぞ……」
「拙者もよ。まさか、お主のような者がいようとは……」
「だからこそ残念だ。いきなり殺し合うことになるとはな」
「全くよ……。先程のとおり、拙者はお主の首を取りに参った」
そんなサムライを前にして、魔剣王は床に突き刺さっていた己の魔剣を抜いた。
「異世界のサムライ。貴様を敵として歓迎しよう。この俺を楽しませてくれよ!」
「もちろんよ。お主との最初で最後のこの一戦、お互い存分に楽しむとしようか」
両者は互いに笑うと、ゆっくりと近づき合い、
「アオブシ、背中の刀を抜け。それがお前の切り札だろう?」
「いいや、この刀で十分よ。切り札を出しておらぬのは、お主もだしの」
「そう言われると、その刀、ますます抜かせてやりたくなったわ!」
「やれるものならやってみよ。そうたやすくはないぞ。魔剣王」
一方は魔剣を、一方は愛刀を構えて、
「では……」
「参る!」
一瞬にして、肉薄した。
「ぬうん!」
「ほっ!」
先に魔剣王が剣を勢いよく叩きつけてきて、虎丸が刀で右に軽く受け流す。
「はあ!」
「ぬんっ」
即座に刀を戻して相手の顔面を斬りつけるが、笑みを浮かべて首を傾けた魔剣王に避けられ、右頬を裂くだけに終わる。
「ぬううううおおおおおおおおお!!」
「ふううううん!」
猛る魔剣王は豪腕剛体を奮って、剣を乱れ撃った。
対して虎丸は刀を前に出して、堂々と迎え撃つ。
次の瞬間から魔剣王の剣が渦巻く嵐の中で、刀が雷のように煌めく。
互いに衣を斬られ、肌が裂かれた。
体格、体重、リーチ、パワー、魔剣王が全て上。
この優位は、長さと重量と魔力で上回る魔剣とて同じこと。
それにも関わらず、虎丸はことごとく受け流した。
また彼の刀は一向に折れ曲がらない。剣を流した後で、魔剣王に打ち返す。
魔剣王の頬、頭、肩、胸、腹、腕のあちこちにできるのは、少し深い傷。
虎丸の頬、肩、腕に負うのは、かすり傷のみ。
そうした攻防と剣戟をしばらく味わってから、両者は大いに笑う。
「やるな、サムライ! この俺の魔剣と打ち合えるとは!」
魔剣王が、剣を振り回しながら話しかけてきた。
「そちらもな! お主の一撃一撃、どれも肝が冷えるぞ!」
虎丸もまた、刀で受けながら言い返す。
「それと貴様のその刀、屈指の名刀だな!」
「お目が高い! そのとおり、天下一の刀工が鍛えし、拙者自慢の愛刀よ!」
「どこの刀だ? 鍛えたのは誰だ!? 俺がもらってやろう!!」
「断る! 欲しがってくれるのは嬉しいが、奪われるわけにはいかぬな!」
「ならば、力づくで奪うまでよ!」
魔剣王が自身の魔剣を頭の後ろに振りかざし、魔力を貯める。
すると魔剣の刃に、赤黒い炎が燃え盛った。
「ほほう、魔法剣でござるか!」
魔剣王の新たな技に、虎丸が目を見開く。
「《魔剣・黒炎殺》! かわせるか!?」
魔剣王によって燃える魔剣が振るわれ、赤と黒の烈火が迸る。
一気に虎丸へと迫り、龍が喰らうが如く飲み込んだ。
跡形もなく焼き払われるかに見えた瞬間、虎丸は刀を斬り上げて円を描く。
「《水遁・浪廻し》!」
刀から水が渦巻いて、魔剣王の黒炎を打ち払った。
「ニンジュツか!?」
魔剣王は喜びに震え、さらに炎を何度も叩きつけてくる。
「おうよ。さっきも言った通り、拙者は忍者でもあるからの!」
そのとおり、刀から起こした水で敵の攻撃を受け流す剣術と忍術の合わせ技だ。
魔剣王の黒炎を水と刀で切り払いながら、虎丸は挑発を繰り返す。
「この刀、奪えるものならば奪ってみよ! だが生憎と、そう簡単にはいかぬぞ、魔剣王!」
「貴様こそ、千の技を用いるこの俺と魔剣を前にして、愛刀どころか我が身を守れると思うなよ! これより先は、剣戟に加えて、術比べだー!!」
魔剣王が飛び退いて、魔剣を床に突き立てた。
「凍え死ね! 《魔剣・氷殺無限地獄》!」
そこから床が凍土と化す程の冷気が広く展開され、虎丸の足元に迫る。
「なんの! 《火遁・炎の刃》!」
虎丸は刀に炎を纏って振り下ろし、紅蓮に燃え盛る炎の刃を射ち放った。
炎の刃は迫り来る冷気を一直線に突き破って、魔剣王まで到達するが、地面からはね上げられた氷の魔剣によって切り払われてしまう。
「《魔剣・紫電一殺》!」
そこから魔剣王が、魔剣に紫色の電撃を帯びながら超高速で突撃してきた。
「《木遁・竹束の陣》!」
対して虎丸は刀を横に払い、足元から竹の束を幾重にも出して壁にする。
竹は避雷、束は防壁。
竹束に行く先を塞がれた魔剣王は、獰猛にほくそ笑んで電撃の刃を叩き込んだ。
数束の竹が一片に薙ぎ払われるも、刃と雷を防ぎ切る。
虎丸は竹束から飛び出し、魔剣王に愛刀を斬り上げた。
迎え撃った魔剣王が、虎丸に魔剣を打ち込む。
同時に刀から水の波が、剣から風の渦が湧き起こる。
「《秘剣・川面返し》!」
「《魔剣・斬惨殺・八裂き嵐》!」
膨大な水の波と、幾千もの風の渦が激突し、両者の術と我が身を吹き飛ばす。
互いの間で水と風が舞い散る中、飛ばされた二人はその先で難なくと着地した。
「フハハハハハハ! 嬉しいぞ。本当に嬉しいぞ、サムライ! この俺とここまで渡り合えたのは……ここまで楽しませてくれたのは、貴様が初めてだ!」
「拙者も楽しいぞ。ここまで技を駆使したのはいつぶりのことか。その名は伊達ではないな、魔剣王……しかし心の底から楽しんでいるかと言われれば嘘になる」
「……なに!?」
それを聞いて、笑顔だった魔剣王が一転して不機嫌になる。
虎丸の方は、少し悲しそうな表情を浮かべたまま話を続けた。
「拙者、相手の心を理解するのは大の苦手だが。剣を交えた者の心はなんとなくわかる……お主の魔剣から伝わってきたのは、虚しさだった」
「この俺が、虚しいだと!?」
「そなた、戦いを楽しんでいるのは確かだが、心の奥底でつまらないとも思っておる……。それで、そう感じ取った拙者も、虚しくなってしまったのよ」
「……貴様!」
魔剣王が、怒りを露わにする。
この表情には、楽しませてくれる相手に無下にされたことだけではない。
自分の心が暴かれたことも含まれている。そのことを、虎丸は悟った。
「お主、やはり虚しいのだな……なぜでござる?」
「黙れ! 黙れ! 黙れー!!」
武士に情けをかけられ、魔剣王は憤怒した。
「俺の心を知りたければ……この俺を殺してみろ! 殺してみせてからにしろ!」
「ふむ。殺してしまえば、わからなくなると思うが……そうするしかなさそうだ」
そう言って、虎丸の方は武者らしく笑う。
「さて」
「ゆくぞおおおー!!!」
魔剣王が叫び、なんと百体に分裂する。
「おおー、分身の術でござるか!」
「「俺たち全てが、この俺と同等の力を持った魔王! されど本物はただ一体よ! どれが本物か、貴様に見抜けるかー!?」」
百体それぞれが一本の魔剣を振りかざし、たった一人の虎丸に襲いかかる。
「「もっとも、これだけの数を相手に、貴様の身が持てばの話だがなー!」」
「なんの。そういうことであれば、こちらも分身の術よ!」
虎丸の方は、十人に分身する。
こちらの武器は刀だけではない。小太刀、銃剣、鉞、大槌、金棒、長巻、薙刀、長槍、鎖鎌と多岐に渡った。
「「十人? たった十人か!?」」
「「これぐらいが拙者の限度。されど一人一人が一味違うぞ!」」
「「ハハハハ、楽しめそうだ!」」
「「さて、分身合戦といこうか!」」
「「応!!」」
戦いが再開されて、両者はまた楽しく笑う。
十人の虎丸が、百体の魔剣王と激突した。
「《魔剣・黒炎斬殺》!」「《紫電必殺》!」「《八裂き嵐》!」
「《水遁・浪廻し》!」「《浪流し》!」「《秘技・浪受け返し》!」
凄まじい剣戟が繰り広げられる。
魔剣王たちは、いくつもの邪技を駆使して攻め立てる。
虎丸たちは、防御重視の戦法で凌いでみせ、時にやり返す。
その中で、刀を持った虎丸一人が集中して狙われる。
「「貴様が本物だろ!? 貴様を討てば俺の勝ちだ!」」
「「……どうかな?」」
「「ごまかしても無駄だ! 俺の邪心眼はだまされん!」」
「「その口、この首を取ってからにしてもらおうか!」」
十人の虎丸たちは、不敵に言う。
されど、戦力差は十倍。百体の魔剣王に圧倒される。
「「このままではジリ貧だな!?」」
「「なんの!」」
虎丸たちが空いた片手で、飛び道具を投げる。
苦無と手裏剣だ。数体の魔剣王に命中し、黒い灰にして消滅させた。
「「クナイとシュリケンか!?」」
「「おうよ。忍ならば披露しなくては!」」
「「はっ! 俺たちを楽しませてくれるのは嬉しいが、貴様らにとっては時間稼ぎにしかならんぞ!」」
確かに飛び道具は牽制にしかならず、戦局は覆らない。
虎丸たちは、じわりじわりと押されていく。
「……名残惜しいが!」
そこで、百体の中央にいた本物の魔剣王が仕掛けた。
「出でよ! 王魔剣!」
魔剣王の右手に、凶々しく歪み、目玉が浮き出た、黒紫の大剣が召喚される。
次に、残り九十九体の魔剣王にも、同じ大剣が具現した。
「「王魔剣! それがお主の切り札か!」」
「「これで決める! 喰らえ、サムライ!」」
その大剣を百体全員が頭上に振りかざし、十人の虎丸を取り囲んだ。
「「《王魔剣・一ノ奥義・獄炎百龍殺!!》」」
魔剣王たちが叩きつけた百本の剣から百頭もの黒炎の龍が召喚される。
十人の虎丸たちはたちまちのうちに百頭の黒龍に喰われていって、黒い炎の中へと消えていく。
その中には、魔剣王が本物と見て取った虎丸も含まれていた。
「サムライ……さらば!」
「……いいや、まだよ!」
その声を聞いた瞬間、魔剣王の左胸の中から刀が貫いた。
「ぐほっ!?」
九十九体の分身が消滅し、魔剣王は驚愕して思い知る。
心臓を貫かれたこと、背後から刀で突き刺されたことを。
しかし、まだそれだけは信じられなかった。
自身の背後に、本物の虎丸がいることに。
「……貴様、どうやって!?」
「分身の術を使ってから、ずっとお主の背後に隠れておったのよ」
魔剣王の背中を刀で突き刺しながら、虎丸は答えた。
「あの十人の分身は、ただの案山子。今までの言動、派手な術も含め、全てはお主をだますための仕掛けよな」
「あれが囮……あの十人の中にいなかっただと……バカな!? 俺は邪心眼で確かに見た。間違いなく九人が偽物で、一人が本物だったはず!?」
「いいや、最後の一人が間違いだ。そして仕掛けの本命よ。あれは、極めて本物に近づけて作った分身。お主の邪心眼でも見抜けず、だまされるほどのな」
「なんと!?」
「忍びの極意は、忍びの術にあらず。忍ぶことそのものよ」
心臓を貫かれた魔剣王は微笑んだ。
「見事……これが忍者か」
「やはり手応えなし……お主の方こそ、なぜまだ生きている?」
「まさか本当に、この俺の心臓を貫くとはな……残念だ」
「……そなた、まさか?」
虎丸は浮かない顔をしたまま、左胸から刀を抜いて魔剣王の正面に回る。
「そうだ。俺は不死だ」
誰もが望むようなその事実を、魔剣王は苦々しい表情を浮かべながら語った。
「俺を殺せる唯一の手段は、そこに転がっている聖剣のみ。聖剣を使えるのは、先程逃げた勇者だけ。それが神々が俺に背負わせた、クソッタレな世界の理よ!」
「お主の意思と関係なくか……」
そう聞かれて、魔剣王はうなずく。
虎丸は彼の心がようやく理解できた。
「なるほど、合点がいった。お主の虚しさは、これが理由か?」
「そうとも。剣に生き、闘争を喜び、強敵を求める者にとって、これがどれほどの苦痛と呪い、そして生き地獄かわかるか!?」
「確かにな……戦は、命をかけるからこそ。死があってこそ、楽しめる……」
「そんな命をかけた戦いを、俺はできないのだぞ! 死ねないのだからな!」
魔剣王は、ただ怒る。
「だからお主は待ち続けた。自分を殺すことができる勇者を。自分に本当の闘争を楽しませてくれる聖剣の遣い手を」
「ただ待つだけではないぞ。剣を鍛え、技を磨き、己を高めながら……いつの日か、勇者と真の闘争を楽しむために……だが、その日はいつまでも来なかった!」
彼の口から嘆きの言葉が続く。
「何人と来た勇者は、くだらん弱者ばかり! 奴らが仲間と呼ぶ連中すらも! 聖剣の刃が、俺に届くことすら一度しかなかった! 神々と人間どもは何を選択している!? 世界を救いたいだろうに! 強くなりすぎた俺が悪いのかああー!?」
「お主はずっと恵まれなかったのだな……真の闘争と真の強敵に」
「ああ、そうだよ。サムライ……」
初めての理解者に、かつてなき強敵に、魔剣王はつい漏らす。
「……貴様の手に、聖剣があればな」
そんな彼に、虎丸は笑いかけた。
「ならば拙者が手に入れてみせよう。この世界の聖剣を」
言われたことが、魔剣王はすぐに理解できない。
「……なに?」
「なあに、何とかなるかもしれぬ。魔剣王よ、今一度問おう。あの聖剣であればお主を殺せる。それがこの世界の理なのだな?」
「……そうだ。一度、斬られた時に確信した。聖剣であれば、俺は死ねる」
「そうか。では試してみるとしよう」
虎丸は右手の愛刀を腰の鞘に収めて、地面に転がる聖剣の方へと近づいた。
「待て、何をする気だ!?」
「拙者は陰陽師でもある。結界術もお手の物よ。妹弟子にはちと劣るがな」
さらに両手に筆と墨、包帯を取り出すと、包帯に筆で印と文字をすらすら描く。
「……結界術?」
「そうよ。この世界に存在する拙者の左手と聖剣という『部分』だけに、『結界』を張って、『理』を上書きすれば……」
結界を描いた包帯を左手に巻き付けてから、また腰の愛刀を抜いて右手に持つ。
そして、左手を地面に伸ばして聖剣を拾い上げると、
「……ほれ。この通り。どうやら上手く行ったようだ」
虎丸は、拾った聖剣の切先を魔剣王に突きつけた。
その瞬間、魔剣王は震え上がり、身が縮む。
これが恐怖、この聖剣であれば自分は殺される!?
そのことを直感しながら、魔剣王はその理由について答えに思い至った。
「バカな……お前が、聖剣の主になっただと!?」
「そんなことを叶えてしまう。これが『魔法』よ」
青武士よ、私から教わった魔法も忘れずに磨いていたようだな。
「もちろんでござる」
私が思うと、虎丸にそう返事をされ、天井にいた鴉を見上げられる。
「アーハッハハハハハハハハハハハハハハハー!」
魔剣王は恐怖に屈さず、狂喜し、高笑いを轟かせた。
初めての生きがい、これから初めて味わえる真の闘争、そしてそれをもたらしてくれた最高の強敵に。
「感謝する。感謝するぞ、青武士!」
「おう。お役に立てて何よりだ」
「この礼は、貴様と戦って、殺すことでしかできなさそうだー!」
「望むところよ。拙者とて、容赦はせぬ。では、やるか。真の闘争を」
魔剣王は王魔剣を振りかざし、虎丸は左手に聖剣、右手に愛刀を構える。
「名づけて、刀剣流。この技で、お相手いたそう」
「行くぞー! サムライ!」
魔剣王が、王魔剣を力一杯に振り回す。周りを吹き飛ばすほどの衝撃が走った。
それほどの斬撃を虎丸は右手の愛刀だけで払い、左手の聖剣を鋭く突く。
相手の脇腹を狙うも、身を捻られたため肌を穿つだけに終わった。
魔剣王の脇腹に傷が生じる。軽いが、血が流れ、痛みが生じた。
そこから湧き出るは、生きているという実感。
「アッハハハー!」
「嬉しいか。よかった! よかった!」
魔剣王が喜んでくれて、虎丸もまた喜ぶ。彼のためになれたことに。
「お返しだ!」
「受けて立とう!」
両者は笑って、何度も刃を交える。全身全霊を以って、相手を斬り裂き、攻められて身を守り、どれだけ傷つけられようとも同じことを繰り返す。
もはや余計な術は不要。武器を手にして、己の心技体を尽くすのみ。
互いの眼中にあるのは、自身と目の前の相手だけ。この世界の頂上決戦という自覚などまるでなく、虎丸と魔剣王は仲の良い友のように心と命をぶつけ合う。
「初めてだ。本当に初めてだ! これほどの高揚感は! 虎丸よ! 異世界のサムライよ! まぎれまなく貴様は、この俺にとって最高にして最強の敵だ!」
「拙者も、これほどの好敵手は久方ぶりよ! だがな魔剣王。拙者に対して、ちとおだて過ぎだ! 世界は広い! 異世界も数多く! 上には上がいる!」
「貴様は……この俺以上の敵と出会ったことがあるというのか!?」
「おうとも。仲間にも、家族にもな。拙者の師は何とも恐ろしい御方よ!」
「本当か!?」
「ああ。お主を楽しませてくれる相手は、まだまだいるぞ!」
「会ってみたいものだな……お前に勝利してから!」
「会わせてやりたいとも……しかし勝負は譲れぬでござる!」
虎丸の愛刀と聖剣が交わって王魔剣と激突し、一瞬だけ鍔迫り合いとなる。
「おおおおおおー!!」
「はあああああー!!」
そこから両者が共に雄叫びを上げ、勝負に出る。
決着の時が近づく。
「ぬうううううー!!」
魔剣王がありったけの力で王魔剣を振り回す。
序盤の時と同じく、魔剣の嵐を引き起こして斬撃を何十発と叩き込む。
彼が勝利するためには、一撃で十分すぎた。
「――――」
その中で、虎丸は無我に至る。
魔剣の狂嵐の中で、美しき波濤の如く舞う。
魔剣の一撃一撃を刀と剣で受け流し、逆に剣と刀を切り返す。
そうしてひたすらに、魔剣王の肉体を斬り刻んだ。
最後の最後でここまで圧倒されて、魔剣王は悟る。
虎丸の剣技と刀技は、自分より遥か上にあると。
「サムライ!!!」
それでも王は退かない。
己の力を振り絞って踏み込み、全身全霊の最後の斬撃を振り下ろす。
対して虎丸は流麗に。まるで天から何かが舞い降りてきたかのような舞いと剣さばきで、右手の刀が頭上より降りた魔剣をきれいに受け流す。
魔剣王が思わず見惚れるほどに。
そして左手の聖剣を真っ直ぐ突いて、今度こそ魔剣王の心臓を貫いた。
「ぐおおおっ……!」
魔剣王が苦悶の声を上げ、両手から王魔剣を地面に落とす。
「……俺の負けか」
「……ああ。拙者の勝ちのようだ」
我に返った虎丸は、左胸に突き刺さった聖剣から手を離し、一歩下がる。
心臓を聖剣に貫かれた魔剣王は、虎丸の前に膝を折った。
「……まったくお前には敵わぬな。サムライ」
「なんの。聖剣がなければ拙者が負けていた」
「ぬかせ。背中の刀といい、お前、まだまだ力を隠し持っているだろう?」
「まあな……だが剣と刀においては本気だった。拙者は死力の限りを尽くしたとも。魔剣王よ、お主は本当に強かったぞ」
「貴様に言われても、嫌味にしか聞こえぬな」
「いやいや、心から思っているとも!」
「……なあに、冗談だ」
虎丸は慌てて、魔剣王は楽しく笑う。
「最期に頼みがある。聖剣ではなく、お前の刀で逝かせてくれ」
「拙者の刀で、首を斬ればよいか?」
「ああ。聖剣に貫かれた今であれば、お前の刀で死ねるはずだ」
「心得た。お主の介錯、拙者が致そう」
虎丸が刀を持って、膝をついた魔剣王の側に立つ。
「最後に言い残すことはあるか?」
「もしある方に会えたら伝えてくれ。あなたと共にありたかったと」
「ある方?」
「異世界を巡り、数々の運命を支配できる御方だ。会えば分かると思う」
「……それは」
「あの日、邪心眼で一度見て以来、ずっと憧れていた」
虎丸には心当たりがあった。だが瀕死の魔剣王は気づかない。
「もう時間がない。早くやってくれ」
「……わかった」
虎丸は刀を構え、
「もし生まれ変わることがあれば……お前と世界を……」
彼の首めがけて、振り下ろした――。
***
「……ここは?」
「失礼。彼に送られて冥土に逝くところ、本当に申し訳ない」
「……まさか」
「けど、余りにも勿体無くてね。まだ赤子だった彼が海に捨てられた時のように」
「あなたは!?」
「全てに失望していた魔剣王よ。生まれ変わって、私や彼と共に、第二の人生を送る気はないか?」
彼は選び、私は望み通りにした……。
***
「あっ」
「おう、目覚めたでござるか?」
魔剣王が起き上がり、虎丸は喜ぶ。
「すまぬの。この人がお前をこのまま死なせてしまうのは勿体無いと言うのでな」
「そういうお前も、心の中では楽しみにしていただろうが」
魔剣王が、虎丸の側に立っていた私のことを見つめる。
彼を聖剣無くとも死ねる体にして転生させるなど、私にとっては造作もない。
「あなたは……」
「やあ、魔剣王。君が私と会うのは、これで三度目かな?」
「紹介しよう。この方は、魔法使い。拙者の師匠でござる」
「これは……何という奇跡か!?」
それを聞いて、魔剣王は私の前に跪いた。
「お願いします! 俺をあなたの配下に!」
「いいとも。言っただろう。私と彼の仲間になってくれ」
私がそう言うと、魔剣王は驚きの顔を上げる。
「……仲間に?」
「そうだ。私と虎丸の仲間に。私の冒険者ギルド『秘密の館』に入ってくれ」
「あ、ありがたき幸せ!」
魔剣王は、頭を深々と下げた。
「よかったの、魔剣王。これで強敵に何度でも挑めるし、異世界を廻れるぞ」
虎丸が祝福の言葉を送る。
「そうか。貴様とも……」
「おうともよ。また戦うこともな!」
と言いながら、また刀を抜いた。
「しかも何度でもだ。魔法使い殿が何度でも生き返らせてくれるからの」
「……そうか、そいつは最高だ!」
魔剣王もまた蘇生したばかりの病み上がりだと言うのに、魔剣を取り出した。
「おい。二人とも。それなりに面倒なんだぞ……」
軽々しく言う虎丸と魔剣王に、私は文句を言う。
「医者が一人の患者を診る、料理人が一人前の料理を作るぐらいはな」
「そこをお願いするでござる!」
「俺からも願う。魔法使い殿!」
虎丸だけでなく、魔剣王まで甘えてきたので、私は仕方なく言ってあげた。
「やれやれ。すぐに終わらせろよ」
「ありがとう、魔法使い殿! それではさっそくやろうか!」
「おうとも!」
二人は、早速始めた。
「魔剣王ー!」
「青武士ー!」
その後、二人の戦いに、私は百回以上もつき合わされた。
結果は、虎丸の全勝。
魔剣王は狂喜しながら、何度も華々しく散っていったよ。
まったく……。
何はともあれ、この世界から魔剣王の脅威は去った。
人間と魔族、双方にとって平和をもたらす結果となる。
元々、そんなに世界を脅かす存在ではなかったからな。
虎丸は人間たちに聖剣を返し、巫女ユノアと人々から深く感謝された。
その後、虎丸は『遠い国からやって来た刀使いの剣士』と呼ばれ、聖剣を己のものとし、刀剣流という技で魔剣王を打ち負かし、ひれ伏させて、自分の国へ連れて行ったという、この世界の伝説として語り継がれる。
刀剣流は、この世界の剣士たちにとって剣術の大きな型となった。
刀と聖剣と、巫女ユノアは、平和な世界の支柱となり、人々から愛されることになる。
巫女ユノアから「また世界の危機になった時には、力を貸してください」「いつでも遊びに来てくださいね」と笑顔で言われ、虎丸は大層喜ぶのだった。
一方、勇者の方は今までの不埒な行いが世間に知られ、信仰を失った神々や威厳が無くなった魔族幹部ともども、落ちぶれていったとか……。
***
「……魔法使い殿。青浪の青武士、あれは本当に何者なのです?」
戦いが終わって、虎丸がそこで眠っている時に、魔剣王は聞いてくる。
「あれは、魔法使い殿が育てただけではない……。元の侍の国に残っていれば、どれほどの人物になったことか……。奴は一体どこの落胤か!?」
「名のある武士の子だよ」
喜んで、私は答えた。
「まだ生まれたばかりだというのに、浜から海に捨てられてな。彼に秘められた有り余る可能性が余りにも勿体なくて、私が異世界に転移させたのだ。師としていろいろと教えてやったよ。養育は、同じようにその国から来た別の者たちに任せた。彼に、三本の刀を与えた者たちだ」
「それで侍の国から……いったいどこで?」
「あれを拾った場所か――由比ヶ浜という」




