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第一話 夢を追うもの


 深夜0時を過ぎたあたり。

 ライブの打ち上げもようやくお開きとなり、酔いに身を任せてのんびり帰路(きろ)に就いたときのこと。


 賑やかな繁華街の一角に、ぽっかりと空いた、通行人が避けて通る空白地帯が目に留まった。

 あそこには何もなかったはずだが、と疑問に思うものの、少し気になり覗いてみる。

 普通は――人が避けて通るだけの"理由"があるため――自重をして関わろうとしないものだが、酔っ払いにそういう自重を求めてはいけない。


 好奇心の赴くままに、チョットだけーうぇっへっへ、と行動した結果、

 "女性の恰好をした幽霊"と遭遇した。



 街灯の明かりがチカチカと瞬く。

 頼りにならない明かりのせいで、肝心の顔立ちがはっきりと見えない。

 分かることはモデルのようなメリハリのあるシルエットと、その服装だけだ。


 フレア調の可愛らしいワンピースと、幅広のコルセットベルトとを合わせた、ちょっとおませな組み合わせ。

 学生のような初々しくも爽やかな装いは、まるで幽霊らしさを感じさせないものの、媚を含まないその清楚な恰好は、夜の街に染まらず、かえって目立っていた。


 さすがにあの外見からでは、幽霊だと気付くのは難しいだろう――俺じゃなきゃ。



 勘違いしてほしくないが、俺にはいわゆる霊感というものが全くない。

 霊能力者でもなく、陰陽師でもなく、ましてや地獄の先生でもない。

 ただのラッパーだ(パワーワード)。


 まだ実際に幽霊とか見たことないけど、俺くらいになると、そういうことも、肌感覚でわかっちゃうんだよね(敏感肌)。


 うむ、それにしても、あれが幽霊か。

 一目見て心を奪われたわ。


 絵にも描けない美しさとは、まさにこのことか。

 あのぽっかりと空いた空間は、通行人達が遠巻きに眺めていたからだろう。

 なるほどな、と一人納得する。


 だが、それにしては周りの様子がおかしい。

 通行人の誰一人として、"あからさま"に彼女――あの幽霊――を見ていない。

 結構、目を引く恰好なのに、"誰の目"にも留まらないのはおかしい。

 むしろ意図的に避けているように見える……一体何故?



 肌を刺す空気が辺りを包む中、

 幽霊がゆっくりした足取りでこちらへ迫っていた。


「はー、まじかー、出ちゃうかー↑」

 近付いてくる幽霊に緊張が隠せない(隠せていない)。

 思わぬ事態に身体が強張る。いや身体が思うように動かせない。

 一体、これは何縛りなんだ?


 ……そろそろ冗談は止そう。

 最近、何かが起きるようなそんな予感を感じていた。

 虫の知らせ、いや第六感がそうりゃあもうビンビンに(感度上昇)。


 今日は特に凄かった。

 今朝は、靴ヒモが切れたり、黒猫が横切ったり、

 夕方には、仕事仲間の悪友達がギャンブルに……いやこれはダメだな。

 ギャンブルって言っちゃうと御上(おかみ)に目を付けられちゃう。

 そうだな、ギャン(省略)に誘われたりと。

 危うくお金が溶けちゃうとこだったわ。

 一時はどうなることかと思ったが。


 やめやめ。オカルトじみたことは言うのはひとまずここまで。

 なんせ夢にまで見た幽霊との邂逅。

 もうこんなチャンスは二度と起こらないだろう。


 だから待ってろよ幽霊ちゃーん。

「へっへっへー、今夜は寝かさないよー↑↑」



 むかーしむかしあるところに、

 当時テレビで放映されていたホラー特集にド(はま)りした挙句、

 "女"幽霊に恋をした少年がいたらしい(自白)。


 女優に一目惚れしたのか?

 それとも"真理の扉"を開けてしまったのか?

 番組の内容はもう思い出せないが、あの姿だけは今でも忘れられない。


 不自然なほどに綺麗な長髪。

 透き通るような青白い肌。

 真っ赤な紅をさした唇。


 心がときめいた。

 いや、正直興奮した(こじ開けた)。

 逢ってみたい。いや遭える。断言できるね。

 だって運命の"赤い糸"が見え気がしたもん(メンヘラ化)。


 そんな乙女チックな可愛げのある少年も今では立派な青年(自称ラッパー)へと成長し。

 この前久しぶりに実家に帰ったときには、両親も目頭を押さえて喜んでくれたほどだ。

 ちなみに仕送りは断られた。



 あれやこれやと、原点とも言える少年時代に思いを馳せていた間にも、

 幽霊は、一歩また一歩とこちらへ近づき。


 とうとうこちらの肩に手がかかる。


 胸の高鳴りが止まらない。

 視線を逸らせないこちら(金縛り中)へ向けて幽霊が顔を上げ、

 そして目が合った。


 綺麗な長髪から覗く目玉は、ギラギラと輝き。

 滴るような真っ赤な唇から漏れる吐息は荒く、生々しい。

 そして口の周りを覆うように、これでもかと主張する顎髭(うん?)


 迫り来る危機感から金縛りを強引に振り解き、

 目線を下へ向ける。


 ワンピースの裾から除く太腿は、

 まるで根を下ろした大樹の如き逞しさ。


 ほう、(おもむ)きのあるおみ足ですな?


「大丈夫、だいじょうぶ」


 目線を上げてみる。

 ベルトのせいで腰のくびれが強調された自己主張の激しい逆三角形の身体と、ワンピースの胸元から弾けんばかりのぶ厚い胸板に目が留まる。

 その体格はボディービルダーを彷彿とさせる仕上がり具合。


 ふ、風流なものですな……。


「……だ、だいじょうぶ、ダイジョウブ」

 まだ、終わっちゃいない。

 俺は諦めの悪い男。


 気力を振り絞り、目を細めて全体像に焦点を合わせた。


 それはそれは野太い男だった(希少価値)。

「ていっ」

 顔面に拳をくれてやり、嘆きながら帰宅した。


 はー損した。期待して損した。

 あんな○○(コンプライアンス)を目にしちゃうなんて、危うく夢が壊れちゃうところだった。

 世が世ならスクランブル案件やぞ、おい。

 まったく、あんなもんに目を合わせたばかりに、こんなことに……。


 おん?

 目を合わせる?……お゛お゛ん?


 なんてこった。

 知りたくもなかった真実に気付いてしまった。

 流石は俺だと褒めてやりたいが、残念ながらそうもいかない。

 なんせ、このたった一つの真実を見抜いたのが、俺だけじゃなかったんだからな。


 ……これ、周りの人も、知っていたんじゃない?

 いやだってー、思い返すとおかしなことやっとるわ。

 目を逸らすわ、避けようとするわ。

 余りにも不自然過ぎたし、こんなことが日常的に起きるはず無い。

 絶対におかしいもん(幼女)。


 これが都会ってやつか。

 あー冷たい。やだやだ都会のそーゆーとこやだ。

 教えてくれて良いじゃん。そんくらい。


 納得いかないけど、納得いかないけどさ。

 けど、俺大人だし。ラッパー(?)だし、割り切るわ。あーあ。

「そりゃ誰も視界に入れたくないわ」



 割り切れなかった。

「はー、もーマジかよ。なんであんなの引いちゃうかな?」

 未練たらたらと言うことなかれ。

 俺は諦めの悪い男。


 今回も別に未練があるわけじゃないが、文句をあえて口に出すことで気持ちに整理を付けているだけだ。これチョー大事。

 ラッパーたるもの、野次に動じない折れない心が必要だが、それ以上に心のケアが重要になってくる。


 巷では職業に貴賤(きせん)無しとは言うけれど、やっぱり色眼鏡で見られることが多い。

 だからこそ自分自身で心のケアが出来るか出来ないかで、一流と二流とに分かれてくる。

 これ経験談ね(フラグ察知)。


 自慢になっちゃうけど、

 超一流のラッパーたる俺なら、当然、できるんすよねー。


「……今回は、たーまたま不幸な事故に遭遇しちゃったけど、普通に考えたら幽霊に遭遇しちゃっただけでも、まーあり得ない確率引いちゃてるから、パチスロで言うとだいたい65536分の1くらいの激レアフラグとして、これを引いた俺はそれはもう凄くついてる、流れは掴んだわ、オーケーオーケー、で、この調子で行くと、すーぐ次の当たりを引いちゃうんすわ、経験則で、今はまだ○○○○(コンプライアンス)みたいな気分だーけーどー、次に幽霊ちゃんに会おうものなら、当然夢が叶っちゃうわけでー、そーすると、そりゃあもう最高にハイな気分に、なるわけですわっ!!」


 ほら、できた(自己暗示)。


 はー、我ながら完璧。

 整理するのにちょっと時間かかっちゃったけど。

 いや切り替えていこう。オッケーオッケー。


 ちなみに現在の時刻は深夜1時。

「まだ1時だしSNS見ーちゃお」

 夜更かしの内には入らないからねこれ。

 なんなら、あと23時間あるし(偏差値2)。


 若者らしく、SNSの最新情報に素早く目を通し、

 ホットな話題をチェケラッチョ(ラッパーの鏡)。


 そんなこんなで次第に眠くなり、床に就く。



 今だから言える。

 夢は叶えてもらうものじゃない。追いかけるものだ。

 だからこそ、終わらねぇ。まだ走り始めたばかりだからな。

 女幽霊に出遭うまで、一度くらいじゃへこたれねぇぜ。


 俺はラッパー。諦めの悪い男。

 愛を求めて彷徨(さまよ)う狩人でもある。

 そんな俺の動向、今後もチェックしてくれよな!


 それはそれとして、

「明日は気分転換にスロットでも打ちにいこっと!」

 夢は追いかけるものだしな。


 いざ参らん。さらば諭吉。

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