覚悟って一言は言葉以上の重みを感じますね
ふぅ~、ようやく描き終わりました。
「どういうことだよ、父さん!」
自宅の扉を走り込むようにして開け、ライトを探す。
「帰ってきたか。どうした血相を変えて」
ライトは上半身裸で、腕立てをしていた。片腕だけ地面につけたまま、俺を見やる。
「どうしたもこうしたもありませんよ!
なんで黙ってたんですか」
「……気づいたか」
眉をピクリと動かし、立ち上がる。
今の問答から、何について言及しているか悟ったのか。
そのいつも通りの冷静沈着さに苛立ちが募る。
「質問に答えて下さい!」
「……分かった。まずは座れ。頭に血が登ったままでは、ロクに話が出来ないぞ」
椅子に掛けてあった上着を身に付けつつ、ライトはそう促した。
「お、俺は落ち着いています」
「俺、な」
「んぐぅ。分かりました」
つい素の一人称になってしまった。冷静さを失った根拠を突き付けられ、喉が詰まった。
がく、と力を抜くと、ライトと対面するように椅子に座る。
「さて、どこまで説明するか。そうだな、何故俺が黙っていたかだったか?」
「そうです」
「逆に問おう。俺がしゃべっていたところで何が出来た」
もし3歳ごろの俺にこの場所が危険だと教えていたらどうなっていたか。
想像を巡らせ、けれど仮定は見つけ出すことが出来ない。
「そ、それは──特訓を真面目に」
苦し紛れの言葉に、ライトは鋭い眼光を向ける。
「違うな、お前は腐る。心構えも出来ていない。覚悟もない。自身で生ききることすらしようとしていない。俺はそういうやつが腐っていくのを間近で見てきた」
きっぱりとそう言い放つ。確かにそうかもしれない。
なぜそう思うんだ?
表向きには平和、と謳っていた日本にいた影響か。
あるいは、唯々諾々と人に従うことしか出来なかった意思の弱さのせいか。
地獄から解放されて良い気になっていた記憶故か。
その全てだろう。
俺は弱い。なにも身体的なことを言っているわけではない。精神的なことだ。
けれど、それを認めるのはシャクだった。
自分の意思が弱いのは知っている。覚悟が無いのだって自分が一番分かっている。
それを笑って認めて、強くなるために教えをこうのが最適解だ。
──────だけど。
「ろ、六歳児に何を求めているんですか!」
「俺も酷なことを言っていると思っている。だが事実、お前は呆れるほど狼狽している。ひどい顔だ。水面に行って自分の顔を見てこい」
ライトが心配したように俺の顔を覗きこむ。
その瞳に悪意はない。
それが一層「俺を信用してないから黙っていた」のだと思わされた。
「……つまり父さんは、俺を信用していないからしゃべらなかったんですね」
自分が何を言っているのか分からない。いや、意味は分かる。
けど、自分の気持ちが自制を通り越したのが、なぜだか分からなかった。
形状しがたい激情が荒れ狂う。
分からない。分からない。自分がここまで怒っているのが理解できない。
いてもたってもいられない。
俺は椅子を蹴飛ばし、感情のままに家を走り出した。
「おい、ルーアルンデ!
まだ話は終わってないぞ!」
ライトの慌てた声だけが俺の背中を追った。
もうすっかり夜のとばりが落ちている。
まるでこの世に誰もいないのだ、と錯覚させるほど静寂に満ちた空間。
薄暗い空が、俺の心情を表しているようだ。
「───何をしているんだ、俺は」
一人で勝手に怒り、一人で勝手に飛び出して。バカみたいだ。
先程の一連のやり取りを思い出す。
どこかにこの感情のヒントがありそうで。
しかし、この胸を支配するのは後悔と自己嫌悪だけだ。
あてもなく歩き、夜風に当たる。
気が付くと、妖精シルと出会った井戸がある広場についていた。
「そう言えばあいつ。どうしてんだろ」
「こんな時間に、あなたこそ何をしてるの」
「うぉ!ビックリした」
後ろから平坦な声が聞こえ、肩を震わせた。
シルの方を見ると、若干ジト目で俺を見返していた。
「失礼。謝罪を求める」
「あ……ああ。すまない」
この遠慮しない言動が、今はありがたい。
変に腫れ物扱いされるより、自然体でいてくれた方が楽な時があるのだ。
「それで、何かあった。何度がゲロをぶち撒けたような顔をしてるけど」
「お、女の子がそんな下品なこと言っているんじゃない」
真顔でゲロなんて単語を出されても、シュールすぎて困惑する。
「おかしな人ね」
「お前に言われたくない!」
「それで」
シルは一歩、俺に歩み出す。
無機質な瞳が俺を射抜く。
ありとあらゆることを見透かされているようで、居心地が悪い。
「……話さないとダメか?」
「お願い事を一つ、消費」
「そんなんに使っていいのかよ」
「本命は最後の一つに叶える。後は保険」
あのとっさな場面で、そこまで考えることができるとは。
非難したいが、約束は約束だ。
ふと、ある疑問が脳裏によぎった。
「────なんで俺を必要としてくれている?」
こんな救いようのないやつに。なぜそこまで気にかけてくれるのだろうか。
願い事があるといい俺を助け、その願い事を消費してまで話を聞いてくれるんだ?
俺にだけしか出来ないことなんて、ないはずなのに。
「理由はある。あなたは必要とされている。それだけ」
ただそれだけ。なおざりに返答した一言。
なんでだろう。
──────こんなにも報われたような気持ちになるのは。
「お前には、叶わないな」
本当に叶わない。今ならどんなことでも叶えることが出来る気がする。
少し心の負担が軽減した。
俺は意を決し、一連のやり取りをひとつも隠すことなく、赤裸々に話した。
主観も多少は混じったが、だいたいあっているだろう。
シルが顎に手をやり、考える素振りを見せる。
この精霊なら何か理解できるかもしれない。
期待が入り交じり、シルを見つめる。
「なるほど。────分からない」
そりゃそうだ。俺の気持ちなど、自分自身しか分からないだろう。
その自分ですら理解できていないのだから、他人が分かるはずもない。
「ルーアルンデが何に悩んでいるのか」
……なにに、悩んでいる?
そんなものは簡単だ。
「そりゃあ、この場所がめちゃくちゃ危険だからだよ」
「それだけ」
「は?」
「それだけのこと」
何てことないように言ってくれる。
この世界の住民の感覚なら些事かもしれないが、日本の感覚なら発狂ものだ。
「いやいやちょっと待ってくれよ」
「なにに。じゃああなたに被害があった」
平坦すぎて分かりにくいが、たぶん語尾にクエスチョンマークがついている。
問いかけられているんだ。
「事実を知って、それで平穏が乱された」
「それはないけど。……けど、そこの危険性があれば」
「滅茶苦茶、きりがない。もしかしたらの話なんてしてたら、何でも言える……だった」
確かにシルの言う通り、可能性の話をしてたらいくら時間があっても足りない。
もしかしたら、惑星事態が消失するかもしれない。もしかしたら隕石が……etc。
けど。可能性は可能性でも、高いか低いかで大きく重要度は変動してくる。
「聞いてたのか。どこから盗み聞いていた」
「ここで」
ここで?
いつも井戸の周辺にいるような気がするが。
何か事情があるのだろうか。……して盗聴系の魔法とな。是非あとで教えてほしい……じゃなく。
「質問。あなたが魔物の群れを見た時どう思った」
「そりゃ困惑したよ」
─────困惑して、衝撃を受けて 。
あれ?それだけだ。この行き場のない激情など発生してなかった。
どういうことだろう?
「教えてくれ、何で俺は苦しんだ?」
「それは自分にしか分からない」
無責任なことだ。違うか。責任感があるから下手なことは言えないんだ。
自分のことは自分で考えるとしよう。
ここが終わりの大陸だと知った時は、衝撃と困惑しかなかった。
そしてライトの元に行き話し合った。
そこからだ。そこから激しい憤りを感じた。
ライトが俺を邪険にした?
否。ライトは落ち着いた物腰で紳士に語りかけていた。
『違うな、お前は腐る。心構えも出来ていない。覚悟もない。自身で生ききることすらしようとしていない。俺はそう言うやつが腐っていくのを間近で見てきた』
一言一句思い出す。そうだ、この言葉に反応したんだ。
けど、確かなことを言っていると、納得したはずだ。
頭をぐるぐる高速で回す。
「……分からん」
「そう」
シルはそう端的に相づちを打つと、俺に近づく。
背丈は俺より少し高い。だいたい150センチぐらいか?
「よしよし」
真顔で、平坦な声で、不器用に俺の頭を撫でる。
頭皮ごしに暖かさが伝わる。胸がジンと震え、視界が水滴であやふやになった。
「これは助言。父親ときちんと話し合った方がいい」
「そ、そうだな」
俺は涙を流したのだ。いつぶりだろう。涙が枯れ果てたのは、もう随分前の話だ。
男の涙なんて誰得だ。袖で目元を拭く。
「その、ありがとうな」
「お礼を言われる筋合いはない。───自分のためだから」
……自分の、ため?
何かがカチリと嵌まっていく音が聞こえる。けどまだピースが足りない。
ライトともう一度話し会わなければ。
◇◇◇
1時間。シルのもとで考えていた。彼女は文句一つ言わず、俺に付き合ってくれた。
もう視界が物体を捉えるのが難しいほど、本格的に暗くなった。
ライトは何をしているだろうか。話をしている最中に家から飛び出し、夜まで外にいたんだ。……怒って、いるよな。
自宅のドアを目前にし、深呼吸。
腹を決め、ドアに手をかけた所で、声が聞こえた。
「珍しいわね、あなたがここまでお酒を飲むなんて」
スロームの声だ。彼女が「あなた」なんていう人物はライト以外いない。
ライトが酒を飲むなんて、俺は初めて聞いた。
気になって、ドアを音を立てないように少し開け、覗きこむ。
不審者だ。この姿を目撃されたら、警察に直行するのは免れないだろう。
もっとも、ここは異世界だから警察なんて殊勝なものはない。
せいぜい牢に閉じ込められて監禁されるだけだ。
あれ?それって、ぶた小屋と変わらないのでは……。
日本と異世界の変わらぬ点を発見し、愕然とした。
「飲むさ飲むさ、俺は父親失格だ。あいつを……ルーアルンデを慰めてやれなかった。あまつさえ俺が突き放すような言動をしてしまった。俺が言葉足らずなばかりに」
……………………え?
彼が……ライトが酒なんて飲んで酔っぱらっているのは、俺のせいなのか。
ライトは俺のことを思ってくれているのだろうか?
「お酒を飲むと、饒舌になるのも変わらないんだから」
「変わる……か。俺はあの時から全く変わってないな」
「そんなことないわよ。あなたも変わりつつある。きっとそうよ」
スロームがライトの肩に手を置く。
「そうか?」
「そうよ。だって、そう考えた方が幸せじゃない」
「───ああ、お前の良いところは変わらないな。……愛している」
見ているこっちが恥ずかしくなるほど、ど直球で愛の言葉をささやき、机に伏せる。
「ふふ、寝ちゃった。私も愛しているわ。さて、ルー?いるんでしょ」
バレてたか。盗み聞きしていたから気まずい。
「ば、バレていましたか」
「常時発動する魔力感知があるからねぇ。きっとライトも酔っぱらってなかったら気づいていたんじゃない?」
パッシブの索敵系の魔法ね。もう驚かないぞ。
スロームは事を聞きかじっているのか、意味ありげに頬に手を当て微笑む。
「そうですか。───そ、その」
「いいんだよ、無理に言わなくても」
優しく慈愛に満ちた配慮。俺が無理をしている事を見抜いてくれたのだ。
なんでここまでしてくれるのか。答えが聞きたい。
今までずっとはぐらかしてきたが、今がハッキリさせる時だと思った。
「…………質問してもいいですか」
「なに?」
一言、たった一言でこれ程の勇気が必要なんて。
「───僕は愛されているでしょうか」
「愛しているわ。私もライトも」
間髪をいれず、迷う素振りも見せず肯定した。
自分は愛されていたのだ。その事実だけで救われた気がする。
もう全てがどうでもよくなった。
内にあるわだかまりも。荒れ狂う憤怒も。どうしてこうなったという疑問も。
泡のように溶け、洗い流された気分だ。
シルに感謝しなきゃだな。あいつがいなければ、ここまで踏み込んだ質問は出来なかった。
「ありがとうございます」
今度は涙を堪えることができた。シルの時は不意打ちだったから、仕方がない。
「我が子のお悩み相談開幕……かと思ったら、もう必要ないみたいね?」
「どうでしょう?まだ、もやもやしている部分はあります」
結局分かったのは、俺は本当に両親から愛されているということだけだ。
それだけで良いような気がするが、一歩踏み出すためならこの気持ちを解明しときたい。
「いいのよ迷って。それほど本気で生きているってことだから。私もライトも色々と迷ったわ」
本気で生きる……か。
「意外ですね。僕の両親は鋼のメンタルをしていたと思っていたのですが」
「鍍金よそんなの。けど、そう見えるんだったら、私達の選択は間違いじゃなかったのかもね」
遠い過去を思い出すように目を細めるスローム。
一体どのような選択をし両親は出会い、どのような選択で俺を産んだんだろう。
「……」
「ルーはどうするの?」
「父さんは……今日は無理そうですね。明日伺います」
それだけを言い、二階の自室へと向かう。
ベットに飛び込む。毛布に包まきながら、考えた。
◇◇◇
チュンチュチュン。
朝の陽気と、小鳥のさえずりが目覚まし時計となる。
普段はあまり朝が強い方とは言えないが、今日だけはバッチリ目が覚めた。
「いい天気だ。よし!」
一晩中考えた。これから何をすればいいか。
ライトとどういう話をすればいいか。
結果はライトと剣の模擬戦をするといった、脳筋じみた考えに行き着いた。
朝ごはんを食べるために一階へと降りる。
スロームはもう既に起きており、朝の準備をしている。
「おはようルー」
「おはようございます」
「あら?あらら」
手を止め、うんうんとうなずく。
「どうしたんですか?」
「ふふ、雰囲気が変わったわね。……昔のライトみたい」
それは……純粋に嬉しいな。
話題のライトはこの空間にはいないようだ。
「その父さんはどこに?」
「庭で待っている、だってさ。本当に似た者同士ね。制約の指輪。外しなさい」
それはありがたい。本気でぶつかれって言うことか。
しかし、俺と同じ結論をライトがしたのか。
いや違うか。ライトは元々そういう思考だ。俺が彼に染まったのだ。
誇らしい。
「ありがとう母さん」
────答えを見つけに行こう。
「来たか」
いつもの庭で、ライトは静かに佇んでいた。どこかの英雄もかくやだ。
「……父さん」
「木剣を取れ」
端的にそう告げる。俺は隅に安置された木剣を取り出し、ライトと対峙する。
握りなれた愛剣だ。手に馴染む。
互いに言葉は少ない。言葉を交わす意味もない。
いつだって剣戟が俺とライトのコミュニケーションだった。
他から見たらさぞ歪だろう。けどそれがどうした。
これが俺とライトの会話だ。文句いうやつは混ぜてやるぞ。この鬼畜の特訓に。
「ルーアルンデ、本気を出してこい」
本気。俺はいつも本気でライトと特訓をしている。でなきゃついていけない。
ライトが言っているのはそういうことではないんだろう。
相手を倒す。その気概があるのか。指輪を外し、返答する。
「はい」
決意を胸に、剣を構える。
訪れる静寂。先に動いたのはライトだった。
手がぶれるほど俊敏な動き。通常ならそれで仕舞いだ。
「くっ」
事前に風魔法で空気を操るっていたため、ライトの動きにいち早く気づき、地面に突起を作りそれを盾とした。
鈍い音が響くが、ライトは一瞬でほころびを見付ける。力の入れ方を変え、真っ二つにした。
その頃には俺は体勢を整えている。
十分な距離を取るのは魔術師なら必須条件だ。
風で膨張させた火の玉をライトに打つ。打つ。
何十連発もし、弾幕を張る。
「はぁ!」
ライトは火の玉を切り裂きつつ、烈火のごとく走る。
やばい!
慌てて水分を取り出し、炎で炙る。それを地面へと叩きつけた。
水蒸気で目隠し。されどライトの一閃で雲散霧消する。
ライトはルーアルンデを探す。が、誰もいない。気配は感じるが視界はなにも映していない。
足元から不自然なへこみができた。飛び去りその場から離脱する。
先程までライトがいた場所からルーアルンデが飛び出してきた。
地面に潜っていたのだ。
この一撃さえかわされたか。不意をついた完全な一撃を回避されため息一つ。
闇魔法でドーピングした、身体能力アップの魔法を使ってまで、倒せないとは。
異常な筋肉の行使に、そろそろ体がついていけなくなっている。
身体強化系の魔法は万能ではない。強化はされるが、無理やり筋肉を膨張させる。
言うならば界○拳みたいなものだ。
そろそろ決着をつけないと、俺は一歩も動けなくなる。
風魔法と闇魔法を発動させ、ライトに押し付ける。
ライトは剣を振るい、吹き飛ばす寸前で。
───遅い!
地面そのものに干渉する、土魔法は発動スピードが早い。
アースブレイク。
心の中でそう呟き、ライト周辺の地表そのものを破壊する。
終わった。
そう思ったとき、空気が揺れた。
「闘神流奥義───裂き」
空気が膨張し、気圧の変化で耳鳴りがする。ライトは刹那で距離を詰め、一閃。
俺は痛みを感じることすらできず、視界が暗転した。
全力を出した俺は善戦したが、ライトの闘神流の一撃に倒れた。
「いつつっ」
「まだまだだな……と言いたい所だが、強くなったな」
無様に地に伏せた俺の隣をライトはあぐらをかく。
「こう無様にやられたら素直に喜べませんよ」
「だが、俺に闘神流を使わせた。この年にしては十分すぎる」
「ありがとう、ございます。父さんの闘神流はどこで教わったんですか?」
「そうだな……剣の聖地、とでも言っておこうか。そこでは様々な流派の達人が、切磋琢磨している」
こんなに会話をしたのは初めてだ。
ライトとは、剣術に関することは話していた。けど、それも特訓中にわずかだ。
踏み込んだ話しはしてこなかった。
俺がライトを怖がっていたのもあるだろうし、ライトが口下手だったのもあるだろう。
「と、父さんってどれくらい流派を習得したんですか?」
「全てで三つだ」
「ぼ、僕にも教えてくれないかなぁー、なんて」
「それは出来ない。お前の最大の強みは、型にはまらない攻撃と、多彩な魔術だからな。もし教えるとしても闇剣流だ。が、俺は習得してない」
闇剣流といえば、邪道扱いされている流派だった気がする。ライトとは反りが会わなかったのだろう。
「そうですか」
「……すまん」
ライトは短く、俺に謝罪する。
謝られることなんてないと思うが。
「僕をボコボコにしたことですか?
それなら仕方ないでしょう」
何について謝っているのかまるで検討がつかない。
「違う。昨日お前は言ったな。なぜここが終わりの大陸だと教えなかったのか」
「それは昨日聞きましたよ」
俺がみっともなく取り乱した言葉だ。あれについて謝っているのならお門違いだ。
言い方はどうであれ事実だし、俺自身認めている。
この模擬戦で、答えを見つけた気がするのだ。水を指すのは止めてもらいたい。
「本当はもう一つ理由がある。お前は常日頃から言っていたな、スローライフを目指しているのだと。物心付いたときから」
「は、はい」
「だからだ。この村を選んだのは俺達だ。それがお前の負担になるのは恐ろしかった。
だからお前が十分に強くなるまで黙っておくことにした。お前には覚悟がないと言ったが、俺の方が覚悟がなかった。すまなかった」
…………そう、だったのか。俺のために常に気を使い、俺のためにあれほど酒を飲んでいたのか。
きっとこれまでも、見えないだけで苦悩してたんだろう。
「やっぱり、父さんは優しいな」
「優しい?」
「ううん、父さんにも迷いがあるんだなぁって嬉しいんだ」
「人間は根本的に悩む生き物だ。常に変化していくからな」
…………変化していく生き物、そうだ。
俺はきっと焦っていたのだ。
日本で奴隷をやっていた頃から、何一つ変わっていないのだと不安だった。
それをライトに叩きつけられ、今の自分が全否定された気がした。
違った。ライトはライトで迷いがあり、あんな言い方をした。俺を否定しているつもりはなかったのだ。
逆に俺を思うがあまり、強い口調で叱咤した。
「僕も生きようと思います。この世界で迷いながら、歯を食いしばりながらでも。
でも僕、スローライフは絶対に諦めませんから」
「ああ。ああ。それでこそ俺の息子だ」
誇らしそうにライトは口元にシワを作る。
「父さん。僕を愛していますか?」
「愚問だ。当然だろう」
通過儀礼みたいなものだ。もうこの両親の愛を疑ってなどいない。
「お父さん」
「今度はなんだ?」
「僕を産んでくれてありがとう」
この両親の元に産まれて良かった。あの女神のやったことに不満はあるものの、それだけは本当に良かった。
「それは母さんに言ってやれ」
「違いないです」
唐突に笑いが込み上げてきた。ライトも俺に触発されたように笑い声を上げる。
─────ああ。清々しい!
こうして俺とライトは朝食の時間になるまで笑いあったのだった。
余談。庭の地面が滅茶苦茶になったため、俺とライトで後片付けをした。そこでもまた笑った。