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異世界転生伝説~異世界転生でスローライフを希望したら、そこは魔物が溢れる土地でした~  作者: オオモリノサトウ
幼少期編~スローライフと準備期間~
8/14

覚悟って一言は言葉以上の重みを感じますね

ふぅ~、ようやく描き終わりました。

 

「どういうことだよ、父さん!」


 自宅の扉を走り込むようにして開け、ライトを探す。


「帰ってきたか。どうした血相を変えて」


 ライトは上半身裸で、腕立てをしていた。片腕だけ地面につけたまま、俺を見やる。


「どうしたもこうしたもありませんよ!

 なんで黙ってたんですか」


「……気づいたか」


 眉をピクリと動かし、立ち上がる。

 今の問答から、何について言及しているか悟ったのか。

 そのいつも通りの冷静沈着さに苛立ちが募る。

 

「質問に答えて下さい!」


「……分かった。まずは座れ。頭に血が登ったままでは、ロクに話が出来ないぞ」


 椅子に掛けてあった上着を身に付けつつ、ライトはそう促した。


「お、俺は落ち着いています」


「俺、な」


「んぐぅ。分かりました」


 つい素の一人称になってしまった。冷静さを失った根拠を突き付けられ、喉が詰まった。

 がく、と力を抜くと、ライトと対面するように椅子に座る。


「さて、どこまで説明するか。そうだな、何故俺が黙っていたかだったか?」


「そうです」


「逆に問おう。俺がしゃべっていたところで何が出来た」


 もし3歳ごろの俺にこの場所が危険だと教えていたらどうなっていたか。

 想像を巡らせ、けれど仮定は見つけ出すことが出来ない。


「そ、それは──特訓を真面目に」


 苦し紛れの言葉に、ライトは鋭い眼光を向ける。


「違うな、お前は腐る。心構えも出来ていない。覚悟もない。自身で生ききることすらしようとしていない。俺はそういうやつが腐っていくのを間近で見てきた」


 きっぱりとそう言い放つ。確かにそうかもしれない。

 なぜそう思うんだ?

 表向きには平和、と謳っていた日本にいた影響か。

 あるいは、唯々諾々と人に従うことしか出来なかった意思の弱さのせいか。

 地獄から解放されて良い気になっていた記憶故か。

 その全てだろう。

 俺は弱い。なにも身体的なことを言っているわけではない。精神的なことだ。

 けれど、それを認めるのはシャクだった。

 自分の意思が弱いのは知っている。覚悟が無いのだって自分が一番分かっている。

 それを笑って認めて、強くなるために教えをこうのが最適解だ。

 ──────だけど。


「ろ、六歳児に何を求めているんですか!」


「俺も酷なことを言っていると思っている。だが事実、お前は呆れるほど狼狽している。ひどい顔だ。水面に行って自分の顔を見てこい」


 ライトが心配したように俺の顔を覗きこむ。

 その瞳に悪意はない。

 それが一層「俺を信用してないから黙っていた」のだと思わされた。


「……つまり父さんは、俺を信用していないからしゃべらなかったんですね」


 自分が何を言っているのか分からない。いや、意味は分かる。

 けど、自分の気持ちが自制を通り越したのが、なぜだか分からなかった。

 形状しがたい激情が荒れ狂う。

 分からない。分からない。自分がここまで怒っているのが理解できない。

 いてもたってもいられない。

 俺は椅子を蹴飛ばし、感情のままに家を走り出した。


「おい、ルーアルンデ!

 まだ話は終わってないぞ!」


 ライトの慌てた声だけが俺の背中を追った。





 もうすっかり夜のとばりが落ちている。

 まるでこの世に誰もいないのだ、と錯覚させるほど静寂に満ちた空間。

 薄暗い空が、俺の心情を表しているようだ。


「───何をしているんだ、俺は」


 一人で勝手に怒り、一人で勝手に飛び出して。バカみたいだ。

 先程の一連のやり取りを思い出す。

 どこかにこの感情のヒントがありそうで。

 しかし、この胸を支配するのは後悔と自己嫌悪だけだ。

 あてもなく歩き、夜風に当たる。

 気が付くと、妖精シルと出会った井戸がある広場についていた。


「そう言えばあいつ。どうしてんだろ」


「こんな時間に、あなたこそ何をしてるの」


「うぉ!ビックリした」


 後ろから平坦な声が聞こえ、肩を震わせた。

 シルの方を見ると、若干ジト目で俺を見返していた。


「失礼。謝罪を求める」


「あ……ああ。すまない」


 この遠慮しない言動が、今はありがたい。

 変に腫れ物扱いされるより、自然体でいてくれた方が楽な時があるのだ。


「それで、何かあった。何度がゲロをぶち撒けたような顔をしてるけど」


「お、女の子がそんな下品なこと言っているんじゃない」


 真顔でゲロなんて単語を出されても、シュールすぎて困惑する。


「おかしな人ね」


「お前に言われたくない!」


「それで」


 シルは一歩、俺に歩み出す。

 無機質な瞳が俺を射抜く。

 ありとあらゆることを見透かされているようで、居心地が悪い。


「……話さないとダメか?」


「お願い事を一つ、消費」


「そんなんに使っていいのかよ」


「本命は最後の一つに叶える。後は保険」


 あのとっさな場面で、そこまで考えることができるとは。

 非難したいが、約束は約束だ。

 ふと、ある疑問が脳裏によぎった。


「────なんで俺を必要としてくれている?」


 こんな救いようのないやつに。なぜそこまで気にかけてくれるのだろうか。

 願い事があるといい俺を助け、その願い事を消費してまで話を聞いてくれるんだ?

 俺にだけしか出来ないことなんて、ないはずなのに。


「理由はある。あなたは必要とされている。それだけ」


 ただそれだけ。なおざりに返答した一言。

 なんでだろう。

 ──────こんなにも報われたような気持ちになるのは。


「お前には、叶わないな」


 本当に叶わない。今ならどんなことでも叶えることが出来る気がする。

 少し心の負担が軽減した。

 俺は意を決し、一連のやり取りをひとつも隠すことなく、赤裸々に話した。

 主観も多少は混じったが、だいたいあっているだろう。

 シルが顎に手をやり、考える素振りを見せる。

 この精霊なら何か理解できるかもしれない。

 期待が入り交じり、シルを見つめる。


「なるほど。────分からない」


 そりゃそうだ。俺の気持ちなど、自分自身しか分からないだろう。

 その自分ですら理解できていないのだから、他人が分かるはずもない。


「ルーアルンデが何に悩んでいるのか」


 ……なにに、悩んでいる?

 そんなものは簡単だ。


「そりゃあ、この場所がめちゃくちゃ危険だからだよ」


「それだけ」


「は?」


「それだけのこと」


 何てことないように言ってくれる。

 この世界の住民の感覚なら些事かもしれないが、日本の感覚なら発狂ものだ。


「いやいやちょっと待ってくれよ」


「なにに。じゃああなたに被害があった」


 平坦すぎて分かりにくいが、たぶん語尾にクエスチョンマークがついている。

 問いかけられているんだ。


「事実を知って、それで平穏が乱された」


「それはないけど。……けど、そこの危険性があれば」


「滅茶苦茶、きりがない。もしかしたらの話なんてしてたら、何でも言える……だった」


 確かにシルの言う通り、可能性の話をしてたらいくら時間があっても足りない。

 もしかしたら、惑星事態が消失するかもしれない。もしかしたら隕石が……etc。

 けど。可能性は可能性でも、高いか低いかで大きく重要度は変動してくる。


「聞いてたのか。どこから盗み聞いていた」


「ここで」


 ここで?

 いつも井戸の周辺にいるような気がするが。

 何か事情があるのだろうか。……して盗聴系の魔法とな。是非あとで教えてほしい……じゃなく。


「質問。あなたが魔物の群れを見た時どう思った」

「そりゃ困惑したよ」


 ─────困惑して、衝撃を受けて 。

 あれ?それだけだ。この行き場のない激情など発生してなかった。

 どういうことだろう?


「教えてくれ、何で俺は苦しんだ?」


「それは自分にしか分からない」


 無責任なことだ。違うか。責任感があるから下手なことは言えないんだ。

 自分のことは自分で考えるとしよう。

 ここが終わりの大陸だと知った時は、衝撃と困惑しかなかった。

 そしてライトの元に行き話し合った。

 そこからだ。そこから激しい憤りを感じた。

 ライトが俺を邪険にした?

 否。ライトは落ち着いた物腰で紳士に語りかけていた。


『違うな、お前は腐る。心構えも出来ていない。覚悟もない。自身で生ききることすらしようとしていない。俺はそう言うやつが腐っていくのを間近で見てきた』


 一言一句思い出す。そうだ、この言葉に反応したんだ。

 けど、確かなことを言っていると、納得したはずだ。

 頭をぐるぐる高速で回す。


「……分からん」


「そう」


 シルはそう端的に相づちを打つと、俺に近づく。

 背丈は俺より少し高い。だいたい150センチぐらいか?


「よしよし」


 真顔で、平坦な声で、不器用に俺の頭を撫でる。

 頭皮ごしに暖かさが伝わる。胸がジンと震え、視界が水滴であやふやになった。


「これは助言。父親ときちんと話し合った方がいい」


「そ、そうだな」


 俺は涙を流したのだ。いつぶりだろう。涙が枯れ果てたのは、もう随分前の話だ。

 男の涙なんて誰得だ。袖で目元を拭く。


「その、ありがとうな」


「お礼を言われる筋合いはない。───自分のためだから」


 ……自分の、ため?

 何かがカチリと嵌まっていく音が聞こえる。けどまだピースが足りない。

 ライトともう一度話し会わなければ。



 ◇◇◇



 1時間。シルのもとで考えていた。彼女は文句一つ言わず、俺に付き合ってくれた。

 もう視界が物体を捉えるのが難しいほど、本格的に暗くなった。

 ライトは何をしているだろうか。話をしている最中に家から飛び出し、夜まで外にいたんだ。……怒って、いるよな。

 自宅のドアを目前にし、深呼吸。

 腹を決め、ドアに手をかけた所で、声が聞こえた。


「珍しいわね、あなたがここまでお酒を飲むなんて」


 スロームの声だ。彼女が「あなた」なんていう人物はライト以外いない。

 ライトが酒を飲むなんて、俺は初めて聞いた。

 気になって、ドアを音を立てないように少し開け、覗きこむ。


 不審者だ。この姿を目撃されたら、警察に直行するのは免れないだろう。

 もっとも、ここは異世界だから警察なんて殊勝なものはない。

 せいぜい牢に閉じ込められて監禁されるだけだ。

 あれ?それって、ぶた小屋と変わらないのでは……。

 日本と異世界の変わらぬ点を発見し、愕然とした。


「飲むさ飲むさ、俺は父親失格だ。あいつを……ルーアルンデを慰めてやれなかった。あまつさえ俺が突き放すような言動をしてしまった。俺が言葉足らずなばかりに」


 ……………………え?

 彼が……ライトが酒なんて飲んで酔っぱらっているのは、俺のせいなのか。

 ライトは俺のことを思ってくれているのだろうか?


「お酒を飲むと、饒舌になるのも変わらないんだから」


「変わる……か。俺はあの時から全く変わってないな」


「そんなことないわよ。あなたも変わりつつある。きっとそうよ」


 スロームがライトの肩に手を置く。


「そうか?」


「そうよ。だって、そう考えた方が幸せじゃない」


「───ああ、お前の良いところは変わらないな。……愛している」


 見ているこっちが恥ずかしくなるほど、ど直球で愛の言葉をささやき、机に伏せる。


「ふふ、寝ちゃった。私も愛しているわ。さて、ルー?いるんでしょ」


 バレてたか。盗み聞きしていたから気まずい。


「ば、バレていましたか」


「常時発動する魔力感知があるからねぇ。きっとライトも酔っぱらってなかったら気づいていたんじゃない?」


 パッシブの索敵系の魔法ね。もう驚かないぞ。

 スロームは事を聞きかじっているのか、意味ありげに頬に手を当て微笑む。


「そうですか。───そ、その」


「いいんだよ、無理に言わなくても」


 優しく慈愛に満ちた配慮。俺が無理をしている事を見抜いてくれたのだ。

 なんでここまでしてくれるのか。答えが聞きたい。

 今までずっとはぐらかしてきたが、今がハッキリさせる時だと思った。


「…………質問してもいいですか」


「なに?」


 一言、たった一言でこれ程の勇気が必要なんて。


「───僕は愛されているでしょうか」


「愛しているわ。私もライトも」


 間髪をいれず、迷う素振りも見せず肯定した。

 自分は愛されていたのだ。その事実だけで救われた気がする。


 もう全てがどうでもよくなった。

 内にあるわだかまりも。荒れ狂う憤怒も。どうしてこうなったという疑問も。

 泡のように溶け、洗い流された気分だ。

 シルに感謝しなきゃだな。あいつがいなければ、ここまで踏み込んだ質問は出来なかった。


「ありがとうございます」


 今度は涙を堪えることができた。シルの時は不意打ちだったから、仕方がない。


「我が子のお悩み相談開幕……かと思ったら、もう必要ないみたいね?」


「どうでしょう?まだ、もやもやしている部分はあります」


 結局分かったのは、俺は本当に両親から愛されているということだけだ。

 それだけで良いような気がするが、一歩踏み出すためならこの気持ちを解明しときたい。


「いいのよ迷って。それほど本気で生きているってことだから。私もライトも色々と迷ったわ」


 本気で生きる……か。


「意外ですね。僕の両親は鋼のメンタルをしていたと思っていたのですが」


「鍍金よそんなの。けど、そう見えるんだったら、私達の選択は間違いじゃなかったのかもね」


 遠い過去を思い出すように目を細めるスローム。

 一体どのような選択をし両親は出会い、どのような選択で俺を産んだんだろう。


「……」


「ルーはどうするの?」


「父さんは……今日は無理そうですね。明日伺います」


 それだけを言い、二階の自室へと向かう。

 ベットに飛び込む。毛布に包まきながら、考えた。



 ◇◇◇



 チュンチュチュン。

 朝の陽気と、小鳥のさえずりが目覚まし時計となる。

 普段はあまり朝が強い方とは言えないが、今日だけはバッチリ目が覚めた。


「いい天気だ。よし!」


 一晩中考えた。これから何をすればいいか。

 ライトとどういう話をすればいいか。

 結果はライトと剣の模擬戦をするといった、脳筋じみた考えに行き着いた。

 朝ごはんを食べるために一階へと降りる。

 スロームはもう既に起きており、朝の準備をしている。


「おはようルー」


「おはようございます」


「あら?あらら」


 手を止め、うんうんとうなずく。


「どうしたんですか?」


「ふふ、雰囲気が変わったわね。……昔のライトみたい」


 それは……純粋に嬉しいな。

 話題のライトはこの空間にはいないようだ。


「その父さんはどこに?」


「庭で待っている、だってさ。本当に似た者同士ね。制約の指輪。外しなさい」


 それはありがたい。本気でぶつかれって言うことか。

 しかし、俺と同じ結論をライトがしたのか。

 いや違うか。ライトは元々そういう思考だ。俺が彼に染まったのだ。

 誇らしい。


「ありがとう母さん」


 ────答えを見つけに行こう。






「来たか」


 いつもの庭で、ライトは静かに佇んでいた。どこかの英雄もかくやだ。


「……父さん」


「木剣を取れ」


 端的にそう告げる。俺は隅に安置された木剣を取り出し、ライトと対峙する。

 握りなれた愛剣だ。手に馴染む。

 互いに言葉は少ない。言葉を交わす意味もない。

 いつだって剣戟が俺とライトのコミュニケーションだった。

 他から見たらさぞ歪だろう。けどそれがどうした。

 これが俺とライトの会話だ。文句いうやつは混ぜてやるぞ。この鬼畜の特訓に。


「ルーアルンデ、本気を出してこい」


 本気。俺はいつも本気でライトと特訓をしている。でなきゃついていけない。

 ライトが言っているのはそういうことではないんだろう。

 相手を倒す。その気概があるのか。指輪を外し、返答する。


「はい」


 決意を胸に、剣を構える。





 訪れる静寂。先に動いたのはライトだった。

 手がぶれるほど俊敏な動き。通常ならそれで仕舞いだ。


「くっ」


 事前に風魔法で空気を操るっていたため、ライトの動きにいち早く気づき、地面に突起を作りそれを盾とした。

 鈍い音が響くが、ライトは一瞬でほころびを見付ける。力の入れ方を変え、真っ二つにした。

 その頃には俺は体勢を整えている。

 十分な距離を取るのは魔術師なら必須条件だ。

 風で膨張させた火の玉をライトに打つ。打つ。

 何十連発もし、弾幕を張る。


「はぁ!」


 ライトは火の玉を切り裂きつつ、烈火のごとく走る。


 やばい!

 慌てて水分を取り出し、炎で炙る。それを地面へと叩きつけた。

 水蒸気で目隠し。されどライトの一閃で雲散霧消する。




 ライトはルーアルンデを探す。が、誰もいない。気配は感じるが視界はなにも映していない。

 足元から不自然なへこみができた。飛び去りその場から離脱する。

 先程までライトがいた場所からルーアルンデが飛び出してきた。

 地面に潜っていたのだ。




 この一撃さえかわされたか。不意をついた完全な一撃を回避されため息一つ。

 闇魔法でドーピングした、身体能力アップの魔法を使ってまで、倒せないとは。

 異常な筋肉の行使に、そろそろ体がついていけなくなっている。

 身体強化系の魔法は万能ではない。強化はされるが、無理やり筋肉を膨張させる。

 言うならば界○拳みたいなものだ。

 そろそろ決着をつけないと、俺は一歩も動けなくなる。

 風魔法と闇魔法を発動させ、ライトに押し付ける。

 ライトは剣を振るい、吹き飛ばす寸前で。

 ───遅い!


 地面そのものに干渉する、土魔法は発動スピードが早い。

 アースブレイク。

 心の中でそう呟き、ライト周辺の地表そのものを破壊する。

 終わった。

 そう思ったとき、空気が揺れた。


「闘神流奥義───裂き」


 空気が膨張し、気圧の変化で耳鳴りがする。ライトは刹那で距離を詰め、一閃。

 俺は痛みを感じることすらできず、視界が暗転した。






 全力を出した俺は善戦したが、ライトの闘神流の一撃に倒れた。


「いつつっ」


「まだまだだな……と言いたい所だが、強くなったな」


 無様に地に伏せた俺の隣をライトはあぐらをかく。


「こう無様にやられたら素直に喜べませんよ」


「だが、俺に闘神流を使わせた。この年にしては十分すぎる」


「ありがとう、ございます。父さんの闘神流はどこで教わったんですか?」


「そうだな……剣の聖地、とでも言っておこうか。そこでは様々な流派の達人が、切磋琢磨している」


 こんなに会話をしたのは初めてだ。

 ライトとは、剣術に関することは話していた。けど、それも特訓中にわずかだ。

 踏み込んだ話しはしてこなかった。

 俺がライトを怖がっていたのもあるだろうし、ライトが口下手だったのもあるだろう。


「と、父さんってどれくらい流派を習得したんですか?」


「全てで三つだ」


「ぼ、僕にも教えてくれないかなぁー、なんて」


「それは出来ない。お前の最大の強みは、型にはまらない攻撃と、多彩な魔術だからな。もし教えるとしても闇剣流だ。が、俺は習得してない」


 闇剣流といえば、邪道扱いされている流派だった気がする。ライトとは反りが会わなかったのだろう。


「そうですか」


「……すまん」


 ライトは短く、俺に謝罪する。

 謝られることなんてないと思うが。


「僕をボコボコにしたことですか?

 それなら仕方ないでしょう」


 何について謝っているのかまるで検討がつかない。


「違う。昨日お前は言ったな。なぜここが終わりの大陸だと教えなかったのか」


「それは昨日聞きましたよ」


 俺がみっともなく取り乱した言葉だ。あれについて謝っているのならお門違いだ。

 言い方はどうであれ事実だし、俺自身認めている。

 この模擬戦で、答えを見つけた気がするのだ。水を指すのは止めてもらいたい。


「本当はもう一つ理由がある。お前は常日頃から言っていたな、スローライフを目指しているのだと。物心付いたときから」


「は、はい」


「だからだ。この村を選んだのは俺達だ。それがお前の負担になるのは恐ろしかった。

 だからお前が十分に強くなるまで黙っておくことにした。お前には覚悟がないと言ったが、俺の方が覚悟がなかった。すまなかった」


 …………そう、だったのか。俺のために常に気を使い、俺のためにあれほど酒を飲んでいたのか。

 きっとこれまでも、見えないだけで苦悩してたんだろう。


「やっぱり、父さんは優しいな」


「優しい?」


「ううん、父さんにも迷いがあるんだなぁって嬉しいんだ」


「人間は根本的に悩む生き物だ。常に変化していくからな」


 …………変化していく生き物、そうだ。

 俺はきっと焦っていたのだ。

 日本で奴隷をやっていた頃から、何一つ変わっていないのだと不安だった。

 それをライトに叩きつけられ、今の自分が全否定された気がした。

 違った。ライトはライトで迷いがあり、あんな言い方をした。俺を否定しているつもりはなかったのだ。

 逆に俺を思うがあまり、強い口調で叱咤した。


「僕も生きようと思います。この世界で迷いながら、歯を食いしばりながらでも。

 でも僕、スローライフは絶対に諦めませんから」


「ああ。ああ。それでこそ俺の息子だ」


 誇らしそうにライトは口元にシワを作る。


「父さん。僕を愛していますか?」


「愚問だ。当然だろう」


 通過儀礼みたいなものだ。もうこの両親の愛を疑ってなどいない。


「お父さん」


「今度はなんだ?」


「僕を産んでくれてありがとう」


 この両親の元に産まれて良かった。あの女神のやったことに不満はあるものの、それだけは本当に良かった。


「それは母さんに言ってやれ」


「違いないです」


 唐突に笑いが込み上げてきた。ライトも俺に触発されたように笑い声を上げる。

 ─────ああ。清々しい!

 こうして俺とライトは朝食の時間になるまで笑いあったのだった。

 


 余談。庭の地面が滅茶苦茶になったため、俺とライトで後片付けをした。そこでもまた笑った。

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