幼馴染みっていいものですね
スロームのおかげで気絶した後、
俺にすべての出来事を村長に報告するように、とお達しがあった。両親に言われただけなのだが。
六歳児を一人で村長の家に使わすなよ、とは思ったものの、
基本的には両親は放任主義だし、自分の責任は自分で取れってことか、と勝手に解釈した。
それに、信頼されているのだと思えば悪くない。
道すがら、制約によってどういう影響が出たのか実験してみることにする。
俺が一番得意としている、炎系の魔法を使ってみることにしよう。
右手に意識を傾け、魔力を躍動させる。そのままイメージを持って奇跡を起こす。───それが通常であれば。
イメージはしっかりと持てている。
問題は魔力が、強大な何かに押さえ付けられていることにある。いくら魔力を練ろうとしても、形にならない。
これは思った以上に酷いな。
試しに、詠唱込みで魔法を発動させてみる。
「全てを燃やせ、ファイア」
詠唱に決まった文言はない。イメージを確立させるためのツールに過ぎないからだ。それは詠唱の短縮や、無詠唱でも魔法を発動できることから、明らかだ。
けれど、詠唱あるなしでは、難度が大きく変化する。
無詠唱とは違い完全なるイメージを持って、魔力を動かそうとする。
無理矢理引っ張り、少量の魔力から、なんとか吹けば飛びそうな、淡い灯火を出現させた。
「ふぅー。自業自得ってのは分かってるけど、どうにもキツいな」
詠唱した上、無理矢理魔力を練ってもこの程度。ここ数年の努力が無になったようだ。
あーあ、やるせない。
とんでもない喪失感を胸に、村長の家へとぼとぼ歩く。
行動範囲が狭い俺だが、この村も狭い。村長の家なんて大それたものは、嫌でも耳に入る。
「ま、魔族はわたしが成敗してやる!」
威勢の良いソプラノの高い声が、俺の耳朶に響く。
何事かと、声の発信源を視界に入れる。
夕陽のようなキレイなオレンジ色の少女が、ファイティングポーズをしている。
対するのは、ラベンダーのような鮮やかな紫の髪を流してキョトンとしている少女だ。
────魔族。
人間と血を血で洗う闘争を繰り返す。そんなイメージだ。
けど確かこの世界では、人間と魔族は和平している筈だ。
スロームから一度、私は魔族に助けられたのよ、と自慢された。
もしかするとあれだろうか。ちょっと人種や自分とは少し違う存在を迫害したいっていう、人間特有のあれだろうか。
「うわぁ、いじめ。こういうのどかな村でもあるんだな」
顔をしかめ、不快感を露にする。
誰か止める大人は────いないようだな。
いたらこうなる前に止めていることだろう。
だとすれば、止めるのはルーアルンデしかいないということになる。
嫌だなぁ。面倒だなぁ。
しかしあれだ。いじめってのは、積極的と消極的の二つが存在しているらしい。
要するに、実際に接触をするか、それを見ているだけかの違いだ。
知らぬ存ぜぬを貫いてもいいが、自分が加害者になるのはよろしくない。
うんうん。
だからこれからすることは、決して相手のためなんかじゃなくて、自分が気持ち悪い思いをしたくないだけだ。
自己満足だ。
「君、いじめは止めなさい!」
息を吸い込み、制止の声を上げる。これが同年代の男複数だったら、小鹿のように足が震えたことだろう。
けど、ここにいるのは十何歳も年が離れている、ただの少女だ。俺に敗北はないのだよ。
「いじめなんかじゃない!わたしは魔物からこの村を守るために」
あの紫の少女は魔物ではない。魔物とは知能のない生物のことを指す。
それを紫の少女に言ったのだ。これ以上の侮辱があるだろうか?
「言い訳は結構。こうやって無抵抗の相手いじめて、恥ずかしいとは思わないのか?」
「だってこいつは魔族だから」
はっ!出たよ。あいつはあんなんだから、いじめても良い。本当に人間の本質ってのはどこに行っても変わらない。
「だからなんだ?ちょっと種族が違うからって迫害するのか?親の顔が見てみたいな」
「そんなに魔族を庇うってことは、あんたも敵なの」
「ああ、お前の敵だ」
いじめなんぞする奴の味方なんてしてやるかよ。敵と認定されて清々しいほどだ。
「うおおおお」
猪突猛進。30メートルは離れた距離をオレンジの少女は走り、詰める。
そのまま右手を思いっきり後ろに引き、バネのようにストレートが放たれた。
「甘い」
こざかしさの何一つない、愚直な鈍い一撃。
俺はライトに一撃すら入れることが出来ていないが、3年間もの訓練を積んできた。
あくびが出るほど静止した攻撃を躱し、オレンジの少女の腕を掴む。生み出された軌道をそのまま利用するように投げた。
ライト直伝の投げ技だ。これに炎魔法を放って上げれば、もれなく、転がる焼おにぎりが完成する。
「え、え?」
何が起こったか分からない、とばかりに目をパチパチさせる仰向けになったオレンジの少女。
さて、力を振るい返り討ちにあったんだ。それ相応の報いは受けてもらう。
「目には目を歯には歯を。俺の国の言葉なんだが、良い言葉だよな。やられたらやり返すってことだ」
「村の敵を仕留めれなかった。殺せば良いじゃない」
殺すって、発想が極端すぎないか。それにそのニュアンスだと勘違いしていることになる。
ルーアルンデとオレンジの少女の二人が、だ。
いやいや、深く考えれば最初からそのようなことを言ってた。
頭に血が登り、冷静さを失ってしまっていた。
反省反省。が、しかし納得いかない。
オレンジの少女が、本当に魔族が人間を害する存在であると思っているのは
「ちょっと待て。お前は勘違いしている」
「勘違い、何が。魔族は悪者でしょ?」
「それは旧世紀の話だ。今は人間と魔族は手取り仲良くしている」
「う、うそ」
「だいたいおかしいとは思わないのか。魔族である彼女がこの村で生活をしているのは」
オレンジの少女は明らかに狼狽し、ルーアルンデの言葉にうなずいたと思ったら、首を横に振っている。
「で、でも絵本で読んでもらった魔族は悪いやつだったし」
一体この少女は何を言っているのだろう。
「それは昔話な」
ピシャリ、と言い放ってやり、勘違いを訂正する。オレンジの少女の中でも合点がいったのか、途端に顔が青白くなった。
「わ、私どうしよう」
「悪いことをしたなら、することがあるだろ。まずはそれからだ」
「うん、あのごめんなさい」
素直に頭を下げ、謝る。
この少女は正直で純粋なのだ。いささか過ぎるだけだ。
「うん?」
「ごめんなさい!」
もう一度頭を下げる。紫の少女はやれやれと手の平をヒラヒラさせた。
「気にする必要はない。茶番だから」
お、おう。毒舌というか、言いにくいことを切り込んで来るな、この少女。
けど、無事に解決したようで、よかったよかった。
しかし容姿を見ても、紫色の少女が魔族だとは思えない。
人族と同じ顔立ちをしているのだ。額に生える角もないし、肌も紫色だったりしない。
驚くべきはその容姿だ。
端的にいうとものすごくかわいい。俺は決してロリコンじゃないが、そっちに目覚めてしまいそうな魅力がある。
それはオレンジ色の少女も同じだ。
うん。美少女、ならぬ美幼女だな。
おっと、やることがあったな。
「すまん、勘違いしてた」
オレンジの少女にお詫びをする。謝られる筋合いはないとばかりに首を傾げた。いいんだ俺の自己満足だ。
さて俺は立ち去るかね。
「ちょっと待って」
無言で立ち去ろうとした俺に声を掛ける紫の少女。
「うん?どうしたんだ」
「ありがとう。助かった」
「いいんだいいんだ。結局君は、全てが分かってたようだし、助けなんて必要なかっただろ?」
「それは違う。荒れ狂う猛獣をおとなしくさせてくれたのはあなた。お礼をしたいんだけどいい?」
「お礼なんていいって。結局俺の自己満足だしな」
「ダメ……なの?」
そんな可愛い上目使いでお願いされたら、おじさんホイホイ突いて行っちゃうよ。おっと、ついて行くね。
こんな年から男の従いかたを身に付けているとは……末恐ろしい。
「ダメじゃないよ。何かな?」
「うん。でも私じゃ出来ることは少ないし。……そうだ、お弁当作ってきていい?」
まさかの女の子からの、お弁当宣言。幼女からだが、嬉しいものは嬉しい。
「お、おう。ありがとうな」
しかし、お弁当か。こういうのって学校だったら、恋人って思われるんだろうなぁ。
「それで友達だって言い訳して」
「とも……だち?」
おっと想像していたことを口に出してしまっていたようだ。
「ああ、悪い。嫌な思いをさせて」
「ううん。嫌じゃない、嫌じゃない。私達は今日から友達」
あれ?どういう話の流れ?
けどまぁ、いいか。俺も友人の一人は欲しいと思っていた。
「オッケーなら今日から俺たちは友達だ」
「わ、私は」
オレンジの少女が、うずうずと体を震わせ、挙手をした。
「俺はいいけどよ、この子にした仕打ちを思い出せよ」
「いいよ?」
「いいのかよ」
被害はなかったとはいえ、暴力を振るわれかけたのだ。それをこうもあっさり受け入れるとは。案外この子は大物かもしれない。
「そういや俺たち、自己紹介してなかったな」
俺の言葉を皮切りに、合コンのごとく、自己紹介会が開催された。
オレンジ色の少女がアーチ・クラスト。紫の少女はメイと呼ぶようだ。
「じゃあその友達には、とっておきの所を案内しないとね」
「とっておき?
悪い。俺これから村長のところに行かないといけないんだ」
「あんな奴のとこに、何しに行くの」
村一番の偉い人をあんな奴呼ばわりにするアーチ。色々と見ていてハラハラする。
「いろいろあってな」
「ふーん、私もついていくわ」
面倒くさいことを言い出した。こんないつ爆発するか分からないアーチを、村長の所に行かせたくない。
「子供はおとなしく遊んでいなさい」
「あなただって子供じゃない。背もわたしより低いし。何歳なの」
並んで見たら分かるが、若干アーチの方が背が高い。
まぁ、あれだしね。女子の方が早く成長するから。
「六歳だ」
「わたしより年下じゃない!わたしは八歳よ。ふふん」
「そうですかそうですか」
「なによ、張り合いがないわね」
「俺は子供じゃないんでね」
「子供じゃない」
「うぐ」
この姿になったことを、初めて恨めしく思った。精神的には成人しているが、アーチの目から見たら、そりゃ子供に見えるだろう。
「じゃあいいわね、今すぐ行きましょう。あなたはどうするの?」
「私も付いて行く」
「そう、じゃあ決まりね」
あれよあれよと本人を抜きに話が進み、逃げ場を封じられてしまった。
「俺の意思は聞いてくれないんだな」
俺のパーティーに仲間が二人加わりました、って所か。
────これが生涯の友であり、同じ苦境を乗り越えた幼馴染みとの出会いであった。
ルーアルンデ「懲りずに始まったな」
メイ「始まったね、茶番」
ルーアルンデ「初手から辛辣は、流石に作者が可愛そうだな」
メイ「辛辣?どこが」
ルーアルンデ「本気で言ってんだろうなぁ。ま、いいや。メイさんや、自己紹介をしてくれるかね?」
メイ「任せて。私は魔族のメイ。系統は内緒。アーチを断トツで押さえ、こうして予告の場に抜擢された、メインヒロイン」
ルーアルンデ「それ、アーチが聞いたら怒るから 、言うの止めろよ。後メロイヒロインなんて言葉、どこで覚えた」
メイ「うん?頭の中に制服姿の変な男が現れて」
ルーアルンデ「あの作者!」
メイ「これを言ったら、ルーアルンデが喜ぶって聞いて……ダメ?」
ルーアルンデ「うぐ。上目遣いがまぶしいこれを予測してたか、あいつ」
メイ「ちょろい」
ルーアルンデ「あのー、本音は隠す努力をしようといいますかね」
メイ「だから隠してる」
ルーアルンデ「?……まいいか。次回予告するとしましょうか」
メイ「うんじゃあ、せーの」
ルーアルンデ、メイ「次回。終わりの大地って聞いて無いんですが」