そう言えば 魔法って「魔」の「力」でしたね
この二年間でさまざまな成果があった。
まず、回復薬の制作は8割の確率で調合できるようになった。
ベテランのガールですら百回に一回は失敗するらしいから相当のものだろう。
「その年齢でその域まで到達するとは……」、とガールも驚いてくれた。同時にこの道に進まないかと。お前なら一級調合師になれると。
その一級調合師とやらが何か分からないが、悪い気はしない。
そればかりか、回復薬の調合の理論がある程度理解できた。
調合には赤い紅葉のような葉っぱ「カール」と深海のような色「シール」。そして緑色の葉っぱ「ニール」が必要だ。
自然界で放置した葉っぱには魔力が宿り、各属性が付与される。見分け方は色で一瞬で分かる。
その魔力属性を一定の割合で調合すると、回復薬が出来上がる。
つまり、回復薬に必要なのは葉っぱではなく、魔力属性なのだそうだ。ただ、自然界に宿る魔力と人為的な魔力では性質が違うため、労力と品質が大きく異なる。
劣悪な回復薬でも、何か役に立ちそうなため練習をしているが、芳しくない。
回復約以外に、身体能力を底上げする薬や媚薬みたいなものもあるらしいが、材料がないようだ。そりゃこんな田舎じゃ、と思ったが何だろう。少し残念だ。
これが調合の成果だ。
次に剣術の成果を発表しよう。
年齢も上がり体格も良くなってきているが、剣術の一点を見れば変化がないように思う。
ライトいわく剣術の才能があったらしいのだが 、そんな都合の良いことはなかった。
ライトが節穴だったか、ただ単に親バカで言ったか。…………く、悔しいなんてなんてないぞ。悔しい。
とまあ冗談はさておき。魔術をいかに近接戦に持ち込むか、その応用は日に日に良くなっている。ついこの間ライトを一歩動かすことができた。
…………いいんだけどな。うん。目指してるのはスローライフだから。
ルーアルンデに落胆した苛立ちか知らないが、ライトからも打ち込むようになった。手加減はしているとのことだったが、一撃を受ける度に腕に電流が走る。特訓が終わる頃には腕が動かなくなる。
ライトの態度に心配になったルーアルンデは「あの何か怒らせることしましたかね」とごますりをしながら問いかけると「ふむ」と頭を撫でられた。…………分からん。
最後に魔法の進捗状況だ。これについては一番の成果があった。
魔術書が初級魔法しか取り扱っていなかったため、中級魔法以上は覚えられなかったが、それゆえに工夫ができた。
俺が魔術を使えることは既に周知の事実のため、人目にはばかることなく練習できたのも大きい。
────今現在。庭にて魔法の成果を確認している。
まずは小手調べに地面を水浸しにし、氷魔法を使う。範囲が狭い初級の氷魔法だが、こうして使うと一目瞭然。薄い氷が地面に張った。
「よしよしコンディションは良好」
満足いく結果に、グッと手を握る。魔力限界値もこの三年で格段に上がっている。後、百発は持つだろう。
今日は、この時間帯にしては珍しくライトはお勤めに行っている。それに合わせて調合も休みをとった。
今宵は魔法の宴。調子に乗って魔法を乱発するとしよう。夜じゃなく、太陽も燦々と輝いているが。
炎を風に乗せ、燃え盛る烈風を発したり、
土魔法で作った頑丈な岩を凍らせ、アイスボールを産み出したり、色々と応用が効く。
そうこうして一時間。流石にそろそろ魔力も枯渇し始めた所で、大きな木に手のひらを向けた。
発想はしたが、実験が危険すぎるため今日まで見送っていた代物だ。
「闇魔法、マジックミスト」
呪文の詠唱は必須ではないが、した方が楽だ。集中力も切れ始めているし、失敗すれば暴走してしまう。そうなってしまえば家族会議に発展し、しばらくは魔法を使うことを禁止されてしまうことだろう。
それは困る。多大に困る。工夫次第で結果が変化する魔法に、すっかり魅せられてしまったのだ。
願わくば、将来は回復薬の調合と、魔法の研究をして過ごしたい。
魔力濃度が異常なまでに高まるミストを発生させる。魔力濃度は文字通り魔力の濃さを表すものであり、高ければ高いほど魔法の威力が上がる。
それだけ聞くと相当強力と思うだろうが、その実使い勝手の悪さで台無しにしている。
確かに強力なのだ。初級魔法が3倍以上の威力になるほど強力だ。だが、このミストは術者を囲むように発生する。
そう、俺を囲っているのだ。その状況で魔法を放てばどうなるだろうか。俺が巻き添えを食らって死ぬ。一度は無くなった命だが、そんなにマヌケな死にかたをしたくない。悲しさよりも笑いが先に来る死に方はしたくない。
出来るなら嫁と子供と孫に囲まれて死にたい。
死なんて縁起の悪すぎることを連呼しながら、勢いよくミストの効果範囲外にバックステップする。
「風よ来たれ。ウィンド」
ミストを囲むように風魔法を発生させる。ミストに触れた瞬間、風が吹き荒れ、全てを飛ばさんとする。中級魔法ぐらいの威力だろうか。足元がぐらついている。
ミストは拳一つ分にまで密集する。右手で風魔法を制御させ、左手で例の魔法を使う。
距離は十分取った。───さてやるとしようか。
覚悟を決め、緊張で喉を鳴らす。どのような威力になるか分からない。
「焼き尽くせ、ファイア!」
火の玉が顕現し、目的地まで移動する。
ミストに触れた刹那────大爆発が起きた。地面が蠢くような低い音が、辺り一帯を支配する。空気が悲鳴を上げ膨張する。飛び火がルーアルンデに襲いかかり、風の影響で後ろに倒れ込んだ。
「ぐう」
痛みを堪え、状況を確認するために立ち上がる。
「なっ………………や、ヤバイ」
爆発は終わったものの、木の根本から燃え移っている。このままじゃ二次災害が起こる。
やばいやばいやばい。
汗がダラダラ出て、俺の心情を代弁する。汗を手で擦り、その空白のおかげで落ち着きを取り戻した。
やってしまったことは変わらない。変えられるのは未来…………どれだけ被害を減らせるかだ。
水魔法で鎮火しようと試みたが、もう既に魔力枯渇している。蛇口のようにチョロチョロ水が出るだけ。どう考えても焼け石に水だ。
─────ならどうする?
鎮火するには水が必要だ。…………そうだ、井戸。スロームが水を汲みにいくのを手伝いしたことがある。井戸がある場所は分かる。
思い立ったら吉日。勢いそのままに家から走り出て、村の井戸へと向かう。
村人は、突如として発生した謎の自然災害にパニックになっている。すまない俺が犯人だ。
村の中心部にある井戸へと到着し、村人に呼び掛ける。
「すみません!水運ぶの手伝ってください!」
何がなんだか分からないような表情を村人は浮かべたが、俺のただならぬ様子に即座に連携を取った。家族ぐるみの付き合いをしている彼らだ。指揮系統で混乱が起こることはない。
「ルーアルンデどけ!俺たちがやる!」
屈強な男たちが水をバケツに一つ、また一つと入れていく。
「どこで火事があった?さっきでかい音が聞こえたが、そこか?」
「はい。僕の庭で起きてしまいました。詳しい話しは鎮火してからします!」
「ああ!任せろ!」
村人が雄叫びを一斉に上げ、一丸になる。
きっと大丈夫だ。この人たちなら事態を収束してくれる。
俺にできることは信じて待つことだ。
邪魔にならないように隅に移動する。
「あなた、あれは無理。」
「え?」
感情をごっそり落としたかのような声が背後から聞こえる。どこか聞き覚えがあるような気がする。
バッと振り向き声の主を確認すると───絶句した。
人外のような美しさを誇るその容姿は。
「…………女神様?」
「何を言っているの。私はシル。ただのしがない精霊」
名乗ったシルの容姿を無遠慮に見つめる。顔立ちは数年前に見た女神の生き写しだ。ただ、髪色が違った。ルーアルンデの記憶が正しければ女神は艶やかな黒髪だった。対してシルは月の光のような銀髪。
女神ぐらいなら髪色を変化させることなど造作もないだろうが、騙す意図が不明だ。それなら別人にでもなる方が簡単だ。なにせ彼女は神か神に近い何かなのだ。
だからシルと女神は別人の可能性が高い。
そこまで考えた所で、シルのさっきの言葉に食いついた。
「そんなことより、あれは無理ってどう言うことだよ」
「あの炎はただの火じゃない。魔力の籠った火。それも上級魔法並みの。普通の水で鎮火できる道理はない」
「な、なに」
確かに魔法書に、炎魔法は通常の水では消えにくい、という記載があった。等しく魔力を持った水でないと消えないとも。
俺のチンケな魔法だが、それでも闇魔法でドーピングしている。上級魔法と同じ威力と言われても納得できる。
万事休すな超展開に、数十分前の自分を引っ張り上げたくなった。
「けど、手はある」
「な、なんだ?俺にできることなら何でも言ってくれ」
「ん。あなたにしか出来ない」
俺にしか出来ない?疑問符が浮かび上がる。何だろうこんな状況だが、
美少女に「あ、あなたにしか出来ないんだから!」って言われたら胸がときめいてしまう。
いやほんとこんな状況でなに考えているんだ。
「三つ。言うこと聞いてくれたら鎮火して上げる」
「お前が……?出来るのか」
「余裕」
その言葉を聞いて迷わず肯定した。願い事に魔神のランプ並みの無理難題を押し付けられるかもしれない。
そんなこと分かっている。けど、この事件の一旦はルーアルンデだ。ならその後始末をするのもルーアルンデだ。ここで腹を括らなければ、あの人たちと同じになってしまう。
義務を放り投げ、責任を擦り付け、守るべき存在に全てを委ねる。あんな獣みたいな人たちと同じに。それだけは嫌だ。
「了解。魔法を発動させる」
急激に高まる魔力の奔流。大気の魔力がシルに味方をしているようだ。その姿は神秘。こういう所を見てしまえば、本当に女神と錯覚してしまう。
「豊穣なる大地を見守る守護神よ。我に力を貸し与え。ウォーターブレス」
不自然なほど雲が集まり、小粒の雨が降り始める。
ウォーターブレス。そうシルが呟くと、ある一点に円を作るように豪雨が発生した。
あそこは、だいたいルーアルンデの家だ。
「鎮火完了」
シルはパチン、と指を鳴らすと集まった雲が霧散した。
村人達は唖然としてその光景を見守っていた。
「すみません。もう大丈夫のようです!」
「そ、それは良かったが…………あれはルーアルンデの仕業か?」
「僕じゃないです。ここにいる精霊シルさんがやってくれたんです」
隣にボーッと佇んでいるシルに手を向け紹介する。
「あん?誰もいねぇようだが?」
「え?」
まさかルーアルンデ以外見えないのか。
「そう。私は波長の会う生物にしか見えない」
「マジっすか」
村人達は怪訝な顔をルーアルンデに向けている。怪訝というか「こいつ頭大丈夫か」系の心配をされているのだろう。
「いや、はは。冗談ですよ。あの魔法はですね、自然災害です」
「魔法なのか自然災害なのかどっちかにしてくれよ。だがまぁ。ルーアルンデがそうごまかしたいなら、俺たちからも言うことはない。せいぜいご両親と村長に報告するだけだ」
「あの、それも止めていただくと助かるんですけど」
「いけねぇいけねぇ。俺たちには報告する義務があるってもんだ。なにかあってからじゃ遅いからな」
そう言われると弱い。面倒なことになるのは請け負いだが、元々ルーアルンデから出た身の錆びだ。甘んじて受け入れよう。それに村人達も事情を聞きたいだろうに、俺に配慮してくれた。ありがたい。
村人達は事態が解決したと理解したのか、各々の作業に戻る。
「お忙しい中すみませんでした!」
そう言いお辞儀をする。
「そろそろいい?」
お礼を済ませると、若干焦れた様子のシルがジト目で見ていた。胸を張りうなずく。正直怖いが約束をしてしまっている。
「ああ、どんとこいだ」
「今日はもういいから家に帰って、説教受けて」
「嫌なこと言うなよ。確実にそうなりそうだけど」
「それに願い事を叶えるのは、この事態が解決してからでいい」
「……ああ、何て言うか。ありがとうな」
「お礼を言われる筋合いはない。私の目的のためにしたこと」
「そうかよ」
シルをから視線をはずし、内にあるわだかまりを発散するように一息。
しかし、今日はえらいことになった。想定をはるかに凌駕していた。今度から、なるべく最悪を想定しよう。
そう胸に近い、平常運転に戻った村人たちを眺めながら、帰路へと辿った。
────てか。ここの村人、異常に荒事に慣れてないか?