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異世界転生伝説~異世界転生でスローライフを希望したら、そこは魔物が溢れる土地でした~  作者: オオモリノサトウ
幼少期編~スローライフと準備期間~
3/14

スローライフは剣の修行を終えてからのようです

 

 ぼんやりと霧がかかった思考に身を委ねる。うっすらと意識が覚醒していき、ゆっくりとまぶたを開けた。


 俺を覗いているのは、二人の男女だ。

 茶髪の長い髪をひと括りにしている、30代半ばの女性。フックリとした輪郭が優しいイメージをつける。


 もう一人は、180センチはある長身に、顔の至るところに傷が刻まれた、厳しい眼差しをした男だ。年はいくつくらいだろうか。20代にも見えるし30代にも見える。


 これはあれだな。転生をしたのだ。

 試しに全身に力を入れてみるが、体が言うことを聞かないように動かない。

 しかし考えてみると不思議だな。赤ん坊の脳細胞のはずなのに、前世と変わらない知識と人格を継承しているのだから。

 なかなか面白そうな考察対象だが、今は置いといていいだろう。


「ほら、あなた。私たちの赤ちゃんですよ」


「………………あ、ああ」


 女性は俺を抱き抱える。急に訪れる浮遊感に恐怖感を覚えるが、直ぐに女性の体へとがっちりホールドされた。

 全体的に柔らかい体と良い匂い…………ヤバイ興奮してきた。


「はい、落とさないようにね」


「…………あ、ああ」


 男はぎこちない動きで、女性から俺を受けとる。全身ガッチガッチの、全身フル装備を着込んでいるかのように固い。

 ………………し、心配だ。なんかの拍子に落ちないのか?

 けど、なぜか安心感が心を満たしていた。


「…………ルーアルンデ」


 男が感慨深そうに俺に向かって呟く。…………名前だろうか。

 伊勢隆二は死んで、異世界へと生まれ変わった。なら名前も変わるのが当たり前だ。

 今日からルーアルンデなのだ。改めてそう突き付けられて、一抹の寂しさを覚えたのはきっと気のせいだ。


「そんなに怖い顔したらルーが怖がるじゃないの」


「…………あ、ああ。すまない」


 男は口数が少ないというかぶっきらぼうのようだ。歴戦の猛者を思わせるに、口で語る必要はないのだろうか。

 困ったことがあったら殴るみたいな。そんな脳筋っぽいな。


 対して母親の方は、おおらかで優しいっぽいな。何かあったら母親を頼ろう。

 そんなこんなで始まった異世界生活。目指すはスローライフだ。



 ◇◇◇



 この世に生を受けてから2年が経過した。筋肉もついてきたようで、舌足らずながら、きちんとしゃべれるようになった。

 どうやらこの世界と前世に、言葉の違いはないようだ。

 普通、こういう異世界ものは、言語が違うのがオーソドックスじゃないだろうか?

 前世の世界の、派生した世界……なんてな。

 剣と魔法がある世界。前世とは似ても似つかない。


 生後一年でしゃべり掛けたら、めちゃくちゃ驚かれた。

 後になってしまった、と理解した。俺が通常の赤子と違うとなれば、無駄に英才教育を施してくると思ったからだ。

 幸いにしても母親は放任主義のようで、危惧した通りにはならなかったが。危ないところだっただろう。


 家の中はわりと広い。

 一階のリビングとキッチン。二階に居室が5つ。何でも父は村一番の剣士であり、村長の護衛を受け持っているらしい。

 稼ぎがいい訳だ。

 貧困に喘ぐことはないし、幼児の俺を働かせに行かせる訳でもない。

  完璧だ。俺は今、快適なスローライフを満喫している。イージーだ、強くてニューゲームだ。


 父親の名前はライト、母親はスロームという。

 家の本棚を見た限り、この世界では本が貴重らしい。

 中性ヨーロッパ風の世界であるとするなら、紙媒体は貴重なんだろう。嘆かわしい。

 俺は案外読書家なのだ。中学まで、暇な時間があれば古本屋に入り浸っていたほどだ。

 もっとも高校に入る頃には、本を読む時間すらなくなったが。


 直ぐに数少ない本の内容を読解した。幼子が本を読んでいる姿など見せたくないため、自室に引きこもった状態で。

 本は5つあった。


「貴族マナー集~これであなたも首を飛ばされずに済む~」

 怖い。首を飛ばすって物理的にだろうか。貴族社会の世界ならありうる。貴族には絶対に関わらないようにしよう。


「剣術関連書~痴漢撃退は出来るようになる~」

 志し低いな。 ふざけているんだろうか。


「魔術教本~これであなたもお茶を沸かそう~」

 ………。

「魔物図鑑~インキュバスって魔物なの?~」

 …………。

「夜の営み~夫婦のマンネリ防ぎます~」

 ……………………。


 この世界ではふざけた題名をつける流儀でもあるのだろうか。

 全て同じ著者。アーネストクローズ。

 題名のせいでやる気は削がれたものの、切り替えよう。

 しかし案外、内容事態はしっかりしている。


 どうやらこの世界の剣術は、様々な流派があるらしい。代々的な流派は、攻撃守りの両方を兼ね備えた「騎士流」

 暗殺奇襲なんでもござれの「闇剣流」

 受け流しや守りに特化した「耐剣流」

 攻撃特化の「闘神流」


 この四つだ。騎士流と闇剣流は、真逆の信念を持っているため、仲が悪いのだとか。

 出会ってその場で殺しあいに発展するらしい。


 魔術は下級、中級、上級、銅級、銀級、金級、魔級、神級の8つのランクがあるらしい。

 全属性合わせての級であり、使える魔術の統計で決まるらしい。

 要するに水属性の上級魔法は使えるが、炎属性が下級までしか使えないから、中級になるってことか。

  使いやすさとかも考慮されそうだな。魔力も使えば使うほど増えていくようだ。筋肉みたいなものか?


 …………しかし面白い。本当に漫画やラノベのような世界観だ。この世界に生まれたからには魔術の勉強もした方もいいかもしれない。無論無茶をしないように、というのは大前提だ。この世界に転生した意味が無くなる。


 密かに日課として魔術の勉強も付け加えよう。ただゴロゴロするだけじゃ俺のスローライフポリシーに反する。望んでいるのは怠惰な日々じゃなく、ある程度のメリハリはある生活だからな。





 三歳になった。精力的に動き回ったためか、かなり筋肉が付いてきた模様。

 ふとライトがポツリと呟いた。


「よし、そろそろ剣の特訓を開始するか」


 三歳児に何をさせようというのか、この親は。

 スロームはいつも通り傍観しており、ことのなり行きを優しい瞳で見つめている。あてにならなさそうだ。


「あ、あの。父さん。僕三歳児。剣なんか振れない」


「心配するな。お前は俺の遺伝を継いでる。それにお前はあちこち動き回っているからな、筋肉は五歳児程度だ」


「五歳児でも振れないんじゃ」


「俺は2歳の時には木剣を振り回して遊んでいたらしい。だから大丈夫だ」


 この親、超人的すぎる。比較されるこっちの身にもなってほしい。大体特訓だなんて、スローライフが崩れ落ちてしまうじゃないか。


「嫌です」


「やるんだ」


「嫌です」


「強い男はモテるぞ」


「………………い、嫌です」


 ライトは深々ため息を溢し、俺の脇を持ち上げて同じ目線にさせる。

 瞳の奥底に宿る強い光だ。俺は蛇に睨まれた蛙のように固まる。


「いいか、これはお前のためなんだ。外には魔物がいる」


「………………あ、ああ」


 有無を言わせない威圧に無条件で頷いてしまった。

 かくして、俺のスローライフは、剣の特訓で上塗りされるのであった。

 


 ◇◇◇



「やあああああ!」


 空気を裂く音が響き、ライトに木剣が迫る。

 渾身の力を込めた一撃。ライトはそれを一歩も動かず身動ぎ一つで弾く。

 明後日の方に向いた木剣に釣られるように、俺の体が倒れ込んだ。


「はあはあはあっ」


 片手用の剣を両手で持ち、全力で打ち込んだ。けれどライトには、ハエでも払うかのような動作でいなされた。

 今で何回目だろうか。もうかれこれ何十回も同じパターンを繰り返している気がする。


「どうした、もうへばったのか?」


 地面に手を置き、荒い息を吐く。

 額から頬から胸元から、大量の汗が水溜まりをつくった。

 こんなハード訓練、3歳児にさせることじゃないぞ。


 訓練が始まって1ヶ月程度たった。最初はライトも俺の体力を考慮してくれたのだが、今は一歩も動けなくなるほどしばかれ……失敬、しごかれている。


「仕方ないな。少し休むか」


 ライトは仏頂面を崩すことなく、その場に座りあぐらをかいた。

 最近…………生後からだが、俺には父親のことがよく分からない。

 いつも表情を変えることなく、俺に興味を示さない。

 かと思ったら、ふとした拍子にゴツゴツとした手で不器用に頭を撫でてくる。


 邪険にされている訳ではないのだろうが、どうにも理解はできない。

 ロクに人間関係を築く暇がなかった弊害が出てしまっている。

 鈍感というか、人の感情を理解しがたいのだ。


 ライトは力強い眼光で俺を見ている。3年という年月で、睨んだ訳ではなく、ただ眼力が強いだけだと分かっている。


 ………………初めはそれが分からず、おしっこチビったのは秘密だ。赤子の時の話だから、大事には至らなかったけどな。

 そうこうしている内に、俺の体力は僅かながら回復した。

 恐らく、後一合でライフポイントがゼロになってしまう。今日はこれで最後だ。


「今日はもう一回したら終わりだ」


 ライトもそれに気づいたのか、そう言った。

 余裕そうに立ち上がりコキコキと肩をならす。

 しかし、ライトに一矢報いることはできないだろうか。1ヶ月もただ余裕そうにいなされては不満も溜まるってものだ。


「それじゃ、行くよ」


「ああ、来い」


 木剣を握りしめ、足に力を入れる。走り、構えているライトに一閃…………する前に、地面に木剣を突っ込ませ振り上げた。


「む」


 突然の目隠しにライトが予想外そうに唸る。

 ─────ここだ。

 木剣を振り上げた拍子に遠心力が掛かり、バランスを崩しそうになる寸前で───手放す。

 そのまま拳を振り上げ、飛び掛かる。


 俺は目的のためなら手段を選ばないのだよ。

 倒すことは視野に入れることさえしていない。ただ一撃を入れることができれば良いのだ。

 勝った。そう確信し、笑みを浮かべる。


「ふん!」


 ──────が。一瞬ライトの姿がかききえたかと思うと、俺のグーパンチを躱し、逆に手を掴むと投げた。

 急に訪れる浮遊感。続いて襲いかかる肺を叩く背中への衝撃。


「くはっ!」


 酸素が圧迫され、空気を大量に出す。……く、苦しい。

 奇襲が失敗し、改めて自分がした所業に肩を落とした。流石にあれは怒るよな。

 ライトは俺の顔を覗き込む。厳つい顔立ちは健在だが纏う気配が違う気がする。


「お、父さんごめん」


「何を謝る必要がある。敵を打破するためなら工夫をし、策を弄せ。それを卑怯ものだとほざいている奴は、十中八九死ぬ」


 ライトは倒れた俺に手を伸ばし、頭を撫でる。頭皮に伝わっている信号がかなり心地よく、安心する。


「ただ、最後の最後で詰めが甘かったな。剣を捨てるなど、殺してくださいといっているものだぞ。せめて相手に向かって投げろ」


「…………は、はい」


 なんかよく分からないことで説教させられた。


「でも僕は誰かと殺し会うことなんてしないよ。スローライフが僕の夢なんです」


「…………そうか。お前には才能があるからな、少し残念だ。だが、それが一番いいだろうな」


「才能って僕にですか?」


「ああ、そうだ。俺の遺伝継いだ頑丈な体。策を弄する頭脳。恐ろしいほど飲み込みが早い。それと…………魔法だ」


「うっ」


 魔法が使えるというのは、家族に秘密にしている。

 この世界でどういう立ち位置なのか分からないし、面倒事に巻き込まれかも知れないからだ。


「ど、どこでそれを」


「スロームからだ。話してきてくれた時はすごく嬉しそうにしてたぞ」


 まさかバレているとは。俺は観念し、手の平から火の玉を浮かび上がらせた。ぼうぼうと燃える炎。

 俺は幼少期からの特訓のお陰か、初級魔法を全て使えるようになった。

 初級魔法は扱いやすく無詠唱で発動出来る。

 威力は小規模なものだが、剣術と組み合わせれば厄介だろう。

 炎を纏った剣とか作れそうだ。…………自分が火傷しそうだからやらないけどな。


「なら、このハードな特訓は止めにしない?どうせ使わないんだし」


「ダメだ。例え使わなくても万が一というときがある」


 万が一とはどう万が一なのだろう。村から出る予定もないのに。

 この特訓の意味が分からない。


「今日はこれで終わりだ」


 ライトの宣言に胸を撫で下ろし、空を見上げる。

 何も前世と遜色ない青空だ。

 空に浮かぶ城もないし、禍々しい形の鳥が飛んでいることもない。

 平和だ。こんなのどかな世界で剣術は本当に必要なのだろうか。そりゃ、剣士をやるってなら話は別だが。


「────はぁ。憂鬱だ」


 俺は嘆息をし、肩を落とす。気分転換に何かやるべきことはあったかと脳内検索し、思い出す。


「父さん、ちょっと外に行ってきていい?」


「ああ、好きにしろ。だが絶対に村には出るなよ」


 あっさりと許可が出た。ありがたやありがたや。

 この幼い体のため、余り外に出ることはなかったが、今日はやるべきことがある。


「じゃあ、行ってくる」


「ああ、夜までには帰っておけよ」


「うん」


 疲れ果てた体に鞭を打って立ち上がり、ライトの見送りに手を振り庭を出た。




 外の世界はやはり新鮮な刺激をもたらせてくれる。

 草木が生い茂り緑豊かで空気がうまい。

 きちんと整備された石畳が一直線に引かれていた。

 家に向かうほど高くなっている。水没しないための策だろうか。

 坂道を下り切る。目の前に広がる畑やそこで働く人々に目を奪われた。


「ルーアルンデ坊っちゃん、こんにちは!」


「こんにちは!」


 老人が、中年男性が、女性が、 すれ違う度に挨拶をしてくる。村人全員が家族であり、仲間なのだ。

 隣人とのトラブルや犯罪などこの場所で起こるはずがない。本当に平和なのだ。前世の日本よりも。

 外部による危機はない。確保しないといけないのは収入源だ。

 そのために俺は出掛けた。


「と、着いた」


 立ち止まり、一つの建物を見上げる。

 木で作られた古ぼけた建物だ。こうして外から見てみれは家が僅かに軋んでいるように見える。

 地震が起きようものなら、一瞬にして木屑の集まりとなってしまうだろう。


「ごめんくださーい」


「おお来たか。ま、入りな」


 ドアが開かれドワーフのような体格をした男が現れた。

 名前はガール。母スロームの友人であり、調合薬師をしている。そう調合薬師だ。

 こんな巨体で、一体どれ程の細かい作業が出来るのか、俺自身も心配だったが、ものすごく器用だった。

 そんなガールにあるお願いをしていた。


「それで、回復薬の作り方を教えればいいんだな」


「はい。出来上がったものはガールさんに渡しますので。ちょっとした手伝いみたいに思ってください」


 回復薬の作り方を学ぶ。それが俺の狙いだ。農作業をしてもいいが、重労働はスローライフに支障をきたす。


「まぁ、スロームのお願いだからな。聞かん訳にもいかんな」


「ありがとうございます」


「ではやるとするか。時間は有限だ」



 回復薬は複数の薬草を一定の割合で調合したら出来上がる。

 口で言うのは簡単だが、この世界に測りなどという殊勝なものはない。全て目算でやらなければならないのだ。


 極めつけはタイミング。これが10秒程遅れると失敗する。

 今回もその例にならい失敗した。

 机に背が足りないため、椅子を踏み台にしている。それをトントン、と足先で叩き失敗の苛立ちをごまかす。


「………………坊主」


「あ、すみません。また失敗しちゃいました」


「いや、思ったより上達が早いからな。驚いたんだ。三歳児にすればな」


 ………………三歳児じゃないからな。精神年齢的には20歳だ。もう既に成人している。

 強く息を吐き、やる気を取り戻す。トライアンドエラーは人生の基本だ。失敗ばかりしてきた俺が言うのだから間違いない。



 午前は剣術。午後は調合。寝る前に魔術の練習。

 スローライフのために労働に追われているというのは、本末転倒の気がするが、これも投資だと思っておこう。

 こうして3年間この日課をこなした。

 

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