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良心の呵責とプライドが薄れるまでは

作者: 所 滝高


通り名をエース。神様に順番が来た人間を命ぜられたら、その人間の所へと死を見届けるのが死神の役目である。


エースのようなステイタスにいる死神は、順番が来た人間を複数受け持つ事も多く、死期が来るまでの間にどれだけより良く順番が来た人間を往生させる事が出来るのかを考え死期を迎えさせている。

これもポイント制となっており、これまで多くの人間を自ら命を絶つ自殺から防ぎ、無事に死期を迎えさせることが出来たことか。良い往生のさせ方を仕向けた功績が認められ、これまで十年以上この世界でトップに君臨している。その為、死神界のエースであることから通称エースと呼ばれている。


決して死は、悪事を働いたから早々に来るものでもない。如何に、この世の世界で存在する役割を全う出来たかに過ぎず、短い生涯だからこの世の世界で役にたっていなかった訳でもない。かと言って、長寿だから長年この世の世界で多くの役割を果たした訳でもない。皆、この世の世界にいる間は平等にある一定の役割を果たした者から順番に往生することと決められているだけに過ぎない。


人間は皆、死期のちょうど一年前になると神様から担当する死神に知らせる決まりとなっている。昨日、眠るように穏やかに亡くなった方を見届けるとエースはまた、新たに神様から死期の決まった人間の資料を預かった。そして、その人間の所へといつものように下見がてら向かった。


人間の名は拓也。今年、小学校に入学したばかりの男の子を持つ三十代半ばの家族三人で暮らす男だった。休みの日には、近くの公園で小学校に上がったばかりの男の子と遊ぶ子煩悩な男だった。

子供と遊んでいた拓也は、突如目の前に現れた頭を覆うほどのマントを着た大きな鎌を持つ者に気づき奇声をを発した。近くにいた家族連れが不思議そうな顔で拓也の方を見ている。


『貴方様は、わたくしの事が分かるのですか』


エースは信じられない思いだった。拓也は拓也でどう見ても死神の格好をした者が目の前に現れたので、思わず奇声のような驚きの声をあげてしまったのだ。

ハロウィンでもないのにこんなコスプレを着た人が、日曜日の昼間の公園にいるはずがない。家族連れは、何もない所を見つめ明らかに怯えた表情を見せている拓也に対し好奇の目を向けていた。


『し、死神だ』


好奇の目を向けていた家族連れは、何もない所を見つめ怯えながら誰かと話している拓也を見て哀れむように離れていった。


『何故、わたくしを死神とお分かりになられたのでしょうか』


『だ、だって、頭を覆うマントを着て大きな鎌を持っていたら死神としか思えないだろう』


頭を覆うマントを着て大きな鎌を持っていたら死神と言う認識にエースは憤慨した。

一般的に言う死神は擬人化したものであり、形としては存在せず、見えてはいないが感覚的には存在している。そして、先入観としての概念が、頭を覆うようなマントを着た大きな鎌を持つ者として見えているだけであって、形としては存在していないのである。


『そう、わたくしは死神』


『うわっ、やっぱり死神じゃないか。と言うことは、俺は死んでしまうのか』


『いいえ、今すぐにではありません。時が来たらのお話です』


『今すぐにでは。って、やっぱり死ぬのかよ・・・』


長年、死神をやっているが、何かがいる雰囲気を感じ取ってよくまわりをキョロキョロと気にする素振りを見せる人間はいるが、こんなにもはっきりと自分を認識出来た人間に遭遇したのは初めてだった。拓也がエースの事を認識出来たことへの驚きと、死期への恐怖で拓也が悩み自らを。と一瞬過ぎった。

十年以上、自分が担当した人間は衝動的にも自らを殺める行動を起こさせないで来たプライドと、死を悟られたことへの良心の呵責の念が、あらぬ方向へと向けさせた。拓也の死期は一年後。エースは、その前の失態だけはどうしても避けたかった。


『貴方様はすぐにはお亡くなりにはなりません。ご心配なさらず。それでは、わたくしはこれで』


『お、おいっ待て。俺は一体いつ死ぬんだ。あっ、消えた』


父親が怯えた表情で話しているのを見て、小学校に上がったばかりの子供も流石に異様さに気づき眉間に皺が寄った状態で父親である拓也の顔を凝視した。


一週間が過ぎた頃だったか。あれからよく眠れず、目の下に隈を作っている拓也を見て妻からも病院に行く事を薦められていた。

そんな最中、突如エースは拓也の住む家に訪れた。拓也はすぐさまキッチンに向かい包丁を手に取り振り回しながらエースに突き刺した。妻はとうとう、包丁を振り回す拓也を見て発狂してしまったのだと部屋の隅で怯えながら震えていた。小学校に上がったばかりの子供は、公園の時と同様に眉間に皺を寄せながら拓也を見ていた。

包丁で突き刺されたエースは床に仰向けの格好で倒れた。


『死神め、これでやっと』


妻は、包丁を振り回してひとり言を言う拓也を見て、恐怖で泣き叫ぶどころか過呼吸のような症状に陥っていた。拓也は肩で息をしながら、鬼のような形相で床に仰向けで寝るエースを暫く眺めていた。

すると、エースはムクリと起き上がり頭を左右に振りながら首の関節を鳴らした。そして、徐に立ち上がった。


『な、なんで』


『先日、お会いした時に言ったではありませんか。わたくしは死神だって』


拓也は、包丁を握ったまま肩を落とす形で座り込んでしまった。そして、小学校に上がったばかりの子供は拓也の方ではなくエースがいる方向を見て眉間に皺を寄せていた。


『貴方は、わたくしの事が分かるようだね』


『オジサンは誰?』


『わたくしはパパのお友達です』


『お友達?』


子供は理解したのかしていないのか。眉間に皺を寄せた表情は変わらなかった。

子供までもが拓也と同じ方向を向いてひとり言を言う姿を見て、部屋の隅で震えていた母親は子供に飛びつくように抱きしめ泣きじゃくっていた。

そして、うな垂れる拓也を見下ろしながらエースは言った。


『もう一度言います。わたくしは貴方様を殺しに来た訳でもなく、危害を加える訳でもありません。死を見届ける為に来ているのです。ただし、貴方様が亡くなるのはまだ先のお話しです』


『先の話し?』


落ち着いてきたのか、拓也はエースの言葉に反応した。泣きじゃくる妻に抱きしめられている子供は、父親とエースが話す方向を眉間に皺を寄せながら見ていた。


『そう、先のお話しです。それと、わたくしの事も恐れる必要はありません。』


『恐れる必要はありませんて、お前は死神だろ』


『わたくしの役割は、貴方様を如何に穏やかに苦しませずこの世の世界を全うして頂くか。それと、わたくしは死神と言う名ではなくエースです。通称ですがエースとお呼び下さい』


『エース?』


すると、エースはまた突如として消えた。妻に抱き抱えられている子供が、あのオジサンはパパのお友達なのかと問われたが、拓也は適当な言葉が思い浮かばず有耶無耶にした。

落ち着いた妻も、拓也と子供が同じ方向の見て何か得体の知れない者と話していたので、もしかしたら霊感があって幽霊でも見えているのか程度でおさめ、落ち着いた様子の拓也を見て話の深入りもしなかった。

それから、一週間、一ヶ月と過ぎ、以前のように拓也が目の下に隈を作るような虚ろな顔になることはなくなったが、時々、拓也と子供が同じ方向を見ながら誰かと会話しているのだけは怖くて理由だけは聞けなかった。


不定期ではあるが、仕事で拓也が不在中にエースは家に来ているようだった。妻は、子供が時々、家の中で誰かと楽しそうに話しているので耐えかねて相談してきた。妻はあの時以来、拓也と子供には霊感があって幽霊が見えているのではないかとずっと思っている様子だった。その雰囲気を感じ取った拓也は、神妙な顔つきをして霊が見えていることにした。

子供が誰かと話しているのも、拓也の血を受け継いだだけなので心配することはないと諭した。まさか、死神が時々、家に来ているなんて妻の事を考えたら口が裂けても言えなかった。

それよりも、エースが子供と仲良くしている事に嫉妬している感覚も芽生えてきていた。


『ご機嫌如何でしょうか、拓也様』


『おっ、やっと名前で呼んでくれたか。それよりも、おい死神。お前ときどき家に来てるらしいな』


『なぜご存じで。それと、わたくしの名前はエースでございます。エースとお呼び下さい』


『妻が、子供が時々ひとり言を言うようになったから気味悪がって仕方がないんだよ』


『それは失礼致しました。仕事中の拓也様に話しかけてもよろしかったのでしょうか。おそらく、会社の方々がひとり言を言う拓也様を見たら気味悪がられるかと思ったので控えていたのですが』


『(咳払いをして)いつ家に来てくれてもいいんだよ、俺は。ただ、妻が気味悪がるから・・・』


拓也を打ち負かした感覚に浸りながらエースはニヒルに微笑みながら消えた。


気がつけばエースが拓也のもとに現れてから一年が過ぎていた。拓也と言う人間の死期が過ぎているにも関わらず、未だに生存していることから神様もエースを呼び出さずにはいられなかった。

余程の理由がない限り人間の死期を延長することは拒まれた。それに、死期の延長を死神が望むならば、それなりの理由を添えて事前に神様の下に書類を提出しなければならない決まりもあった。エースは神様に呼び出しをくらう羽目になった。


『エース、お前も分かっておるよな。あの人間の死期を見届けたら私と同じ神の地位に昇格出来る事を』


『はい、分かっております。ただ、この人間とその子供にわたくし初めて情と言うものが生まれました』


『本当に分かっておるのか。お前が積み上げてきたポイントはなくなり、この十年以上の歳月は無駄になるのだぞ。一週間の猶予を与える。決断はその時にでもしてこい』


エースの気持ちが変わる気配はなかった。

いつものように拓也の家を訪れた。死神に感情や表情はない筈なのに、拓也に悟られる前に子供に悟られてしまった。


『オジサンどうしたの?元気ないね』


『なんでもありません。疲れているだけです』


『偉そうに死神のくせに疲れなんて感じてんなよ。それに、お前は明らかに元気がない。分かりやすすぎるんだよ』


拓也にならまだしも、心の底が子供にまで動揺として勘づかれ、雰囲気として醸し出てしまっていることにエースは恥じた。


『もしかして、俺の死期についてじゃないよな』


『そのまさかでございます』


冗談めかして発言した拓也は、エースの感情を感じ取り図星だった事に顔を引き攣らせた。

エースが拓也の前に現れたのは確か一年ほど前。現れた当初は、死神が現れた時点で即座に死を意味するのかと思っていたが、エースが言うように先の話しだとばかり思っていた。

よく会って話している内に、エースが死神であることや死期が迫っていることすら忘れていた拓也にとって、心臓が停まるような衝撃であり、身体全体に毒薬が痺れとしてジワジワと浸食していく感覚でもあった。


『正直に申し上げます。わたくしは拓也様の死期を遅らせてしまいました。拓也様の死期をみとった後は神様に昇格する筈でしたが、死神としてのステイタスも一番下に落とされるかと思われます』


『思われますって。と言うことは、俺はとっくに死んでいたはずなのか』


『その通りでございます』


拓也は言葉を失った。そして、この死神はこんな重要な事を躊躇なしに包み隠さず拓也本人に話せる事にも驚いたが、自分が既に死んでいたかも知れない事実の方がまさり言葉が出なかった。


『これまで、数え切れない年月を死神として費やしてきましたが、わたくしをはっきりと認識出来る人間と出会えたのは初めてでした。恥ずかしながら、拓也様とお子様に情と言うものが生まれてしまいました』


『エース。お前』


拓也は思わず言葉に出して言ってしまった。


『でも、いいのかよ。神様になれないんだぞ』


『わたくしは構いません。例え神様になっても天国にいるだけで退屈で仕方がないかと思われます。それに、わたくしの人間をみとるスタンスは染み着いたものであって決して変わる事はありません。今、神様にならなくともいずれなれるのかと思っております』


『それならいいけど。俺をみとらなければ次の人間をみとれないしポイントも稼げないんじゃないのか』


『おそらく、その通りかと思われます』


『オジサン。じゃあ、また来てくれるの』


『お望みとあらばいつでも』


『お前、それで本当にいいのかよ』






『わたくしのプライドと良心の呵責が薄れるまでは』





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