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2-1


そして今日はある週の末である。



シーラは、雪がしっとりと積もったミルフォーゼの街にテオドールと買い物に来ていた。


王国の南の地方で取れる塩葡萄のワインがミルフォーゼの店にも入荷したから、一緒に買いに行こうとテオドールに誘われたのだ。


いや正確には、

「塩葡萄のワインが入荷したらしい。2人で飲むのに俺だけで買いに行くのは不公平だから付いて来い」

と言われ、公平を期すためにお供することになったのだ。



雪は降っていない。

だが昨日の夜降った白い雪はまだ道に薄く残っていて、空気は冷たい。

しかし陽の光が雪に反射してキラキラして、こっくりした色の建物の屋根の上に広がった青空は新鮮な色をしている。

街はといえば相変わらず賑やかで、温かそうな服を着た人たちが鼻の頭を赤くして大きな通りを行きかっていた。



シーラはニットのワンピースに温かいフードの付いた上着を合わせ、足元は定番のブーツでまとめていた。いつものようにぬくぬくと温かい恰好だ。

蜜色の長い髪は三つ編みにした。化粧も少ししてもらっている。

テオドールは分厚い生地のロングコートを着て、マフラーをぐるぐると巻いている。



二人はしばらく隣同士並んで街の雪道を歩いた。

よく行く燻製屋や漬物屋、最近できたアイスクリーム屋、女の子たちに人気のドライフラワーのお店なんかを通り過ぎる。



ワイン屋を目指してあまり来ることのない通りを歩いていた時、ガラスの向こうに本を積み上げた古書店を見つけた。

古本を取り扱う店らしく味わい深い外観に思わず顔を見合わせた二人は、その木の扉を押してみた。

独特の匂い漂う温かい店内には、本に夢中の店番と丸々と太った猫がいる。

見れば、床から天井まで本だらけだった。

なかなか珍しい本がある。シーラは目についた一冊を手に取ってみた。

テオドールは本棚の一角で立ち止まって、興味深そうに背表紙を眺めている。


パラパラと立ち読みして選んだ本を会計の為にシーラがカウンターに置くと、テオドールもその上に数冊の本を追加した。



古書店をでて再びワインのお店までの道のりを歩く。

互いに何の本を買ったかについて話し、ひと段落したところでテオドールが口を開いた。


「お前、手を貸せ」


「はい。何を手伝えばいいのでしょう」


「違う、そういう意味じゃない」


「ではどういう意味なのでしょう」


「…むしろ俺がお前を手伝ってやると言う意味だ」


シーラは首をかしげる。

テオドールは二人の本が入っている紙袋を持ってくれている。

手伝うべきはシーラで、手伝われるべきなのはテオドールな気がする。


「面倒だが、お前が迷子にならないように手伝ってやる」




そう言ったテオドールが、シーラと反対側に本を持っていることに気が付いた。

これはいつかの手持ち部沙汰と同じやつだな、とシーラは一連の会話に納得する。

あの時はしてやられた気もするので、シーラは今回はつんと澄ました顔を作った。


「私、迷子になったことはないのです」


「一回くらいあるだろ」


「ないです」


「今日なるかもしれないだろ」


「なりません」


「そう高をくくっている奴ほど迷子になる」


「迷子にならない自信があるので高をくくっています」



一通り押し問答をしたところで、テオドールが怒っているような、切実なような声を出した。


「…往生際が悪い奴だな、いいから早く手を出せ…」


「どうしてもというなら、先ほどの店で東の都の老舗桃梅屋のカリカリ桃梅を見つけたのですが、それを買ってくれるなら出しましょう」


「お前は子供か…」


「いいえ、迷子にならないちゃんとした大人です」



はっきり言い切ったシーラにため息を漏らし、


「…ワインの後で買ってやるから、早く来い」


とぶっきらぼうに言ったテオドールが赤い顔をそらして、シーラに手を差し出した。


「交渉成立ですね」

折れたテオドールを見て小さく笑ったシーラはその手をきゅっと握る。



「理不尽な交渉しかしないお前は立派な悪党になれそうだな」とテオドールが大げさにため息をついていたので「お褒めに預かり光栄です」と笑顔で返しておいた。




本当は面倒な言葉の応酬などしなくても、桃梅は普通に買ってくれただろうと思う。

それも全部素直に言わない人が悪いのだと思いながら、それを面白いと思ってしまう自分も結構面倒臭い人らしいことにシーラは気が付いている。










「そういえば私たち、今までお酒はあまり飲みませんでしたね。貴方はどれくらい飲めるのでしょう?」

お目当てのお店に到着し、例の塩葡萄ワインのボトルを見ながらシーラはテオドールにそう話しかけた。

酒のつまみを2つ3つ手に持っている彼はシーラの声に顔を上げ、答える。


「嗜む程度だ」


この地方で嗜み程度といえば、ワインを瓶で数本くらいか。


さらにこの話題を掘り下げていくと、テオドールは酔うことがあるらしいという情報を得た。

彼の友人曰く酔うと豹変するらしいが、彼自身いつも酔った時の記憶は飛んでいるのでよくわからないとのことだ。

危険な情報である。


シーラは店の奥に積み上げてあるワイン樽に目をやった。

因みにシーラは父譲りのザルなので樽でようやく少し酔えるくらいだ。

たくさん飲めるが、お酒が大好き!というわけではない。

だからシーラは尋ねられたらいつも嗜む程度と答えているが、テオドールには自分がザルなことも教えた。


そうしたら彼は「ザルでタルとは、お前は本当に手に負えないな」とため息をついていた。



お買い上げした何本ものワインの瓶とたくさんの酒の肴を手に持って帰るのは大変なので、結局屋敷に全部送ってもらうことにした。

対応してくれた店員は、今年の塩葡萄ワインもいい出来ですよと笑いながら雪イノシシの荷車にワインを積んでくれている。

そして手紙か何かで予約してくれれば店まで出向かなくても配達するサービスもしていると教えてくれた。

しかしシーラは笑ってそれを聞き流す。


多分これからも、二人で街に出てきて何を買おうか話しながら、商品を見て実際に触れて買うか決めるのだろうと思うので。

それにこの変な人と一緒に街をぶらぶら歩くのも楽しいし、先程の古書店のようにふらりと入ったお店で新しい発見があるのも楽しいとシーラは思う。







ワインのお店を出て、ゆっくりカリカリ桃梅が売られていた店に向かっていると、後ろから「シーラ!」といきなり馴染みのある声に引き止められた。


シーラは驚いて振り返り、テオドールはシーラに引っ張られるように振り返った。


突然シーラを呼び止めたその声の主はシーラの幼馴染で親友と呼んでも差し支えの無い女の子、テレーゼ・フロスベルだった。


彼女の父親・フロスベル伯爵もシーラの亡き父同様騎士団に所属していることに加え、シーラの家と彼女の家は物理的に近かったことと、同い年ということもあり昔から仲が良かった。

街で服の買い物でもしていたのだろう、両手にたくさんの荷物を持っていた。



「シーラと…テオドール様!」


元気なテレーゼが人を指さすような声を上げた。

シーラの隣にいるテオドールをニヤニヤと見つめて、シーラの手を掴んでいる彼の手を見て更にニヤニヤした。


テオドールの指がピクリと動いたのが伝わってきたが、彼はシーラの手を慌てて振り払ったりするようなことはなかった。

人に冷やかされたりするのが何より苦手そうなテオドールが、手を繋いだまま踏みとどまってくれたことは少し意外だった。

後から褒めてあげてもいいくらいだ。

憶えていたらだけど。




気を取り直してシーラは二人に互いを紹介することにする。

ぺこりと礼をして祝いの言葉を述べたテレーゼが、シーラに「結婚式は春だよね?」と聞いた。


コクリとうなずく。

一年の半分以上が冬のこの地域では、伝統的に麗らかな春に行われる結婚式が好まれる。

期間は短いが、新芽が芽吹く温かい春に二人の門出を祝うのだ。

シーラとテオドールも結婚式は春を待とうということで合意している。




いいなー、幸せそう、おめでとうをふやけた顔で繰り返したテレーゼは「あっ、いけない」と腕に巻かれた華奢な腕時計を確認した。


「じゃあ向こうで従者待たせてるから、もう行かなきゃ。

あっ、そうだ、シーラ……」

テレーゼは踵を返そうとして、ぱっとシーラに駆け寄って耳打ちをした。


その内容に、それは…とシーラが苦笑いをしようとしたところで、

「ブックッシュン!」

テレーゼが、最後に元気にくしゃみをした。

豪快である。


「…ほら、ハンカチです」

シーラは言おうとしていた言葉を飲み込んで、たくさんの荷物を両手に持っているテレーゼにハンカチを握らせてやった。


「ありがと…ズズッ…まだ話し足りないから、私帰ったらシーラに手紙書くね」


ハンカチを受け取ったテレーゼが鼻をごしごし拭きながら、ブンブン荷物ごと手を振って去っていく。










嵐のようだったテレーゼと別れて、静かになった街の道を歩きながらシーラは隣にいるテオドールの横顔を見上げた。




「今、貴方を褒めたいことがあるのです」


シーラは憶えていた。

テレーゼに終始ニヤニヤされて居心地が悪そうにしていたけれど、彼はなんだかんだ最後まで手を握っていてくれた。

今もそのまま手を繋いでいてくれている。


「なんだ。お前は俺をいつも褒め称えるべきだと思うが、なんで今だけなんだ」


「今だけだったら褒めないほうがいいでしょうか」


「お前は相変わらず口が減らないな。

フン、とりあえず聞いてやる。今、何について褒めたいんだ」




「それはですね、さっき………」


シーラは言いかけて、口を閉じた。

テオドールの切れ長の黒い瞳と視線を合わせたら、友人の前でも手を繋いでいてくれたのが嬉しかった、とは何となく言えなくなってしまった。

それに、手くらいで嬉しくなったなんてちょっと負けた気がする。



「ふむ、やっぱり詳細は秘密です。

でも、嬉しかったです。ありがとうございました」


「なんだお前は…不気味なことをするな」


シーラが面と向かって嬉しかったと言うことは珍しいからだろうか、それともシーラが嬉しそうに笑っていたからだろうか、テオドールはプイと顔を逸らした。

少し耳が赤くなっている。



「ご褒美は何がいいですか」


「お前が勝手に考えろ…」


「何か期待していますか?」


「別にお前には何も期待していない」


ツンとした声が返ってきた。

つれない人だなあと思いながらテオドールの横顔から視線を外す。

シーラは、丁度そこにあった便箋屋のディスプレイを歩きながら覗き込んだ。

今使っているものがなくなったら買いに来よう。そうワクワクしたところでシーラの耳がテオドールの掠れた声を拾い上げた。



「が、しいて言うなら……お前はそのまま楽しそうにしていろ。

…フン。どうだ、サルでもできるくらい簡単だろ」




アッと思ってからシーラは次の言葉を何も思いつけなくなった。

だが隣を歩く彼の耳はとても熱そうで、横顔はシーラより恥ずかしそうだった。







少し余裕を取り戻したシーラは返事の代わりに手を少し強く握って、綺麗な色に染まった彼の横顔をもう少し眺めることにする。





ワインはそのうち飲みます(多分忘れた頃に…)

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