表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

1-3(短篇そのまま)




そんな温かい嘘のような平和な夜を何度も過ごして、

今。


シーラは叩き起こされたように引き戻され、全身の毛が逆立つような感覚に襲われていた。





この世界には魔物がいる。

人や家畜の肉を食べ、騎士団が日夜戦い、父の命も奪った魔物がいる。

ここ最近、シーラはそのことを完全に忘れていた。




「しゃしゃりでるな!お前は俺の後ろにいろ!」


一面の銀世界で、相対する黒い魔物達に向かって行こうとするシーラに向けて、テオドールが叫んだ。





それは隣の町からの帰り道、ミルフォーゼ内にある国境近くの峠に差し掛かった時だった。


異変は外から聞こえてきた音から始まった。

深い雪に高速で棒を刺すような無数の音が聞こえる。

それと同時に御者の叫び声が聞こえた。


その音に何事かと確認する時間も与えられず、馬車は爆ぜるように壊された。

シーラよりも先に反応したテオドールがシーラを頭から抱えて、すんでのところで馬車から飛び出したので二人の体は馬車のように潰されることはなかった。


雪の中に転がって、しかしすぐに体勢を整える。

視界に広がる真っ白な雪の世界には、どす黒い怪物が蠢いている。

球体の胴体に裂けた口が付いていて、蜘蛛のように不気味な足が付いた魔物。

ソリのような馬車を引いてくれていた大きなバッファローのような見た目の雪イノシシが二頭、群がったその魔物たちに頭から骨ごと齧られていた。

はね飛ばされた御者が傍で腰を抜かして、今にも失神しそうな青ざめた顔をしている。


シーラは周りを確認する。

魔物は上位種ではないし、数も数えることができる程度。

誇り高い騎士団に所属しているテオドールがここにいる限り、現れた魔物に対処せずにみんなで一緒に背を向けて逃げることはできない。

ここで目を離せば、騎士団の監視を掻い潜ったこの魔物たちが街に降りて人を喰うか、家畜を食い荒らすことになる。



…ならば私は彼と共に戦いましょう。


テオドールに買って貰った手袋が汚れるのを避けるため外してポケットに入れた。

ブーツも雪をしっかり捉えられる良いものだ。滑ることはない。

シーラは構える。

雪は深いが、テオドールの魔法があれば地面の上で戦うのと変わりなく戦えるはずだ。






「俺がこいつらを押さえておく。お前は騎士団に協力を要請してこい」


同じく臨戦態勢のテオドールの目は魔物を見据えたままで、前に出ていこうとするシーラの手を強い力で引っ張った。


「騎士団は御者さんに呼びに行ってもらいましょう。私もここに残ります。貴方は強いですが、肉弾戦に持ち込まれたら危ないでしょう」


「接近戦は確かに俺の得意分野ではないが、お前のような雑魚はいない方がましだ」


「雑魚かどうかは私の戦いを見てから決めてください。私は前で戦います。貴方のところには一匹たりとも行かせませんから後衛に集中してください」


「お前は群れる魔物の怖さを知らない。お願いだから俺より前に出ないでくれ」


再度前に一歩踏み出したシーラを引き止めたテオドールに懇願された。

しかし、シーラは前に出る気しかない。


「あんなに強かった父も魔物に殺されました。怖さは知っています。でも大丈夫、私が前に出るのは適材適所です。2人で戦った方が2人とも生き残れる可能性は高くなります」


確かにシーラが魔物と戦った経験はテオドールに比べたら無いも同然だ。

しかし、前衛がいてこそ本領を発揮するテオドールには、前で戦えるシーラが必要なはずだ。

シーラには自信があった。

蒼い顔をした御者とテオドールを残して自分が騎士団に救援を求めに行くより、御者に助けを呼びに行かせて自分が残った方が遥かに勝算があると。



「俺にとってはお前が無事であることが一番大事だ」


「……もしも私だけ無事な事態になったら私は未亡人になりますから、誰かの愛人にでもなってしまうかもしれませんよ」


「それは」


テオドールがフルリと震えた。


「…誰の、誰の愛人になるつもりなんだ」


「まだわかりませんけど」


「そいつ、ぶち殺してやる」


テオドールが絶対零度のソーサラーだと呼ばれている理由を垣間見た気がした。

低い声で呟く彼は一面に広がる雪よりも、おぞましい魔物を前にした時の悪寒よりも冷たかった。



「そのいきです。ぶち殺すためにはここを2人で生き抜かなくてはなりません。そのために私が前で魔物をぶち殺しますから、貴方は私を援護してください。お願いします」


…絶対に、大丈夫です。


女らしくないと言われることもあったが、大好きだった父が残してくれたこの力。

父からもらったこの強さは譲れないものを守る時、こういう時の為にあるのだ。


白い息をすうと吐いたシーラの前に、固まった雪の床ができる。

テオドールの魔法だ。

これでシーラは雪に足を取られることなく戦える。


御者の前にも道ができた。

テオドールの魔力が続くところまでしか走りやすい道はないだろうが、行けと檄を飛ばされた御者は尻でも叩かれたかのように騎士団を呼びに走り出した。




「フン、援護は任されてやる。それで、帰ったら、ご、ご褒美に…キスでもしてやろう」


テオドールが掠れた声でそう言った。

シーラは微笑む。


「ちゃんと、寝てない時にお願いしますね」


「…うん?」


「いえ、なんでもありません。さあ、集中してさっさと倒して帰りましょう」


雪イノシシの肉だけでは満足できない魔物達が、他の獲物を探すため動き始める。

何体かはまだ雪イノシシの血を啜っていたが、他の何体かはシーラとテオドールの方へザクザクと近づいてくる。


シーラは固まった雪を蹴り、跳び上がった。

丁度欲しかったところに雪山のような高い踏み台ができたので、それを利用し身を反転させる。

宙を舞うシーラの蜜色の髪が、白い雪の光を反射した。

その間をテオドールの鋭い氷の魔法が飛び、向かってくる魔物達を牽制する。

彼の魔法は魔物達の足場の雪も操り、奴らの蜘蛛のような足の自由を奪う。


そして跳び上がったシーラの真下には、突然口に雪を大量に詰め込まれて彼女に齧りつくことができない魔物がいた。

その一瞬の隙があれば十分だ。

シーラはその頭蓋に思いっきり踵を落としてやった。


足元で、魔物の脆い骨が割れる音がする。










テオドールの怒涛の支援魔法に導かれるように戦うシーラが魔物を叩き割っていく。

だがやはり、群れる魔物は二人では潰しきれないか…と荒く息をしながら魔物達から距離を取ったところで、騎士団の小隊が到着した。


思ったより早い。

御者がいい仕事をしたのかもしくは、たまたま見回りの小隊が近くを通りかかったのだろう。





そこから決着が着くのは早かった。


到着した騎士団とテオドールにより魔物が残らず討伐され、事後処理が騎士団によってサクサク進められていた。


その小隊にはテオドールと親し気に話している者もいて、シーラも挨拶された。

「うんうん、よろしくねえ」とそのテオドールの同僚にのんびり手を差し出される。

「いつもお世話になっています」とシーラが握手しようとすると、何故かテオドールの手が割り込んできて彼と握手していた。

「んー、なんで僕はテオドールと握手してるの?まあいいか」

テオドールの同僚は特に気に留めなかったようだ。



テオドールは他の騎士たちとも言葉を交わし、処理を少し手伝ったりしていた。

仕事をしている時のテオドールはこんな感じなのだろうか。

少し新鮮である。








それから丸一日経った。


シーラは定位置であるテオドールの部屋のソファの左側に座って、ブルーナー家に来てからずっと良くしてくれている従者たちへのささやかな贈り物を一つずつ袋に入れていた。


テオドールはいつもと同じようにシーラの隣で本を読んでいる。

あれはシーラが薦めた本だ。

分厚くて文字ばかりだが、テオドールはサラサラサラサラとページを捲っている。

ちょっと異常に読むのが早い気もする。



黙々と作業を続け、シーラは小さな贈り物を全て袋に入れ終わった。



横を見る。

テオドールの黒い瞳は本に落とされている。

ふ、とシーラの視線に気付いたその瞳が上げられる。


「終わったか?」



その質問には答えず、ふむとシーラは考えた。


この人は良くも悪くも何事もなかったかのような表情をしている。

色々忘れたフリをして、自分だけ冷静になろうとしているのだろうか。

こちらは一日待ったのに。




「今回私は頑張ったと思うのですが、褒めてはいただけないのでしょうか」



少し間を開けて。



「…ちょっと活躍したからと言って調子に乗るな。

だがまあ、今回は褒めてやらんこともない」


警戒するように、テオドールはおずおずと手を差し出してきた。

ヨシヨシではなくヨシ…と頭を滑るように撫でられた。


「もっと褒めてください」


「人使いが荒いな。それよりお前を褒めてやった俺を褒めて欲しいくらいだ」


そう言って手を引っ込めてしまったテオドールに、シーラは目を細くする。

じっとりとした視線を送ってやる。




「そういえば、ご褒美もまだですね」


「ごほ…!」


なにも飲んでいないのに、テオドールがむせる。

何かが突き刺さったかのように、顔がぼんっと桃色になった。


「まさか、自分で言ったのに忘れてしまったのでしょうか」


「…」


「キスはいつしていただけるのでしょう」


シーラの顔は恥ずかしくても照れていても、赤くなったりしないのだ。

だから今、テオドールにはシーラが平然超然泰然としているように見えているだろう。



「か、考えていたところだ!」


「しないのならそれでもいいのです。私は全く困りませんから」


「…」


「では私は皆さんに贈り物を配ってくることにしましょう」


テオドールが黙ったままなので、シーラはソファに散らばった小袋を集め始める。




「…待て、動くな」


掠れた声がして、腕を優しく掴まれた。

顔を上げる。

テオドールの顔がすぐ目の前にあった。

ちょっとだけ予想はしていたのに、シーラは思わず目を瞑ってしまう。

両親以外で、こんなに近くに人の顔があった事なんて今までなかったから。



ふわっといい匂いがして。

鼻の頭に、少し湿った柔らかいものが当たる。









短い時間だけ、テオドールの顔が物凄く近くにあった。

肌が綺麗だった。

切れ長の目も綺麗だった。

唇が触れたのは鼻の頭だけだったのに、シーラの心臓は思っていたよりもバクバクしている。

自分の脈の音がびっくりするくらいうるさい。








サッと離れたテオドールは真っ赤で、もう既にブランケットに顔を埋めてしまっていた。



なんだかんだ、彼も少しは嬉しいとか思ってくれているだろうか。

そうだったらシーラも少しだけ嬉しい。




暫くシーラがそれを見つめ続けていたら、テオドールがブランケットから少しだけ顔を見せた。

細められた彼の目とシーラの目が合う。


「フ、フン。

…次はもっとうまくやる」






評価やブックマークや感想などいただけたらとても喜びます。

ここまでお疲れ様でございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ