時計の章 2話 失楽園
二人に面識は無かったが、ある何者かによって意図して産み落とされたのは間違いなかった。
それはこの二人に限り言える『事実』である。
エルシー・タオ(Elsie・Tao)とクロノ カナツグ(黒野 奏嗣)
選ばれし二人の共通点をあえて探すとしたら、あまりにも生きるのが下手くそだということだった。
もう少し鈍感に物事をとらえることができたなら、これほど人生で自分を追い詰めることもなかっただろう。
しかし、この二人の狂気すらはらむ余地のないほどのイノセンスが、かの僻遠の地にいざなうことになってしまったのかもしれない。
二人はこの地球の……いや、宇宙のどこにもない場所で、必然ともいえる奇跡で出会った。
エルシーはインドのデリーで生まれ、育った。
しかし彼女はインド人というわけではなく、中国人の父とイギリス人の母との間に生まれた子であった。
両親がどういった経緯で結婚したかは定かではないが、父は食品を扱った貿易会社の経営者で、それなりに裕福な暮らしをしていた。
父はエルシーにインドの高度な教育を受けさせるため、地元のプライマリースクールに通わせた。
エルシーは父の期待に応えて、プリカレッジまで優秀な成績を修め、見事デリー大学商学部に進学した。
ちなみにその年の入学試験の合格点は満点だった。
彼女にとって学ぶことは、ドアノブを回して部屋に入り、ドアを閉めるの繰り返しと同じであった。
大学でもまだこんなことが続くかと思うと、いい加減倦み疲れる思いがした。
しかしその日はついに訪れた。
ひどく暑い夏休み目前の4月某日、エルシーは『身の回りで起きたあるショッキングな事件』に動揺し、まるで魂が抜けたようになっていた。
本来ならば大学を休んでいたかもしれない。
しかし、大学は『戻りたくない場所』から最も遠い場所であったので、無意識の中講義に出席していたのだった。
暑さも極まった正午過ぎ、講義を終えた彼女はいよいよ居場所を失った。
フラフラと立ち上がり、うつむいたまま大学の出入り口から外に出た。
そこに不思議な違和感があった。
外の狂ったよな日差しも熱もまるで感じないのである。
力なく顔を上げるエルシー。
そこには、無窮なる荒野が広がっていた。
カナツグは日本で生まれ、育った。
世間では高校生と呼ばれる年齢だったが、彼の生活は世間のそれとは逸脱したものだった。
毎日をカーテンを閉め切った薄暗い、そして埃っぽい自室で過ごしていた。
彼の両親はこの事態にひどく動揺して、あれこれ手を打とうとしたが、これは彼なりの理由があっての行動だった。
彼は常々こう考えていた。
「本当に生きているのは自分だけではないか?」、と。
そう思い始めると、他人と接するのが恐ろしくなった。
彼にとって学校は泥人形たちの集会所だった。
目に映る世界は、自分の眼球が見せる偽り。
不登校になるのに何のためらいもなかった。
彼はインターネットでも人と繋がろうとしない。
そこに人がいないのを知っていたからだ。
本も映画も嫌った。
泥人形の毒素にやられ、懐柔させれることを恐れたからだ。
彼はこの不毛で孤独な闘いに本気で取り組んでいた。
日々繰り返される煩悶。
彼は彼の持論から食事も嫌った。
肉も魚も野菜も見るだけで吐き気がした。
口にするのはもっぱらクッキーのようなお菓子、それとアイスクリームだけだった。
たくさんは食べない。
味わいもしない。
母親は少しでも栄養をと、健康食品メーカーから取り寄せたクッキーを用意したが、彼はこの気遣いに感謝も反抗もしなかった。
彼は毎夜寝る前に、自分の考えたことを日記に綴った。
時に学者の論文のように、時に感傷的な詩人のように。
いつかこの日記が俺自身になるんだ、そう願わずにはいられなかった。
そしてベッドにもぐりこんだ。
しかしその時は突然訪れた。
ある日ベッドで目を覚ますと……
そこには、無窮なる荒野が広がっていた。
一話目から間が空きましたが、これからは完結に向けて投稿していきます。
明日も投稿します。




