表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みんなの幸せな結末へ  作者: 汪海妹
9/14

出来が悪い子供が100点を取った日













出来が悪い子供が100点を取った日













清一













「千夏、お母さん今日元気だった?」

「お父さん、もう、わたしだって忙しいんだから、毎日かけてくるのやめてよ」


母が気の毒なのか、最近、僕に輪をかけて冷たい。


「元気だよ。英会話勉強しているし」

「え?」

「なんかさ、英語圏の人の奥さんになりたいんだって、今度は」


千夏は笑っていたが、僕はちっとも笑えなかった。


「ちょっとお父さん、元気出しなよ。ここ、笑うとこだよ」

「俺の生活から全てのユーモアは消えた。ほんと笑えない。何事も」

「つまらない男だな。別居ぐらいで」

「……」


相変わらずうちの娘は口が悪いな。


「ね、本格的に捨てられちゃったらどうするの?別居ぐらいで落ち込んでられないよ。お父さん」

「会社辞めて旅に出る」


きゃははははと千夏が笑う。


「まだ冗談言う元気残ってるんじゃん」


冗談じゃないんだけど、これ。


***


なつとはもう1か月以上話していない。1人で家にいて夜が更けてくると僕は彼女が恋しくなって電話をかけた。かけたけど彼女は出てくれなかった。一度も。徹底して。だから、一方的にメッセージを送った。そして、娘に電話をかけて、彼女の様子を聞いた。


1人の時間、何もする気がおきなくて、ぼんやりと昔のこととか思い出した。彼女との思い出はたくさんあった。とても小さい頃からずっと一緒にいたから。どんなときにかわいいと思ったか。どんなときに怒らせてしまったか。どんな時にすごく支えられたか。どんなところを尊敬していたか。どんなことで泣かせたか。


泣かせるたびに自分も傷ついて、もう2度としないと誓うのに、どうしてまた間違えてしまうんだろう……。考えはいつもここに落ち着く。


***


「支社長、俺ちょっと電話かかってきたんで」


出先からの帰り、家の近くの店で夕飯を食べて、少しお酒を飲んでいた。しばらく1人でぼんやりする。遅いな、高田と思っていると、


「あの…」


目をあげると、十和田さんが表情を少しかたくさせながら立っていた。あいつ、余計なことしやがって……。


「あの、高田君が悪いんじゃなくって、わたしが……」

「どうぞ、座ってください」


彼女は椅子を引いて僕の正面に腰かけた。


「何か飲みますか?」


何を飲むんだろう?十和田さんって。彼女は居心地悪そうにしていた。


「ワインとかでいいのかな?」


彼女は目をあげて頷いた。


「赤?白?」

「……白で」


僕は適当な白ワインを一本オーダーした。


「あの、わたしそんなにたくさんは」

「ああ、大丈夫ですよ。余ったら全部あいつに飲ませますから」


余計なことをした罰だ。


「あの、高田君から聞いたんですけど、その……」


グラスを2つもらって1/3ぐらいずつ注いで彼女の前と自分の前においた。


「奥様が家、出てしまわれたって……」

「あいつ、そんなことまでぺらぺらしゃべったんですか?」


高田、お前は営業に行ってるのか、それともおしゃべりに行ってるのか。


「あの、どうして……」

「うーんと」


この人に話す話ではないと思うのだけれど。


「あなたのことが頭から離れない日が何日かあって、うちの奥さんがすごい敏感な人なので、なんかばれちゃって」

「はい」

「他の女の人のこと考えている人とは一緒に暮らせないって出てっちゃいました」


この人はこんな話聞いて、何がしたいんだろう?


「それで、どうされるんですか?」

「どうしましょうか。さすがに今回はどう謝ったらいいのか思いつかないんですよ。何というか、もう、謝らなきゃいけないようなことするつもりなかったんで、めぼしい手段は全部使っちゃったかな」


僕はワインを飲んだ。最近は何を飲んでも酔えない。何も話さずに2人で見つめ合った。彼女はやっぱりきれいだったし、前と同じように少し熱っぽい目で僕を見ていた。


「高田のやつ、一体どういうつもりで僕の居場所をあなたに?」

「わたしのことが心配だったんだと思います」


今まで自分の女性の好みをまじめに考えたことなんてなかったけど、僕はなつみたいな子供っぽくてかわいらしい人も好きだけれど、十和田さんみたいな知的で上品な人も好きだったんだな。大人っぽいのにときどきちらっと見せる子供っぽい顔とか気になる。何かくだらないことを言って笑わせたくなる。上品で清楚な彼女がそうではなくなる時間を見てみたいと思う。


2人で一緒にいたらきっとなつとはできないようないろいろな話ができるのかもしれない。彼女という洗練された世界の一員に自分もなって、普通のレベルの女性とは味わえないような心地よさを味わえるのかもしれない。自分で言うのもなんだけど、美男美女で皆に羨ましがられるような2人になるのかもしれない。


彼女と一緒にいる自分はなつと一緒にいる自分とはまたちょっと違っただろう。もっと落ち着いているのかもしれない。もともと僕は静かな人間だ。僕が人を笑わせるのが好きになったのは、なつの影響だから。彼女はいつも僕の毎日をひっかきまわして、にぎやかにしてしまって、僕はいつのまにかそれに慣れてしまった。次、彼女が何をするのかを楽しみにしながら過ごすようになった。彼女に大笑いさせられるのも好きだったけど、彼女を笑わせるのも好きだった。最近は彼女と2人で周りを笑わせるのが好きだった。


僕は知っている。十和田さんにはそんなことはできない。そんなことは考えるまでもなくわかっているはずだった。出会ってから今までで一番、今、なつに会いたい。


「もし、彼女と会う前に……」


今まで何度も利用してきたフレーズを今度は本当の気持ちを込めて使う。


「あなたと会っていたら、僕はきっとあなたを好きになっていたと思う」


僕の頭の中に今の自分とはちょっと違う自分と十和田さんの絵が浮かぶ。きっともっと地味で穏やかな僕。昔、メガネをかけてたころそのままの。それはそれで幸せだったんだろう。だけど、今は、できない。なつと会ってしまったから。


「だけど僕には彼女が、奥さんがいない人生はもう考えられないんです」


十和田さんはちょっとじっと僕を見てため息をついた。


「わかりました。今度こそ、はっきり。残念だけど、はっきり言われたほうが、こういうのはいいわ」


そういって笑った。やっぱりきれいな人だと思う。


「戻ってくるといいですね。奥さん」

「あなたにもいい人が見つかりますように」


そういって僕と彼女は乾杯をして、ワインを1杯ずつ飲んだ。


***


「おい、お前、家帰ったのか?でてこいよ」


高田は呼び出したら、すぐ来た。


「お前にやるぞ。これ全部。俺のおごりだ」

「なんだ。今日はもう2人でどっか行っちゃうかと思ったのに」


僕はにらんだ。


「お前、わざと俺のこと試したろ。なつに言いつけるつもりなら、ちゃんと、ちょっと話してすぐにわかれたって言えよ」


僕は時計を見た。


「一時間も経ってなかったからな」

「え?」

「連絡とってるだろ。お前のやりそうなこと。想像つく」


俺の電話は出ないくせになつのやつ。


「大体、お前どっちの味方なわけ?なつと十和田さんの」

「僕はきれいな女性の味方です」

「じゃあ、十和田さんか」

「……」

「待て、今のは絶対言うなよ」


***


高田君がなつに電話で何を言ったのかわからない。わからないけど、彼女は相変わらず僕の電話に出ず、もちろん僕に電話がかかってくることもなかった。いつまで怒っているつもりだろうと最初は思っていた。だけど、時間が経ってくると、なんというか、永遠に彼女は怒り続けて、そして、それはもう一時的な怒りではなくて、僕に対する永久烙印になるのかな、と思った。人はそうやって許せないものを過去において、前に足を出すものだから。

まさか、とその考えを取り消す。ばからしい。一体何年一緒にいたと思ってる。そんなにやわな絆じゃない。そして、そういう自信は時間と反比例して小さくなっていく。


僕には理解できないくらい、彼女は感情が激しいのだと思う。今まで理解しているつもりだった。だけど、やっぱりわかっていなかった。感情が激しい分、彼女は一途で、だから口ではいろいろいっても、僕のことをすごく大切にしてくれた。ずっと出会った頃から同じ強い気持ちで。離れてみて今、わかる。そんなに長い時間同じ強さで想ってくれるなんて、本当はめったにないことだったのだと思う。みんな、出会った頃の気持ちなんて薄らいでいくものだ。そういうところも、結局僕自身が彼女しか知らないために気がついてなかったんだと思う。僕は女の人のことも恋愛についてもよく知らない。


そういう激しく深い愛情だったから、ひっくり返ったときの衝動が激しくて、おそらく彼女は今僕を深く憎んでいる。世間一般の基準からいってたいしたことなんてしてないと思うけど、僕たち2人しかいない世界では、お互いしか結局知らなかった狭い世界では、きっとあまりに大きくて衝撃的な出来事だったんだ。


どうしてこんなことになっちゃったんだろう。ほんの少し前までは、本当に仲のいい普通の夫婦だったのに。


***


「支社長、ちょっと大変ですよ。来てください」


高田と黒田が2人そろって、また、性懲りもなくノックもせずにドアを開ける。考え事を中断されたけど、まぁ、こういう考えは中断してもらって構わない。仕事に集中しているほうが楽だから。


「火事でもおきたの?」

「いいから、早く」


と大騒ぎしている2人の後ろから、首をのばして覗いている人がいる。中田君だった。


「支社長、ちょっとよろしいですか?」


どちらかといえばおとなしい彼も顔を上気させている。


「いい方の話なのかな?」


彼の顔は悪い話ではなさそうだ。


「おっきい契約が取れたんですよ!」


高田が叫んで、黒田君にばか、お前が先に言うなと殴られていた。


「全然、期待していなかったんですけど、君のところに任してみるかって購買部長がおっしゃってくださって」


客先名と金額を聞いて驚いた。僕は立ち上がって、部屋を出る。


「田無さん、あの……」


田無さんは、財務データをまとめているローカルスタッフの後ろに立って、彼女に何か計算をさせていた。途中まで厳しかった顔が、途中でほころんだ。ああ、もしかして。


こっちを見た。にっこり笑ってみんなに頷いた。


「やった~!」


誰が最初に声をあげたんだろう?とにかくみんな大騒ぎし始めて、そして、中田君はいろいろな人にもみくちゃにされている。


「こんなこともあるんですね。本当に。こんなぎりぎりで……」


僕は田無さんと端っこのほうで話す。おじさんたちはあんなにはしゃげない。みんな本当に中学生を通り越して、小学生なんじゃないか?


「そうですね」


中田君が持ってきた金額は、月あたり支社の月商約5%にあたる金額で、こんな額の契約は何年かに一度しか取れない。間違いなく中田君が入社してから取った契約の中で一番大きい額で、彼にとって今日は一生忘れられない日になるだろう。しかも、彼にとっての勝ちは、僕たちにも勝ちをくれた。絶対に届かない夢のまた夢の年間ノルマにぎりぎりで届いた。


「今日は会社の金使ってみんなで飲みに行きますか?」

「支社長、そんな話している場合じゃありません」


怒られちゃった。


「概要をすぐ清水さんにあげてください」


後じゃだめですか?と言おうとして田無さんの顔を見る。


「たぶん、今頃本社のほうは人事での打ち合わせがピークなんです。すぐにいい情報入れないと、状況は日々変わりますから」

「……はい」


***


「そうか……」


画面の向こうで、清水さんは、冷静だった。でも、さすがにもうちょっと喜んでくれてもいいのに。できの悪い子供が100点取った日を。


「本当にぎりぎりだな。君はわざとやってるの?」

「そんなわけないじゃないですか。もうちょっとほめてくださいよ」


清水さんは笑った。


「君の年齢でそんな子供のようなこと言うのはやめなさい」


やっと少し嬉しそうな様子が見えた。


「まあ、でも、午後の会議に間に合った。今日が大詰めだと思ってたからね。今、もめにもめてて、アジア部長も地方統括なんて下の方の人事はそんなに拘らないと思ってたんだけど、やっぱり異例の短期であげるってのがひっかかったんだよね。それと、どうも尾藤君がアジア部長に渡りができたみたいでさ、僕すっとばしてなんか話したみたいなんだよ。あいつ。こっちの意向はうまく隠してたと思ったのに、空気読むのに長けてんだな」

「はぁ」


この前会ったときは、眼中に入っていなかったもんな。俺のこと。


「こっちも奥の手を出さざるを得なくなっちゃったよ」


奥の手?なんのことだろう?


「まあ、それはこっちの話でね。だけど、五分五分かと思ってたけど、ぎりぎりノルマ達成ってことで、なんとかなりそうだ」


ああ、田無さんの言う通り、すぐ報告してなかったら、きっとやばかったんだわ。これ。


「でも、ま、こういうものは最後の最後までわからないからね、あまり期待しないで待っててくださいよ」

「もともと僕は、期待してませんから」


そう言って、回線を切った。


***


夜は大宴会になった。大騒ぎするから、怒られなさそうな安い店に行った。


たくさん飲んで酔いたいという気もなく、端っこでみんなの様子を見ていた。みんながあんなに楽しそうなのが、嬉しかった。だから、特にお酒はあってもなくてもよかった。


「支社長」


和田君が寄ってきた。


「お疲れさま。君もありがとう。今回は」


彼のくれた情報がきっかけの契約は、うまくやれば来年再来年にもっと大きくできるだろう。この支社の来年、再来年は絶対に今年より楽だ。お腹を空かせて歩き回る必要はなくなる。彼はちょっと下を向いて笑みを浮かべた。


「そんなに飲んでないの?」

「支社長こそ、ほとんど素面じゃないですか」

「……最近は、飲んでも酔わないんでね」


今日はいいことがあったから、中断していたなつのことをまた少し思い出した。


「それ、夏美さんのせいですか?」


傍らの彼を見た。


「知ってたのか。まぁ、当然か」


友達第一号だものね。うちの奥さんは、君の。


「ある時からぱったり、連絡も家にご飯食べに来いって話もなくなったから、おかしいって思って……」

「なつに直接電話して聞いたの?」

「いや。高田君に聞きました」


僕はため息をついた。


「僕がばかなんだよ。いっつも」


今日みたいないい日に、彼女にそれを教えてあげることもできない。なつが励ましてくれたから頑張れたのに。


「支社長、すみません。もう1個話があって……」

「なに?」

「そのうち正式に通達あると思いますけど」

「うん」

「僕、上海への異動、決まりそうです」


一瞬声が出なかった。


「希望、出してたのか……」


彼は頷いた。


「そうか、残念だな。ほんと。でも、君が望んだ結果なんだよね。おめでとう」

「ありがとうございます」


和田君が上海か……。よかったと思う反面、まだ、もう少し彼を身近において、見守りたい執着がある。珍しいことだ。僕が人に執着するのは。


「あの、実は……」

「ん?なに?」


まだ、なにか話がある。


「僕、上海に彼女がいるんです。遠恋してる」


ぶっちゃけ、彼女がいるってだけで、驚くのに。(失礼だけどそういうふうにみえない)


「うそ、もしかしてそれって、日本人じゃないの?」

「中国人の子です」


びっくりした。


「君って、さ」

「はい」

「なんというか、ぱっと見よりね、いろいろびっくりするようなことするよね」

「そうですか?」


高田君と和田君を並べると、絶対的に和田君のほうが地味なのに。和田君はときどき予想を裏切る行為をする。包み紙を開けてみると意外な人だ。


「だから、中国語がんばってたんだ」

「はい」

「いやぁ、なつが聞いてもびっくりするだろうな」

「あ、いや、夏美さんは知ってます。話しましたから」

「……あ、そうなんだ」


ちょっとだけ、寂しい。でも、当たり前か、上司と部下の関係と友達の関係は違うよね。


「それは、ほんとよかったね。元気でがんばるんだよ」


***


それから、2週間ほどたって、清水さんから連絡があった。


「通達はまだだけど、ちゃんと決まりましたよ。6月に任命されるから、東京に来なさい」


ああ、また、なんか僕の人生が予想とは違う方向へ走ってるな。


「はい。わかりました」

「なんのひねりもない返事だね」

「ひねったほうがよかったですか?」

「まぁ、遊んでる時間もないですし、構いません。普通で」


しばらく2人黙る。


「嬉しくなさそうだね」

「やったーとか言ってガッツポーズしたほうがいいですか」

「すごく気持ち悪いからやめてください。君のキャラに合わないし、年齢的にも無理があると思います」


そこまでいわなくてもいいじゃん。


「正直、実感がわきません。それに、責任が伴うものだから、そんな手放しに喜ぶのも不謹慎じゃないですか?」

「えらくまともだな。つまらない。上にあがったからって丸くなるなよ」


ふふふと2人で笑った。


「丸くなったとか丸くならないとかじゃなくて、すみません。今仕事以外でちょっとあって、普通に元気がないだけです」

「そうか」


清水さんはそれ以上何も聞かなかった。


***


「田無さん、すみません。ちょっとだけ出てこられません?」


家の近くで電話した。周りのみんなには正式発表までふせておきたいので、わざと会社を出てからにした。また、2人でいつかの店に行く。


「おかげさまで、まだ内内の話ですけど、決まったそうです」


店内の喧騒の中で、ごくごく簡単に結果を伝える。


「田無さん?あの……、それは、だめですよ」


驚いた。いい大人なのに。


「僕ごときのためにあなたのような立派な人が涙ぐまれては……」


僕は慌てて、懐からハンカチを取り出した。何か変だぞ。いい歳したおじさん同士で。


「すみません」


田無さんもおかしいと思ったのか、僕からハンカチは受け取らずにお店の紙ナプキンでそそと目元をぬぐった。


「自分でも驚きました。きっと胸にいろいろなことがひっかかってるから、ちょっとした拍子に涙腺がゆるんじゃうんですね。面目ない」


どうしてこの人は、こんなに温かくて純粋で優しい人なんだろう。


「僕は一人では何もできなくて、結局は田無さんがいてくれて、みんなががんばって、僕は何もしていないのに、出世しておかしいです」

「いいえ、いろいろされていると思いますよ。自覚されていないだけで」

「僕は本当は僕じゃなくてあなたがシンガポールの支社長になったほうがよかったのにって何度も思いました」


田無さんはふきだした。


「やめてください。わたしは支えるべきトップがいるときに最高のナンバー2になる男なんですよ。お金つまれたって、一番になんかなりたくないんです」


あ、そうなんだ。知らなかった。


「でも、僕みたいな軽いへらへらした人間が急に来て、きれいごとを語ったって、みんな耳を傾けたりしなかったと思います」


田無さんがいたから、みんなに信頼してもらえた。


「支社長は……、ご自身のことをよくへらへらとかおっしゃいますが、そんないい加減な方ではないです。五十嵐さんと比べて真剣さが足りないなんてことはありませんよ。もし怒鳴ることが重くて、怒鳴らないことが軽いのなら、そんなの間違っています。いつも真面目に深く考えられてるじゃないですか」

「そうでしょうか?」

「そうですよ」


田無さんは、しみじみと言った。


「支社長が来られてから、みんな本当に変わりました。変わったというか、本来のみなさんに戻った、のかな?五十嵐さんがいるときは、そりゃもう、ぴりぴりしていましたからね」

「僕、これから他の拠点も回らなきゃいけないんで……」

「はい」

「留守はやっぱりあなたに任せることになると思うんです」

「はい」

「僕が担当していためんどくさい顧客も返さなきゃいけないし」


僕はちょっと笑った。


「手のかかる新人君たちも、お返しします。いろいろな経験させて育ててあげてください」


和田君は出てってしまうけど。


「もう、2人とも手のかかる新人とは言えませんね」


たしかに。2人成長した。それぞれ。そして、それが僕はしみじみと嬉しかった。そう、こういうのは僕の生きがいと言える。


***


和田君はそして、5月末で上海へと異動していった。支社には新しい新人の子が入った。なかなかルックスがいい。これ幸いと高田君とやっていた女性がらみの仕事は新人と高田君に押し付けた。


そんなある普通の朝に、財務の子が支払いインボイスをもって入ってきた。


「これ、飛行機のチケット、和田さんに頼まれて取ったんですけど、会社負担ですか?それとも個人負担ですか?」


受け取って見た。行先を見て驚いた。アメリカ、ロサンゼルス。


「個人負担だね」


財務の子が出てった後に、考える。アメリカ、ロサンゼルス。和田君何も言っていなかったけど、たぶん、移動になる前になつに会いに行ったんだ。でも、なんで?


ずっと話せてない奥さん。もう、かれこれ2か月以上。彼女は今、何をしているんだろう?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ