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みんなの幸せな結末へ  作者: 汪海妹
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うさぎとかめ













うさぎとかめ













清一











「おい、高田。お前の報告書、やり直し」

「え!なんでですか?」

「お前、これあちこちからコピペしてまとめたろ。お前自身の分析なんかどこにも入っていないじゃないか」

「なんでわかるんすか?」


あ、認めたな。こいつ。つーかそんな簡単に認めるなら最初からやるなよ。


「読めばわかる」

「嘘だ!読んでなんかいないでしょ」


僕はじっと彼を見る。読んでるって。なめるなよ。


「お前さ、俺が親しみやすいキャラなのはわかってるけどさ、その口のききかたはあんまりにもリラックスし過ぎだぞ」


ほれ、やり直し。今日中。と渡すと、えーっと騒いだくせに夕方にはけろっと持ってきて、


「お先っす」


そして、彼はさっさと帰って行った。他の駐在員のみなさんが背中から見て、ちょっと固まっているのが分かる。これは、俺たち世代にとってはありえない。ペーペーが先輩たちがまだ仕事しているのに、さくっと帰るなんて。しかも、俺に対してあの口のききかた。新人が宇宙人に見えるとよく聞くけど、たしかにそうだ。僕は新人のときこんなに生意気ではなかったぞ。


 僕のあの日のスピーチには、ちょっとしたミスがあって、できるだけ早く家に帰ったほうがいいのは30代以降。20代は身体も若くて元気だし、とにかくいろいろ覚えたほうがいいので、さっさと帰らせてはならない。


 ああ、高田が永久使えない男になったら俺のせいだ。どうしよう?そして、彼の再提出した報告書を見て、僕は本格的に絶望した。


「和田君。あの、ちょっといいかな?」


彼は素直に僕の部屋に来た。


「あのさ、高田君の報告書まとめなおしたの、君だよね」


彼は困ってもじもじしている。


「先輩の言うこと聞けって言われて断れなかったのかな?」


たった一年だけど、高田君は和田君の先輩だ。


「……はい」


本当に軽い男だな。高田。ある意味、僕に似ている。ただ、僕はこんな簡単にばれるような手の抜きかたはしない。


「わかったよ。高田君には明日俺から言っとくから。もし、それでも今後似たようなことがあったら、手伝う前に僕に言いなさい。君の時間が無駄になっちゃうから」


もう、行っていいよ。と言っても彼は立ち去らなかった。


「どうした?」

「あの……、どうして僕が書いたってわかったんですか?」

「どうしてって……」


僕は彼を見た。最近この子前より話すようになったかも。


「君からのレポートはもう何個ももらって読んでる。高田君や他の社員の人と比べて格が違うんだよ。一行読んですぐわかるよ」


彼は僕を見た。うーん、なんか子犬みたいなんだよね、この子。


「論理性が高いってだけじゃなくて、君、報告書に使っているデータ、全部きちんと取り直して、自分で見てるだろ。それと、1つ目のデータを見て納得できないと、他のデータも取って、自分でよく見て納得してからまとめてるよね。だから君の分析はちゃんと自分の頭で考えているし、結構すごいと思うよ」


僕は彼の瞳の奥にかすかに何かが灯るのを見た。僕はその様子に急に強い既視感を覚えた。何だろう、これ、この子どこかで見たことがある。


「みんなは面倒くさいんだよ。だから、簡単に済ますんだ。それを面倒くさいと思わずに夢中で没頭できるって、それ自体が才能なんだよ」


彼の顔がゆっくりほころんだ。桜がそっとつぼみを緩ませて花開くように。彼は小さな笑顔を見せた後に自分のデスクへ戻って行った。


***


「だからさ、なんでこんなあからさまに分かるようなことするわけ?」


翌朝一番、高田を呼び出して言った。そして、言った後に彼の金属のように硬質な目つきでわかった。ああ、そりゃそうだな。この子だって優秀な人しか住まない国の優秀な市民なんだ。まじめにやればあんなレポート彼だって自分の力でなんなくクリアできる。


「わざとやったのか?最初から」

「支社長はえこひいきしてますよ」


えこひいき?うん。なんかすごい久しぶりに聞いたね。この言葉。


「なんで和田ばっかほめるんですか。おかしいですよ。あいつなんて取引先に電話かけて用件一つすますのだっていまだに満足にできないのに。今支社長が持ってるめんどくさい案件、中心になってさばいているの俺じゃないですか?」


目が燃えている。相当怒らしてるな、俺。


「あいつなんて五十嵐さんは一回もほめたことないですよ」


 うちの子は男の子と女の子で、太一がマイペースでのんびりだったのと、千夏と太一の成績が比較競争させる以前にレベルが違い過ぎたので、こういうぶつかりあいみたいなのはなかったんだよね。誰だってヘリコプターとジェット機を比べることはしないじゃないか。


「うん。すみませんね。でも、それはわざとなんだよね。あからさまにほめるのと全然ほめないの」

「どうしてですか。納得できません。だって俺の人事評価するの支社長じゃないですか。不当に低く評価されるのは嫌です。好き嫌いで」

「僕が高田君より和田君のほうが好きだから、ほめてると思ってるの?」


彼は燃える目のままで口をきかない。これはもう……。


「かわいいな。お前」


笑ってしまった。こいつ本当になんかわかりやすくてかわいいじゃないか。


「おじさんにかわいいって言われても全然うれしくないです」


たしかに。


「あのね、僕は結構適当な人間に見えるかもしれないけど、えこひいきなんてしていません。君を簡単にほめないのは、君がうさぎとかめのうさぎだからだよ」


高田君はきょとんとした顔をした。


「君、今まで挫折らしい挫折したことないでしょ?そんなに努力しなくても要領よくいろいろこなせるから。それで、あんまりコツコツ努力していないよね。今」

「そんなこと……」

「ありますね。僕から見て。だから本来持っている能力は必死でのばしたらもっとぐっと伸びるのに、君はずっとさぼってる。レースの途中で昼寝しているうさぎなんだよ、君は」


イソップ物語。読んだでしょ?昔。高田君はまじめな顔をしていた。若い子ってやっぱり純粋なんだな。ちゃんとまじめに聞くじゃないか。


「僕はね、こう見えても君のことを本気で心配しています。挫折らしい挫折をしらない君が、30代か40代のとき、自分が亀だと思っている人に追い抜かれたとき、きっと立ち直れない。そのままだめになってしまうと思う。プライドが高い人ほど意外とぽきっと折れると弱いんですよ。いい物持ってるのに、使い方間違えてそんなところで壊れちゃったら、本当にもったいないじゃない」


彼は下を向いた。まさか、泣かないよね?この子。男の子は人前で泣いちゃだめだよ。


「もっと真剣にやってくださいよ。君はもっともっと大きい金額の契約取れるようになるよ。みんなを支えられる柱になれる人なのに、今ぐらいのレベルで満足しないでよ」


僕は彼のつむじを見ながら続ける。


「和田君のよさは君とはまた別です。でも、二つとも会社には必要なんですよ。僕はあなたの良さを無視したりわかっていないわけではない。でも、自分が上で和田君が下みたいに思って口にするのは今日で終わりにしてくれないかな?僕は2人が協力すればお互いの弱点が補充しあえて、きっと1人ではできない大きいことができると思って見てるんだから」

「協力ですか?」


僕はうなずいた。


「うちの会社ってさ、なんというか、よく言えば自立、悪く言えば孤立?なのかな。それぞれが優秀だからなんか1人で仕事しようとする人が多いよね。こう、人に助けを求めず成果をあげるやり方が身についてしまってるんだな。だけど、それよりチームとして動くほうが本当は効率がいい。僕の考え方は十分に合理的でしょ?」


彼は黙っている。


「そういう孤立する癖をとっぱらってうまくチームが作れれば、もともと優秀な人たちなんだもん。きっとすごい成果があげられるよ」


僕は笑った。本当に僕はそう思う。そういうことができたら、ノルマノルマってくらい顔して過ごす日々から逃げられるじゃないか。


「僕が和田君を人前でほめるのは……」


僕は高田君から目をそらして、窓から外を眺めた。


「彼の自己評価が低すぎるからです。あんなに自信がないと自分で自分をつぶしてしまう」


僕はデスクにおいた彼が高田君のためにまとめたレポートを手に取った。


「君はどう思う?このレポート。これは能力の低い人が書いたものだって思うかい?」


高田君は少し瞬きをした。それから言った。


「いいえ」

「そうだよね。僕もそう思う。すごいと思う。彼は優秀な人だよ。それなのに、自分でひとかけらもそう思っていないんだ」


本当にいつもおどおどしていて、ほとんど話さない。会社の中でもまるでチャンスがあれば姿を透明にしてしまいたいと思っているみたい。


「あのさ、君だから頼むんだけど」

「はい」

「和田君の友達第二号になってよ」

「はい?」


喉がかわいた。デスクの上においてあったペットボトルの水を少し飲んだ。


「うちの奥さんが第一号なんだよ。彼にはね、きっと今、そういうことが大切なんだと思う。人と普通に触れ合っておしゃべりして、笑いあって、居場所を見つけることが、さ」


高田君は静かに僕を見ていた。


「彼を助けてあげてよ。きっと彼みたいな子はさ、自分に自信を取り戻したとき、周りもびっくりするくらい大輪の花を咲かせられる人だと思うんだ。それで、君と2人でさ、みんながびっくりするような、それこそ清水さんが開いた口を塞げないような大きな新規契約取ってよ」

「僕がですか?」


僕はうなずいた。


「うちの奥さんが、あの人もかなり変わった人でね。あの年でアニメを見るんだよ。それで、和田君もアニメが好きらしいんだよね。50代と20代で話が盛り上がって友達になったみたいなんだよね」

「アニメですか?」

「うん。昔から好きなんだ。あの人、そういうサブカルチャーみたいなの」


僕は軽く目を閉じた。


「別に君にアニメの話をしろって言ってるわけじゃないんだけどさ。僕、うちの奥さんにお願いしたんだよね。時々、家に和田君呼んでご飯食べさせてあげてってさ。この前、1回初めて来たけどさ。俺がいると気使うだろうし、でも、1人では行きづらいみたいだからさ。君もそこに加わって、一緒にご飯食べてあげてよ」


僕は目を開けて高田君を見た。この子は昔どんな子だったんだろうか。クラスの人気者?優等生?女の子にはもてたんだろうか。


「こんなこと頼んだら困るかい?純粋に仕事とも言えないし」


ああいう和田君みたいなクラスの端っこにいたであろう子に手を差し伸べてくれるだろうか?なつみたいに一ミリの躊躇もせずに。


「わかりました」


助かった。高田君にはいつもの気取った様子も、おちゃらけた様子もなかった。きれいな目をしていた。この子は本当はまじめに対してみたら、けっこうまっすぐな人なのかもしれない。自分をひねくれて見せたかっただけなんだ。


「ありがとう」


この仕事(?)は僕にはできない。彼の友達になってあげることは。なつと高田君にはそれを任せることができる。


「支社長は……」


高田君にはまだ何か聞きたいことがあったらしい。


「なに?」

「やっぱりうさぎだったんですか?」

「ああ……」


イソップの話がまだ続くんだね。


「僕はうさぎに見えるのか。そうか、不思議だな」


昔の自分を久しぶりに思い出した。小さな自分。


「努力してうさぎに見えるようになった。亀も亀だな」

「え?そうなんですか?」

「僕なんて大人しくてにことも笑わない子供だったんだ」


そう、和田君みたいな……。


「どうかしました?」

「いや、なんでもないよ」


そうか、忘れてたな。すっかり。


***


「支社長、ほんとに大丈夫だったんでしょうか?」


田無さんが部屋に入ってくる。後ろに数名中堅社員の人たちが並んでいて、しゃちほこばっている。


「ええと……、何がですか?」

「おっしゃる通り計上して決算しましたけど、呼び出しがかかったって」

「ああ、清水さんに呼び出されました」


清水さんは東南南西アジアの統括部長で、前任の五十嵐さんが辞めてから地方統括が暫定的に不在なので、実質上は今僕の直属の上司。呼び出すなんて大げさな。メールで済むと思ったんだけど、或いは電話で済ませばいいのに。飛行機代かかるじゃん。


「怒られに行ってきます」


田無さんが痛々しい顔をした。後ろの数名も相変わらずしゃちほこばっている。


「みなさん、何もそんなに悲痛な顔しなくても……」

「でも、わたしたちのせいなので」

「そういうのがよくないよ」

「はい?」


3人とも顔をあげた。


「過去のことはもう変えられないので開き直りましょうよ。僕は謝る係なので立派に謝ってきます。みなさんはその間、もう次のこと考えてください。少しでも今月の売上増やしてください。来月でも再来月でもいい。ただ、前倒しはだめです。それと……」


3人の顔を見ながら言った。


「無理はだめですよ」


そして笑った。みんなは僕の顔を見て笑えなかった。この人たちは本当に笑顔が少ない。


***


「あのね、中條君。君のことだから何かするとは思っていましたけど……」


東京本社、清水さんの部屋で僕はデスクの前に立たされていた。


「せめてもう少し色つけるというか、ずっと目標達成していた拠点で、いきなり大胆にもまぁ」

「はい」

「あそこまで落としちゃうんだから」


清水さんが僕をにらむ。あら、いつもよりなんか厳しいかも。まだ、座らしてもらえない。


「反省してます?」

「もちろん」


しばらく2人とも話さない。


「だから僕じゃなくて別の人にしといたらよかったのに」

「そういうことは思っても口にしない」


あ、しゃべっちゃってた。いけね。


「君も、8~9割ならともかく、なんでまた7割まで落としたんです?」

「僕なりのSOSです」

「というと?」

「支社のみなさんが溺れそうになっていたので……」


清水さんはため息をついた。


「座りなさい」


僕は応接セットのいすにやっと腰かけた。


「みなさんの様子はどうですか?」

「口を開くとノルマノルマって、ちょっと冷静さを失っているみたいで。それにすごく元気がなくて、みんな。だけど、今回70点取ったことでちょっとほっとしたんじゃないですかね?」


ちらりと清水さんの顔色をうかがう。


「でも、70点じゃだめです。君にはちゃんと今年ノルマをクリアしてもらわないと」

「……」


やっぱりだめなんだ。でも、だめって言われてもなぁ。


「でも、あの目標は五十嵐さんが実際よりよく見せようと無理して去年クリアした結果つけられた金額で、ポテンシャルから見て高すぎますよ」

「それは十分わたしもわかっています」


お、望みあり?と思った矢先、


「それでも君には到達してもらわないと」


がっかり


「どうしてですか?」

「君を統括にあげたいからですよ」


なに?


「一年間しか時間がないんだ。ノルマ未達の支社長をいくらなんでも上にあげることはできないから」

「な、なんで僕なんですか?」


思わずどもってしまった。びっくりしたな、もう。


「尾藤さんや望月さんがいるじゃないですか。支社長1年で上に上がるなんて聞いたことありません」

「……ちょっといろいろあるんですよ。従来なら尾藤さんで決まりなんだけど、ちょっと管理職にあげる人材の見直しをしようって流れがあってね」

「それで、僕、なんですか?」

「僕は君のほうがふさわしいと思ってるよ」


なんかさらりと言われてしまった。不覚にもちょっと嬉しかった。出世の鬼ではないと言っても他人に認められるのは嬉しい。でも、なんでなんだろう。どこが?


「今回も受ける僕には拒否権ないんですか?」

「おいおい事情は話すけど、僕は君にやってほしい。今、君にこけられると後がないんです」


そういって清水さんは両手を合わせて親指で自分の額をとんとんとたたきながら俯いた。珍しく困っているように見えた。困って、苦悩しているように。僕は躊躇した。いつも軽口たたいているけど、ここはまじめにならないといけないとこなんだろうか。


「その、そこまでおっしゃるんなら、事情とやらはよくわかりませんけど……」


清水さんは顔をあげて僕と目を合わせた。


「できるだけ、ご要望に沿うようにします」


しぶしぶそう言った。でも、どうすればいいかなんてその時は一個も頭に浮かんでなかったけど。


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