旅立ち
「愛する人か……」
ブライトマンは少し考えるようにアゴの辺りに手を当てた。
手がちゃんと親指と人差し指で作るチョキの形になっていて、なんか可愛いなと思った。
「……うむ、よかろう!」
「ありがとうございま……」
ここで事の重大さに気付いた。
もしかして、りかにゃん、死ぬんじゃね?
いなくなって欲しいとは言え、本当に死んだら流石にヤバい。
「ごめんなさい、ちょっと犠牲変え」
「なお!」
ブライトマンが大声で叫ぶ。
「この記憶は!」
「ちょ、話聞いて」
「消滅する!」
──目を覚ますと、すでに辺りは真っ暗になっていた。
デジタル時計を見ると、もう20時になっている。
テコテコ階段を降りていくと、両親がコタツでテレビを観ながら座っていた。
「ご飯食べないで1日中寝てたでしょ。途中起こしに行ったんだよ」
母さんが呆れたように言う。
「ご飯食べる?カレーあるよ」
「うん。じゃあ食べる」
「お風呂も入ってないでしょ。先に入る?」
「……じゃあ、お風呂入る」
結果、湯船に浸かることにした。
風呂の中で昨日の出来事をぼんやり思い出す。
そういえば『きみあい』グッズ、全部ゴミ袋に入れちゃったな。
携帯見てないけど、みんな心配してくれてるのかな。
きみあいのライブがある度に大学サボって行ってたもんな。
今度から無駄な時間も減るしお金も貯まるし……。
ダメだ、考えるな。
風呂から上がってカレーを頬張る。
テレビを観ながら両親の会話に適当に相槌を打つ。
いつもと変わらない日常。
だけど、僕の心にぽっかり穴が空いている。
これからはこの穴にミラプリをぎゅうぎゅうに詰めて、第二弾が早く発売できるように応援するんだ。
4人組アイドル、君に愛してほしいから。
もう、愛せるわけ、ないじゃないか。
カレーを食べ終わった僕はすぐに部屋へ引きこもった。
そして、この何とも言えない想いを肯定したくて、パソコンで匿名掲示板を開いた。
普段はお気に入りから『きみあい』専用のスレッドへアクセスするのだが、
地下とは言え反響は間違いなく多いと思い、アイドルニュースの集まる『板』と呼ばれる場所へアクセスした。
スレッド一覧が表示された、まさに一番上。
心臓が飛び出しそうになるスレッドが立っていた。
『狩場幸太郎くん、約束のゲームの世界へ連れて行ってあげるよ!』
え、なにこれ……。
まず、匿名掲示板に自分の名前が名指しされているスレッドが立っている事で、思考が停止した。
というか、ゲームの世界に連れて行くってどういう事だ。
そもそも、ゲームの世界に行きたいなんて約束をした覚えはない。
恐る恐るスレッドをクリックする。
「準備はいいかい?」
開くと、1番目にこのような書き込みがされていた。
だいぶ怪しいが、まずは真相を確かめなくてはいけない。
「お前、何者なの?」
「君に頼まれた者だよ」
またもや心臓が止まりそうになった。
こちらが書き込んだ瞬間、レスポンスが返ってきたのだ。
震える手でキーボードをカタカタと叩いていく。
「ごめんなさい許してください」
「なんだ、ゲームの世界に行きたくないのか?」
もしかして、BOTと呼ばれる自動返信機能だろうか。
「行きたいけどごめんなさい
悪いことしてないです」
「行きたいよな、うん」
やはりすぐ返事が返ってくる。
「じゃあ、準備できたってことで」
「これからミラクルプリンセスの世界に旅立つからよろしく」
さらに速度が上がって数秒おきに書き込みされる。
ちょっと待ってよ早いよ追いつかないよ。
「その間、こっちの時間は止めておいてやる」
「俺って優しいなぁ」
なに?なんなの?なんでミラプリ?
「そうそう、向こうの世界に物は持ち込めないからよろしく」
「あと、設定はそのまんまだから思う存分楽しむといい」
「無双できるねぇ、羨ましいねぇ、このこの」
まさか、ウイルス?電源引っこ抜くしか──
「では、幸運を祈る」
その瞬間、パソコンの画面が真っ白に光った。
光は僕を包み込み、そのまま宙に浮いた。
フワフワと浮かんだな、と思ったところで、僕は意識を失った。