魔神さん
正直、僕は同じRIKA推しの魔神さんが苦手だ。
同担拒否というやつで、何がなんでも自分がRIKAの一番でないと気が済まないという、その自分勝手な性格が大嫌いなのだ。
だけどいま、魔神さんが側にいるだけで妙に安心できる。
「幸太郎。ちょっと1杯付き合え」
「でも、僕、お酒呑めない……」
「ウーロン茶でも何でもいいよ。俺が奢るから。ほら、立て」
うずくまる僕の腕を強引に持ち上げ、魔神さんと肩を組むように雑居ビルの居酒屋へ入った。
テーブル席に着き、言われた通り僕はウーロン茶を頼み、魔神さんとグラスを静かに合わせる。
「魔神さん、水でいいんですか?」
「バカ、焼酎だよ」
中グラスに入った氷の無い焼酎を一気に呑み干す魔神さん。
お酒の事はよくわからないけど、相当キツいんじゃないのかな。
魔神さんはフー、と息を吐いた。
「……みんな、お前のこと心配してたぞ。
チェキ撮らないですぐに帰っただろ」
「……」
「俺はチェキ撮って少しでも話そうとしたんだがな、
運営が撮るだけで話はするなって言うから、少しだけ想いを伝えて帰ってきたよ」
「……なんて?」
「ちょっと酷くない?って」
「……」
「それで……。お前は、どうすんだ?」
「どう、っていうのは……?」
「これから。オタ続けンの?」
「……わかんないです」
「……そうか」
それから暫く無言が続いた。
──2杯目の焼酎と唐揚げが運ばれる。
「食えるか?」
「……はい。いただきます」
「敬語、使わなくていいからさ。とりあえず、思ってること全部吐き出してみ?」
「え、でも、魔神さんアラフォーですし……」
「いいから話せ」
それから沢山のことを話した。
初めて手応えを掴んだ対バンライブの思い出。
RIKAと過去のチェキ時間で話した内容。
定期的に開催されたオフ会での出来事。
RIKAのSNSに投稿された彼氏匂わせ疑惑の話。
RIKAがステージで発表するに至った心境の考察。
RIKAに対する今の自分の正直な気持ち。
今まで魔神さんに抱いていた感情を、包み隠さず。
「僕、魔神さんのこと勝手にヤバい人だと思ってたけど、本当はちゃんとした人だったんだなぁ、って思うよ」
「お前さぁ、普通に失礼な奴だよな」
「え、ごめんなさい……」
「別に気にしねぇよ。幸太郎の、なんだろうな、愛されキャラっつーかさ、許せちゃうんだよね」
「そ、そう?」
「お、笑ったな?チョロいなお前」
「いやそんなこと……」
「トップオタでさ、よくがんばったよ。まだ大学1年だろ?一番楽しい時期じゃん。
色んなこと経験してさ、他に好きな事すればいいんだよ」
「うーん、そうかな……」
「……少しは気持ち、楽になったか?」
「まぁ……うん……」
「うっし、今日はもう帰るか。また今度ゆっくり飯でも行こうぜ」
「うん……。ありがとう……ごじゃぃましゅ……」
また、涙が溢れてくる。
魔神さんはそんな僕の頭を、ニコニコしながら大きな右手でグシャグシャと撫でた。
魔神さんは大人だ。ちゃんと、大人の人だ。
駅で別れを告げて帰路へ着く。
その間、魔神さんは携帯電話で僕とメッセージのやり取りをしてくれた。
多分、独りになって寂しくなるのを防いでくれているんだと思う。
魔神さんに声を掛けられなかったら、僕は電車のホームから飛び込んでいたかもしれない。