怪奇倶楽部
あの夜の出来事から二日後の、月曜日の放課後。僕とハルカ先輩は怪奇倶楽部の活動をするべく、いつものように第二図書室の畳のスペースのちゃぶ台の前に向かい合う形で腰を下ろしていた。相変わらず利用者のいないこの部屋には僕とハルカ先輩の二人きりで、周辺の廊下にも人の気配は感じず、しん、とした静けさが漂っている。そんな中僕は目の前のちゃぶ台の上に、新・怪奇ノートの真っ白なページを広げた。鞄からペンケースも取り出し、ファスナーを開けてシャープペンシルも用意する。さて、今日こそはあの夜の不可解な出来事について徹底的に話をしないと、と僕は気合いを入れてちゃぶ台の上に両拳を乗せた。あの日は結局予定外の外泊だったこともあり、朝食を食べた後すぐにハルカ先輩を自宅に帰していた。ハルカ先輩は別に大丈夫だと言っていたけれどまさかそういうわけにもいかないので、積もる話は今日までお預けとなっていたのだった。
ちなみにハルカ先輩が帰った後、僕は主に母さんからハルカ先輩を部屋に泊めたことについて厳重注意を受けていた。熊云々の理由があったから家に泊めたことは別に構わないけれど、そういうときはちゃんと母さんを起こして知らせろ、とのことだった。そうすれば部屋とか布団とか準備したのに、アキと一緒のべッドで寝るのハルカちゃん相当嫌だったと思うよ? と言われ、僕は遅まきながら自分の至らなさに落ち込んだものだった。一応僕は床で寝ると主張して、ハルカ先輩がベッド半分ずつ使おうと言ってくれたという経緯があるにはあったのだけれど、そもそも同じ部屋で寝るということ自体がハルカ先輩にとっては相当不快だっただろう。きっとハルカ先輩は我慢してくれていたんだろうなと思うと、本当に申し訳ない限りだった。
「……あ、そうだアキテル君。沼の水の分析結果出たけど、見る?」
ハルカ先輩はそう言って自分の通学鞄を漁ると、四角い厚紙のようなものを数枚僕に差し出した。幸いハルカ先輩は幻滅したような態度を取ることはなく、いつも通り接してくれているのが僕にとっての救いだった。
「ペットボトルに、ちょっと水残ってましたもんね」
僕はハルカ先輩から厚紙を受け取ると、まず一番上にあったものに目を通した。その紙はオレンジから青へのグラデーションが大部分を占めていて、なんだか美術の授業とかで使いそうだな、なんて感想を真っ先に抱く。だけど一番上にpHと書かれていて、グラデーションに沿って1から14までの数字が書かれていることからも、美術と言うよりは理科の授業で使われるようなものなのだろう。その数字の一つにはおそらくハルカ先輩が書いたと思われる丸印が付けられていたけれど、それを見ても僕には一体何を示しているのかまったくわからなかった。他の厚紙にもそれぞれ色が違うグラデーションと数字が書かれていて同じように印が一つずつついていたけれど、やはりちんぷんかんぷんだ。電気伝導度とか硝酸体窒素とか書かれているものもあったから多分そういうのの数値を示しているんだろうけれど、だから何? といった感じだ。
「……えーっと、結局、成分的にはどんな感じだったんですか?」
僕はこれ以上眺めていても理解はできないだろうと諦め、単刀直入にハルカ先輩に聞くことにした。するとハルカ先輩はちょっとつまらなそうに、ふうっ、と息を吐く。
「どの項目でも、特に異常な数値は出なかった。まとめると、ただの汚い水」
「そ、そうですか……」
僕はその結果が残念なような、少しほっとしたような、そんな微妙な気持ちになる。まあありえない成分とかが検出されてもそれはそれで怖いけれど、『死者が集う夜』の怪現象が起こる条件として沼の水は非常に重要な役割を果たしていたように思えたから、何かしら特別なものなのではという気もしていたのだ。
「あ……そういえば、ハルカ先輩。僕、途中で気失ったじゃないですか」
と、そこで僕は沼の水云々よりも他に確認しておきたかった重要なことがあったのを思い出し、そう口を開いた。するとハルカ先輩は、若干眉間に皺を寄せて厳しい表情になる。きっとあのときの光景は、傍から見たら相当ショッキングに映っていたのだろう。
「……本当、見事に気絶してたね。すごいビビったんだけど」
「え、あ、いや、それなんですけど、実は気絶してたんじゃなくて、そのとき僕、幽体離脱みたいな感じになってたんですよ。こう、意識だけの状態で、ハルカ先輩の横とかうろうろしてたんですけど」
僕がそう説明すると、ハルカ先輩は驚いた様子で目を大きく見開いた。
「え? 気絶してたんじゃないの? でもお姉ちゃん、聞かれたくない話があったから眠らせた、って言ってたけど……」
「いや、ずっとばっちり見えてたし聞こえてました。……でもその感じだと、やっぱりハルカ先輩には意識だけの状態の僕は知覚できていなかったみたいですね……」
「……」
僕がそうして一つずつ事実確認をしていると、ふいに、ハルカ先輩が顔を俯けた。どうしたのだろうと思って目を向けてみると、ハルカ先輩はぐっと唇を噛み締めて、心なしかわなわなと小刻みに体が震えているような気がした。そこで僕はようやくああ、と思い、慌ててフォローの言葉を口にした。
「あ、大丈夫ですよ。ユウさんが言った器うんぬんの話も聞いちゃってましたけど、本気で言ってたわけじゃないことは、後からちゃんとわかりましたから」
「……っ、うるさい! 当然でしょ、そのくらいわからなきゃ困る!!」
しかしハルカ先輩は、なぜだかますます真っ赤になって怒り出した。あ、あれ? と、僕はその反応の意味がよくわからず、おろおろしてしまう。何だろう……僕は何か、無意識にデリカシーのないことを言ってしまったんだろうか。だけど考えてもそれは永久にわからなそうだったので、僕はとりあえず話を次に進めることにした。
「え、えっと、それともう一つ。僕がそうして幽体離脱してる時に、僕の体の上にはずっと、真っ白な着物を着たおじいさんが乗ってたんですけど……ハルカ先輩には、見えてましたか?」
「え……」
僕がそう問いかけると、ハルカ先輩は怒りをフェードアウトさせ、驚いたように声を上げた。そして顎に手を当てて、丹念に記憶を辿るような仕草でしばし黙り込む。
「……ううん。私には、お姉ちゃん一人しか見えなかった」
「そ、そうですか……」
その言葉を聞いた僕は、ある程度予想していたとはいえ少し落胆するような気持ちになった。そうなると、あの正体不明のおじいさんの姿が見えていたのは、僕一人だけということだ。……ん、待てよ。幽霊であるユウさんにもあのおじいさんの存在は知覚できているような感じだったから、厳密に言えば、僕だけじゃない、二人だ。
「あの……ハルカ先輩。多分僕が幽体離脱したのって、そのおじいさんのせいだと思うんですよ。ということはおそらく、ユウさんの協力者みたいな位置付けだったと思うんですけど……心当たりとかありませんか? 例えば、ハルカ先輩のおじいさんとか……」
「……いや、うちのおじーちゃん、まだ生きてるし。父方も母方も」
「え、あ、それは失礼しました……」
苦笑いを浮かべるハルカ先輩に、僕は慌てて頭を下げる。しかしやはりあのおじいさんの正体は重要な気がしたので、僕はすっ、とシャープペンシルを手に取ると、目の前のちゃぶ台の上に広げておいた新・怪奇ノートへと向き合った。ノートの丸々一ページを使って、記憶を頼りにおじいさんの似顔絵を描いてみる。
「その、じゃあ、ひいおじいさんとかの可能性はありませんか? こんな感じの顔だったんですけど……」
似顔絵が完成すると、僕はトン、とノートをちゃぶ台の上に立てて、ハルカ先輩に見えるようにした。おじいさんの顔はわかりやすさ重視ということで、僕の体に乗っていたときの怖い顔ではなく、最後に見たあの頑固親父のような表情のほうを採用してある。しかしハルカ先輩はノートに目を向けると、あからさまに顔を歪めた。
「……アキテル君、絵めっちゃ下手……」
「い……! いや、その、僕の絵の良し悪しは別に今どうでもいいんですよ! ただ重要なのは、あのおじいさんがハルカ先輩の知り合いだったりするかどうかってことです!!」
「そう言われても……私そのおじいさんのこと見てないんだから答えようがないじゃん。アキテル君の絵じゃ何の信憑性もないし」
「あ……」
そうだった。つい絵をディスられてムキになってしまったけれど、そもそも僕がなんで絵を描いたのかといえば、おじいさんを目撃していないハルカ先輩にその顔の雰囲気を伝えるためだった。僕はノートの紙面を再び自分のほうに向けて、じいっと、似顔絵とあの日の記憶を重ねる。村で起こる怪現象は元村民の霊のイタズラと言われているから、もしかしたら僕の知り合いの可能性だってある。だけどいくら考えてみても、やっぱり心当たりはなかった。
「そもそもどうして、僕には見えていたのにハルカ先輩には見えなかったのかな……」
「……あれじゃない? 村生まれ村育ちは霊力が高いとかどうとか、お姉ちゃんが言ってたじゃん」
「ええ……? でも僕、今まで特に霊感とか感じたことないですよ……」
僕はうーん、と頭を悩ませる。この村で怪現象が起きるのはそんなに珍しいことではないけれど、それは基本的に見間違いとか勘違いの範囲に収まる程度で、何か決定的なものを見たりしたことはほとんどない。唯一のガチっぽかった怪現象である異世界に迷い込んだあのときだって、僕にだけ何か特別なものが見えていたりはしなかったはずだ。だから僕の霊力が高いとかそんなことはないと思うのだけれど……まさか、急に覚醒したとかそんな感じだろうか? いや、でも別に今も変なものが見えたりはしていないし……うーん、やっぱり謎だ。
僕はふう、と小さく息を吐くと、ノートをちゃぶ台の上に戻し、見開きのページの似顔絵が書いていないほうのページへとシャープペンシルを走らせ始めた。考えてもわからないことはしょうがないので、それ以外に今わかっている事実について、とりあえずまとめていくことにしたのだ。
「……」
時系列順に整理して今回の出来事を書きつけながら、僕はちらりと目線だけを上げてハルカ先輩のほうを見やった。ハルカ先輩は先程僕に見せてくれた沼の水の分析結果の書かれた厚紙をぱたぱたと振って、六月の終わりのじめじめとした蒸し暑さに対抗しようとしていた。その表情はお世辞にも、ご機嫌な感じとは言えない。
だけど、僕にはわかっていた。ハルカ先輩はあの夜ユウさんとの邂逅を果たして以来、なんだか妙にすっきりしたような顔をしているということを。きっとあの出来事は、ハルカ先輩にとって一つの『区切り』のようなものになったのだ。もちろん大切なお姉さんの存在は今でもハルカ先輩の心の中に留まり続けているのだろうけれど、それはこれまでのように後ろ向きなものでは決してない。ハルカ先輩はあの事故から、ようやく一歩、前に進み出したのだ。
「……あ」
そんなことを考えながらじっと視線を注いでいると、ふいに、ハルカ先輩の大きな瞳がこちらを向いた。するとハルカ先輩は僕の視線から何かを感じ取ったのか訝しむような表情になり、ばっと、ちゃぶ台の上から新・怪奇ノートを引ったくった。まだ書いている途中だった僕は、「あっ……!」と言って手を伸ばす。ハルカ先輩はそんな僕の手をひらりと躱すと、ノートの紙面へ素早く目を走らせた。するとかっと表情を変え、バンッ、と勢いよく大きな音を立てて、ノートをちゃぶ台の上に叩きつけた。
「ちょっと! 何これアキテル君! 私のプライバシーなことがいっぱい書いてあるんだけど!! 書き直して!!」
「……っ、え? ……や、でも、今回の件でそこは避けて通れないんじゃ……」
ハルカ先輩は両手をちゃぶ台の上に突き、身を乗り出すようにして僕に顔を近づけてくる。その勢いについ怯んでしまいつつも、僕はぼそぼそとなんとか自分の主張を伝えた。この新ノートは怪現象の調査の記録の為のものだから、わかっていることはできるだけ正確に書かないと。
「……っ、そうかもだけど、でも、なんか恥ずかしいじゃん!!」
ハルカ先輩は真っ赤な顔になって、ぎろりと僕を睨み付ける。なんだかその表情は、ついさっきも見たような……と、僕はふと記憶を巡らせる。あ、あれだ。僕が実は幽体離脱をしていて色々と聞いてしまっていた、と告げた後にも、ハルカ先輩はこんな感じで真っ赤になって怒っていた。……ということはあのときハルカ先輩が怒っていたのも、恥ずかしかったからだったんだろうか、なんてことを僕は今更になって思う。ユウさんと対面しているとき、ハルカ先輩泣いたりしてたし。まあでも別に、それは恥ずかしがるようなことじゃないと思うんだけれど。いいじゃんね、姉妹愛。僕は一人っ子だから、ちょっとそういうの羨ましかったりするし。
「大丈夫ですよ。どうせこのノート、僕とハルカ先輩しか見ないじゃないですか」
僕はせっかく書いたものを消すのももったいないなという気持ちもあり、そうハルカ先輩を説得しにかかる。だけどハルカ先輩は今度は五年前の先輩達が書いた怪現象の噂のデータベース集、旧・怪奇ノートを手に持って、ばしばしとちゃぶ台に叩きつけ始めた。
「そんなのわかんないじゃん! この旧ノートみたいにさあ、代々受け継がれて赤の他人に見られる可能性もあるんだから!!」
「ぐ……!」
そのもっともな反論に、僕は言葉を詰まらせた。だけど僕がそうした反応をしてしまった理由は、実は一つじゃなかった。今から書き直すのが面倒くさいという他に、僕の中で、ある一つの不安要素が生まれてしまったのだ。正確には生まれたというか、気が付いてしまったというか。知らんぷりをしようかとも思ったけれどそれをこのままにしておくとますます不安になる気がしたので、僕はおそるおそる、口を開いた。
「……あの、ハルカ先輩。ハルカ先輩はこれから、どうするんですか……?」
「……は?」
ハルカ先輩は質問の意図がわからない、といった感じで、若干不機嫌そうに眉を寄せた。だけど僕の声のトーンが変わったことには気が付いたようで、さっきまでの怒りの勢いはどこかに霧散してしまったように静まりを見せる。僕は確認してしまいたくない、という気持ちをどうにか押さえつけて、もう一度、今度はもっと直接的な言葉でハルカ先輩に質問を投げ掛けた。
「……その。ハルカ先輩がこの村に来たのは、ユウさんにもう一度会いたかったからなんですよね。ということは、もうその目的は達成されたわけで……その。もうすぐ夏休みですし、そのタイミングで、東京に帰ったりしちゃうのかな、って……」
「……」
ハルカ先輩はふっと視線を下に向けると、黙り込んだ。返事を聞くのが怖くて、僕はぎゅっ、と両拳に力を込める。
ハルカ先輩が怪現象を追っていたのは、三年前に事故で亡くなったユウさんにもう一度会うためだ。しかしそのユウさんとは先日無事に再会を果たし、正確にはわからないけれど、あの感じだとおそらくユウさんは成仏したのだろう。となるとユウさんはもう村に幽霊として現れることはなく、ハルカ先輩が怪現象を追う理由もなくなる。ハルカ先輩は多分、元々生粋のオカルトマニアとかだったわけではない。ユウさんに会うという目的が達成された以上、ハルカ先輩がこの村に留まる理由は、ないのだ。
僕は唇をぐっと引き結んで、これからどんな言葉が飛び出して来ても受け止めようと心を奮い立たせた。……だって、ユウさんとの再会を果たして、ハルカ先輩の心の整理がついて、前に進めるようになって、普段通り東京で両親と一緒に暮らす日常に戻れることは、ハルカ先輩にとってこの上なくいいことに決まっている。だから僕は絶対に、こんな何もない村に引き留めたりなんかしてはいけない。そう必死に決意して、僕はハルカ先輩の言葉を待った。
「……?」
しかしそんな僕にハルカ先輩が差し出したのは言葉ではなく、一冊の古びたノートだった。さっきまで散々ハルカ先輩がちゃぶ台に叩きつけていた、不可思議村怪奇ノート、旧バージョン。僕はとりあえずそれを受け取り、ぱらぱらとページを捲ってみる。そこにはこの村で起きる怪現象の噂が、相変わらず圧倒的な熱量を持って閉じ込められていた。
「……アキテル君の言うように、もう目的は達成したんだけど。……まあでも、旧ノートに書かれてる怪現象はまだいっぱい残ってるし、どうせなら全部調べてみようかな、って、思ったり。……だから、もうしばらくはこっちにいようかな、って」
「……!!!」
ハルカ先輩が少し恥ずかしそうに言い放ったその言葉を聞いて、僕はノートから勢いよく顔を上げた。ということは、少なくとも旧・怪奇ノートに書かれている噂を全部調査し終わるまでは、ハルカ先輩と一緒にいられるということだ。
「なるほど。じゃあハルカ先輩は、これからも部活を続けるんですね」
「……っ、ちょっと、何その言い方! 他人事みたいな!!」
「!」
しかし僕がどうにか喜びの感情を表に出さないようにして淡々と言った台詞は、またしてもハルカ先輩の怒りを買ってしまったみたいだった。ハルカ先輩は再び頬を紅潮させ、僕をきつく睨みつける。慌てて謝罪の言葉を口にしようとした僕だったけれど、そのときふと、あることに気が付いた。上目遣いになって僕をじろりと見つめるハルカ先輩の大きな瞳は、心なしか、不安気に揺れているように見える。……あ、可愛い、と、僕は先輩相手についそんな生意気なことを思ってしまった。ドクドクと心臓が加速していく気配を感じ、僕は急いでその思考を吹き飛ばす。
「……もちろん、僕も続けますよ、部活。というか、随分前に入部届出したじゃないですか」
「当然。言うまでもないことだし」
ハルカ先輩はぷいっと、僕から視線を逸らす。じゃあなんで言わせようとしたの……、とも思ったけれど、口には出さないでおいた。ハルカ先輩は結構、こういう子供っぽいところがある人なのだ。だからここは年下だけど、僕が大人にならないと。……それに、おかげでさっきの可愛い表情も見られたわけだから、なんかもう色々と許せる気がした。くそう、僕ってチョロいのかな。
僕はちらりと、ハルカ先輩の後方にある窓へと目を向けた。空は梅雨時とあって、分厚い灰色の雲が垂れ込めている。だけどこの雲が晴れたら、きっと本格的な夏がやって来るのだろう。
『不可思議村』と呼ばれるこの村では、度々怪現象が起こる。そして村の人々は、『怪現象の相手をしてはいけない』と口を揃えて言う。相手をすると怪現象を引き起こしている幽霊たちがいつまでも村に留まり続け、成仏できなくなるから、と。
だけど今回のケースでは、むしろユウさんはハルカ先輩と会ったからこそ成仏できたのではないか、と僕は思った。ハルカ先輩の成長を見届けたことで、ユウさんは安心して天国へと旅立つことができたのだ。そしてその再会は、ハルカ先輩が怪現象を追っていなければ、きっとありえなかったことだ。もちろん、村の教えが間違っていると言うつもりはない。だけど時には、こうしてあたたかな奇跡が起こることもある。その可能性は、誰にも否定することはできない。
だからいつかハルカ先輩が言っていたように、この村で僕達二人くらい、怪現象に積極的に関わる人がいてもいいんじゃないかな、と思う。ハズレを掴まされるのか、信じられないくらい怖い目に遭うのか、胸がじわりと熱くなるような出来事に出会うのか、それはまったくわからない。だけどそういった『わからない』ことに手を伸ばすのが、そもそも怪奇倶楽部の活動の主体だろう。謎は僕とハルカ先輩の手で、これからゆっくりと解き明かしていけばいい。
僕は書きかけの新・怪奇ノートのページに、ふっと目を落とした。この先には、まだまだたくさんの空白のページが待っている。このページがいっぱいに埋まる頃には、僕とハルカ先輩の思い出も、同じように増えていることだろう。そんな少し先の未来を思って、僕はつい、にこりと笑みを浮かべてしまうのだった。