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不可思議村怪奇ノート  作者: 天塚
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天地沼

 六月二十四日、深夜一時半。マシロのおかげで無事に立ち入り許可も得ることができた僕とユウ先輩は、天地沼の正面三、四メートル程の所に張ったテントの入り口に並んで腰掛けていた。目の前にある沼も周囲の山々も色濃い闇に包まれていて、灯りとなるものは僕達の傍らに置いてある懐中電灯の光、そして夜空に輝く月と星の光だけだ。しんと静まり返った夜の山からは、時折何かの虫の鳴き声だけが聞こえてくる。

「すごいね、アキテル君ってテントとか普通に張れるんだ」

 ユウ先輩はちらり、とテントの中に目を向けると、そんな感心したような声を上げた。テントの中には僕とユウ先輩のバッグや、新・旧怪奇ノート、そしてペットボトルの飲み物やお菓子などが乱雑に散らばっている。

「父さんがアウトドア大好き人間なんですよ。だから、小さい頃から色々仕込まれた、っていうか」

 僕はそう言うと、テントを固定しているペグに掛けられている紐を意味もなく指でいじった。このテントは父さんから借りてきて、昼間のうちに僕が一人で設置したものだった。怪現象が起きるとされている『丑三つ時』について調べたところ、午前二時から二時半の間と結構幅があったため、こういうものがあったほうがいいのではと思ったのだ。家にある中でも一番小さなテントを持ってきたのであまり広くはないけれど、ここに宿泊するわけでもないのでまあ問題はないだろう。

「そういえばさあ、アキテル君よくこんな夜中に普通に出て来られたよね。親何にも言わないの?」

 すると父親の話題が出たためか、ユウ先輩は少し心配そうな顔でそんなことを聞いてきた。僕はああ、と言って、その問いに答える。

「天体観測に行くって言って出て来たんですよ。多分これからも夜中じゃなきゃダメな調査があったら、これで通用すると思いますよ」

「なるほど、策士だねー、アキテル君」

 僕の言葉を聞くと、ユウ先輩は茶化すようにして笑う。そんなユウ先輩に、僕も同じ質問を投げかけた。

「……ていうか、ユウ先輩はどうやって出て来たんですか。女の子ですし、普通止められそうですけど」

「私? 別に何も言わないで出てきたよ。うちは基本ほったらかしだからねー」

 ユウ先輩は、あっけからんとした様子でそう言う。……思い返せば、この人台座石の周辺を夜中にうろうろしてたこともあったんだっけ。深夜徘徊の常習犯ってのもどうなんだと思うけれど、他人の家の躾に関して僕がどうこう言う筋合いはないか。

 すると、ふっ、とひんやりした風が吹き込んできて、ユウ先輩は小さく身を縮めた。今は夏だけれど夜の山は気温が下がるので、僕もユウ先輩もきちんと長袖を身に纏っている。さらに僕は下も長ズボンを履いていたのだけれど、ユウ先輩はショートパンツ+ニーハイソックスという格好だったので、一般的に絶対領域とか呼ばれる露出している肌の部分が見ていてとても寒そうだった。僕は着ていた長袖のパーカーを脱ぐと、すっとユウ先輩へと差し出す。

「どうそ。膝に掛けてください」

「……あは、アキテル君、鳥肌立ってるけど」

 ユウ先輩はそんな僕を見ると、堪えきれなかったようでぷっと吹き出した。ユウ先輩の指摘通り、パーカーの下が半袖Tシャツだったせいで僕の腕にはぽつぽつと鳥肌が浮かび上がっていた。ああもう、なんでこんなに決まらないかなあと、僕は微妙な表情になる。

「大丈夫。制服でいつも足出して慣れてるから、このくらいへーき」

 ユウ先輩はそう言うと、差し出したパーカーをぐっと僕のほうへと押し戻した。そしてすっくと立ち上がると、目の前にある沼へと向かってすたすたと歩いて行く。じっとしているよりも、動いているほうが寒くないと考えたのかもしれない。多分何度言ってもユウ先輩は断るだろうと思ったので、僕はパーカーを着直すとその後を追った。傍らに置いておいた懐中電灯も引っ掴んで持って来ていたので、その光を沼の水面へと向ける。てかてかと水面が反射するけれど、今のところ特に変わった様子は見受けられなかった。

「んー、この沼って、どのくらいの深さがあるのかなー」

「!」

 するとユウ先輩は、いつの間にか沼の周りを取り囲むぼろぼろの木の柵から身を乗り出すようにして、どこからか拾ってきたのであろう木の枝を水中にずぶずぶと突き刺していた。その光景を見た僕は、慌ててそちらへと駆け寄って行く。

「ちょっと、落ちたりしないでくださいよ、危ないですよ!」

「そんな鈍臭くないし。……あー、深さは全然なさそうだね。膝までもないんじゃないかな」

 思わずはらはらとした表情になってしまう僕だったけれど、見ると確かにユウ先輩の言葉通り、五十センチくらいあった木の枝は半分くらいのところで水中へと沈み込むのを止めていた。それだけ浅ければ、万が一落ちても命に関わるような危険はないだろう。せいぜい、沼の汚い水に濡れて汚れるだけだ。それも結構悲惨そうだけれど。

「はい、採取ー」

「!」

 続いてユウ先輩は、一体どこから取り出したのか空のペットボトルの蓋をくるくると回して開けると、ごぼごぼと沼の水を汲み始めた。ペットボトル内に溜まった水に懐中電灯の光を向けると、薄い黄緑みたいな色をした液体に草なのかなんなのかよくわからないものがいくつも浮いているのが見える。うええ、きったねえええ!

「ああもう、何してるんですか、さっきから!」

「だって、怪現象が起きるって言われてる沼の水だよ? 超貴重じゃん。持って帰って、成分分析しようと思って。パックテストって知ってる? 通販でそういうのが売っててさぁ、素人でも簡単に調べられるんだよ」

 ユウ先輩はそう言って沼の水の入ったペットボトルの蓋をくるくると閉めると、テントに置いてある自分のバッグの中へとひゅっと投げ込んだ。うげえええあんな汚い水持って帰るんだ、と僕はドン引きするけれど、いいやもう好きにさせようと思いそれ以上は何も言わないことにした。そして再びテントへと戻った僕達は、他愛のない話をしながら怪現象が起こるとされている午前二時が訪れるのを待つ。村のあちこちに物理的に存在していた文字などから考えて、僕自身この噂の信憑性は高いような気がしていた。丑三つ時、この沼には死者が集う。ユウ先輩もかなりこの噂には気合いが入っているようだったし、どんなことが起きてもびびらずに受け止めよう、と僕は改めて気合いを入れる。

 ……カサカサカサ。

「……ん?」

 そのとき、何か遠くから小さな音が聞こえた気がして僕は耳をそばだてた。だけど聞こえてくるのは、今までと変わらずジーとかギーコとかシャンシャンといった虫の鳴き声だけだった。

「どうかした、アキテル君?」

「……いや、なんか今、カサカサって小さく音がしませんでした?」

 ユウ先輩は「え?」と言うと、耳に手を当ててしばし黙り込んだ。しかしやはり聞こえてくるのは虫の声だけだったようで、やがてすっとその手を下ろして口を開く。

「んー、ちょっと私にはわかんなかった」

「そ、そうですか……。うーん、もしかしたら、僕の気のせいだったかもしれません」

 僕は若干もやもやした気持ちになりながらも、それ以上どうしようもないのでその話はそこで切り上げた。ちらりと腕に嵌めている時計の表示も確認してみるけれど、時刻は午前一時五十分を表示している。二時までにはまだ時間があるから、先程の音が怪現象にまつわるようなものではないと思うのだけれど。

 ……ガサガサガサッ。

「!」

 しかしそこでもう一度、先程よりも大きな物音が聞こえたので僕ははっとして顔を上げた。そして今回の物音が聞こえたのは僕だけではなかったようで、すぐ隣のユウ先輩も同じく反応を示していた。

「今のは……聞こえましたよね」

「聞こえた。人……はこんな夜中にこんなとこに来ないだろうし……なんだろう、風の音かな……」

 僕とユウ先輩はそう言葉を交わすと再び黙り込み、それぞれ自分の耳へと神経を集中させた。ユウ先輩が真っ先に人を連想したように、さっきの音は人が草をかきわけて前に進んでいる音に近く感じた。目を閉じて虫の鳴き声の裏に潜む音に耳を澄ませるけれど……ダメだ。さっきの音のイメージが強く残っているせいで、ガサガサと言う音が頭の中を這い回り、最早自分の耳が信用できない。そうして諦めて目を開けた僕の中には、ある一つの不安がよぎっていた。頭の中に浮かんでいたのは、数週間前のニュースの映像で見た、黒い毛むくじゃらの猛獣の姿だった。

「ヤバいですよ、ユウ先輩。もしかしたら、熊かもしれません」

「熊? ん、でもここらへん、狸とか狐も出るんでしょ? 熊とは限らなくない?」

「そうですけど……熊だった場合、ヤバいどころじゃないんですけど……」

 僕の額を、つーっと汗が流れた。鼓動は激しくなり、息が上がってくる。ヤバい。もし熊に遭遇したら、マジで終わりだ。あのニュースの映像で見た子熊ですら、立派な爪と牙を備えていた。とてもじゃないけど、僕達にどうにかできる相手じゃない。あんなの、逃げる隙を見つけられるかどうかさえも怪しい。

「……ユウ先輩、残念ですけど、今回は中止にしましょう。あの音が熊である可能性もある限り、今すぐ山を下りた方がいいです」

「……え、でも、もうすぐ時間だし……」

 僕がそう提案すると、ユウ先輩は羽織っている白のカーディガンのポケットから手帳型のケースに入ったスマートフォンを取り出し、待ち受け画面の表示をこちらに向けた。そこに映っていた時刻は、午前一時五十四分。指定の時刻である午前二時までは、後わずかだ。だけど、今はそんなことを言っている場合ではない。もしかしたら今この瞬間にも、熊が僕達の目の前へと現れる可能性だってある。絶対に一秒でも早く、山から離脱するべきだ。

「ユウ先輩の気持ちもわかります。だけど……やっぱり安全が最優先です。その、また来年、再チャレンジしましょう。絶対に付き合いますから」

「……」

 僕は真剣な表情でそう言葉を掛けるけれど、ユウ先輩は動こうとしない。無言でスマートフォンの画面を見つめ、そうこうしている間に二時なってしまうのを目論んでいるかのようだった。僕はもう一度説得の言葉を口に出そうと息を吸い込むけれど、それよりも早くユウ先輩が口を開いた。

「わかった。じゃあさ、アキテル君先に下りててよ。私も二時になってちらっと沼確認したら、すぐ追うから」

「……!」

 嘘だ、と真っ先に思った。ユウ先輩が二時になって沼をちょっと見ただけで、満足するわけがない。絶対に丑三つ時の範囲である二時半まで、この場に留まり続けるだろう。僕は思わず頭がくらくらしてきて、座った姿勢のままテントのシートの上に右手をついた。ユウ先輩が今回の噂に何か特別な思いを持っているのだろうということは、これまでの言動から重々わかっている。だけど、そのために命を危険にさらすのは絶対に間違っている。死者が集うところ見たさに自分が死者になるなんて、そんなミイラ取りがミイラになるみたいなことがあってはならない。なんとか説得してユウ先輩を下山させないと、と僕は急いで頭を巡らせる。ああ、だけど今は一分一秒を争うような状況で、こうして考えている時間や説得の為に割かなければならないであろう時間すら惜しい。覚悟を決めた僕はすうっと息を吸い込むと、意を決してその言葉を口にした。

「お願いです……僕と一緒に山を下りてください、ハルカ先輩!!!」

「!!!」

 その僕の言葉を聞いた瞬間、すぐ隣に座っていた黒髪の少女はびくん、と肩を跳ねさせ、大きな瞳を見開いた。そして戸惑うように揺れるその瞳の中に、僕の姿を映す。

「知ってたの……? 私の、本当の名前」

 その問いかけに、僕は無言で微笑みを向ける。よし。どうやら、これで少しは気を引くことができたみたいだ。

「話は後です、行きましょう」

 僕はそう言うと、すっ、と右手の手の平を真っ直ぐに伸ばした。するとハルカ先輩は少し迷うような様子を見せたものの、やがて、こくり、と頷いて僕の手を握ってくれたのだった。


 それから慌てて荷物をぱっとまとめた僕達は、懐中電灯の光を頼りに小走りで闇深い山の中を駆け始めた。さすがにテントを片付ける時間はなかったのでそのままにして来たけれど、それは後日回収すればいいだけの話だ。僕はハルカ先輩の左手をしっかりと引きながら、万が一にも道を間違えることのないよう看板に注意して走り続ける。ガサガサというあの音は、自分達の荒い呼吸と土を蹴る音でもうわからなくなってしまっている。急に目の前に熊が現れないことを、ただただ祈るしかなかった。そんな恐怖と焦燥感と纏わりつく息苦しさと戦いながら、足を動かすこと、およそ五分。ついに懐中電灯の光の先に、ぼんやりとアスファルトの道路が浮かび上がった。それを見た僕に、ようやく安堵の気持ちが生まれる。その道路のすぐ先は、僕の家だ。土の地面からアスファルトの道路へと飛び出すと、すぐさま方向転換して小さな坂を上る。そしてログハウスのような外観の自宅がそびえ立つ庭へと降り立ったところで、僕は足を止めた。はあ、はあと荒い呼吸を繰り返す僕のすぐ後ろで、ハルカ先輩も肩を上下させて息を整えている。体は湯気が出そうなくらいに熱くなっていて、僕はTシャツの首元をぱたぱたと手で動かして風を起こした。

「……」

 そうして少し落ち着いたところで、僕は先程までいた山の方向へと視線を動かす。特に熊が飛び出してくるような様子はなく、いつも通り、雄大な自然がどっしりとそこに存在しているだけだった。

「ここまで来れば、もう大丈夫ですよ」

 僕はそう言うと、すっと前に進んで玄関のドアバーに手を掛けた。力を込めて引くと、施錠のされていない不用心な扉はいとも簡単に開く。家の中は屋外とはまた違った濃密な闇に包まれていて、父さんも母さんも寝静まっているため無音の空間が広がっていた。

「……どうぞ。入ってください。僕の部屋で、少し話をしましょう」



「ごめんね、府谷君。ありがとう、拾うの手伝ってくれて」

 僕がクリアファイルの中に入った座席表を見つめて固まってしまっていると、すぐ横からそう声を掛けられた。はっとして顔を上げると、佐々木先生が自分でもいくらか拾ったプリントの束を手に、こちらに笑みを向けているところだった。慌てて周囲を見渡してみると、廊下にはもう一枚のプリントも落ちていない。僕は「ああ……」と曖昧な声を漏らして、クリアファイルを回収したプリントの一番上に重ね、佐々木先生に渡そうとする。

「……」

「?」

 だけどその直前で、僕は手を止めてしまう。その不可解な行動に、佐々木先生は笑みを崩さないまま小首を傾げた。

「……あの。佐々木先生。ユウ先輩の名前って、これで合ってますか?」

「……んっ?」

 僕は勝手に内容を見たことを咎められるのを覚悟で、佐々木先生にそう尋ねた。僕がクリアファイルを見やすい向きにして差し出すと、佐々木先生はちょっと体を屈めるようにしてそれを覗き込む。その感じに説教モードの気配がなさそうなことにほっとしながら、僕はすっと人差し指で件の箇所を指差した。教室の窓際に近い、前方の席。四角い枠に囲まれたそこには、『東海林悠』の文字があった。だけど僕の記憶ではネットで見つけたあの死亡記事の人物の名前表記は、『東海林優』だったはずだ。名前の漢字が、違う。

「えーっと、どれどれ……、うん。これで合ってるわよ。……ああ、びっくりした。先生、またミスしちゃったのかと思って焦っちゃった」

 佐々木先生はそう言うと、はあーっと安心したように胸に手を当てて深く息を吐いた。そんな様子を見た後では大変言いにくい気がしたけれど、僕はもう一つ、確認しておきたいことがあったので質問を投げかけた。

「えっとその……振り仮名も、合ってますか?」

 僕はそう言って、再び目線をクリアファイルの中の紙へと戻す。その座席表に書かれた名前には、ご丁寧に全部に振り仮名も振られていたのだ。

「……あら」

 すると佐々木先生は、そう言ってすっと口元に白くて細い指先を当てた。しかしその表情はどこか緩んでいるような感じで、ミスを見つけた反応にしては少し違和感があった。

「あ、あの……」

「……ふふふ。府谷君、もしかして知らなかった? 東海林さんと、随分親しいみたいなのに」

「え、えっと?」

 佐々木先生がふふふふ、と笑みを浮かべる意味がわからず、僕はぱちくりと何度も瞬きをした。そんな困惑する僕の横で、佐々木先生は自分の受け持つ生徒の名前を愛おしそうに指でなぞる。

「振り仮名も、これで合ってるわよ。東海林さん、みんなからは『ユウ』って呼ばれてるみたいだけど、それは渾名なの。本当は……」

 僕は、思わず限界まで目を見開く。予想もしなかった展開に、何とかついて行こうとする頭からはきゅるきゅると音がしてきそうだった。そして佐々木先生から決定的なその言葉が発せられた瞬間、僕の体には稲妻に撃たれたかの如く衝撃が走ったのだった。

「『ハルカ』って言うのよ」

 


「……そっか、それで知ったんだ」

 ハルカ先輩はぽつり、とそう呟くと、目の前のテーブルに置かれていたマグカップを口元へと運び、こくん、と小さく喉を鳴らした。マグカップの中で揺れる薄茶色のその液体は、温かいココアだ。僕も一気に説明をしたことで少し喉が渇いていたので、同じように自分のマグカップに口を付ける。両親はとっくに寝静まってしまっているから僕が一人で用意したので味には自信がないけれど、まあ激マズといった風ではないと思いたい。

 自宅の二階にある僕の部屋は八畳ほどの広さで、茶色のフローリングの床の洋室だ。一番スペースをとっているのは壁際にあるベッドで、その次に大きいのが学習机と本棚、といったところ。よく使う物以外は基本部屋にあるクローゼットの中に収納しているからそこまで散乱しているというわけではないけれど、やはりいくつかの本や雑貨が床に置かれっぱなしになっていたりしたので、僕はきちんと元あった場所に物を戻す癖をつけていないことをちょっと後悔していた。ハルカ先輩が部屋に来るとわかっていたら、絶対に念入りに掃除したんだけれど。

 そんなイレギュラーな状況の中、僕とハルカ先輩は空間の中央にある四角いテーブルの前に、L字型の位置関係になるように腰を下ろしていた。部屋の中を漂う空気は、深夜の静けさもあってかどことなく沈んでいる感じがする。特に意識して座ったわけではなかったけれど、真正面の位置よりもこっちのほうが話しやすくてよかったかもしれない、なんていうことを僕はぼんやりと思った。

 今同じ部屋にいる黒髪の先輩が『ユウ』ではなく『ハルカ』という名前なのだということを、僕は数日前に偶然座席表を目にしたことで知った。佐々木先生曰く『ユウ』というのは渾名だそうで、たしかに漢字表記の『悠』はそう読むこともできるため、それは特別おかしいことじゃないように思える。だけど僕は、ハルカ先輩に呼ばれて初めて第二図書室に行った、あの日の記憶を思い出す。あの時ハルカ先輩は、たしかに自分のことを初めから『東海林ユウ』と名乗った。『本名はハルカだけど、渾名はユウ』という説明を、省略したのだ。単に面倒くさかったからという可能性もあるけれど、僕にはなんとなくそうだとは思えなかった。だって僕以外にも、ハルカ先輩とほとんど話したことがないであろうカイトやマシロの認識も『ハルカ先輩』ではなく『ユウ先輩』だったのだ。単なる渾名が、絶対的に広まりすぎているように感じる。ハルカ先輩は、意図的に自分を『ユウ』と認識させようとしていた気がするのだ。

「……それで、ユウさんというのは、ハルカ先輩のごきょうだいですか?」

「!」

 そこで僕は、次にそんな問いかけをしてみた。するとハルカ先輩は心底驚いたといったように目を見開いて、震える唇で言葉を紡ぐ。

「っ、そんなことまで、知ってるの……?」

「あ、ああいえ、その、確証があったわけじゃないんですけど……」

 僕を見つめるハルカ先輩の瞳がゆらゆらと揺れているような気がして、僕は慌てて顔の前でぶんぶんと手を振って否定した。なんだかこの構図だと、僕がハルカ先輩を責めているような感じに見えて仕方がない。僕は別に本名を告げなかったことを怒っているわけではなく、ただ、ハルカ先輩が自分のことを『ユウ』と名乗ったことに、深い理由があるような気がしているだけなのだ。

「そ、その。実は以前、僕ハルカ先輩……当時は『ユウ先輩』だと思ってたから、『東海林優』でネット検索したことがあったんですよ。そしたら、三年前の死亡事故の記事が出て来たんです。それでその後ハルカ先輩に通っていた学校名を聞いたら記事で亡くなった人物が通っていたところと同じだったので、僕は本名を知るまで、ハルカ先輩が幽霊なんじゃないかと思ってました」

「え……そうだったの。でも、そんな素振り……ん」

 ユウ先輩はそう言うと、何かに思い当たった様子で言葉を止めた。そしてちょっと眉間に皺を寄せて、再び口を開く。

「……もしかして、アキテル君が一時期図書室に来なかったのって」

「そ、そうです……」

 僕は当時のことを思い出すと、情けなさと恥ずかしさのあまり体を縮こまらせて顔を俯けた。幽霊にびびって逃げたなんて、傍から見たらめちゃくちゃかっこ悪い絵面だろう。

「……なるほどね。それで本名を知って幽霊疑惑が晴れたから、また戻って来たと」

「あ……いえ」

「?」

 僕が咄嗟に言葉を挟むと、ハルカ先輩は首を傾げる。別にこの情報は言わなくてもいいのではという気もしたけれど、否定の言葉を既に発してしまっていたので僕は観念して事実を告げた。

「いえ、その。ハルカ先輩の本名を知ったのは、つい数日前なんですよ」

「え?」

 するとハルカ先輩は、何かを考え込むように視線を斜め上に向けた。

「え、ちょっと……それじゃあ、アキテル君は私のことを幽霊だと勘違いしたまま部活続けてたってこと? 何やってんの……」

「え、ええと……まあ、そうなりますね……」

 ハルカ先輩の表情からは、呆れているのか戸惑っているのかいまいち真意が読み取れない。僕はこの件についてあまり深く追求されると恥ずかしいことをたくさん喋らされるはめになるような気がしたので、曖昧な返事をすると慌てて話を本筋に戻した。

「え、えっとそれでまあ、ハルカ先輩が幽霊じゃないってことはわかったんですけど。……でも、その。あの死亡記事の人物と学校名も同じで名字も同じっていうことは、完全に無関係ではないんじゃないかな、って思ったんです。それで考えた結果、ハルカ先輩のごきょうだいだったのかな、って思って……」

「……」

 すると少し和気あいあいとし始めていた空気はがらりと変わり、しん、と部屋に沈黙が落ちた。窓の外から聞こえくる虫の声だけが、静かに僕達の鼓膜を揺らす。……ハルカ先輩にとって、この話題はあまり話したくないようなことなのかもしれない。自分から話を振っておいて何だけれど、僕は今にハルカ先輩が怒り出すんじゃないかと思ってひやひやした。

「……全部、話すよ」

「!」

 そうしてしばし無言でマグカップから立ち上る白い湯気を見つめていると、ふいにハルカ先輩が口を開いたので僕は顔を上げる。僕の目に飛び込んできたその表情はどこか憂いを帯びていて、諦めとか、そういった感情を色濃く感じるような気がした。

「私が、なんでこの村に来たのか。そして……なんで私が、三年前に亡くなったお姉ちゃんの名前を名乗ったのか」

 ハルカ先輩は一度、ふっ、と自嘲するように笑みを浮かべる。そしてぽつり、ぽつりと静かに語り始めたのだった。



「!」

 突然、ぐぐっ、と背中に重みを感じ、私の体は後ろへぐらりと傾いた。幸い尻餅をつくことは回避したけれど、私は膝を折り、左手を木目のはっきりした廊下の床の上に突いてしまう。急に廊下の真ん中で崩れ落ちた私に、周囲を歩いていた生徒達からの視線が注がれるのを感じた。だけど私はそんなギャラリーはおかまいなしに、きっと顔を上げて今のこの現象を引き起こした人物に鋭い視線を向ける。床に手を突いたままの私の少し前方を、外側に跳ねたミディアムヘアの女子がふんっ、と鼻を鳴らして小走りで駆けて行くのが見えた。同じクラスの、市木(いちき)()()だ。そのすぐ後ろに、同じくクラスメイトである駒込(こまごめ)明日(あす)()()()()()々(り)()も続く。

「……」

 私はぎりり、と唇を噛んで立ち上がった。すぐに追いかけてやりたい衝動に駆られるけれど、そんなみっともないことはしない。朝の登校直後で賑わう廊下を、平然とした調子で歩き続ける。そして階段を二階まで上がり、『5―C』と書かれたプレートの提げられた教室へと足を踏み入れた。すると自分の机に通学鞄を下ろし、取り巻きである明日菜と莉々愛と馬鹿笑いをしている沙英の姿が目に入る。私は死角である背中側からそっと近づくと、直前で勢いよく床を蹴って沙英の体にタックルを食らわせた。

「!!!」

 沙英は綺麗に吹っ飛んでいき、離れた所にあった机にぶつかってようやく停止する。取り巻きの明日菜と莉々愛ははっと息を呑み、近くにいたクラスメイトは苦い顔をしていそいそとこの場から離れていった。沙英は「……っ!!」と腰の辺りを押さえてうめき声を上げると、ばっと勢いよく振り返る。

「おいざっけんなよ!!! マジで骨折れたかもしんない!!!」

「ふうん、随分もろい骨だね。カルシウム不足なんじゃない」

 沙英が顔を真っ赤にして吠えるのを、私は適当にあしらう。沙英はわかりやすくイラッとした表情になって再び何かを言おうとしたけれど、「大丈夫、沙英!?」「保健室行く!?」と明日菜と莉々愛が駆け寄ってきたため、タイミングを失ったようだった。一応やり返すという目的は達成したため、私はそれ以上攻撃することなくくるりと教室の前方にある自分の席へと向かう。沙英達は大げさなことに保健室へと向かうことにしたようで、教室を出て行った。机の上に通学鞄を下ろして中身の教科書類を取り出しながら、はあ、と私は小さく溜め息を吐く。これは後で担任から事情聴取くらいはされるなと思い、今から憂鬱な気分になった。

 一体どうしてこんなことになってしまったのか、私にはそのきっかけすらわからなかった。沙英とは三、四年生の時にも同じクラスで、その時は普通にお喋りしたり一緒に遊んだりと、そこそこ仲が良かったはずだった。だけど五年生に上がったあたりから沙英はなぜか急に私のことを敵視するようになり、毎日のように取り巻きと共にちょっかいをかけてくるようになったのだ。一応私も何かしたっけなと色々記憶を辿ってはみたのだけれど特に思い当たることはなく、本人に聞いても『うざいから』とか『調子乗ってるから』といった抽象的な返事が返って来るだけで真相の計りようがなかった。まあでも理由もなく意地悪をするというのは、よく考えてみたら特別珍しいようなことでもないのかもしれない。私がおとなしくしていれば、沙英はそのうちつまらなくなってちょっかいをかけるのをやめていただろう。だけど私がそうできなかったのは、おそらく生まれ持った性格とかの問題だ。やられっぱなしでいれば確実に被害者の立場にいけたのに、私はきっちりとやられたらやり返すということを実践していた。それは時に二倍や三倍にして返すなんてこともあったため、傍から見たらどっちが悪者かもうわからなくなっていただろう。もはやこれらはいじめでも嫌がらせでもなく、バトルという表現が一番近いような気がした。

そんな私と沙英の応酬は一応クラスでも問題になり何度も担任から呼び出されているのだけれど、こんな調子だからいつも『喧嘩両成敗』で片付けられてしまっていた。そのうちクラスメイト達は面倒事に巻き込まれたくないという態度をあからさまに取るようになり、私や沙英達からは距離を置き始めた。だから私は今現在も、クラスメイトと業務連絡以外の言葉を交わすことはほとんどない。それは沙英も同様だけれど、あいつには取り巻きの二人がいるからまだいいだろう。沙英は休み時間に明日菜と莉々愛と楽しくお喋りできるけれど、私はいつも一人だった。まあ関わりたくないというその気持ちもわかるからクラスメイト達に明確に怒りを抱くわけではなかったけれど、つまんないなあ、という気持ちは日に日に増していく。学校に、この教室に、私の居場所はない。一体いつまでこんな毎日なんだろうとうんざりしながら、私は閉塞感しか感じない学校生活でただただ時間を浪費していた。

「はーちゃん」

「!」

 そして今日もなんとか授業を終え茶色の通学鞄を背負い校門をくぐり抜けたところで、大好きなその声が聞こえたので私は勢いよくぐるんと首を回転させた。学校のすぐ前にある横断歩道の前で信号待ちをしている集団の中に、ひらひらとこっちに向かって手を振っている姿が見える。

「お姉ちゃん!」

 私はぱあっと顔を輝かせると、たったっと走ってお姉ちゃんの元へと駆け寄った。黒髪のショートカットを風に靡かせてにこりと微笑むお姉ちゃんは、私と同じデザインの制服を着ている。歳は三つ上で、同じ学校の中等部に通う二年生だ。中等部は初等部のすぐ隣に位置しているため、こうして下校時に学校前の信号で一緒になることもたまにだけれどあった。

「お姉ちゃん、今日部活じゃないの?」

 私は、お姉ちゃんが肩に斜めに掛けている白地に緑色のラインが入ったスポーツバッグを見つめながら尋ねた。お姉ちゃんは陸上部に所属していて、テスト前以外はほとんど放課後は部活動に励んでいることが多かった。

「なんか、今日指導会議の日だったらしくてさー。先生連絡し損ねてたらしいんだけど。それで、思いがけない休みとなったってわけ」

 お姉ちゃんは、鞄の紐に手を掛けながらちょっと苦笑いを浮かべる。そう言われて周りを見てみると、たしかに信号待ちをしている中学生の集団はほとんどが陸上部の生徒だった。お姉ちゃんの体の横でも揺れているスポーツバッグは陸上部オリジナルのデザインなので、そこで判断できるのだ。

「ふふ。そんなこんなで時間ができたからさあ、今日の夜ご飯、私が作ろうかなって思うんだけど。はーちゃんも、手伝ってくれる?」

「手伝う!」

 お姉ちゃんが少し腰をかがめて私の目線に合わせて言ってくれた言葉に、私はすぐさま肯定の意を示した。ちなみに私の名前は『ハルカ』だけれど、お姉ちゃんだけは小さい頃から『はーちゃん』と呼ぶ。その親愛の込もったような渾名は特別扱いの証のようで、私自身、すごく気に入っていた。

「あは、ありがと。じゃあさ、このままスーパー寄って買い物して行こうか。私今日結構財布に蓄えがあるから」

 するとそこで、歩行者用の信号が青色へと切り替わった。ぞろぞろと進行し始める集団に混じって、私とお姉ちゃんも足を動かす。そして横断歩道を渡りきったところで、お姉ちゃんはくるりと私とは反対側へと体を向けた。

「というわけで、私は今日はここでバイバイ!」

「おー。わかった、またな」

「ユウ、また明日ねーっ」

 お姉ちゃんがひらひらと手を振ると、男女問わず、陸上部の中学生集団から次々に返事が飛ぶ。その光景を見て、私は改めて『さすがお姉ちゃんだな』という感想を抱いた。信号待ちの間にしていた私とお姉ちゃんとの会話に、近くにいた陸上部員達はばっちりと聞き耳を立てていたのだ。だから改めて経緯を説明する必要なんてなく、あっさりとバイバイだけをして集団から離脱できる。お姉ちゃんはいつだって、人の輪の中心にいるのだ。頭が良くて、運動もできて、美人で、スタイルも良くて、優しくて、明るくて……とくれば、人気者にならないほうがおかしい。そんなお姉ちゃんは私の憧れで、私が世界で一番大好きな人だった。

「はーちゃん」

 陸上部の面々との別れを済ませると、すっ、とお姉ちゃんは右手を差し出してきた。ここはまだ学校の前だから、当然辺りには下校中の初等部の生徒、同じクラスの人達の目もある。この年になって手を繋いで歩くのはちょっと恥ずかしいという気持ちもあるけれど、そんな理由でお姉ちゃんの手を振り払うようなことはしない。私はすっと左手を持ち上げると、ぎゅっと温かいお姉ちゃんの手を握った。

「……あれ、はーちゃん、そういえば帽子は? ロッカーに忘れてきちゃった?」

 するとお姉ちゃんは、私の頭に帽子がないことに気付いて、心配そうにそう声を掛けてきた。私の学校では、初等部の生徒は登下校時に学校指定の帽子の着用が義務付けられている。だけど後ろに黒いリボンの付いたクリーム色のベレー帽はクソダサいの極みなので、私はしょちゅう鞄の中に突っ込んだままにしていた。私がそう言うと、お姉ちゃんは困った生徒を相手にする先生のように、ぎこちない笑みを浮かべる。

「まあ、気持ちはわかるけどさあ、小学生のうちの辛抱じゃん。一応学校付近は被っとかないと、うざい先生が飛んできちゃうかもよ?」

「……はあい」

 そう言われると私は一旦お姉ちゃんの手を離し、背負っていた茶色の通学鞄をすすすとお腹側へと持ってきて中をごそごそと漁った。そして教科書達に押しつぶされるように入っていたベレー帽を取り出すと、ぽん、と頭の上に乗せる。学校では問題児扱いの私だけれど、お姉ちゃんの言うことなら素直に聞くのだ。

「はい、おりこうさん。ねえねえ、はーちゃん、夜ご飯何が食べたい?」

「うーん……」

 そうしてお姉ちゃんと私は再び手を繋ぎ直すと、ゆっくりとアスファルトの歩道を歩き始めた。私はゆらゆらと繋いだ手を前後に揺らしながらしばし考え込み、これだ、と思った料理名を口にする。

「オムライスがいい!」

「おっ、いいねー。じゃあそれで決まり。えーっと、卵は家にあったから、ウィンナーと、玉ねぎと……あ、チーズもかけよっか?」

「うん!」

 私はとびっきりの笑顔を、お姉ちゃんに向ける。お姉ちゃんもそんな私を見て、にこりと優しい笑みを返してくれた。

 私がうんざりするような学校生活を送っていても完全にやけにならないでいられたのは、お姉ちゃんの存在があったからだったと思う。学校に私の居場所はなくても、そこを一歩出ればお姉ちゃんがいて、たくさんお喋りをして、一緒に遊んでくれた。沙英に意地悪されても、先生やクラスメイトに面倒がられても、仕事人間の両親が私に関心を持ってくれなくても、お姉ちゃんがいるから平気だった。お姉ちゃんが、私のことをわかってくれている。ただそれだけで、私はよかったのだ。


 だけど、お姉ちゃんとの別れは突然やって来た。私が小学五年生の、ある秋の日のことだ。学校の前のあの横断歩道で、信号無視のトラックが陸上部の中学生達の列に突っ込み、お姉ちゃんはこの世からいなくなってしまった。お姉ちゃんを殺したドライバーは危険ドラッグを使用している頭のイカレた奴だったらしく、そいつももれなくその事故で死んでいた。正直そのドライバーが一命を取り止めていたら、私は絶対そいつを殺しに行っていたと思う。結局私は犯罪者にならずに済んだわけだけれど、悲しみや怒りや悔しさは、行き場を失ってずっと自分の心に降り積もることになった。お姉ちゃんがいなくなった直後なんて、私はどうやって生活していたのか自分でも思い出せない。一応学校にはちゃんと行っていたはずだけれど、多分作業のように淡々とこなしていただけなのだろう。

 そしてお姉ちゃんがいなくなったことで、私の周りの環境にも変化が起きていた。あの事故以来、沙英はまったく私にちょっかいを掛けて来なくなったのだ。憔悴する私を見て嫌がらせはやめておこうと思う良心があるくらいだから、沙英も根っからの悪人というわけではなかったのだろう。だけどそれで仲直りしようと思う程の心の余裕も熱意も当時の私にはなかったので、沙英とはそれ以上特別関わることもなかった。そして私と沙英とのバトルが終わりを迎えたことでクラスメイト達も以前のように普通に話しかけてくるようになったけれど、いかんせん私の精神状態はどん底である。相手をするのも面倒臭くて、結局私は今まで通り学校で一人で過ごすことが多かった。放課後ぼうっと、事故現場であるあの横断歩道の前に何時間も座っていたりしたこともある。お姉ちゃんの魂とかが、そこに残ってるんじゃないかと思ったのだ。だけどいくら待っても、どこを探しても、お姉ちゃんはいなかった。死んだ人間には、もう会うことができないのだ。

 やがて私はお姉ちゃんを喪った寂しさを埋めるように、心霊とかオカルトとかそういったものに傾倒するようになった。図書館やネットで『死者に会える方法』や『死者を蘇らせる方法』を調べては、実際に試してみる。試したところで本当にお姉ちゃんに会えるわけではなかったけれど、そうやって可能性を模索している間だけは少し心が落ち着く気がした。

 中学生になって周囲の人間関係や環境が変わっても、私は学校生活を適当にこなしつつひたすらお姉ちゃんに会う方法を探していた。そうしてネットの海を泳いでいた、中学一年生の冬の日のことだ。私は『不可思議村』と呼ばれる、怪現象が度々起こるとされている村の存在を知った。そしてその『不可思議村』の正式名称である『夜宵村』という名前には、どこか聞き覚えがあるような気がした。しばしうんうんと記憶を引き出していると、それは母の実家がある村の名前だということを思い出した。東京からは遠く離れた場所にあるから、夜宵村の祖父母の家には多分幼い頃に一度か二度遊びに行ったくらいしかない。当時の記憶もほとんどなかったので、私はさりげなく母に話を聞いてみることにした。すると母はお姉ちゃんを出産するときに実家に里帰りしていて、出産後も一か月程は実家で子育てをしていたという事実が判明した。その話を聞いた瞬間私の頭の中には、ネットで見た『不可思議村で起こる怪現象は、元村民の幽霊によるイタズラである』という文章が浮かんでいた。赤ちゃんだったお姉ちゃんが一か月とはいえ村で暮らしたことがあるのなら、それも『村民』という定義に当てはまるのではないだろうか。だとしたら、この村に行けば、今度こそお姉ちゃんに会えるかもしれない。

 そう考えた私は、さっそく次の日から不登校を決め込んだ。学校の人間関係に疲れたから、と嘘を吐いて、夜宵村の祖父母の家で暮らしたいと主張したのだ。だけどエリート志向である両親は当然そう簡単に認めるわけはなく、せっかく受験して入った世間的にも評判のいい学校だから、と言ってなんとか私を学校に復帰させようとしていた。しかし両親にいくら説得されたところで、私の意志が揺るぐわけがない。一向に学校へ行こうとしない私を見た両親は、ついに不登校よりは田舎の公立中学校でも通ってくれたほうがマシだと判断したらしい。中学二年生になるタイミングで、私は念願叶って夜宵村へとやって来ることができたのだった。仕事人間である両親が東京を離れるはずはなく私一人での引っ越しだったけれど、それはむしろ好都合だった。両親が一緒だったら、絶対色々と口うるさい。祖父母は私が東京で傷ついてこちらにやって来たという設定を信じてくれていたため、特に何か干渉してくるでもなく自由にさせてくれてとてもありがたかった。

 そして夜宵中学校へと転入した私は、さっそく村で起こる怪現象について調べる部活動を立ち上げることにした。偶然にも立ち寄った第二図書室で昔の生徒が書いた『不可思議村怪奇ノート』なるものを見つけたので、まずはここに書かれている怪現象から洗っていこうと決める。この村で起こる怪現象は元村民のイタズラだと言われているため、『死者に会える』のようなピンポイントなものでなくとも、お姉ちゃんに会える可能性はある。ただ一つ想定外だったのは、こうして『怪奇倶楽部』を起こそうにも部員がまったく集まらなかったということだった。部活動として認められれば部費も使えるし、部員が多ければ調査の効率も上がるからいいこと尽くめ……だと思ったのだけれど、いかんせん生徒数が全校で六十人弱というありえない少なさだ。私は沙英との度重なる口喧嘩で屁理屈だけは鍛えられていたから数を当たれば誰かしら口説き落とせると考えていたのだけれど、そもそもその数が存在しない。また私はこっちに来てから知ったのだけれど、村には『怪現象の相手をしてはけない』という教えがあるそうで、その影響もあってか声を掛けてもことごとく断られてしまっていた。体験入部から始めて、後に正式な物ではないとはいえ入部届まで出してくれたのは、私が夜中に台座石の調査に行ったのを偶然目撃したというきっかけで知り合った、一つ年下の男の子、アキテル君だけだった。


「私がお姉ちゃんの名前を名乗ったのはね、ネットで噂を見たから」

 ハルカ先輩の昔話は徐々に現在へと近づいて行き、ついに僕が幽霊だと勘違いする原因となった、名前の件へと言及される。

「死者の名前を名乗ると、その死者が怒って自分の名前を取り返しに来る、って噂だった。だから、転校をきっかけにお姉ちゃんの名前を名乗ることにしたの。私の名前の漢字は『ユウ』っても読めるから、ちょうどいいなって思った。さすがにクラスメイトの前では本名で自己紹介しちゃってるから、『前の学校でもそう呼ばれてたから、ユウって呼んで』ってお願いして。それ以外の人には、最初から『ユウ』で名乗ったの。……ごめんね、嘘吐いて」

 台詞の最後でハルカ先輩は、不安そうに上目遣いでちらりと僕を見つめた。

「い、いえ、僕は別に……」

 僕は慌てて、ぶんぶんと体の前で手を振る。たしかにハルカ先輩が名前を詐称したことで、僕は色々と混乱に陥った。だけどそれには切実な理由があったわけだし、ましてや目の前でこんなに沈んでいる姿を目の当たりにして、怒ったり責めたりできるはずがない。ハルカ先輩はそんな僕の反応を見ると、ほっとしたように息を吐いた。しかし次に続いた言葉は、否定の言葉だった。

「だけど、ダメだね」

 ハルカ先輩は、ふっと、視線を遠くに向ける。僕もつられて同じほうを見てしまうけれど、そこには無機質な部屋の白い壁があるだけだった。

「今までアキテル君とたくさんの怪現象を調査して、ハズレもあれば、本物っぽいのもあったよね。……でも、どっちにしても、お姉ちゃんは出て来てくれなかった」

「……」

 ハルカ先輩の声のトーンは、まるで子供が駄々をこねているかのようだった。そしてそう感じるのは、あながち間違いでもないんだなと僕は今更になって気付く。ハルカ先輩は見た目も言動も年齢より大人びているように思えたけれど、それはきっと取り繕っているだけで、今のこっちが本当の姿なのだ。ハルカ先輩は姉を亡くした小学五年生の当時のまま、きっとずっと、前に進めないでいる。

「……たぶん、もうこの村に、お姉ちゃんはいないんだろうね。お姉ちゃんは賢い人だから、あの事故があってすぐに自分の死を受け入れて、とっくに成仏して天国にいるのかも。……結局、私だけがずっと、手を伸ばしているだけなんだよね」

 ハルカ先輩が悲しげに笑みを浮かべながら言ったその台詞からは、かすかに諦めの色が感じ取れるような気がした。……三年。事故から経過した年月は、長い時間だな、と思った。その長い時間、ハルカ先輩はずっとお姉さんを探し求めてきたのだ。そう考えると、『死者が集う』という今夜の怪現象の調査を途中で切り上げなければならなかったことが、大いに悔やまれた。ハルカ先輩にとって、ここまで自分の目的と合致した怪現象の噂は他になかっただろう。だけど、今からでもあの山に戻ろうという気は起きない。物音が熊のものである可能性がある以上、調査を中断した僕の判断は正しかったと思う。だって、死んでしまったらもう何もかも終わりだ。生きてさえいれば、どんなことでもなんとかなる可能性はある。そう、僕達は今こうして生きているから、また来年、調査に行くチャンスがある。

「……」

 しかしその言葉は、どうしても僕の喉から出てこなかった。今のハルカ先輩に、そんな安易な気休めの言葉みたいなものは掛けたくなかった。だけど他にいい言葉も思いつかなくて、僕は押し黙ってしまう。部屋には重い、重い、沈黙が満ちる。言葉を頼りにできなくなった僕は、目の前で小さくなるハルカ先輩の背中に、つい手を伸ばした。

 ゴトッ。

「!」

 しかしその寸前背後からそんな物音が聞こえ、僕はハルカ先輩に触れるか触れないかのところまで伸ばしていた自分の右手を慌てて引っ込めた。僕とハルカ先輩は、揃って音がした方向、部屋の入り口のドア付近へと顔を向ける。するとフローリングの床の上に、黄緑色の液体の入った五百ミリリットルのペットボトルが倒れているのが目に入った。ハルカ先輩がさっき汲んでいた、天地沼の汚い水が入ったやつだ。ペットボトルのすぐ近くにはハルカ先輩の私物である黒いバッグが置かれていて、ファスナーの口が少し開いているのが見える。山を下りるときに慌てて荷物を突っ込んだからファスナーの締めが甘くて、今になってその隙間からペットボトルが滑り落ちてしまったのだろう。

「!!!」

 しかし次の瞬間、僕達ははっ、と息を呑んだ。ペットボトルがバッグから落下したことは、さして驚くようなことでもない。その床に倒れたペットボトルの蓋が、突如、キュルキュルキュル、とすごい勢いで回り出したのだ。回転した蓋は飲み口から外れ、ころん、と床に転がる。開放されたペットボトルの口からはドボドボドボ、と中の液体が流れ出し、たちまち床の上に水溜りを作っていく。

「っ……!」

 僕はばっと首を捻って、ベッドサイドに置かれているデジタル時計の表示を確認した。四角い画面に表示されていた数字は、午前二時二十九分。……! まだぎりぎり、丑三つ時の範囲内だ。この事実を伝えようと、僕は驚愕した表情でペットボトルを見つめたままのハルカ先輩のほうへと視線を向ける。

「……っ」

 しかしそのとき、ぞくり、と背筋に強烈な悪寒が走り、僕は開きかけていた口をつい閉じてしまった。な、なんだ……? これ。今までに感じたことのない奇妙な感覚に、ドク、ドク、と僕の心臓は早鐘を打ち始める。するとやがて、何か冷たいものが床から這い上がってくるような感覚がした。その冷たいものは床に触れている僕の足を包み込むと、膝、手、腰、腹、胸、腕……と徐々に上へと侵食していく。いつの間にか僕の体はまるで氷漬けにでもされたかのように、ぴくりとも動かせなくなってしまっていた。やばい、と思った時にはもうそれは喉元まで上がってきていて、声も出すことができない。

「う、がっ……!」

 すると胸から腰付近に急激な重みを感じ、僕は唸り声のようなものを漏らすと、ばたん、と座った姿勢から勢いよく真後ろに倒れ込んでしまった。体が動かないため受け身もとれず、思いっきり後頭部を床に打ち付けた。

「! アキテル君?」

 そこでようやく僕の異変に気付いたハルカ先輩が、心配そうな声を上げて僕に駆け寄っきた。口をぱくぱくさせて死ぬ寸前の魚みたいな状態になっている僕の肩を揺さぶって、「ねえどうしたの!? 大丈夫!?」と必死な形相で言葉を繰り返す。だけど今の僕に、そんなハルカ先輩のほうを見る余裕はなかった。かろうじてまだ動く僕の眼球は、床に仰向けになる自分の胸元へと向けられている。そこにはいつの間にか、白い着物を身に纏った、青白い顔をしたおじいさんの姿があったのだ。おそらく僕が床にひっくり返ってしまったのは、このおじいさんがこうして圧し掛かってきたからだったのだろう。薄い白髪のおじいさんの生気の込もらない虚ろな目は、見ていると吸い込まれてしまうような恐怖を感じた。僕はなんとかおじいさんから逃れようと必死に体を動かそうとするけれど、首から下が金縛りにあったかのようにまったく動かない。助けを求めようにも声も出せないし、そもそもハルカ先輩には僕の上に圧し掛かるおじいさんの姿は見えていないようだった。しきりに僕の名前を呼ぶハルカ先輩の視線は、ずっと僕の顔に固定されている。

「!!!」

 すると突然、僕の視界がぐらぐらと揺れ出した。な、なんだよこれ、と思ったのも束の間、スポン! という音が聞こえ、僕は体が投げ出されるような感覚を味わった。そして次に視界が戻った時僕の目に飛び込んできたのは、気を失って床に倒れている自分と、その体の上に圧し掛かったままの真っ白なおじいさん、そして僕に声を掛け続けるハルカ先輩の姿だった。その光景はおかしなことに、天井付近から見下ろしているようなアングルで見える。

『な……』

 幽体離脱、という言葉が、真っ先に頭の中に浮かんだ。どうやら今の僕は、意識が体から抜け出てふよふよと部屋の上空を彷徨っている状態のようだった。体に戻らないと、と本能的に考えた僕は、なんとか遥か下で伸びている自分の体に近づこうとしてみる。するとすーっと視界の高度が下がっていき、自分の頭がすぐ目の前というところまでやって来ることができた。どうやらこの状態でも、自分の意志で自由に移動することはできるようだった。それから僕は意識を体に戻そうと、自分の頭にがしがしとぶつかってみる。だけどそもそも何かに当たっているような感触もまったくなく、意識が体に吸い込まれることもなかった。まずこのおじいさんをなんとかしないといけないのかもしれない、と思った僕は恐怖を堪え、自分の体に覆い被さっている青白い横顔をぐっと睨み付ける。そしておじいさんの横っ腹に何度もタックルを決めるけれど、これもまったく手応えを感じず、おじいさんは僕の上から微動だにしない。おじいさんをどかすのは無理そうだと悟った僕は、ハルカ先輩、と精一杯声を張り上げて叫んだ。だけど意識だけの状態の僕の声はハルカ先輩に聞こえていないどころか、その姿さえ彼女には見えていないようだった。

「……っ」

 ハルカ先輩は気を失った僕の体をがくがくと何度も揺さぶり、必死に声を掛けていた。だけど僕が一向に意識を取り戻す気配がないことを確かめると、すっ、とカーディガンのポケットから手帳型のケースに入ったスマートフォンを取り出した。おそらく、救急車を呼ぼうとしたのだろう。今僕の身に起きている出来事が医学的な措置で何とかなるかどうかはわからないけれど、それでもアクションを起こしてくれるのはありがたいと思った。ハルカ先輩は、真剣な表情でスマートフォンの画面に指を走らせる。

「!!!」

 しかしそこで何かに弾かれるようにして、ハルカ先輩はばっと顔を上げた。その理由は、僕にもわかった。意識だけの状態の僕にも、ぞくぞくぞくという、先程よりも強烈な悪寒が込み上げてきたからだ。何か、いる。直感的にそう思った僕は、何かの気配を感じる部屋の入り口のドア付近へと、おそるおそる目を向けた。

『……っ!!!』

 するとドアの前にはいつの間にか、一人の女の子が立っていた。身長はすらっと高くて、制服のようなデザインのクリーム色のジャケットと、プリーツスカートを身に纏っている。胸元で締めているネクタイと膝下までを覆うハイソックスの色は黒で、足元には茶色のローファーを履いていた。髪型は黒髪のストレートのショートカットで、年齢は制服を着ていることから考えて、おそらく中学生か高校生くらい。

「お姉ちゃん……」

『!』

 すぐ近くで、ハルカ先輩がそう呟く声が聞こえた。すると制服の少女は、ふっとわずかに目を細める。そこでまじまじと観察してみると、大きな二重の目に通った鼻筋、白い肌に桜色の唇、というその容姿は、たしかにハルカ先輩によく似ていると思った。だけどハルカ先輩のお姉さん……ユウさんが纏う雰囲気は、ハルカ先輩よりもまた格段と大人びて見える。ユウさんが死亡当時の年齢の姿のまま現れているとするなら中学二年生のはずだけれど、確実にそれよりも年上に見えた。ハルカ先輩は突然現れたユウさんを見て、しばし呆然とした様子で固まっていた。しかしはっと我に返ったようになると、床に倒れて気を失ったままの僕へと視線を向ける。

「お、お姉ちゃん、ねえ、何が起きてるの? なんかアキテル君が、急にぶっ倒れて……」

「うん。大丈夫、気を失ってるだけだから。……というか、私が眠らせたの。彼に、聞かれたくない話があったから」

『!?』

 ユウさんが発したその言葉に、僕は思わず身を固くした。正直僕はハルカ先輩の昔話をさっき少し聞いただけで、ユウさんのことはほとんど知らない。ハルカ先輩のお姉さんなのだから悪い人だとはあまり思いたくないけれど、今僕をこんな状態にしている張本人だというユウさんが敵なのか味方なのか、ちょっと判断ができずにいた。それに、未だに僕の体の上に居座ったままのあのおじいさんの存在も気にかかる。僕のこの幽体離脱現象にあのおじいさんが無関係だとはとても思えないので、もしかしたら、ユウさんの協力者みたいな存在なのかもしれない。人を見た目で判断するのはよくないけれど、あんな怖い顔のおじいさんと仲間だなんて、それだけでますますユウさんへの不信感が募ってしまいそうだった。

それと、気になることがもう一つ。ユウさんは僕に何か聞かれたくない話があったから眠らせたと言っていたけれど、今の僕は意識が体から飛び出てしまっているだけで、視覚も聴覚もきちんと働いていた。つまり話を聞かれたくないという思惑は実現していないのだけれど、ユウさんも、そしておじいさんも、そのことには気が付いていないみたいだった。二人共、僕の意識が漂っている付近には見向きもしない。ハルカ先輩はユウさんの言葉を聞いた後も尚心配そうに僕の体を見つめていたけれど、やはり幽霊とはいえ実の姉の言葉だ、それを信じることにしたようだった。僕の体から視線を逸らすと、ゆっくりと自分のほうに近づいて来るユウさんへと顔を向ける。

「お姉ちゃん、私に会いに来てくれたの……?」

「ええ、そうよ」

 ユウさんはハルカ先輩のすぐ目の前まで来ると、ぴたりと立ち止まった。部屋の照明の光を浴びても、その体が透けたりする様子はない。幽霊だなんて信じられないくらいに、ユウさんはたしかにそこに存在していた。

「驚いたけど。まさかはーちゃんが、この村に来るなんてね」

「……っ、私、お姉ちゃんに会いたくてっ、ここでなら、会えるんじゃないかって思って」

「ええ、そうね。現に今、こうして会えてるわけだし」

 ユウさんはすっ、とハルカ先輩の頬に右手を伸ばした。するとハルカ先輩の両目からは、ぽたぽたと次々に透明の滴が溢れ出る。ハルカ先輩ははっとしたようになってごしごしと乱暴に目元を拭うと、ぎゅっと、自分の頬に添えられたユウさんの手を両手で握った。どうやら幽霊でも、互いに触れ合うことはできるみたいだった。

「ねえお姉ちゃん……また、私と一緒にいてくれる? 私、お姉ちゃんと話したいこと、一緒にやりたいこと、まだまだいっぱいあるよ。幽霊でも、大丈夫だよ」

「……ありがとう。はーちゃんにそう言ってもらえて、嬉しいな」

 ハルカ先輩が幼さの滲む声で言った言葉に、ユウさんは微笑みを返す。しかしそこでユウさんは、自分の手を包むハルカ先輩の両手をそっと解いた。その自分を拒絶するかのような仕草に、ハルカ先輩は少し戸惑ったように瞳を揺らした。

「でもね、それはできないの。はーちゃんも知っていると思うけど、今日は特別な日だからこうして出てこられたけど、普段は無理。死者にできることなんて、村で言われているように小さなイタズラをして、怪現象を起こすことくらいよ」

「……そんな」

 ハルカ先輩はショックを受けたように、ゆっくりと顔を俯ける。……ユウさんの言葉から考えると、どうやら今目の前で起きているこの邂逅は、怪奇ノートに書かれていた『死者たちが集う夜』という噂の怪現象が発動しているということのようだった。僕はちらりと、部屋のドア前付近に倒れたペットボトルの脇に広がっている大きな水溜りへと目を向ける。ここは噂で指定されていた天地沼ではなく僕の自室だけれど、おそらくハルカ先輩が沼の水を持ってきていたことで怪現象が起きる環境を満たしたのだろう。また現在時刻は丑三つ時のリミットである二時半をとっくに過ぎていたけれど、それもどうやら出現時刻が丑三つ時、ということだったらしい。ユウさんも、僕の体の上のおじいさんも、平然とこの場に留まり続けている。ユウさんはすっ、としゃがみ込むと、俯いたままのハルカ先輩の耳元へと顔を寄せた。僕はそれを見て、きっと何か慰めの言葉を掛けるんだろうな、と思った。

「だからね、器が必要なの」

「……え」

 しかしユウさんの口から発せられたのは、僕が想像もしなかったそんな聞き慣れない単語だった。ハルカ先輩もよく意味がわからなかったようで、顔を上げて自分のすぐ傍にあるユウさんの横顔に視線を向ける。

「この状態のままでは姿を維持することができないけど、器があれば別。そこに私の意識を入り込ませれば、これからもずっとはーちゃんと話ができるし、一緒に遊ぶことだってできるわ」

 そう話すユウさんの口調は、穏やかそのものだった。だけどなんだか、その優しい囁きは僕には悪魔の囁きのように聞こえた。ユウさんはすっとハルカ先輩から体を離すと、ちらりと背後に目を向けた。そこには、気を失った状態の僕の体が転がっている。

「……この子、村生まれ村育ちの子でしょ。そういう子は霊力が高いから、器として最適なの。……まあ、見た目はこの子になっちゃうけど、中身はちゃんと私だから。そこらへんは些細なことだよね」

『……っ!?』

 突如自分へと矛先が向けられた僕は、思わずそんな声にならない声を上げてしまった。……え、何、器って、人間を使うってこと? それはつまりこれから僕が定期的に、ユウさんに憑りつかれることになるとかそういった話なのだろうか。

「え、えっと……お姉ちゃん。アキテル君をその、器にする、ってこと? でも私よくわからないんだけど、そんなことしても、アキテル君は大丈夫なの? その、何か体に影響が起きたりとか……」

 ハルカ先輩もユウさんの話す『器』システムにはまだ理解が追いついていないらしく、戸惑うような表情でそんな質問を投げかける。その内容は大いに僕も気になることだったので、緊張の面持ちでユウさんの返答を待った。

「んー、体に影響っていうか……あのね、はーちゃん。一つの体に、二つの意識が入れられないってことは想像つくよね? 私の意識が入れば、当然この子の意識は出ていくことになる。そして、それは何回も頻繁に出し入れできるようなものじゃないから……」

 たらり、と冷や汗が流れるような錯覚がした。この後発せられるであろう言葉を、僕は予想できてしまっていたのだ。

「わかりやすく言うと、私の意識が入ったら、この子は死ぬってこと」

『!!!』

 ユウさんは特段なんでもないことのように、そんな衝撃的な台詞を容易く吐き出した。しかし自分が死ぬ可能性を提示された僕は、当然だけれど冷静ではいられない。さーっと全身から血の気が引いていく感覚がして、頭の中には焦りの洪水が襲ってきた。いや、ちょっと、待てよ、冗談じゃねえよ、なんで僕が死なないといけないんだよ! 思いっきり頭を掻き毟りたい衝動に駆られるけれど、意識だけの状態ではそうすることもできない。そして今になって、ユウさんが言っていた僕に聞かれたくない話というのはこのことだったのか、と気が付く。いやいやいや、ふざけんなよ! 僕まだ十二年しか生きてないのに、 中学だってこの前入ったばかりだし、高校も、大人になって仕事とか、結婚とかも、まだなんにもしてないのに! 僕は再び床に倒れている自分の頭へと近づくと、がしがしとぶつかってなんとか意識を体に戻そうとした。しかし先程と同様に、いくらやっても意識が体に吸い込まれることはない。クソっ、なんでだよ! 今戻らないと、マジで取り返しがつかないことになるんだよ!

「はーちゃん」

 焦る僕の視界の端で、すっ、と再びユウさんが立ち上がったのが見えた。ユウさんはハルカ先輩に近づくと愛おしそうにその頬に手を伸ばし、若干顔を上向けさせる。

「はーちゃん、また私と、一緒にいてくれるでしょ……?」

『……!』

 その瞬間、僕の心の中には真っ黒な絶望感が一杯に広がった。その台詞は、ハルカ先輩が器うんぬんについて聞く前にユウさんに向けて放った台詞と、まったく同じものだったからだ。そしてハルカ先輩の真っ直ぐな瞳の中には、もう、ユウさんしか映っていない。

『……』

 僕は意識だけではあるけれど、だらり、と両手を重力に任せてぶら下げているような感覚になる。もう、ダメだ。ハルカ先輩は再び姉と過ごすことを望み、ユウさんの意識は僕の体の中に入って、僕はひっそりと死ぬことになるんだろう。じわりと、涙が滲んでくる感覚がした。……ああ、だけど。思えば僕は、ハルカ先輩のことを幽霊だと勘違いしたままだったとき、その未練を解消してあげようとしていたんだっけ。結局ハルカ先輩は幽霊ではなかったわけだけれど、『願い』というべきものはしっかり存在していて。……僕が死ぬことで、お姉さんと一緒にいたいというハルカ先輩の願いが叶うのなら、それは、それで、いい、のかな……。

「ダメだよ」

『!』

 その台詞が一瞬誰の口から発せられたものなのかがわからなくて、僕はつい辺りをきょろきょろと見渡してしまった。だけど、本当はそんなことをしなくてもわかっていた。だってその声は、僕がいつも、何百回も隣で聞いていた、ハルカ先輩の声以外なはずはなかったのだから。

「ごめんね、お姉ちゃん……。私、お姉ちゃんとずっと一緒にいたいのは本当。……だけどね、アキテル君にも、いなくなってほしくない……」

『……ハルカ、先輩』

 顔を俯けて必死に絞り出すように紡がれたハルカ先輩の言葉に、聞こえていないとわかっていても僕は名前を呼ばずにはいられなかった。じんわりと胸が熱くなって、先程とは違った種類の涙が溢れてきそうだった。僕はずっと、ハルカ先輩と一緒にいたくて、怪現象の調査を続けてきた。だけどハルカ先輩は別に手伝ってくれるなら誰でもよくて、僕に特別な気持ちなんて持ってないんだろうと思っていた。でも僕の熱量程ではないにしても、ハルカ先輩も、きっと何かしらを感じてくれていたのだ。そのことが、僕はどうしようもなく、嬉しかった。

「……」

『!』

 そうして胸に迫るあたたかさに身を委ねていた僕は、はっとした。ぎゅっと膝の上で両拳を握り俯くハルカ先輩の目の前で、ユウさんは無言で尚も立ち尽くしている。自分の申し出を断られたユウさんが、ハルカ先輩に何をするかわからない。そう考えた僕は、『ハルカ先輩!』と叫びながら、二人の間に意識だけの状態でも割り込もうと思った。しかしその僕の行動は一足遅く、ユウさんは一歩前へと踏み出すと、すっとその手をハルカ先輩の体へと伸ばした。

『……っ、待っ……!』

 しかし僕のその制止の言葉は、途中でかき消えることとなった。ユウさんはハルカ先輩の体に手を回すと、ぎゅっと、自分の頭を埋めて、抱き締めたのだ。

「お姉、ちゃん?」

「……安心した」

 ハルカ先輩は、もしかしたらユウさんに怒られると思ったのかもしれない。ふわりと自分の体が包まれたことに、少し驚いたような顔をしていた。ユウさんはハルカ先輩の背中に回した腕に力を込めると、耳元で囁くようにして言葉を続ける。

「友達を作るのがへたっぴだったはーちゃんに、そんな風に大切に思える友達ができたんだね」

『!』

 次の瞬間、僕は思わず意識だけの状態ではあるけれど身を固くしてしまった。ハルカ先輩から体を離し振り返ったユウさんと、ばっちり目が合ったからだ。ユウさんはたしかに意思を持っている眼差しで、じいっと僕の意識に視線を注いでいる。……まさか、ユウさんは、僕がこうして状況を見ていたことに、気が付いていた?

『っ!』

 すると今度はぐいっと、体が勢いよく引っ張られるような感覚がした。周囲の景色が無数のカラフルな線のようになって高速で移動していくのに耐え切れず、僕は思わずぎゅっと目を閉じる。やがて体が制止する感覚がしたので瞼を開くと、視界には白くぼんやりと輝く部屋の照明が映り込んだ。一瞬え? と思ったけれど、すぐに気付く。これは床に仰向けに倒れている僕が、天井を見上げているのだ。

「う……」

「! アキテル君?」

 僕がむくり、と体を起こすと、ハルカ先輩ははっとした表情になって駆け寄ってきた。僕は自分の胸元から足先までをまじまじと見つめるけれど、そのどこにもさっきのおじいさんは覆い被さっていない。

「アキテル君……大丈夫? なんか、さっきはすごく苦しそうだったけど……」

「は、はい……。今はもう、大丈夫です……」

 心配そうに大きな瞳を揺らすハルカ先輩にそう返事をしつつ、僕はすっとさっき勢いよく床に打ち付けてしまった後頭部に手を回した。だけど特に痛みや痺れは感じないし、こうして声もちゃんと出せている。腕や足など、体の感覚にも異常はなさそうだった。

「……」

 そうして自分の体へきちんと戻って来られたことを確認すると、僕は少し離れた位置、ちょうどテーブルの角のすぐ横辺りに佇んでいるユウさんへと目を向けた。ハルカ先輩によく似た大きな瞳は、床に座り込んだままの僕の姿をまっすぐに映している。……よく考えてみれば、幽体離脱なんていう大それた現象を起こすことができるのだ。もし彼女が本当に僕を器にする気でいたなら、わざわざそれを伝えることなんてなく、強制的に僕の体を乗っ取っていただろう。だけどそれをしなかったということは、元々ユウさんには、何か別の目的があって……。

「!」

 僕がそんな風に考えを巡らせていると、ユウさんはふいに足を一歩前に出して、フローリングの床の上を歩き始めた。反射的にその動きを目で追うと、突如視界にあの真っ白な着物姿のおじいさんの姿が映り込んで来たので、僕は「あっ……!」と思わず声を上げてしまった。つい先程まで僕の体の上に圧し掛かっていたおじいさんは、今は部屋の入り口のドア付近、ちょうどこぼれ出た沼の水が溜まっている辺りに佇んでいた。驚くことにその表情には生気が溢れていて、頑固親父のように眉間に皺を寄せながら、じっと腕を組んでこちらに視線を向けている。そしてユウさんはどうやら、そのおじいさんのほうへと移動しているようだった。

「……! お姉ちゃん……!」

 僕達に背を向けて遠ざかろうとするユウさんの左手を、ハルカ先輩がぱしりと掴んだ。なんとなく、別れの気配のようなものを感じたのかもしれない。ハルカ先輩は必死に繋ぎ留めるように、ぎゅっとユウさんの腕を握り締める。するとユウさんはスカートを翻してゆっくりと振り返り、立った姿勢のままハルカ先輩の頭にぽん、と優しく手を乗せた。

「はーちゃん、大きくなったね。もう私と同じ中二だもんなあ。……だからそろそろ、甘えん坊は卒業しないと、ね?」

「……っ!」

 台詞の後半部分の諭すようなユウさんの言葉に、ハルカ先輩の頬がぴくりと反応する。するとそれを契機に、ユウさんの腕を握る手にはより一層力が込められた。その仕草はまるで、自分を幼稚園に置いて行ってしまう母親との別れを嫌がる子供みたいだった。ユウさんはそれを見ると、少し困ったような笑みを浮かべた。そしてやれやれといった様子ですっとしゃがみ込むと、ハルカ先輩と目線を合わせて言った。

「……はーちゃん。私はさ、普通の人より若くして死ぬことになっちゃったけど、でも、はーちゃんと一緒にいられて、すごく楽しかったよ。学校とか部活も楽しかったし、友達や先生のことも、大好きだった。毎日が、すごく充実してた。だから私はもう、ちゃんと、一生分幸せだったんだよ……」

 こつん、とユウさんはハルカ先輩のおでこに自分のおでこを重ねると、目を閉じた。ハルカ先輩の瞳には、再びじわりと涙が溜まり出す。

「だから……大丈夫だよ。はーちゃんもこれからは私じゃなくて、今傍にいる人、生きている人を大切にして。私ははーちゃんの心の中に、ずっといればいいから」

「お姉、ちゃん」

 ユウさんをまっすぐに見つめるハルカ先輩の瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。だけどそれを堪えるようにして、ハルカ先輩はぐっと唇を引き結ぶ。……本当は、ハルカ先輩もわかっているのだ。人の死というのは、別れだということを。いつまでもこうしてはいられない、いけないのだということを。ハルカ先輩は震える両手を、ゆっくりと、ユウさんから離した。そして何かを振り切るかのように一度、ごし、と目元を拭う。そのハルカ先輩の仕草を見たユウさんの顔には、ほっとしたような安堵の色が浮かんでいた。ユウさんは立ち上がると、再び背を向けておじいさんの方へと歩き出す。ハルカ先輩は、追いかけなかった。ユウさんはおじいさんの横へと並び立つと、最後にもう一度だけ、振り返った。

「じゃあね。はーちゃん。ずっと大好きだよ」

「お姉ちゃん……!」

 ユウさんの微笑みは、眩い光に包まれて溶けていく。目を開けていられなくなって、僕は瞼をきつく閉じた。そして次に目を開けたとき、そこにはもうユウさんも、真っ白な着物を着たおじいさんの姿もなかった。しいん、と静まり返った部屋の中に、思い出したように窓の外から虫の声が聞こえてくる。床にできた水溜りからは、かすかに山の緑の匂いがしていた。


 ピチチ、とでもいうような鳥の声が聞こえて、僕は瞼を持ち上げた。いつの間にかカーテンの隙間からは光の筋が差し込んでいて、辺りの空気にもあたたかさが漂っている。朝だ、と思った僕は、ごろり、と何の気はなしにベッドの上で寝返りをうった。

「!!!」

 すると目の前にすーすーと寝息を立てるハルカ先輩の顔が飛び込んできたので、僕は一瞬頭が真っ白になった。しかし遅れて、深夜に起きたあれらの出来事が次々とフラッシュバックしてくる。……そうだ。あの後、僕達は色々と突き合わせたいことも多々あったけれどそれよりも疲労感のほうが勝っていて、すぐに崩れ落ちるようにベッドに入って眠ったんだった。そう現在までの経緯を思い出した僕はハルカ先輩を起こさないように、そろりとベッドから抜け出ようとする。

「あ……」

 しかしそこで、僕の動きは止まった。ハルカ先輩の白い頬に、かすかに涙の跡が残っていることに気が付いたからだ。それを見た僕の中には色々な感情が沸き起こって来て、つい、ハルカ先輩へと手を伸ばしてしまう。ハルカ先輩の柔らかい頬に親指を滑らせ、傷痕のようにも見える、その涙の跡をなぞった。

「……ん……っ」

「!!!!!」

 するとハルカ先輩がかすかに声を漏らして体を捩ったので、僕はしゅばっと慌てて手を引っ込めた。やばい、ハルカ先輩に気付かれた? と焦りで心臓をバクバクさせながら、上半身を起こした姿勢でベッドの上で固まる。やがてゆっくりとハルカ先輩の瞼は持ち上げられ、少しとろん、としている瞳に僕の姿を映した。

「……え、あ……アキテル君」

「お、おはようございます……」

 僕はとりあえず、そう朝の挨拶を返す。ハルカ先輩の口から漏れる声は、寝起きということもあってかいつもよりも若干低めで気だるげだった。それにまだ頭が完全には働いていないみたいで、朝起きてすぐ僕が隣にいるこの状況についていまいちピンと来ていない感じのぼうっとした表情をしていた。その様子だとどうやらさっき頬に触れたことには気が付いていないようだったので、僕は人知れずほっと胸を撫で下ろす。もし気付かれていたら、絶対セクハラだとか言われて僕の立場は非常に危うくなっていただろう。

「……っ!」

 するとそのあたりでようやく頭が回転し始めたのか、ハルカ先輩はがばっとベッドから身を起こすと、部屋のある一点に視線を向けた。僕もその先を追うと、倒れたペットボトルの脇に広がる丸い水溜りが目に入ったので思わず顔を引きつらせてしまった。……うげ。そういえば、これそのままにしたまま寝ちゃったんだっけ。後で雑巾持ってきてちゃんと拭かないと……なんてことを考えていた僕の耳に、ぼそり、と呟くようなハルカ先輩の声が響いた。

「……夢じゃ、なかった……よね?」

「!」

 ハルカ先輩はぎゅっ、と、僕達の腰から下を包み込むタオルケットを握り締める。僕は視線を再び遠くの床に広がる水溜まりへと戻すと、静かに返事をした。

「……うん」


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