8
地面が割れて、巨大な化物の姿が現れる。
響は、真希と山城へ向かって呪符を投げつけた。二人の周囲に呪符が舞い、そこに二人を守るための結界が張り巡らされる。
だが、この巨大な妖かしをどうすれば鎮められるものか、響にはどう対処すればいいかわからなかった。
果たして、これまでのように生命を消し去ることが出来るのだろうか。
(動きを止めないと)
響は大きくジャンプして、その巨大な身体へと蹴りをいれる。だが、それはあまりにも固く、とてもダメージを与えられるものではない。
その手に妖力をこめその動きを止めようと試みる。しかし、それもまた難しいもので、響の力ではある程度動きを妨げることは出来ても、それ以上のことは出来そうもない。
仕方なく、響はある呪符を飛ばした。
(結界)
それは符呪を教えられた時、一条春影から貰った呪符だった。
――いざということがあれば、この符を使いなさい。強い力があなたを護ってくれます。
まさかこんな形で使うことになろうとは思いもしなかったが、ひょっとしたら春影はこんな時のことも予測していたのだろうか。
その呪符が大きな光の円を作り出し、強い結界が作り出される。そして、その結界の中心に白い着物姿の一人の少女が姿を現した。
「君は?」
「戯け。そんな子供に対するような呼び方をするな。私は六花、時継神と呼ばれる橘六花だ」
「六花? 妖かしの一族の?」
響が六花の姿を目にするのは初めてのことだった。六花は『妖かしの一族』のなかでも特別な立場であり、滅多に人前に姿を現すことがないと聞いていた。
「なんだ? 知らんで呼び出したのか?」
「強い結界を張るだけのものかと思っていました」
「私は常に強い結界を飛ぶことにしている」
そう言いながら、六花は周囲を見回し、巨大なムカデの姿に視線を向けた。「何が起きたかと思ったら、こういうことか。あんなミミズの化物など」
「ムカデですよ」
「たいした違いはない。どっちも虫だろ」
「化物と言いましたか? 妖かしではないのですか?」
「それも大差ない。化物だろうと、妖かしだろうと、モノノ怪だろうと、それを見るものの主観で決めるものだ。呼び方などどうでもいい。そもそも私は戦うことは好まない。戦う手段を求めるのなら、あの戦バカの詩季の娘にでも頼めばいいのだ」
六花はブツブツと文句を言った。
ムカデは一度、地中へと姿を消し、地面の中を強い地響と共に近づいてくる。
「そんなこと言ってる場合じゃありません。あれはどうすれば倒せるんですか?」
「倒す? ああ、そんなことか」
土が割れ、それが再び目の前に姿を現す。
「六花様!」
「騒ぐな。こうすればいいだろ」
冷静な表情のまま、六花は右手を翳した。ふわっと風が周囲をめぐり、巨大なムカデがその動きをピタリと止めた。
「これは?」
「私の術で動きを止めただけだ」
「これからどうするんです?」
「おまえが切ればいい。おまえはそのための刀を持っているじゃないか」
「どうしてそれを?」
六花は響がジャケットの内ポケットのなかにいれた、あの直江四門の残した短刀のことを知っているようだった。
「それほど強い霊力を持った刀、術で隠すこともなく持っていればすぐにわかる。そんなことよりもいつまでも縛っておくことも出来んぞ。早くしろ」
「どうすれば?」
「刀で切ろうと思うな。切るのはお前の力で切るのだ。それを伝えればいい」
迷っている時間はなかった。
響にとってその短刀を使うことは初めてのことだった。それでもその柄を握る時、それをどう使うべきかが自然と伝わってくる。
響はその刀を抜き放った。そして、そのまま真っ直ぐに振り下ろした。
その手の中に妖かしの生命の感覚が伝わってくる。
妖かしが浄化され消えていく。
「ふん、二度と私を戦いになど呼び出すな」
背後から六花の声が聞こえた。
振り返った時、既に六花の姿は消えていった。