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その夜、響たちは奥野千代の自宅に泊めてもらうことになった。
翌朝、早い時間に響は山城に案内してもらい、再びあの廃村となったさらに奥へと向かった。ミラノには残ってもらうことにした。彼女には、少しでも姉のマリノについて、千代から話を聞いておいてもらいたかったからだ。
山城に連れて行ってもらったのは、葛城明日菜が生き仏となった場所だった。
だが、既にその辺り一帯はただの荒れた土地でしかなかった。20年前、『生き仏』の儀式を行った翌日、土砂崩れが起きたのだと山城は説明した。
そのため、明日菜がどこに『生き仏』として埋められたのかは正確にはわからないそうだ。
それでも、響はそこにスコップを突き立てた。
「何をするつもりなんですか?」
不安げな顔をして山城は訊いた。
「掘り返すんですよ」
「ほ、掘り返す?」
ギョッとしたような顔をして山城は声をあげた。「そんな……とんでもないことです!」
「どうしてですか? もし、あなたたちの言うように明日菜さんを『生き仏』にしたことで妖かしとなったのだとすれば、彼女の魂を救ってあげなければいけません」
「そんなバチ当たりな」
「バチ当たり? いや、罪のない少女を『生き仏』にする以上にバチ当たりなことがあるんですか?」
「しかし、あの妖かしは明日菜じゃない」
「どうしてそう言えるんですか?」
「それは……」
山城は口ごもった。すぐに答えないだろうことは想定済みだ。
「言えませんか? なら掘り返すだけです」
「そんなことをしても……何の意味もありませんよ」
「意味がない? どうしてですか?」
「……」
「いずれにせよ事実を知る必要があるということです」
響はそう言いながらスコップを突き刺した。土は硬いが、それでも掘り返すことができないほどではない。ましてや妖かしの力を持つ響にとって、それはさほど難しいことではない。
だが、その時――
「そんなことをしてみても無駄よ」
その声は木の陰から聞こえてきた。そこに人が隠れていることは響にも最初からわかっていた。
「無駄? それはどういう意味です?」
「明日菜はそこにはいませんよ」
姿を現したのは50歳ほどの身奇麗な姿をした女性だった。
* * *
「あなたは?」
念のために響は訊いた。
「明日菜の母です」
「じゃあ、真希さんですね?」
「驚いていないのね。ちゃんとわかってるみたいね」
不愉快そうに彼女は言った。確かに響は彼女が現れることを予想出来ていた。
「一応、そのつもりです」
「なら、こんなところを掘ってみてもあの子がいないことだってわかっているんでしょう?」
「あなたたちが明日菜さんを逃したんですね?」
「そのことも……」
山城は驚いたような声を出した。
「真希さん、あなたがどんな人なのか、昔のあなたを知る人に少し教えてもらいました」
「どうせ悪口でしょ」
「悪口とは言えませんよ。ただ、とても正直な人だったと教えてもらいました。村の昔ながらの風習を嫌い、何度も逃げ出そうとしたそうですね」
「あんな村、もっと早く無くなってしまえばよかったのよ」
「そんなあなたが葛城さんに嫁いだのはどうしてですか?」
「無理やり押し付けられただけよ」
淡々とした口調で真希は言った。
「いえ、葛城さんに嫁ぐのを決めたのはあなた自身で決められたのではありませんか? 葛城さんはとても気の弱い人だったと聞いています。あなたが葛城さんを選んだのではありませんか?」
「何のために?」
「あなたは村から逃げることを、自分の自由を諦めた。その代わりに未来の自分の子供だけには自由を与えようとした。そのためにはあなたの言いなりになってくれる葛城さんのような人が必要だった」
「それで? 主人を選んだからって明日菜を自由に出来るとどうして思うの?」
「葛城さんのもとに嫁いだのは第一段階。第二段階として、あなたは明日菜さんが生まれる時、『生き仏』とする当たりくじを引いた」
「どうやって?」
「クジはただ白い紙に丸が書かれただけのもの。万が一、当たりくじを引いたところで、ハズレたことにして捨てることだって出来る程度のものだったそうじゃありませんか。逆にハズレくじに丸をつけることならもっと簡単に細工出来たんじゃありませんか?」
「自分の子供をわざと殺す母親がどこにいるの?」
「そう、誰でもそう思う。でも、あなたはそうした。なぜなら明日菜さんを生かすためですよ。そもそも『生き仏』にするのも、両親と村役場の者が立ち合うというもの。つまり、明日菜さんを『生き仏』にしたことにして、彼女を村から逃がすことも出来る。あなたは葛城さんのところに嫁ぐ時に既にそれを決めていたんじゃありませんか?」
真希は開き直るかのように笑った。
「今頃になってバレるなんてね」
「時期なんて関係ありませんよ」
「私は自分の夢を明日菜に託したのよ。それのどこが悪いの? あなたは明日菜が埋められていれば良かったっていうの?」
当然、響がそれに頷くはずもなかった。
「いいえ、明日菜さんという人のことは知りませんが、ボクも無駄に人が死ぬことがなく良かったと思います。けれど、問題はそこじゃありませんよ」
「じゃあ何が問題なの?」
まるで挑戦するかのように真希は言った。きっと彼女は響が何を言おうとしているかわかっているのだ。
「明日菜さんが『生き仏』になることに反対していた人がいたそうですね」
「知らないわ」
真希の顔から笑みが消えた。
「葛城さんには亡くなった奥さんの間に息子さんがいたはずです。葛城信郎さんです。山城さん、そうでしたね?」
「な、何の話をしているんだ? どうして彼の話を?」
山城が目をギョロギョロと動かす。どうやら山城は明日菜を助けることには手を貸していたが、それ以上のことについては知らないようだ。
「必要だからですよ。信郎さんは明日菜さんのことをとても大切にしてくれていたそうですね」
「そんな言い方しないで」
真希は厳しい口調で言った。「そのせいで明日菜はあの子のことを兄というより男性として見るようになってしまった」
「二人の間が特別な仲なんじゃないかと村の中で噂になったそうですね。それでも信郎さんは別に男女の仲になろうとしていたわけじゃなかった。他の人と同じように彼にも許嫁がいた。彼はその許嫁の家に出向いて、決してそんなことにはならないと弁明したそうじゃありませんか」
「そんなことまで調べたの?」
「調べるってほどじゃありませんよ」
昔、村の中で何が起こっていたのか、それは千代の隣人である『徳ちゃん』と呼ばれていた老婆が全て話してくれた。そこに真希という女性の性格をつなぎ合わせることで、何があったのかを想像することが出来た。
「そうね。あの村の中のことなんて、何かあればすぐに全員に筒抜けになる。村の人なら誰でも知ってることですね」
「しかし、それでも信郎さんは、あなたにとってとても危険な存在だったでしょうね」
「危険な存在というよりも、ただの邪魔な存在だった」
「どうしてそこまで? 彼は何をしたんですか?」
「あの子は私とは真逆だった。『生き仏』という風習には反対しながらも、村というコミュニティを大切にしていた。そして、それを明日菜に吹き込んだ。『生き仏』の風習は無くして見せる。だから一緒に村で生きようと言いくるめようとしていた」
「だからあなたは『生き仏』の儀式を急いだ」
「私はあの子に儀式のことを教えなかった。明日菜を『生き仏』にする儀式を行った翌日、あの子はそれを知って明日菜を掘り起こして助けようとした。あの夜、ちょうど雨が降っていてね。あの子は土砂崩れに巻き込まれて死んだ」
「彼は何も知らなかったからでしょう。本気で明日菜さんを助けようとしていた」
「知らなくていいのよ。明日菜は全てのしがらみから逃れて生まれ変われるのだから。それなのにあの子はーー」
「あなたは何をしたんですか?」
「どうせ知っているんでしょう? 私はあの子を見殺しにしたの」
「見殺し?」
「あの子が明日菜を助けに行ったのを私は知っていた」
「知っていた?」
「止めようとして追いかけたのよ。まさか、そこに明日菜がいないことがバレたら困るから。そして、土砂崩れに巻き込まれたことも知った。一歩間違えば、私が死んでいたかもしれない。でも、私は助けを呼ばなかった。それから3日後にあの子が家出をしたと通報した」
「なぜ?」
「信郎を助けようとして、明日菜がいないことがバレると困るからよ」
「そんなことで人一人の生命を?」
「そうよ。何が悪いの?」
真希はそう言って響を睨んだ。