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 そのスーツ姿の男の名を山城文一やましろふみいちと言った。

 今、町役場に勤めているが、かつては、この廃村になった上宿村の役場の職員をしていたことがあるらしい。

 山城だけがこれまでのことを説明するため響たちと共にその場に留まり、他の者たちは状況を確認するためにさらに村の奥へと進んでいった。

「実は、私たちは化物が出るという話を聞いて調査に来たんです」

 山城は一度外した黒縁の眼鏡をハンカチで拭きながら言った。

「今回のことで、何か詳しい事情を知っているということですね?」

「詳しい事情……と言えるかどうかはわかりません。化物なんて、きっと何かの間違いじゃないかと思いますし」

「しかし、さっき20年前のことがどうとか言っていませんでしたか?」

「ええ。その話をするためには、まずは以前、上宿村にあった慣習を説明しなければなりません。ただ、この事は出来れば口外しないでもらいたいんです」

 誰もいないのをわかっていながら、山城は周囲を少し気にしながら言った。

「慣習?」

「生き仏ですよ」

 山城の言葉に、響は耳を疑った。「驚かれるかもしれませんが、ここが廃村になる20年前まで、それは当たり前の風習として続けられてきました」

「今、生き仏って言った?」

 ミラノが聞き返す。やはり彼女も驚いたのだろう。とてもすぐには信じられるものではない。

「選ばれた少女は15歳の誕生日、生きたまま穴に入り埋められるのです。仏教でいう『即身仏』ですよ。地中に空洞を作って、その中で村の平穏を祈り続け、土地神へ命を捧げるのです」

「命を……それはつまり、そのまま亡くなるということですね」

「そういうことです」

「なんてバカなことしてるの?」

 ミラノが呆れたように言う。響もそれは同じ気持ちだった。

「今の時代にそんなことが? あ、いや……20年前の話でしたね……いえ、20年前といってもそんなことがあったなんて」

「私もここに来た時は驚きました。私はここの出身ではありません。村おこしの一環として移住してきたんです。しかし、私のような新参者が口を出せるはずもありません。それに、こんな小さな村にはそういう慣習は必要だったのです」

「必要?」

「迷信やら、しきたりやら、小さな村が一つにまとまっていくためには、そういう個人の力が及ばないようなものが必要なんです。そのために明日菜は犠牲になるしかなかったんです」

「明日菜さんというのは?」

「葛城明日菜、20年前に『生き仏』になった子です」

 その口ぶりから、山城は『生き仏』という慣習に何の罪悪感も持っていないようだ。長年、村の中で暮らすことでその風習に慣れたのだろうか。

「そんなことをして問題にはならないのですか?」

「その話が村の外に出れば大問題になったでしょうね。しかし、この村の中では別です。そもそも彼女の存在は公にされていません。戸籍にも載せていない」

「どうしてそんなことが出来るんですか? なぜその子が? 血筋か何かの理由ですか?」

「いえ、『生き仏』になるかどうかはクジで決められるのです。99枚のハズレくじと1枚の当たりくじ。生まれてすぐに親がそれをひき、明日菜が選ばれたんです」

「クジとはどういうものですか?」

「ただの紙切れですよ。丸が書かれただけのものです。もし当たりくじを引かれることがあれば、あらたに同じものを箱に入れます」

「誰かがわざとハズレくじに丸をつけたら?」

 ミラノが言うと、山城は笑いながら首を振った。

「何のために? 生き仏になるために? ありえないでしょう」

「常に100分の1の可能性ということですね」

「そうです。だから、そう簡単に当たりくじを引くことなんてありません。彼女の前に『生き仏』になったのは50年以上前だったはずです」

「ほとんどがハズレることになるんですね」

「ええ」

「なら、ハズレクジをひいたことにして助けることも出来たんじゃありませんか?」

「実はそうです。しかし、彼女の母親である真希さんはそうはしませんでした。彼女は正直に当たりくじを引いたと申告しました」

「どうして?」

「さあ……私にはよくわかりません。しかし、彼女の母親の場合、当たりでもハズレでも気に入らなかったのかもしれません」

「どういう意味ですか?」

「クジにハズれた場合、女の子の場合、すぐに婿を決めることになるからです」

「婿? 生まれたばかりなのに?」

 その慣習もまた、響たちを驚かせるものだった。

「そうしなければ若い娘はこのような小さな村、すぐに出て行きたがります。生涯をこの村で過ごしてもらうためにはそうするしかないのです」

 まるで奴隷のような扱いに感じる。

「有り得ない」

 とミラノが反応する。「それなら死んだほうがいいわ」

「彼女の母親、真希さんはそういう人でした」

「真希さんもこの村の人ですか?」

 響は、その母親のことが気になっていた。

「もちろんです。真希さんはとんだ跳ねっ返りでしたよ」

「跳ねっ返り?」

「若い頃、何度も村を逃げ出そうとしたそうです。山狩りまで行われたこともあったそうです」

 逃げようとするその女性よりも、それを山狩りまでして逃げられないようにするその村人たちのほうが恐ろしく感じた。

「彼女にも決められた方がいたんですか?」

「いるにはいたんですけどね。婿と決められた男性は若い頃に事故で亡くなりましてね、その結果、奥さんを亡くされた方の後添えとして嫁いだそうです。それはご自分で決めたそうですよ」

「後添え?」

 何度も村を逃げ出そうとした女性には意外な選択のように思える。「お子さんはいなかったんですか?」

「前の奥さんとの間に息子さんがいたと記憶しています」

「しかし、そんな人がよく娘さんを『生き仏』にすることに納得しましたね」

「真希さんは自分の結婚も快く思っていませんでしたからね。少し自暴自棄になっていたのかもしれません」

「儀式とはどのようなものなんですか?」

「明日菜さんが14歳の誕生日を迎えた夜、儀式は行われました。そう大げさなものじゃありません。ずっと以前ならば村人総出で行われたという記録もありますが、20年前の時はご両親と私が立合いました」

「本人は? 納得していたんですか?」

「大人しいものでしたよ。少し不安な顔はしていましたけどね。真希さんに言い含められて生きてきたんでしょう」

 そう定められて育てられてきたとはいえ、14歳で生き埋めにされるということをその子はどのように受け止めたのだろう。

「じゃあ、その娘さんが妖かしになったんですか?」

「いや、そんなことはありませんよ」

 すぐに山城は否定した。「きっと化物なんて、何かの見間違いです。ありえない」

「どうしてそう言えるんですか?」

「あ……いえ、明日菜はそういう子じゃありませんでしたから」

 途端に山城はしどろもどろになった。

「詳しいんですか? いや、親しかったんですか?」

「親しい? 誰と?」

「明日菜さんですよ」

「いえ……とんでもない」

 すぐに山城は強く否定した。「小さい村でしたからね。特別に親しいわけじゃなくてもそのくらいのことはわかりますよ」

「今、その真希さんという人はどこに?」

「廃村になった後、村の人たちは皆、隣町に全員が移り住むことになりましてね。町の西側は今も上宿地区と呼ばれていますよ」

「全員ですか?」

「ええ、皆でそう決めたんですよ。真希さんも旦那さんと二人で移り住みましたよ」

「二人ですか? さっき、旦那さんには先妻との間に息子さんがいたと言われましたね」

「あ……いえ、息子さんは家出したんですよ」

「家出? その後は?」

「いえ、見つかっていません」

「やはりこの村の暮らしが嫌で家出したんでしょうか?」

「信郎さんはむしろこの村の暮らしを好まれていました。青年団にも入っていましたしね」

「そんな人がどうして?」

「さあ、それは私にはわかりません」

 山城は首をひねった。


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