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そこは町から20キロも離れた山道を抜けたところだった。
既に廃村となった場所で、人の気配などするはずもない。道路もすっかり荒れ果てて、アスファルトのあちこちが割れて草が飛び出している。途中、崖が崩れている場所もあって、とても車では入ってくることは出来ないだろう。
「ちょっと……ここって携帯の電波も入らないじゃないの」
ミラノはスマホを見ながら呟いた。どうやらスマホのナビで検索していたようだが、おそらくこんな道は地図にも載っていないだろう。
「この辺、今はもう人が住んでいないんだろう」
「そりゃそうよ。こんな山奥、住めるわけないわ」
「昔は住んでたらしいよ」
「昔のことでしょ。人が住んでいないところに何が出ようと関係ないでしょ」
「気になるじゃないか。化物なんて。妖かしかもしれない」
「物好きね。どうしてそんなことが気になるのよ」
「だから、あそこに残っていてくれって言ったじゃないか」
「どうしてそうなるのよ。一緒に来るのが嫌なんて言ってないでしょ」
猫の妖かしが憑いているミラノの身体能力は、一般の人とは並外れている。そういう意味ではこんな山道でも、決して辛いものではないはずだ。きっと、草ぼうぼうで虫だらけのところが気にいらないということだろう。
そこからさらに20分も山道を歩いていくと、そこに古い集会場のような建物があり、その前に人が集まっているのが見えた。ここに来る途中、車が何台か停まっていたが、おそらく彼らが乗ってきたものだろう。
黒いスーツに長靴を履いた男、消防服を着て刺又を持った若い男。そして、ベージュの汚れたツナギを着た老人。それ以外にも十人ほどの人々が集まっている。中には猟銃を背負っている者たちもいる。
おそらく化物の噂を聞いて、調査に来た町の人々だろう。
「何かあったんですか?」
響は消防服を着た若い男に声をかけた。男は響たちの姿を見て驚いた顔をした。
「おまえたち、どこのもんだ? どうやってここまで?」
「化物が出たと聞いたんですが」
「そ、そんな話は知らねえ」
男の表情が変わり、ムッとしたように男は答えた。やはり他所者には話したくないというところだろう。嘘をついているのはハッキリしているが、それをまともに相手にしていては時間がかかる。どうしようか考えていると、年配の男が響たちに気づいて近づいてきた。
「あんたたちは? こんなところで何してる?」
すかさずミラノが答えた。
「私たちは一条家の者です」
たちまちその男たちの表情が変わった。
「一条様の?」
どうやら一条家の威光はこんな場所でも強いようだ。「もう一条様の耳に届いているということですか」
男たちは狼狽えたようにお互いに顔を見合わせた。その様子を見て、ミラノは響のほうをチラリと見てしたり顔をする。彼女が一条の名を使うのは問題のような気はするが、それでも彼らがそれで素直に話をしてくれるなら仕方ないだろう。
「何があったんですか?」
響は改めて訊いた。
「いや……実はよくわからないんです」
仕方無さそうに年配の男が答えた。
「化物が出たというのは?」
「今朝、イノシシ狩りに来た一人が大怪我をして倒れているのが見つかった。一緒にいた奴が……ムカデの化物にヤラれたと。昨日も同じように化物を見たという人がいた」
「ムカデ?」
「あれは20年前の呪いだ」
ボソリと呟く声が聞こえた。
「何か憶えがあるんですか?」
その声が聞こえたほうへ声をかける。だが、それに答えたのは別の男だった。
「わからない。わからないが……あれは20年前の呪いだ」
どうやら皆が何か事情を知っているらしい。
「20年前?」
「あれは明日菜だ」
老人の一人がしわがれた声を出した。他の者たちもそれに頷く。
「化物が誰なのか知っているんですか?」
「私が説明させていただきます」
50歳くらいのスーツ姿に長靴を履いた男が進み出た。