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奥野千代が暮らしている家はわりと早く見つけることが出来た。
子供のいない彼女は、甥っ子を頼ってこの端引町に引っ越してきていた。
響たちが訪ねた時、庭先の畑で手ぬぐいを被って野菜の手入れをしている老女の姿があった。ミラノは顔をハッキリとは憶えていないらしく、少し不安そうに声をかけた。
「すいません、千代さんですよね?」
老女は一瞬、ポカンとした顔でミラノを見つめたが、すぐにポンと手を打った。
「あなた、ミラノちゃん?」
千代はミラノに気づいたようだ。
「お久しぶりです」
「どうしてここに?」
「千代さんがここにいるって聞いて」
「え? 私のことを訪ねて? 私を憶えていてくれるの?」
「なんとなくですけど」
「そうよね。あの頃はまだ小さかったから。お婆ちゃんたちは元気? お姉ちゃんは?」
それを聞き、ミラノは思わず響のほうを振り返った。
どうやらマリノはまだ千代の記憶は奪っていなかったようだ。それとももともと引っ越した千代については記憶を奪う必要がなかったのかもしれない。
千代は暖かくミラノを迎えいれてくれた。居間のテーブルにはお煎餅やお漬物などが並べられ、そして、こちらから訊く必要もないほどに昔のことを話してくれた。ミラノはそれを聞きながら、上手にマリノのことへと話題をうつしていった。
「姉がよく遊びに行ってましたよね?」
「そうね、マリノちゃんはジジのことを可愛がっていたわね」
千代は懐かしそうに言った。
「ジジ?」
「ウチで飼っていた猫よ。生まれてすぐにどこからかやってきてね。それをマリノちゃんはすごく可愛がってくれて毎日遊びに来てくれたわ」
「お姉ちゃんって、そんな猫好きでしたか?」
「好きだったみたいよ。本当は飼いたかったみたいなんだけど、ミラノちゃんがアレルギーで飼うことが出来ないって言っていたわよ」
「私? ああ、そうだ……すっかり忘れてた」
「アレルギーがあるの?」
アレルギーの話など、響はこれまで聞いたことはなかった。
「子供の頃のことよ。いつの間にか治ったみたい」
ミラノがそう言った時、彼女の中に憑く妖かしが小さく笑ったような気がした。きっとそのアレルギーが消えたのは、ミラノに猫の妖かしが憑いた時からだろう。
ふいにーー
「どうしたのかしら?」
千代が外の様子を気にしているようだ。
「何か?」
「ずいぶん人が通っていくわ」
「そうでしたか?」
見通しが良いため、車が数台、家の前を通ったことは響も気づいていた。だが、それは響にとって決して多いものには感じられるものではなかった。やはりこんな田舎町では、車が通ることもそう多くはないのだろう。
三人で庭先を眺めていると、一人の老婆がやって来るのが見えた。もちろんそれは決して早いわけではないのだが、老婆なりに一生懸命に手足を動かしているのは感じられる。
「あら? あれは徳ちゃんよ。お隣さんなの。お喋りで、いつも遊びに来てはお話していくのよ。でも、なんか今日は様子がおかしいわね」
眺めていると、やがて老婆が庭先に現れた。
「千代ちゃん、大変よ」
老婆は両手をパタパタさせながら近づいてきた。
「徳ちゃん、どうしたの?」
「また化物が出たんですって。今、皆で様子を見に行こうって話てるわよ」
「化物?」
思わず響が聞き返す。
「昨日からね、この山の向こうで化物が出たって噂になっているのよ」
老婆がすぐに教えてくれた。
「本当ですか?」
「イノシシや熊ならいつものことなんだけど化物だなんてね」
千代は困ったように眉を潜めた。