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人、狐、狐?  作者: しば
方歴984年
3/4

秋の章

 お母さんとケンカをした。

 原因は、わたしが何も言わないで日が落ちるまで遊んでいた事。

 原因は、それに対して私が『ふふくもうしたて』をした事。

 手にしていた杖をぎゅうと握りしめ、私は走った。

 泣きながら、走った。

 走って、気がついたら、そこは月光樹の生えている場所だった。

 こんな時は、いつもこの場所に来た。

 変化して、狐の姿になって、素早く樹の上に登る。

 そうして、枝の上に寝っ転がった。

 さわさわと枝葉の擦れる音が、わたしを励ましてくれてるみたいで、心地良い。

 えへへ~、ありがとう、月光樹さん。一晩だけ、ここにごやっかいになります。


 ―――そのまま、いつの間にかお母さんに家に連れ帰ってもらえるまで……そこで眠った。


  ……


「はい、お家にとうちゃーく!」

「道案内ご苦労さまだったな、昏」

「えへへっ」

 

 足元に枯葉が降りつもり、すっかりこの山にもこうようの時期がやって来ていたある日。

 わたしは麓の村から遊びに来た慎先生を連れ、家路に着いていた。

 

 未だに、この家に単身で入れる人はわたし一人だ。

 家の中のお母さんの匂いをたどり、結界にも引っ掛からずに中に入る。

 だから、わたしは自然とよく道案内を頼まれることになる。


「お父さーん、先生連れてきたよー」


 がらがらと戸を開けながらそう言うと、中に居たお父さんとお母さんが笑ってこちらを向いた。


「よう、久々だな二人とも」

「おお、慎か!久しぶりだな」


 直ぐにお母さんが座布団を取り出して、囲炉裏の傍に置いた。


「どうぞこちらに。今、お茶を入れますね」

「ありがとう、月夜さん」


 どさり、と先生がそこに座って、わたしも適当にその辺りに腰をおろす。


「今日はどうしたんだ?」

「いや、たまには様子を見に来ようかと思ってな。それに……」

「わたしがさそったんだ、先生に遊びに来ないかって!」


 はいはい、と手を上げて主張する。


「すみません、うちの昏がいつも……」

「いや、問題ありません」

「何でお母さん、あやまるのー」


 ぶー、とむくれるわたしに、お母さんも似た顔で諫めるように言ってくる。


「貴女が色々お世話になりっぱなしだから」

「わたし、もうそんな子どもじゃないもん!」

「二人共、ケンカはやめろって。慎が困ってる」


 そんな様子を見ていた慎先生は、くくっと口元に手を当て笑いをこぼしながら言った。


「いや、すまん。……相変わらず仲が良いな、お前たちは」


   ……


「……お茶、どうぞ」

「ああ、ありがとうございます」


 お茶の入った湯飲みを、お母さんがそれぞれ目の前に置いてくれる。

 先生が少し口にして、一息つく。


「……生活は順調か」

「ああ、また少し実入りが悪くなったが……まあなんとか、三人でやれてるよ」

「そうか……」


 元々細い目をさらに細め、口を緩め、先生が嬉しそうにして言う。


「……不思議なものだな、お前たちは」

「何だよ、突然」

「こんな山の奥深い場所で、人と狐が、力を合わせて生活しているなんて……稀有な事だとしか思えないよ、俺には」


 初めて聞いた時は驚き跳び上がりそうだったと、先生は続ける。


「よっぽど行方不明になってた最初の頃に、仲睦まじくなったと見える」

「!」

「……っけほけほ……!」


 そんな事を言われて、お父さんは顔を赤くし、お母さんはむせ込んだ。

 その様子が面白くて、私も続いて聞いてみる事に。


「わたしも聞きたいなー、お父さんとお母さんの出会った頃の話♪」

「……っそ、そんな……!」

「な、何でそんな事聞くんだよ!?」

「穂が聞きたがるんだ、年頃の娘が」


 ほのちゃんというのは、先生の子どもであり、わたしの従妹でもある。

 だけどお父さんは恥ずかしいみたいで、しかめっ面で断って来る。


「お、お前と陽のなれ初めでも聞かせとけばいいだろっ」

「ははは、どうもお前たちの方が興味があるらしくてな」

「ご・め・ん・だ・っ」

「ははは……」

「……もう……」


 笑う先生に、恥じらうように顔を伏せて口元を拭くお母さん。

 そんな中、お父さんが急に真面目な顔をして話を切り出した。


「……じゃなくて。慎、村の方はどうなんだよ。作物の収穫量も減ってるんだろう?」

「大丈夫だ、こっちも何とか工夫してやっている。」


 ふっ、と笑いながら先生は自信たっぷりにそう言った。


「お前はお前の家族を守ってやれ、暁」

「格好の良い事言いやがって……俺に協力出来る事があったら、遠慮するなよ」

「お互い様だ」


 そう言い合っている先生とお父さんは、何だか嬉しそうで。

 わたしはお茶をぐいっと飲み干すと、そのふんいきをこわさないようにしながら家から出ることにした。

 片手に、杖を取って。


  ……


「……ふんっ……ふんっ……!」


 わたしは、家の裏手にある月光樹の下に立っていた。

 ぶんぶん、と杖を持って縦に振り、剣の稽古をしていた。


「……ふぅっ」 

 ひとしきり素振りを終えて、ふと上を見上げる。

 月光樹には葉が付いておらず、まるはだかの状態だ。

 季節は秋だというのに、この大きな御神木だけは時が進んでいないかのようだった。


 ―――いや、ここだけじゃないんだ。


 お父さんの言う通り、山全体の実入りはどんどんと少なくなっていっている。

 薬草が生えなくなったり、獣たちがいなくなったり。

 天気が安定しないだとか、そういった理由も考えられるみたいだけど……どうも、それとは違うらしかった。

 

「……『呪い』、なのかな……」

「なにが、だ?」

「わっ!?」


 気がつくと、横に先生が立っていた。


「いつもここで素振りしているのか?」

「……うん、そう」

「そうか」


 それだけ言って、先生は月光樹の幹を仰いだ。

 ざあぁ、と葉の揺れる音が通り過ぎる。


「……ねえ、先生」

「なんだ」

「月光樹、死んじゃったのかな」

「この樹か?」

「うん。……だって、もう秋なのに、葉っぱ一枚付いてないんだよ」

「随分と大きな樹じゃないか、そう簡単に死ぬものか」

「そうかなぁ」


 もう一度月光樹の姿を仰ぎ見るように、顔を上げる。

 ―――やっぱり、生気が感じられないように思えた。


「この樹はね」

「ああ」

「お父さんとお母さんを繋いでくれた樹なんだって」

「そうなのか」

「わたしも、ずっと前からこの樹に登って遊んだりしたんだ」


 その他にも、お母さんとケンカした時にきたりとか。


「だから、死んじゃうと悲しいな」

「……」


 ばり、と音がした。


「……あれ。何の音?」

「……!昏、危ない!!」


 先生に身体を引っ張られ、庇われたかと思うと、その音は余計にその大きさを増した。


 ばりばり、と。


 見ると、月光樹の太い枝の一本が、その表皮を破壊しながら折れ曲がっていた。

 そして……そのまま凄い音を立てて、地面に落ちた。


「あぁっ……!?」

「昏!」


 呼び止められたけど、体は勝手に動いてしまっていた。

 月光樹が。

 わたしよりも大きな、大事なその枝を落としてしまった。

 どうしよう、やっぱりこの樹は死んでしまうんだ。

 そう思ったら、目から涙がこぼれて。

 わたしはわたしの小さい頃から一緒に居たその樹を抱きしめた。


「……っ」

「昏……」


 しばらくの間そのまま、わたしは月光樹のそばに居た。


 ―――その後、お母さんを呼んで看て貰ったけれど、やっぱりお母さんの目にも『駄目』だと映ったらしかった。


  ……


 翌朝。

 

 昨夜は家に泊まった先生を見送ろうと、わたしたち三人で並んで家の入口に立っていた。


「帰り、送っていこうか?」

「いや、良い。帰り道は憶えているからな」

「また、いつでもお越し下さい、慎さま」

「はい。……昏」

「うん?なぁに、先生……?」


 昨日の事を引きずってちょっぴりしょぼくれているわたしに向かって、先生が何か取り出して寄越した。


 ……木の棒?


「これ……もしかして」


 直感があった。受け取ると、つるつるさらさらの肌が妙に手に馴染む気がした。


「昨晩、落ちた月光樹の枝から削り出した。月光樹の木刀だ。」

「木刀……」

「お前も力を付けた。いい加減あの杖ではもたんだろう。」


 布を巻いた柄を握り、鞘から取り出す。

 三日月のように美しい形が、目に映った。


「……それが有れば、いつでもお前は月光樹とある。有効に扱え。」

「先生……うん!」


 ぎゅっと刀を握りしめる。温かな熱が手に移るように感じた。


「そうだ、名前つけなくちゃ!」

「名前?」

「この子の名前!先生の刀にも名前あるでしょ?それと同じ!」

「名前……か」


 二人してちょっと唸って、先に口にしたのは先生だった。


月芽げつが

「え?」

「……月の芽で、月芽、だ。お前もそいつも、まだ芽のような小さなものだからな」

「むっ、ひどい、先生!」

「気に入らないか?」


 口元を緩めてそう言う先生。

 悔しいけど、先生の言う事はいつも正しい。


「……ううん、決めた。」


 名づけられたその刀を力一杯高く掲げ、こう叫んだ。


「この子の名前は月芽―――よろしくね、月芽!」

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