夏の章
祝言を、あげました。
そもそものきっかけは、暁さまの妹、陽さまにありました。
「兄さんと月夜さんって、祝言の儀式出来てないわよね?」との一言。
狐である私には『祝言』の意味が分からなかった為、厚くお断りを申し上げたつもりだったのですが。
陽さま曰く、『女性としてやるべきもの』なのだそう。
陽さまは、暁さまと兄妹なだけあって、私の想像できないほど明るい性格でした。
初めて夫婦どうしで顔を合わせた時も、こちらは生来の不愛想が失礼かと何とかしようとしているというのに、いきなり
「綺麗なひとね!良かったわね兄さん!」と言いながら、泣きながら私の手を取ってぶんぶん振って来た位です。
お陰で、あの時は私も頭の中が空っぽになってしまいました。
……祝言の段取りについても、殆ど言われるままに陽さま夫婦に行っていただきました。
清らかな白無垢を着て。
暁さまと盃を交わし合って。
祝言の込められた指輪を交換して。
……良いものだなと、思いました。
何だか、終えたときに証がたてられたというか……
暁さまとのこれまでの生活の中に、夫婦としての自覚が無かったというわけでは無いのですけれど。
兎にも角にも。
私、月夜と、暁さまは。
村の方々にも認められる、夫婦となりました。
季節は、夏。
木々は青く茂り、外は汗ばむような暑さを見せている中の事でした。
……
布巾をさっき汲んできた水で濡らし、硬く絞る。
ひんやりとしたその感触は、反対に熱を持った暁さまの額に当てられる。
「悪いな、月夜……手間取らせて」
笑いかけながら、彼は謝って来る。
怒る事も出来ず、さりとて甘やかすわけにもいかないので、ふう、と私はため息をついた。
「……全くもう、どうしようかと心配したんですから。倒れたのが私の目の前で良かった」
「面目ない」
昼間のこと、暁さまは家に帰ってくるなり、真っ赤な顔をして私の前で卒倒した。
どうも、夏初めの熱気にやられてしまったらしかったのだ。
そんな暁さまに、わたしは薬草を煎じながら言った。
「あまり無茶、しないで下さい。何だったら私だって狩りのお手伝いしますから」
狐の姿に変化すれば、暁さまと狩りを行える。
それなら彼の負担も減るし、何より、長く一緒に……。
「はは……でも月夜、あの姿だと君も今の時期は暑くないか?毛並みふわふわだし」
「そんな事はありませんよ、……ほら」
ぱっ。と黒い狐に姿を変えて、暁さまの枕元へ寄る。
「えっ、と……触れば良いのか?」
彼の言葉に、こくりと頷く私。
さわさわ。
ゆっくりと頭のてっぺんから尻尾の先までを、暁さまの手が撫でてくれる。
彼の手はぽかぽかと暖かくて、少しごつごつとした触り心地が何とも言えなかった。
「おお。結構冷たい感触なんだなぁ」
「キュン」
私の毛はそこまで密集して生えている訳ではないので、風通しが良いのだ。
さわさわ。
「……やっぱり月夜を撫でるの、気持ち良いな」
「……きゅん」
説明は終えたのだけれど、優しく毛並みに沿って撫でてくれる彼の手が心地良くて。
「月夜……」
「きゅー……」
思わず薬を作るのを止めて、そのまま暁さまと過ごした。
……少し経って。
「きゅっ?」
眠ってしまっていた私の隣には、今も寝息を立てる暁さまと、もう一人。
何故か、金色の狐の姿があった。
「―――っな、なにをっ……してるの……昏?」
慌てて変化を解き、人の姿になって娘に問いかける私。
「だって、お父さんとお母さん、なかよしで寝てたんだもん。わたしもいっしょが良かったのー」
昏も直ぐに人に戻ると、にこにこ笑いながらそう言った。
「お、お父さんは病気なの。だからゆっくり寝かせておいてあげるのですよ?」
「病気?」
「そう」
気を取り直して薬を煎じ直し始める私。
昏は少し考えた風に立っていたかと思うと、突然「じゃあわたしがご飯とってくる!」と私に言った。
「さいきん、慎せんせーに『剣』おそわってるんだ!ちっちゃいイノシシくらいたおせるもん!」
そう言って、立てかけてあった祖父の杖を手に持つとそれを剣に見立てて振り回し、外に出て行ってしまった。
「ちょ、ちょっと、昏!?」
「お母さん、まっかせといてー!」
「む、無理しないよう、気を付けるんですよ!」
手を振りながら走り去っていく娘の姿に、私は一声かけてやるのが精一杯だった。
「もう……」
「……ははは。昏も、おてんばさんだな」
と家の中から声がして振り向く。
「す、すいません、起こしてしまいましたか」
「うん、でもだいぶ寝たし、さっきよりも具合は良いよ」
「あ、薬も出来上がったんです。お飲みください」
煎じ終わった薬の粉末を紙に包み、暁さまに差し伸べる。
「うへぇ……苦い奴だろ、コレ……?」
「良薬口に苦し、ですよ。また倒れてしまわれたらと思うと心配です」
立ち上がり、水を椀に汲んで渡す。
「……ね?お願いです」
「う……その目には、弱いなぁ」
乞うように見つめて言うと、暁さまは言う通りに薬を飲んでくれたのだった。
……
「……でね、がぉーってつっこんできたところに、『えいやっ!』ってたたいたの!」
夜。娘が獲ってきたイノシシを鍋にして食べながら、武勇伝を聞かされることに。
「はは、そうか。昏はもうそんなに強くなってたんだな」
「うん!」
「でも昏、あなた狐になってお父さんのお手伝いするんじゃなかったの?」
もともと私たちは、暁さまの狩りの手伝いをしていた。
弓矢を扱うのには、追い込み役がいるととても楽だからだ。昏も時々、その手伝いをしていたのだが。
しかし彼女は杖をがしりと掴むと、これ見よがしに高く掲げて言った。
「わたし、剣をふってたたかうほうが好き!」
「それ、杖なんだけど……そんなに慎がよくしてくれたのか?」
「うん、慎せんせー優しいよ?きびしいけど」
「そっか……」
暁さまが俯く。
どうかしたのか尋ねようとした時、昏がおかわりをねだった。
「お母さん、おかわり!」
……
「すぅ……すぅ……」
「昏、寝たか?」
「あ……はい、みたいですね。」
夕食を済ませた後、直ぐに床についてしまった娘を眺めながら、私と暁さまで二人お茶を飲む。
「……」
「どうか、しましたか?」
眠っている昏を、何とも言えぬ表情でみている暁さま。
私はさっき聞きそびれたその事を聞いてみる。
「ん?ああ、なんていうか……」
困ったような顔になりながら、こちらを振り返って。
「昏も、いつかはここを出て旅をしに行ったりするのかなと思って」
「旅、ですか?」
「うん、この子は俺に似て活発だからさ。ほら、剣なんか振り回してるだろ」
ああ、と頷く。
「だから、浮かない顔を?」
「そりゃ寂しいからな、やっぱり」
「……」
私はすく、と立ち上がり、暁さまの横に座り直した。
「月夜?」
「……大丈夫ですよ、まだまだ先の話です。それに、昏が今出て行ってしまったら、あなたが家に帰れなくなってしまいますもの」
そういうと同時、寝ていた昏が寝言のようなものを漏らした。
「……ぅ~ん……おとーさぁん……」
それを見て、二人してふふ、と笑う。
「そうだな、はやく結界の場所を覚えられないと」
「ええ、そうですね。……でも……」
静かな雰囲気の中、私はゆっくりと暁さまの方に身体を預けた。
「……っと」
「私は、今の生活がとても良いと、思っています……あなたがいて、昏がいて」
「月夜……」
「一人でいた頃とは、こんなにも違うものなんだなぁって……時折、思う事があります。満たされているなぁって」
こんこんと、思いの丈をごちる。
暁さまの方から腕が寄せられて、私の身体を引き付けた。
「あ……」
「……俺もだ。月夜と一緒に居られてすごく今、幸せだよ」
「……はい」
ふたり、肩を寄せ合って。
暖かい熱が暁さまとの間に生まれていた。
そのまま、自然と見つめ合うかたちになって。
「……月夜……」
「ぁ……あかつき、さま……」
暗がりの中、影がゆっくりと重なっていった……。




