一生離れませんわ、愛しの悪人さま
誤字報告ありがとうございます!
日間短編ランキング1位、日間異世界(恋愛)ランキング2位とか、もう嬉しすぎてハゲてもいいです。
「うるさいっ、うるさい!!
一体私の何がいけないというんだ!!」
学園の食堂に響き渡る叫び声。
まさか、この声は……
周囲が騒つくのを聞きつけた私は二階のラウンジから慌て気味に、でも周囲にその事を悟られないようにして下を覗き込む。
すると、その叫び声の主であり私の婚約者であるウィルノー・チェリスア伯爵令息が、自身の異母弟であるカイス・チェリスアとその婚約者のエレノア・ミリナス侯爵令嬢に魔法で複数の氷の刃を向けているのが見えた。
しかし、それは2人を庇うように立っていた騎士団長の息子ドミニク・キルスタ侯爵令息と宰相の息子リドラス・ナーハム公爵令息らの魔法や剣によって全て叩き落とされる。
あら…ウィルノー様の氷の刃なんて下手したら私の7歳の弟の手でも叩き落とせるのに大層なこと。
観客の視線でも気にしてるのかしら?
私は突然始まった見せ物のようなその光景に驚き呆れるのと同時に周囲を見回す。
今日は神官長の息子……いつも陰険な雰囲気を漂わせる一歳下の少年はいないようだ。
まぁ取り巻きが何人いようがどうでもいいことなのだけど、めんどくさいのが少ないと考えると何となく嬉しい。
さて、状況把握も終わったことだし、早くあの場に行かなければ。
このまま放置すれば、ウィルノー様が惨めに叩き潰されてしまうのも時間の問題だろう。
婚約者である私としては、それだけはなんとしても阻止しなければならない。
私は楽しみにしていた日替わりランチのオムライスを諦め、一階へ向かうため階段をゆっくりと降りる。
すると、どこからか吹いてきた風によって国一番の美しさを誇る燃えるような赤い縦ロールがたなびき、それを見た周りの人間が「ほぉ…」と感嘆の息をこぼした。
しかし注目されている私自身はそれを気に留めることなく、なるべく上品な早歩きで現場へ急ぐ。
何故ならその間もウィルノー様は必死に、だけど無様にしか聞こえない叫びでカイス様を詰っていたから。
「何故お前みたいな奴がここにいるんだ!
お前は本来ここには相応しくない人間だろう!?」
ああ駄目ですわ、ウィルノー様。
そのような言動では子供のようなわがままにしか見えない。
もっと冷静に、落ち着いて対処なさって…
「このっ、卑怯者め!」
そう祈るも虚しく、やはりウィルノー様の口から出る言葉は子供のように直球なものだった。
ウィルノー様は昔から感情的になりやすく、貴族にとっての必須スキル、大人な言い回し(遠回しの嫌味とも言う)が苦手だ。
だから学園に入学してからこのような騒動を数えきれないほどおこしては、カイス様を囲うお友達(笑)に叩きのめされてきた。
それにも一応理由はあるのだが…それを伝える能力がウィルノー様にはない。
しかし私はそんな情けないところも含めて彼を深く愛している。
もちろん、できれば少しは改善して欲しいけれど。
「お前が、お前が私から全てを奪っていったんじゃないか!
お父様の関心も、後継の地位も、友人も…全て、全て!!」
「ウィルノー様、それは違いますわ!
それらは全てウィルノー様の態度が招いたことです。
カイス様もウィルノー様と親しくなろうと何度も努力しましたが…それらを全て嘲ったのはウィルノー様ではありませんか!
カイス様は全く悪くありませんわ!」
「うるさい、うるさい!
なんで私が穢らわしい庶子の弟と親しくならなければならないんだ?
庶子なら庶子らしく身分を弁えていればいいものを……お前は!!」
美しい銀の髪を振り乱しながらなおカイス様を詰るウィルノー様の声と、それに冷静に反論する麗しい桃髪の美少女エレノア様の声が食堂中に響く。
その争いを見ていた周囲は「ウィルノー様に非があるのでは」と、少しずつだがウィルノー様に対して非難の声をあげる者が出てきた。
もう、ウィルノー様ったら。
少し言い方を変えたら味方も増えるのに。
この世界では上辺だけ取り繕った理想論をそれらしく語るのも味方をつけるために必要なスキルですのよ。
まったく、本当に不器用なんですから…と遠い目をしつつ、私は人混みをかき分けてやっとの思いで騒動の中心の近くに寄った。
しかし人が多く集まっているせいか、周囲は私の存在に気づいておらず中々避けてくれない。
大体いつもそうなので、もう普通に言ってどいてもらうのは諦めた。
こうなったら実力行使よ。
そう思った私は氷魔法を発動する為に意識を集中し、周りの音に耳をすます。
すると相変わらずエレノア様とウィルノー様は他の人間など見えないとばかりに激しく言い合っている声がはっきりと聞こえてきた。
これを聞くのは何回目か……本当に仕方のない人ですわ。
毎度低レベルなやり取りを繰り返されて流石に呆れてしまうが、それでも私はウィルノー様を見捨てることが出来ない。
ーーいや、そもそも見捨てる気がないと言ったほうがいいのかも。
それくらいウィルノー様のことが好きだから、ウィルノー様が嫌われ役なら同じ立場に立つことだって辞さないのだ。
私はいつも通り頭の中で自分のモードを王女らしく切り替えた。
「邪魔よ、退きなさい」
繊細な氷魔法で細かい氷の粒を作り、一瞬で周囲に冷気を漂わせる。
するとたちまち人々は私の近くから遠ざかり、ウィルノー様がいるところまで道を開いた。
すると、ウィルノー様がこちらに気づいたようで嬉しそうにフワッと微笑む。
ふぁっ!?なんて可愛いの!!?
私の婚約者は本当に魔性なんだから…と思わずよしよししたくなるけど、ここは我慢しなければいけないところだ。
私は今にも彼の頭を撫でそうな手をなんとか理性で抑え、ニコリと上品に微笑んでからウィルノー様の腕に自分の腕を絡ませた。
私はいつも登場する時はこうやることで、ウィルノー様への愛情をアピールしている。
そうすることで私の立場を知る周囲の目が多少なりとも変わるからというのもあるけど、本当の狙いは無数の厳しい視線に怯えているウィルノー様を落ち着かせる為だ。
彼は臆病なので基本こういう時は怯えているしね……あら、今もちょっと身体が震えてる。
よしよし、怖かったですわね〜
私はそのデレデレとした感情を表情に全く出さないまま、ウィルノー様の腕を安心させるように少し撫でる。
すると私達の姿を見ていたエレノア様達は、どこか苦い顔をしていた。
まさに、『面倒な奴がやってきた』という表情だ。
そのいつもと変わらない失礼な反応にイラッとして文句を言いそうになるが、多分私の彼らを見る私の表情も似たようなものなので、お互い様だからと口をつぐむ。
正直、私個人ではカイス様やエレノア様に思う所など何もない…というか興味もないのだが、愛するウィルノー様がいじめられたとなれば話が違う。
彼の為なら思う存分戦う所存だ。
そう決意を滲ませた私はウィルノー様に絡ませていた腕を一時的にほどき、見事なカーテシーを披露する。
すると、周囲の人々は「ほぉ……」と感嘆の声をこぼし、惚れ惚れとした視線を私に向けた。
それもそうだろう、私のカーテシーは昔から国一番美しいと言われている。
ふふふ、流石私……いや、今は自惚れてる場合じゃないわね。
気を取り直した私は、改めてカイス様たちに挨拶をした。
「まぁ、皆様お揃いで。
ウィルノー様があまりに眩しいせいか、最初はよく見えませんでしたわ。
無視したようになってしまってごめんなさいね。
ところで、あなた達、こんな所で何をしていらっしゃったのかしら?」
「…アリスティア殿、前も言ったはずだが貴女が関わる必要はない。
これはカイスとウィルノー殿の問題だ」
「まぁ、ドミニク様。
ではリドラス様やエレノア様がいらっしゃるのは何故かしら?
まさか私だけ仲間外れになさるおつもり?悲しいですわ」
私はそう言いながら家紋が刻まれたシルクのハンカチで口元を押さえ、涙で目を潤ませる。
必殺、女の武器である。
これは毎回使っている技なのでカイス様達には通用しないのだが、周囲の人間は違う。
こういう場は周囲の人々を味方につけたもの勝ちなところがあるので、涙で同情を誘うと有利なのだ。
「おい、王女殿下が泣いていらっしゃるぞ……」
「お可哀想に………」
案の定、私の涙を見た周囲は同情し、どよめく。
嘘泣きと理解していない我が愛しの婚約者でありおバカさんなウィルノー様も「泣くな、アリス!」と横でアワアワしていた。
純真すぎる。
なんて可愛いのかしら。
思わずまた手が頭に伸びそうになったが、理性で抑え、涙の演技に集中した。
貴族にとって女の涙の効力は絶大で、騎士団長の息子ともなる方が公の場で女性を泣かせたと噂されるのはあまり喜ばしいことではない。
何故なら、公の場で女性に涙を流させるのは恥をかかせているのと同義だから。
そしてそれは身分の高い女性であればあるほど…泣かせた側の立場は苦しくなる。
それを十分に理解している私はハンカチの下でほくそ笑みながら、ウィルノー様に大丈夫だとコソッと告げた。
するとウィルノー様の表情はたちまち明るくなり、それによってこちらの動きを感じ取ったらしいエレノア様達が私達を苦々しい顔で見つめていた。
また美しい顔に皺を寄せて……
皺が増えても責任は負いませんわよ?
ところで、前から疑問だったのだけれど、茶髪と桃髪と緑髪が並んでいるのを見ているとなんとなく目に良さそうと思ってしまうのは何故だろうか。
うーん…あ、大地や植物の色だからか!
とくにエレノア様の桃色はまるで庭園に咲く可愛らしいお花のようだ。
3人揃うと最早庭園みたいなものね。
今までこの人達との不毛な争いに何も利益など見出せなかったのだけど、意外と目に良い?のかもしれない。
ん??
だけどよくよく考えると、目を癒す効果よりも言い争いによる疲労の方が大きいので、結局何の意味もないのではないか。
はぁ……結局、不毛な争いは不毛な争いでしかないのね。
さて、考えることもなくなってきたし、そろそろ泣き止んでもいいかしら……と私は周囲の様子を伺い始める。
ちなみに、エレノア様は涙を武器に使うことなんかしない清廉潔白(笑)な人物で、私が涙を武器に使うことを分かりやすく嫌悪している。
以前似たようなことがあった時、「涙を武器に使うのは卑怯です!」と私に真っ直ぐ言ってきたくらいなので、よほど涙を使われるのがお気に召さないのだ。
ほら、まだ1人だけ凄い目で見てるもの……
侯爵令嬢ともあろう方があんなにわかりやすくて大丈夫なのかしら?
それに私、エレノア様よりかなり身分が上なのだけど……流石にそれを言ったらキリがないから、放っておきましょう。
まぁ、私からすれば人の戦い方なんてそれぞれなのに、何故守ってくれるわけでもない他人が口出しをするのか意味がわからないけど、お堅い彼女にそれを言っても無駄そうなので、目が合っても黙っておく。
それにどんなに卑怯と言われようと、私は私とウィルノー様の為ならなんでもするのだ。
部外者のエレノア様に何を言われようと知ったことではない。
そう開き直る私の涙攻撃によって何も言えなくなってしまったドミニク様の代わりに、次はリドラス様が対抗してきた。
いつも入れ替わり制というところがまた面白いわね。
「それは違う。
元はといえば、ウィルノー殿がカイスに暴言を吐いたのが原因だ。
カイスを庇った私たちに非はない」
そんなリドラス様の言葉を聞いて、私は隣のウィルノー様の方を向いて困ったように言う。
「あら、ウィルノー様ったらもう。
一々格下の者を気にかけてやる必要はないと言ったではありませんか。
その優しさが身を滅ぼしますのよ、と言ったことをもうお忘れですの?」
「格下の者ですって!?」
視界の端の方でエレノア様が何か吠えているようだが、今はコッチが優先。
毎回毎回こんな騒動を起こされては大変だからあんなに言い聞かせたのよ。
私は頬を膨らませ、拗ねたようにウィルノー様を見つめる。
あれほどちょっかいを出すなと言ったのに、ほんと懲りない人なんだから。
そう思ってプイッとウィルノー様から顔を逸らした私の姿を見て、私が拗ねたと分かったらしいウィルノー様は慌てて弁解を始める。
「違うんだ、アリス!
カイスが分不相応にもドミニク殿やリドラス殿を呼び捨てにしていたから…」
「それがダメだと言っているのです。
今の時点でそんな事すら分からない者にわざわざ忠告などするから面倒なことになるのですわ。
もう…次はちゃんと無視してくださいませ」
「う…分かったよ、アリス」
それなら良いですわと機嫌が直った私は再び腕を絡ませて前を向く。
多分カイス様がいる限り同じことを繰り返すとは分かっていたが、彼なりの反省が伝わってきたので良しとした。
それに、これはパフォーマンスですもの。
そう思いながら満足げにエレノア様達の方を見ると、カイス様以外呆然とした顔をしている。
え……何故そんな顔をしているの?
理由はよくわからないけれど、こんな人前で間抜け面を晒すなんて、大丈夫かしら。
こんな間抜けそうな連中が国のトップになるかもしれないこの国の将来が少し心配になる。
「皆様、そんな呆然としてどうしたのです?」
いつまでも黙っていられたら口論が終わらないではないか。
そう思って声をかけると、なんとか一番早く正気に戻ったリドラス様はキッと強い口調で口論を再開した。
あらあら、いつも通りに戻ったようでなによりですわ。
「ウィルノー殿、せめて氷の刃を向けてきたことへの謝罪はするべきなのでは?
カイスにはその謝罪を受け取る権利があると思いますが」
「まぁ、ウィルノー様の氷の刃に謝罪など必要ないとご存知でしょう?
ウィルノー様は魔法があまりお得意ではないから、あんなの痛くも痒くもないはずよ?」
「うっ…アリス、それは…」
隣で勝手にダメージを受けてしまったウィルノー様と、何とも言いづらそうなリドラス様達を見て私は首を傾げる。
だって、ウィルノー様が魔法が全く出来ないのは周知の事実だ。
氷の刃だって相手に届いたとしても小石が当たった程度のダメージで済む。
でも私は彼のそんなダメなところ所も好きなので、『魔法が下手』と正直に言うのを悪いことだとは思ってない。
それも彼の魅力の一つだもの。
「それはそうだが……万が一ということもあるではないですか。
大体、危害を加えようとしたのは事実でしょう?」
「あら、自分を脅かす敵に危害を加えようすることの何がいけないとおっしゃるの?
ただの動物の自衛本能でしてよ」
「「ど、動物………」」
唖然としたリドラス様とウィルノー様の声がハモる。
あら、おかしいわ。
どうやらウィルノー様がまたダメージを受けたようだ。
突然美しい顔が俯いてしまったので心配して理由を尋ねると、彼は「何でもないから…」と遠い目で呟いた。
その返答に、「それならいいですわ」と私は微笑む。
「分かりました、その件の謝罪はもういいです。
しかしウィルノー殿、カイスに会う度厳しすぎる言葉を向けるのはいかがなものかと思います。
それではいつまでたっても兄弟で歩み寄れないのではないですか?」
「そ、それは……「至極当然のことですわね。
むしろ、何故仲良く出来るかお聞きしたいくらいですわ。」
「「え?」」
傷ついた表情のウィルノー様に被せるように私が話すと、再びリドラス様とウィルノー様の困惑したような声がハモる…が、私はそれを無視して話を進めた。
「だって、ウィルノー様のスペアでしかない庶子の分際でウィルノー様の友人となるべき人を横取りして、ウィルノー様を超える力で父親の関心を一身に受け取っていますでしょう?
その上、周囲にウィルノー様を悪者のように見せる庶子の弟なんて、ウィルノー様の立場なら誰だってお断りですわ」
「そんな、カイス様が悪意でウィルノー様を虐げたように仰らないでください!
カイス様はただ優秀なだけで、ウィルノー様には何もしていらっしゃらないじゃないですか」
「あら、それが問題だということに気づかないなんて。まだまだですわね、エレノア様。
庶子の分際で身分を弁えようという考えがない事が問題なのですわ。
カイス様、半分の血で伯爵令息と名乗れるからと言っても、嫡子であるウィルノー様と貴方では価値が違いますわ。
貴方は所詮ウィルノー様の代替品でしかないのです。
貴方の存在価値はウィルノー様を引き立たせること…それ以外ありませんわ。
まずはそのことを自覚するところから始めたらいかがでしょう?」
私はニッコリと上品な微笑みを崩さないまま、取り巻き3人の後ろにいたカイス様を見つめる。
すると今まで口を開かなかったカイス様は悲壮な表情を浮かべ、悲しげに言った。
「私が兄上の代替品……
庶子の私は、人ですらないというのですか?」
いかにも被害者らしく振る舞う彼の言葉と態度に、怒りで顔が引き攣りそうになる。
ほんと、なんて小賢しいのかしら。
さっきエレノア様は「カイス様は何もしていない」と言っていたけれど、そんなの嘘に決まってる。
いや、嘘というよりは気づいていないだけかもしれないけれど。
「勿論ですわ。貴族における庶子とはそういう立場だという事を、いい加減理解してくださいませ。
もしそれが嫌だとおっしゃるのならば、貴族の地位と名を捨てることをオススメしますわ。
私もウィルノー様も、本来なら仲良くすべき立場にあるリドラス様達とこれ以上不毛な言い争いをしたくありませんもの」
「待って下さい、それはあまりにも酷い話ではないですか?
カイスだって人だ。彼にだって自分の意思を持つ権利がある」
リドラス様のあまりに甘い言葉に溜め息をこぼしそうになる。
将来国を引っ張る家臣となる方が何を言っていらっしゃるのだろう……
まったく、お兄様はこの事をどうお考えなのかしら?
さっきまで食堂にいたはずなのに、タイミングを見計らったかのように騒動が起こる寸前にその場から消える兄の姿を思い浮かべて、思わず口元が歪む。
本当、役に立たないんだから!
怒りで表情が保てなくなってきた私は即座に口元を扇で隠し、嫌々口を開こうとした…が、先にカイス様が口を開いた。
「いや、いいんです。
確かに、私は庶子で兄上のスペアでしかありませんから」
「カイス…」
「アリスティア王女殿下、お先に失礼させていただきます。
行こう、エレノア」
そう一瞬だけ視線を交じり合わせた後、カイス様はどこか沈んだ雰囲気を醸し出したまま、心配そうなエレノア様と共に去って行った。
ふんっ、相変わらずいい子ぶるのがお上手なこと。
エレノア様のことはあまり好きではないが、アレに騙されていると思うとなんだか気の毒に思える。
そもそも、カイス様がその特技をウィルノー様の為に使っているのであれば、こんなことにはならなかったというのに。
世の中ってうまくいかないものね………
そう思っていると、カイス様達が去ったのを皮切りに、周囲の人間も散らばっていくのが見えた。
リドラス様とドミニク様もまだ不満そうではあるが、流れに逆らうようなことはしないらしい。
ふぅ…どうやら今回もひと段落ついたようだ。
これで安心、と言いたいところだが……先程のカイス様の様子がどうも気にくわない。
カイス様は異母兄弟なだけあって、ウィルノー様と同じ銀髪で麗しい顔つきをしている。
だからか、どこかウィルノー様と似ている気もするけど…やはり中身が全然違う。
特に、あの澱んだ瞳の奥に移るもの……
かつての自分に重なるからこそ、余計に気味が悪いと感じた。
先程視線が交わった時なんて、公の場であるのにもかかわらず、今にも鳥肌が立ちそうだったくらいだ。
それにウィルノー様やリドラス様達は気づいていないようだが、ウィルノー様が周囲に責められている時のあの男の口角、いつも少しだけ上がっているのだ。
「全く、あんな卑怯で穢らわしい庶子に私のウィルノー様がこれ以上傷つけられるなんて許せないですわ!」
イラついた私は人気のない中庭でそう叫びながら、昼食のサンドイッチに刺さっていた爪楊枝を魔法で空中に浮かせて、ボキッと折る。
そして折れた爪楊枝はやがて粉々となって木の粉に変化し、そのまま大地へと還っていった。
「ヒッ……」
国一番魔力の保有量が高い王家出身の私にはこんなの造作も無いことだが、それを隣で見ていたウィルノー様は情けない声を出す。
本当にこんな臆病な人になってしまって……昔は違ったのに。
でもまぁ、そんな所も可愛いので良しとする。
結局、あれから昼食をとることになった私たちは目立ってしまう食堂を避け、サンドイッチを買って中庭で食べることにした。
オムライスを食べられなかったのは口惜しいが…やっぱり好きな人と食べるご飯はなんでも美味しい。
「にしても、ここは落ち着きますわね。
先ほどは人が多すぎて息苦しかったですわ」
サンドイッチを食べ終わった私たちは、木陰にある木で作られたベンチに並んで座っていた。
しかしウィルノー様はずっと落ち込んで何も話してくれないので、私はボーッと花壇に咲く手入れの行き届いた花を見つめる。
すると、ウィルノー様が突然ボソッと呟くように言った。
「…アリス、いつも助けてくれてありがとう」
「ふふっ、当たり前ですわ。
ウィルノー様は私の大切な婚約者ですもの」
「あの…もしかして、君も私のように周りから避けられたりしているのか?
私が評判の悪い婚約者だから……
もし、もしそうだとしたら、もう私に関わらない方が……」
君のためだ。
そう言おうとしているのだろうが、臆病で寂しがり屋なウィルノー様は口ごもってしまう。
本音では1人にして欲しくないのに、強がって私まで突き放そうとするなんて……
大体そんなに心配しなくても、王女という身分を気にして周囲の人間は私に気安く話しかけてくることはない。
ある意味、避けられることが普通なのだ。
だからそれに関して何か思うことなどない。
「ありもしないことを考えて、勝手に思い詰めないでくださいませ。
たとえ周囲の人間に何かをされたとしても、私はやり返せますわ」
やられっぱなしで黙るほど、私は優しくない。
だけどウィルノー様はそれを知らないというか、いまいち分かっていないような気がする。
さっきの争いを見てもなお、私を心が繊細で泣き虫な女の子のままと思っているところからして、彼はやっぱり鈍感なおバカさんなのね。
まぁ、それがウィルノー様の良いところでもあるのだけれど。
「ウィルノー様は私のことを婚約者が悪者扱いされているからって離れるような薄情者だと思ってますの?
貴方の側を離れるなんて、私は絶対に嫌です。
幼い頃、孤独な私の側に貴方がいてくれたように、何があっても離れるつもりはありませんわ」
そう言ってもまだ心配そうに見つめるウィルノー様の両手を包み、その青い瞳を見つめた。
「まさか、かつて王宮で交わした約束を忘れてしまわれたの?」
互いの肌が触れそうなほど近づき、耳元でそう囁くと、彼の顔は瞬く間に赤くなって、慌てた様子で私から距離を取る。
あーっ、もう!なんて可愛いのかしら!!
「…忘れてなんかない。
私の心は出会った時からずっと君にあるよ、アリス」
「ええ、もう知ってますわ。ウィルノー様」
内心踊り狂っているのに、なんて事のないように私が言うと、ウィルノー様はキョトンとした顔をした。
その表情がコロコロと変わる様子に、なんて面白いのかしらと思わず笑い出す。
すると、それに釣られてウィルノー様も笑いはじめ、私たちは久しぶりに無邪気に笑い合った。
ーーかつて、王宮の花畑で内緒の約束を交わしたあの頃のように。
うーん…でも、あの時のウィルノー様は可愛いより、格好いいという感じだったけれど。
『僕の命にかけて誓う!たとえ何があっても、僕はずっとアリスの側にいる。守ってみせるから!』
幼い頃、貴方から差し出された小さな手と言葉に私は何度も救われ、何度恋に落ちたことだろう。
あれから時が経ち、色々なことが起きて変わってしまった。
小さくて勇敢だった貴方は沢山の悪意に押しつぶされて臆病で卑屈になってしまい、その過程で庶子の弟に強い憎しみを抱いてしまったことも私はよく知っている。
変わっていく貴方と婚約を結ぶ中、そんな人間のどこがいいのかと心ないことを言われた時だって少なくない。
でも、私はそんなウィルノー様の変化を悪いことだとは一切思っていない。
だって、そのおかげで守られていた私が貴方を守れるようになったのだから。
幼い頃と約束の形は少し変わってしまったかもしれない。
それでも、私が貴方に愛想を尽かす日なんて永遠にこないと断言できる。
だって、貴女はいつまでも私の王子様で、愛おしい人だから。
たとえ貴方がこの先悪人だと罵られ、貶められ、そのことで私自身が身を滅ぼすことになったとしても……
私は決して貴方の側を離れないと決めているのよ。
「だから、覚悟してくださいませ。
一生離れませんわ、愛しの悪人さま?」
私はそうやって愛を囁いて、彼の唇にキスをした。
主人公はけしてヤンデレではないです。
ただし、幼い頃孤独だった時に寄り添ってくれたウィルノーに少し依存しちゃってる感はあります。
でも本人はそれでいいんです、幸せなので。
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