イヴの夜更け/山紙埠頭の幻
前衛的な掛け合いにアートの息吹を感じて頂けたらと思っています。楽しんでくださいね!
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俺、秘密組織の『不死鳥』のリーダー富樫空秋だ。極秘潜入捜査中のために、六畳一間の薄汚れた時代遅れのダサいアパート『ハウス野山』の2階にいる。
なんでも、この部屋の隣に住む轟紅驚樹という29歳の男が怪しい取り引きをネット上でしているとの事だ。ガセネタかもしれないが、念のためにということだ。
秘密組織『不死鳥』のモットーは『早く確保!』。このタレコミは12月23日、昨日の朝8時に警察から回ってきたものだった。
『不死鳥』とは警察の上に当たるエキスパート達の組織だ。隣に住む怪しい轟紅驚樹を捕まえるためだ。奴は正真正銘の悪い子ちゃんなんだと思う。悪い子ちゃんはお尻ペンペンだ。必ず捕まえてギャフンと言わせてやる。
俺はクリスマス・イヴの夜に、安っぽい部屋でカップラーメンを食べながら、只今、小さなテレビでお笑いの番組を見ている。時折、画面が砂嵐になる。アンテナが悪いのかテレビが悪いのかは分からない。
お笑い番組で芸人が何か言って笑わせていた。特に笑えなかったので、チャンネルを変える。
歌手がたくさん並んで歌っていた。同じ様な歌を毎年歌っている気がするのでチャンネルを変える。
格闘家の二人が顔中血まみれになって、クリスマス・イヴの午後の9時半に海パン一丁の裸で殴り合っていた。
客席に座る選手の母親が父親の遺影を胸に抱きしめて目を閉じていた。胸が痛くなるし悲しくなってきたのでチャンネルを変える。
むっ!? 轟紅の部屋に気配が!!壁に耳を当ててみる。声がする。俺は秘密兵器、『盗み義紅』という高性能聴診器を壁に静かに当てた。
なになに?
≪山紙埠頭で例の取引をするから、午後11時に待ち合わせる。いいな?ブツを持ってこいよ。持ってこないとギャフンと言わせてやるからな!≫
『轟紅!それはこっちのセリフだ!俺がお前に必ずギャフンと言わせてやる!覚悟しろ!轟紅め!山紙埠頭か、よーし、先回りして捕まえたるぜ!』と俺は思った。≪あとよう、あれを持ってこいよ!白の……≫
ブリリリリー!
『いかん! 腹が痛い。トイレに行きたい。今、良いところだから、場所を離れるわけにはいかないのだ。クソッ〜!! 出そうだ!! こんな時のためにも今後は大人用の『オムツ』を装着する事も考えなきゃならんな。捜査に支障が出るからな』と俺は思った。
俺はやむ終えず、本を持ってトイレに行く。『面白い本だ。読み終えるのは年を越してからになりそうだな。刑事物のハードボイルド小説だが本当に面白いよなぁ』と俺は思いながら紙を取ろうとした。
ワオッ! 紙が無い! 洗い立ての乾いたタオルは掛かっていた。
『しばし悩むがユニットバスだからして、シャワーでお尻を綺麗にいたしましょう』と俺は思った。
『さて、さっぱりしたから捜査を続行するかな』とトイレの扉を開けようとしたら開かないんだ。押しても引いても開かないんだ。これは厳しい状況に立たされたよな。スマホは机の上だし。もう一度押したり引いたりしたけど無理みたいだ。『こんな所でクリスマスを終えたくない。どうする? 君ならこの状況をどうするよ?』と俺は思った。
まさかと思い鍵を確認してみたら《何故か鍵が掛かっていた。何故だろう?》と訝るがホッと安堵する。
俺は扉を開けると、白い服を着た女が立っていたので焦った。
「誰だ!! おめいはよ! 一体誰だ!! 誰だ!! 誰だよ!! 何とか言ってくりって!!」訛りが直ったはずなのに動揺とあまり怖さで俺は訛りながら言った。
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
『こうなったら意地だ! 女が何度も同じ様に薄気味悪く笑うのならば俺だって徹底的に何度も同じ事を言ってやる!』と俺は思った。
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
「フフフフ」
「笑ってないで何とか言ってくりって!!」
『なかなか手強いな。俺も負けていないからお互い様ってとこだな。引くわけにはいかないぜ。富樫空秋は『不死鳥』のリーダーだからな!』と俺は思った。
「ヒヒヒヒ」
「微妙に変えなくていいから何か言ってくりって!!」
「ヒヒヒヒ」
「微妙に変えなくていいから何か言ってくりって!!」
「ヒヒヒヒ」
「微妙に変えなくていいから何か言ってくりって!!」
「ヒヒヒヒ」
「微妙に変えなくていいから何か言ってくりって!!」
「ヒヒヒヒ」
「微妙に変えなくていいから何か言ってくりって!!」
≪ドン!!ドンドン!!≫
轟紅驚樹の部屋から叩く音が聞こえた。
頭にきた俺は、女の幽霊に向かって「ちょっと待ってろ!」と言うと女の幽霊は「うん」と言って頷いた。
俺は壁に行き≪ドンドンドドンドンドンドン!!≫と思いっきり強く叩き返す。
『てめえー! そこで待ってろよー!!』と轟紅驚樹は叫ぶと、隣の部屋のドアから威勢よく出ていった。
俺の部屋の前に来ると扉を蹴ってから乱暴に開けた。
「うるせーんだよ! 壊れたレコードみたいに何度もリピートして1人で大声で喋るな!!気色悪い変態め!!」
「あぁん? お前は誰に言っているのか分かっているのか!?」
「お前だよ! 変態野郎さ」
「俺は、ここにいる、この女に向かって大声で話し掛けていたんだ。隣の部屋まで聞こえていたんだな」
「どの女?」と轟紅驚樹は回りをキョロキョロと探した。
「嘘を言うなよ!」と轟紅驚樹は小バカにした感じで俺を見て言った。
「嘘でないってよ」
「訛るなよ」
「訛ってっか?」
「思いっきりな」
「東京の色に染まったはずだから、絶対に訛ってなんかいないっぺよ」
「訛っているよ」
「クリスマスは暇だから、俺に取り憑くために出てきたんだろ?」と俺は女の幽霊に話し掛けた。
「ええ」と女の幽霊は頷いた。
「こいつは悪い子ちゃんなんだよ。馬鹿垂れ、鼻垂れの、まだ青二才のガキなんだよ。取り憑くならこいつにしてくれ。取り憑くのは誰でも良いんだろう?」と俺は女の幽霊に言った。
「ええ」と女の幽霊は轟紅を見ながら言った。
「お前、頭がおかしいな。病院に行けよ。女なんかいねぇじゃねいかよ!! 幽霊か夢でも見てるのか?」と轟紅は怪訝な顔をしながら俺に言った。
「正直、俺も急に目覚めて困っている。本当にそこにいるんだって。見えないのか?」と俺は真剣に言った。
轟紅は台所に行き、塩を手にして自分の左手に塩の山を盛ると「いるわけねぇだろうよ!!」と女の幽霊が立っている場所に塩を投げつけた。
「痛い!! 痛いよー!!」と女の幽霊はしゃがみ込んだ。
「やめろ!! 痛がってるだろうが!! 馬鹿垂れ!!」と俺は怒鳴って轟紅の頭を強く叩いた。
「アタマ痛い!! やめろ!! 訴えるぞ!! 警察を呼ぶ!!」と轟紅は怒鳴り返した。
「轟紅驚樹! 土足で人の部屋に入りやがって! 不法侵入で逆にお前を訴えるぞ!! 早く警察を呼べよと言いたいところだが、帰れよ!! 午後11時に予定があるんだろう? もう午後10時だから急げよ!!」と俺は言った。
「えっ? あ!? ああ。な、何で知ってんだよ!? ヤバい!! 間に合わん!!」と轟紅は慌てて自分の部屋に戻っていった。バカな奴だ。
「大丈夫か?」と俺は女の幽霊に向かって言った。
「助けて頂いて、どうもありがとうございます」と女の幽霊は頭を下げて俺に駆け寄り握手を求めた。
俺は握手をしようと右手を差し出したが、手がすり抜けてしまった。凄くさぁ気まずいが仕方がない。
「さあ、轟紅の後を尾行しなければならない。俺の職業は知っているだろう?」
「はい」と女の幽霊は言って真面目な顔で頷いた。
「ところであんたの名前は何だい?」
「絵梨子です」
「了解!」
――――――――――――
2
山紙埠頭は白い車が2台並んでいた。1台は轟紅の車だった。俺はあらかじめ先回りをしていて、不死鳥のメンバー10人を呼んでいた。警察も15人応援に呼んでいた。皆一斉に倉庫の影に身を潜めて待機していた。いつでも飛び掛かれる準備万端だ。
轟紅までの距離はおよそ10メートルほど。
皆、ヘッドフォンの「盗み義紅」を装着していた。
女の幽霊は既に轟紅に取り憑いて傍にいた。
「ブツは用意できたか?」と白いスーツを着た受取人は轟紅に言った。
「そっちこそ用意できたのかよ?」轟紅は言った。
「ああ」
「よし、交換だ!」と受取人が袋に入ったブツを轟紅の足元に放り投げた。
「これだ! ハハハ! ありがとよ! 有名なアイドルTちゃんが履いていた靴下! 貰ったぜ♪」と轟紅は叫んだ。
「お前のを早くよこせ!!」と受取人は叫んだ。
「じゃあな!」と車に向かった轟紅は車に乗り込んだ。受取人は車に駆け寄るとフロントガラスを強く叩いて、背広から拳銃を取り出した。
「わ、わかったよ」と轟紅は言って、袋に入ったブツを手渡した。
「ありがとよ!! 有名な女優Uちゃんの部屋の見取り図を遂にゲット!」
「そこまで!! 逮捕する!! 無駄な抵抗はやめろ!!」と俺は叫ぶと皆一斉に飛び出して容疑者を囲み込んだ。
俺は容疑者を二人を緊急逮捕した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
取り調べで分かったことだが受取人のブツのアイドルが履いていた靴下は、受取人、本人が使用していた靴下で、轟紅のブツの女優の部屋の見取り図は、引っ越しの情報誌をコピーで拡大したものだった。受取人の拳銃は暗闇で本物っぽく見えたが精巧に真似て作った水鉄砲だった。
「1人で過ごす牢屋が嫌なんだよ!」と轟紅驚樹は俺に訴えた。
「お前はもう1人じゃないんだよ」と俺は轟紅の背後に立つ女の幽霊、絵梨子に向かって慰めて言った。
「この人に取り憑くのは、何だか嫌だな」と絵梨子は言った。
「絵梨子、贅沢言うな!」
「おいおい! 俺の他に誰がいるんだよ! 俺1人だろうが!!」と轟紅は泣きながら言っていた。
「うるさい! 黙れ!俺の知ったこっちゃない。ガセネタに騙されたこっちの身にもなってくれ!」と俺は言って取り調べ室から出た。
日付が変わっていた。
今日はクリスマスだ。
メリー・クリスマス!&ハッピー・ニュー・イヤー!
世界が平和でありますようにと祈ろうじゃないか。
俺は車に乗り込んで真夜中を走り抜けた。
終
ありがとうございました!




