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ある女子高生の場合

ある女子高生の場合


突然だが、私の家から学校へ行く下り坂から見える景色は最高である。

周囲の人間からは「陸の孤島」だのと呼ばれているほど交通の便がないド田舎の中の田舎だけれど、その分いいこともそれなりにある。

まず一つ目は、空気がいい。ここらへんはどちらかというと高齢の農家の人ばかりが住んでいるので、排気ガスと言えばトラクターとかのそれ。

二つ目は、ご飯がおいしい。ジャンクフードも、まあたまに食べたくなるけどやっぱりちゃんと一からご近所さんが育てたのをお裾わけで戴く野菜は格別なのである。

この話をするとほぼ必ず「女子高生らしくない」と言われてしまうのだが、すごく心外である。

娯楽がないのも問題だろうけど、自然の中だっていくらでも遊ぶところはあるじゃないか。たまに山から狸とか下りてくるし。

住めば都、なんて言葉を考えた人はきっとすごい人だ。と思っている。

話が大幅にそれてしまったが、私の住む家はかなり高所にあり、学校に行くとなると必ず急な下り坂を猛スピードで駆け下りていくのだが、その道路の向こう側が大きく開けており、そこからちっぽけな家や人々、そして遠くのほうに雄大な山々がそびえたっているのを見ることができる。

そんな場所で私は今日、ちょっと変わった人に出会った。

帰りは地獄のような長い坂を私は自転車を押しながらゆっくり歩いていた。

すると、私の中で密かに絶景スポットと呼んでいるその坂道の頂上で誰かが座りこんでいるのを見かけた。

こんな時間に誰だろうと思い、近くまで足を運ぶと、その誰かが気だるげな雰囲気を持つだらしない格好の女の人で、どうやらスケッチブックに何やら書き込んでいるようだった。

「何してるんですか?」と、なんとなく後ろから声をかけてみた。

するとその人はこちらに振り向きもせずに「風景画。」と一言だけ答えた。

なんだか無愛想な人だな…と思いながらも脇からそのスケッチブックを覗くと、色鉛筆で描かれている目の前の風景があった。

赤っぽいオレンジの夕陽が大きな山の裏側へと沈んでいく。その山のふもとにある町は、少しだけ暗い群青色をしている。

私がいつも見ている景色。私がいつも綺麗だと言っている景色。その景色が、まるで写真みたいに、でもどこか温かみを感じるような絵がそこにあった。

「すごい…」と思わず言ってしまうくらい、私はその風景画に釘付けだった。

その女の人は書き終えたらしいそのスケッチブックを脇に放り投げると、大きく伸びをした。

「疲れた……やっぱり色鉛筆より水彩のほうがいいや…」とその人はぶつぶつと何か呟いている。

どうやら私のことは最初から眼中にないらしい。なんだか悔しい気もしたが、その日はその人を放置して家に帰った。



次の日、休みだった私はいつもより早起きして家を飛び出した。目的はもちろん、坂から見える景色。

風景というのは、時間とともに大きく変化するものである。夕暮れ時も好きだけれど、明け方のちょっと薄暗いのも好きなのだ。

そんなわけで、半ばスキップしながらその場所にやってくると、先客がいた。

女の人だった。昨日いた位置とまったく同じところに座り込んでまた何かを描いている。どうやら今度は水彩画らしい。

そっと近付いて、カンバスを覗いてみる。どうやらまだ描き始めて間もないようだ。

「ここの景色、気にいったんですか。」

思わずそう口に出してしまった。少しの沈黙が重い。

その人はまた振り返りもせずに、「気分。」と答えただけだった。

うーん、全然歩み寄ろうという気持ちが感じられない。

そこで私は、

「貴方はどこから来たんですか?」

「どっか別の場所。」

「なんで絵を描いてるんですか?」

「絵を描きたいから。」

「どんな絵が好きなんですか?」

「好きだと思ったものは全部。」

「……油絵とかも描くんですか」

「その時の気分。」

てっきり途中から無視されると思っていたけれど、意外にも律儀に全部答えてくれた。案外悪い人でもなさそうかも。他のことの興味が薄いだけで。

その後も、無言でその人が絵を描くところを見てたのだけど、カンバスが少し深い青に染まり始めたあたりで、不意にその人は手を止めた。

「…どうしたんですか?」

「お腹空いた。」

「あー…コンビニとか全然ありませんもんね、ここ…あれ、そういえば、どこかの旅館とかに泊まってるんですか?」

「いんや。野宿。」

「のじゅく!?だめですよ、ここらへん結構熊とか猪とか出るのに…」

「だって泊まるとこなんてどこもないし…」

「あんれまぁ。カナちゃんお友達?」

あまりの言葉に衝撃を受けていると後ろから声がかかる。見れば日ごろから野菜などを分けてくれる近所のおばあさんだった。

「あ、タエさん。おはようございます。」

「おはようカナちゃん。そちらの人は?」

「どこか別のところから絵を描きにきたみたいです。泊まるところがないから野宿なんて危険って話してたんです。」

ね?と、女の人の方を振りかえると、その人はぼけーっと山らへんを見ていた。

「んー…別に、対策はちゃんとしてるし…」

「あらぁ。それは確かに駄目ね。じゃあ旅の絵描きさん。うちにご飯食べに来て頂戴な。人が多いほうがご飯がおいしいのよ。」

「ん…いいの」

「いいわよぉ。いっぱい野菜あるし、食べてって。」

「……わかった」

そう言うとその人はカンバスとかはそのままに、おばあさんについていこうとする。

あ、そうだ、大事なこと聞き忘れてた。

「あの、お名前聞いてもいいですか?」

少し離れたところでそう呼びかけると、今度はゆっくり振り向いて

「好きに呼んでいいよ。どうせすぐにどっかいくし。」

と言ったきり、何も言わずに行ってしまった。

「うーん、そういうんじゃないのにな…」

困った。好きに呼んでいいと言われてもいまいちなにも思いつかない。

少しだけもやもやしながらカンバスのほうを見やると、隅に何か植物のようなものが添えるように置かれていた。

これは秋になると黄色く色づくやつだ。そう、イチョウ。今は秋じゃないから、そのイチョウの葉も緑色だ。

でもなんでカンバスにイチョウなんて置いてあるんだろう。ここら辺に木は生えてないけど。

不思議に思ったけど、あまり深くは考えずに私はしばらく景色を堪能した後、家に帰って朝ごはんを食べた。



ご飯を食べた後、再び家を出た。今度は下の町に降りて適当にぶらぶらするのである。

坂道を降りるときに見たが、イチョウさん(仮にそう呼ぶことにする)はまたどこかへ行っているらしく、カンバスはまだ描きかけだった。

描きかけながらもその風景もまた、とても綺麗なものだった。

こんなに綺麗な絵を描くのに、あんまり有名じゃないのかな?どうしてだろう…

そんなことを考えながら、私は長い長い坂を下って行った。

町に出て、買い物などして休みを満喫している間に、そんな考えも忘れていった。

日も落ちてきたころ、荷物ですっかり重くなった自転車をひーひー言いながら押していると、イチョウさんとすれ違った。

「あ、イチョウさん。今から出かけるんですか?もう暗いし、明日にしたほうが…」

「いんや。やることやったからもう次のところに行くつもり。」

「え…」

それはあまりにも早すぎやしないか。ここらへんは街灯があまりなくて、日が落ちるとほとんど真っ暗になってしまう。

「で、でも危ないですよ?朝も言いましたけど猪とか…」

「問題ない。急いでるから、これで。」

「あ、ちょっと……」

呼びとめる間もなく、すたすたとイチョウさんは坂道を行ってしまった。

もう少し絵を見てみたかったな、という気はしたが、もういない以上はしょうがない。

そう思って私はそのまま帰ろうとした。だが、坂道の上に差し掛かったあたりで道端に何か落ちているのが見えた。

なんだろうと思い、よく見るとそれは大きめの紙だった。

綺麗に折りたたまれたそれを拾い上げて開いてみる。

それは、あの夕陽を描いたあの時の風景画だった。

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