第17.5話 とある神殿騎士の興味
《 ヴァルト視点 》
供を連れずに歩くことが増えた。
先代大神官が亡くなるまではなかったその習慣に、ヴァルトの乳兄弟にして側近であるユージィンはいい顔をしない。神殿内を出歩くくらいは好きにさせろと思うが、あの説教臭い男はあれでなかなか心配性だ。
ヴァルトとて自殺願望があるわけではない。だからこそ先代大神官がその権力を存分に振るっていた頃は必ず護衛をつけていた。国王は幼く大神官も決まらず政情が安定しない現在の方がヴァルトにとって危険が少ないというのはなんとも皮肉な話である。
「ヴァルト様!」
(うるさいのに見つかった)
呼びかけに舌打ちで答えるとユージィンの目尻が吊り上った。短気な男だ。
「お一人で出歩くのはお止めくださいとあれほど――」
「また説教か。お前も飽きないな」
「っ、誰のせいだとお思いですか!!」
こういう説教臭い人間を巷では小姑のようだと言うらしい。未婚のヴァルトには小姑に当たる人物がいないので実際の小姑が説教臭いのかどうかは知らないが。
語気を荒げる側近に今思ったことをそのまま口に出せば火に油を注ぐ結果になるだろう。ヴァルトもさすがに言うつもりはない。これ以上説教が長引くのはご免である。
「もっとご自身の立場をお考えに――」
ユージィンの苦言を聞き流しながら、ヴァルトは先ほどの出来事を思い返す。
大聖堂近くの廊下での出来事だ。あれは愉快な見世物だった。一見して神殿でよく見られる茶番のようでいて、途中からは明らかに違った。後半の間抜けな喜劇も面白くはあったが、ヴァルトの興味は喜劇の主役を演じた男ではなくあの状況を作り出した人物にこそある。
当事者とも言い難い一人の娘。そのたった一人の行動に気づくことができれば、あの一件の見方は大きく変わるだろう。当人に問えば何やら下手な言い訳をしていたが、向こうだってヴァルトがあれを信じたとは思っていないはずだ。
あの娘は何かを隠していて、掴めそうで掴めないそれが飽きっぽいヴァルトの興味を引き続ける。
何を隠しているのか、その秘め事を暴けばどんな顔を見せるのか。考えるだけで楽しい。
「聞いていらっしゃいますか、ヴァルト様!」
「ああ、もちろんだ」
(もちろん聞いていない)
ユージィンの言葉には適当に返しておく。彼の説教はいつも同じでつまらない。もっと他に言うことはないのだろうか。……まあ、言わせているのはヴァルトなのだが。一応自覚はある。
「ユージィン。お前、カレンシラとターシェッタの見分けはつくか?」
「は? 突然なんですか?」
「カレンシラとターシェッタだ」
「カレンシラは一部の鳥――とくに花喰鳥が好む食用花で、ターシェッタはそれによく似た観賞用の花……だったと思いますが。本当にいきなりどうしたんですか?」
唐突な問いかけに訝しげな表情を浮かべるユージィンの説明はヴァルトの記憶と相違ない。花にはさほど詳しくないヴァルトだが、うろ覚えの記憶は正しかったようだ。
カレンシラとターシェッタにはこの国に広く伝わる有名な逸話がある。
二つの花と同じ名前をした二人の女がいて、彼女らは同じ日に結婚式を迎え、花嫁衣装とともに自らと同じ名の花で髪を飾った。ターシェッタは何事もなく式を終え、カレンシラは鳥に突かれて式から夫が逃げ出してしまう――という毒にも薬にもならない話だ。
この国で暮らす者ならば、知っていてもおかしくはない。だが、異世界から来た人間が知っているものだろうか。
あれは……あの出来事は、ほとんどすべてが偶然だった。
花瓶にカレンシラが生けられていたことも、それが窓辺にあったことも、鳥が窓から入り込んだことも、その鳥が一人の男の頭に糞を落としたことも――ただ唯一、彼女が花瓶を動かしたこと以外は。
すべて偶然だと、その一言で片付けるほどヴァルトは察しが悪くない。普通に考えて、彼女が狙ってやったはずがないのだが、あの状況であの娘が“たまたま花瓶を動かした”という方がヴァルトには不自然に思える。問い詰めてみたい気もして言葉を投げかけたものの、趣味だという言い訳には脱力してしまった。
あれが偶然でなく必然であったとしたら。
彼女が持っている力は、必死で隠しているものはもしかして――。
「ヴァルト様?」
見れば、ユージィンの顔からは怒りが消えている。長く考え込んでしまっていたらしい。
「いや、何でもない」
考えを口にする気はなかった。所詮はヴァルトの憶測に過ぎないし、何の確証もないことだ。そもそも、それを誰かに教えるのはあまりにもったいない。
久方ぶりに楽しめそうだ。それを邪魔されるのは好かない。
「さっき花瓶に刺さった花を食っている鳥を見て、ふと思い出しただけだ」
「ああ、花を生けた見習いが間違えたのでしょうね。あれらは本当によく似ていますから」
少し前の質問に答えると、ユージィンは一瞬だけ探るような視線をこちらに向けた後に納得したように頷いた。多少の引っかかりは放っておく気らしい。
「お前は誰かに鳥を嗾けたいと思ったときどうする?」
ヴァルトの唐突な問いは珍しいものではない。しかし、それに慣れきっているはずの腹心はいつも眉を顰める。
「……まあ、魔法で操るのが普通では? 時間がかかっていいなら調教するという手もありますが」
何を言っても無駄だと思ったのか、ユージィンは小さく嘆息してから答えた。
「さすがに花瓶は動かさないか」
「はあ?」
心底わけがわからないといった顔。
そのいつになく間抜けな様を心のなかで笑ってやる。再び説教が始まっても面倒だと外に出すことはしなかった。
「何でもない。偶然を操れる者がこの世に存在するかを考えただけだ」
「……おっしゃる意味がわかりません」
「わかるように言っていないからな」
何の力も持たないと言い張る異世界人の重要性を誰もわかっていない。ヴァルトのように何かあると気づいている者はいるだろうが、きっと彼らにもはっきりとはわかっていないはず。だからこそ知りたい。
隠し事をじわりじわりと暴いていく、その感覚がヴァルトは好きだ。
――――それは盤上で王を追い詰めるのに似ている。
作中に登場する鳥や花の名前は創作です。変な名前だという感想は胸に秘めておいてください。作者にネーミングセンスなんてないよ!




