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最善の導  作者: 雨柚
第二章 神殿での生活と王国の事情
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第16.5話 とある少女神官の疑問

《 イーディス視点 》


 神官長の計らいでイーディスは誰に咎められることもなく大聖堂に客人を案内することができた。

 己より一つ年上だという少女の目が輝くのを見て、神官として誇らしい気持ちになる。だからつい、大聖堂を彩るステンドグラスの美しさに目を奪われる彼女に長々と薀蓄を語ってしまった。

 あまりよくない癖だと自覚しているので、アレシュの呆れ顔にも文句は言えない。こちらを気遣ってくれているのか、それとも本当に興味を持っているのか、客人が楽しそうに話を聞いてくれたことだけが救いだ。さすがのイーディスもつまらなそうな反応をされたら落ち込んでしまう。


 実際のところ、下位の神官であるイーディスは高位の神官しか入れない大聖堂について詳しいわけではない。しかし、神殿が所蔵する書物目当てで神官になったイーディスは文字通り本の虫で、知識としてだけなら大聖堂の歴史や構造、逸話など二~三時間は軽く語れるほどに知っている。


 客人の手前、平静を装ってはいるもののイーディスが大聖堂に足を踏み入れるのはこれが初めてだ。いつも冷静であろうと心がけているのだが、憧れの場所に心が浮き立つのを止められなかった。


(エスパンタリオ神官長はチトセ様のことを大事になさっているようね)


 イーディスが支持するアビゲイル・グリフィスも自分が召喚した異世界人を尊重する姿勢を見せているが、異世界人に対する神官長の態度としてエスパンタリオの態度はやはり他とは違うと間近で見て感じた。

 派閥の人間に“女神様”なんて呼ばせているのは一種のパフォーマンスだろうとイーディスは考えていたし、その読みが大きく外れているということはないだろう。けれど、それだけではない何かをエスパンタリオからは感じた。


(チトセ様には何があるのかしら)


 ちらりと彼女に視線を向ける。

 ごく普通の少女だ。この国の人間とは趣の異なる容貌だが、恋人と隣り合って歩いているのを見たときに少しだけ心配してしまったくらいには整った容姿をしている。……当の恋人には絶対に言う気はないけれど。

 話していれば聡明な人物であることはわかるし、気の遣い方も上手い。案外、さらっと出世していくタイプだ。異なる世界から召喚されたという話だが、多くの思惑が複雑に絡まるこの神殿では、彼女のようなひとの方が頭でっかちで人付き合いの苦手なイーディスよりよほど上手くやっていける。

 でも、やっぱりどう見ても普通で。


 派閥関係なく現在の神官たちの一番の興味は“チトセ・チズがどのような力を持っているか”である。

 だが、ソフィア・ストレーガやグラウクス・フォール・オクロスのような特別な力が目の前の彼女に備わっているようにはどうしても見えなかった。

 そう考えているのはイーディスだけではないはずで。でも、誰も“能力を持っていないのではないか”とは言い出さない。

 それはきっと、彼女を召喚した神官長の態度のせいだろう。


 ミラン・エスパンタリオは貴族だ。神に仕える者である彼は生まれついての特権階級。柔らかな物腰に勘違いしてしまいがちだが、貴族で神官長でもある彼が真に敬うのは神くらいなものだろう。少なくとも先代の大神官や前国王は尊敬すらされていないに違いない。

 そんな彼が今まで見たこともないほど恭しく接する人物。そこにどんな意味があるのか、あの言動だけ奇抜な神官長が何を考えているのか、図りかねているのはおそらくイーディスだけではない。他の神官たちも……もしかしたら、エスパンタリオの派閥の神官ですらもわかっていないかもしれない。


(女神、ね)


 まさか本気で女神だなどと思っているわけではないだろう。

 この国で女神という呼び名に該当するのは建国に貢献したとされる初代王妃だけだ。異世界から来たという以外に共通点は見受けられない。


(立場とか抜きにしたら友達になりたいくらいだけど)


 たいして面識のないエスパンタリオが見抜いた通り、イーディスは出会ったばかりの彼女をすでに気に入ってしまっている。それは彼女を召喚したのが己の支持する神官長であれば良かったのにと思うほどで、実は人見知りの気があるイーディスにしては破格のことだ。

 それでも、イーディスはアレシュのように彼女に気軽に接することはできないけれど。立場のこともあるが、これは元々の性格の違いでもある。イーディスの幼馴染みは今も昔も軽率なのだ。カラシュあたりに怒られてしまえ、とはちょっと思っている。


 そんなことを考えながらも、イーディスの口は異世界からの客人にこの世界の常識を語る。彼女の世界の話も機会があれば聞いてみたい気がした。


「聖エスカルラータは神の声が聞こえたそうです。彼は異世界の神の声に従ってこの神殿を建てました。当時魔法が使えるという理由で迫害されていた人々をこの地へ導き救ったのも彼で、五百年前の建国にも尽力したと聞いています」


 一瞬だけ彼女の表情が曇ったように見えたが、気のせいだろうか。

 なんとなく気にかかって、イーディスが注視するも目の前の彼女は興味深げにうんうんと頷くばかりだ。……見間違えたのかもしれない。


「エスカルラータ教って言うから神様の名前かと思ってたけど違うんだね」

「チトセ様がいらした世界ではそういうものなのですか? 聖エスカルラータは神ではありませんが、最も神に近しい聖人として名を遺しているので、神として崇めるひとがいるのも事実です」


 開祖。教祖。聖エスカルラータはそういう存在だ。

 たしか、大神官が使う謁見室に代々の大神官の肖像画とともに彼の肖像画もあったはず。大神官のものは他の場所にもあるのだが、なぜか聖エスカルラータの絵はあの一枚しかないのだ。ぜひ客人には見てもらいたい。ただ、大神官が決まるまではあの辺りに近づけないのが残念だ。あそこは神官長でも軽々しく許可は出せないだろう。


「チトセ様?」


 どこか遠くを見つめるようにぼうっとしている少女に呼びかけた。


「え? あ、ごめん。何?」

「もしかして、お疲れですか?」

「あ……そうかも。うん、さすがに疲れたかな」


 その返答には納得した。それはイーディスだけではなく、アレシュもだったらしい。


「朝から結構回ったもんな。こっちに来たのなんて昨日だし、そろそろ切り上げるか」


 イーディスの幼馴染み兼恋人が珍しく気の利いたことを言った。

 人付き合いが上手くないイーディスの人間関係の大部分を占めるのがアレシュだ。絶妙に気が利かない彼の方が友人も多く人付き合いも上手いというのがイーディスには気に食わない。


「説明が長くなってしまってすみませんでした、チトセ様」


 言葉通り疲れた様子を見せる彼女に、調子に乗って長々と話しすぎたことを申し訳なく思う。


「ううん、イーディスの説明はわかりやすくて面白かったよ。時間があったらもっと聞きたいくらい……あっ」


 彼女は話の途中で小さく声を上げた。

 何かあったかとイーディスは首を傾げる。アレシュも不思議そうだ。


「? どうかしましたか?」

「ちょっと思い出したんだけど……“導きの君”って何のことか知ってる?」


 昨日異世界から召喚されたばかりであるはずの彼女の口から飛び出した言葉に内心驚きつつ、イーディスは答えを口にする。

 難しいことでも隠すようなことでもない。神官ならば誰でも知っている言葉だ。


「ああ、それは聖エスカルラータのことですよ。正確には二百五十年ほど前に再度降臨したとされる――」

「あー、駄目だってチトセ様。こいつにそういう話振るとまた長くなるから」


 長くなりそうだったイーディスの話はアレシュによって遮られた。長くなりそう、というより長くなる予定だったのでその前に止めてもらえて助かったのだが、素直にお礼は言いたくない。もっと他の言い方があっただろうと文句の一つも言いたい気分だ。


 顔に出さないようにしていたつもりだったが、不満が表情に出てしまっていたようで、彼女は申し訳なさそうな顔をこちらに向けている。気を遣わせてしまったことがそれこそ申し訳ない。


「そういや、導きの君なんて古臭い言い方どこで聞いたんだ?」


 いくら二百五十年以上前に広まった呼び方とはいえ“古臭い”呼ばわりはいただけない。

 いつもならすぐに注意したのだが、アレシュの疑問はもっともで、そちらの方に気を取られてしまった。いったいどこで聞いたのか、彼女の返答が気になるところだ。


「――さあ、どこでだったかな。忘れちゃった」


 すぐに返された言葉にイーディスはなんとなく違和感を覚えた。

 けれど、その返答のどこにもおかしなところなどない。困ったような笑みも、忘れてしまって気まり悪げな口調も。

 結局、その後も色々あってイーディスは違和感の正体を掴めずに終わった。



 ――――そうして、いつしか心に浮かんだ一つの疑問も忘れてしまう。





 色々書いたけど、エスカルラータの話は後半まで出てこない予定。

 しかし、ほんとに話が進まない……。

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