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最善の導  作者: 雨柚
第一章 三人の神官長と三人の異世界人
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第2話 異世界への分かれ道

 あの場を笑って誤魔化して、千歳は帰路についた。

 千歳の様子がおかしいことに気づいたのか、満留には“ごめん! ああいうこと言われたくなかったよね!?”と珍しく真面目な顔で謝られたが、彼女のせいではないことは誰よりも自分が知っている。むしろ、あの重い空気を何とかしてもらえて助かったと礼を言っておいた。

 本当は友人たちに自分の気持ちを伝えて慰めてもらった方がいいとわかっているのだけれど、ひとに頼られたいくせに頼りたくないという妙なプライドが邪魔をする。“自分のことは自分でやる!”が口癖だった母親の影響かもしれない。


(正解がわかってるのに選べないとか、私も馬鹿だよね。宝の持ち腐れってやつ?)


 心の中で自嘲してみる。

 思わず漏れた溜め息がさらに千歳の気分を沈ませた。


「あー、帰りたくない……」


 帰りたくない理由は明白で。

 叔母が家にいるからだ。大嫌いな、叔母が。

 以前から苦手ではあったものの、ここまで嫌悪するほどではなかった。昔から欲の皮の突っ張ったひとだと思っていたが、学生の千歳相手に金の無心をするようなことはなかったし。

 だが、それも数か月前のこと。


(さっさと諦めてくれないかな)


 ひょんなことから千歳の力が叔母夫婦にバレてしまったのだ。いや、力がバレたというよりは能力の使い道がバレたといった方が正しい。


 千歳の能力は計算しなくても足し算の答えがわかるようなものだと自分では思っている。その“足し算”の幅が広いだけで。

 この能力は高校のテストのように正解の用意された問題だけでなく、他人への受け答えや目的地に行くための道、そのときどういう行動を取れば自分が一番得をするかといったことにまで作用するのだ。能力といっていいものなのかもわからないけれど、そう呼ばずにはいられないほど不自然に頭に浮かんでくる。自分がどう行動すればいいか、目の前にある無数の道がたった一つに絞られるように、幾多の選択肢から正解だけが浮かび上がるように。


 例えば、千歳は他人と話しているときにどう答えれば自分に最も都合が良いかを知っている。

 例えば、千歳は知らない場所でも地図がなくてもどこに行きたいかさえイメージしていればそこに辿り着ける。

 例えば、千歳は宝くじや懸賞応募を必ず当てられるわけではないが数字選択式の宝くじなら高確率で一等を当てられる。


 完璧ではないが、自分の能力に未来予知に近いものがあると気づいたのはいつのことだっただろう。

 少しでも生活が楽になるように、母親の負担が減るようにと親戚のおじさんに頼んで数字選択式の宝くじを買ってもらったことがある。もちろん、当たった。嬉しくて、子どもの自分でも役に立てると喜んで母親に当選くじを見せたときのことは今でも夢に見る――母は喜ばなかった。


『お金ってのは働いて手に入れるものよ。そんなお金を貰ってもお母さんは嬉しくないわ』


 今にして思うと、千歳が能力で楽にお金を稼ぐことを覚えてしまわないようにという母親なりの配慮だったのかもしれない。千歳が渡した宝くじはしっかり換金されて、千歳の学費の積み立てに充てられていたらしいから。

 でも、喜んでくれるとばかり思っていた母親の言葉は子どもの心に消えない傷をつけるには十分だった。能力を自覚してからも千歳がほとんど力を使わないのはそのせいだろう。友達と話しているときやテストの問題を解いているときに頭に浮かんでくる分にはそれなりに活用させてもらっているが。


(お母さんは喜ばなかったけど……叔母さんは嬉しそうだったなあ)


 叔父が買った宝くじに横から口を出したのが間違いだった。引き取ってくれたお礼程度のつもりだったのに、叔母が味を占めてしまったのだ。頭に“正解”が浮かぶときと浮かばないときがあるという難点があるし、使いたいときにいつでも使えるわけではないが、宝くじに関しては自分でも便利な使い方だと思うくらいだから無理もない。


 ポロリとでも秘密を叔母に漏らしてしまったのは、母親が亡くなって不安になっていたのもあるのだろう。独りになりたくなかったし、お荷物扱いされるのも嫌だった。そして何より、母親の妹である叔母が良いひとだと信じたかった。いや、叔母が特別悪い人間だとは思わない。ただ、千歳が自分の理想を叔母に押し付けてしまっただけだ。母親のようなひとであってほしいという理想を。


 つらつらとそんなことを考えて、自分の暗い思考にまた溜め息を吐く。


「あー、帰りたくない……」


 もう一度そう呟いて、千歳はやけに重く感じる足を動かした。



   ◇◇◇



 遠回りをしたからだろうか、気づけば千歳はいつもと違う場所を歩いていた。帰りたくないという思いが反映されたのかもしれない。ここがどこかはわからないが、千歳が帰りたいと思えば迷うことなく帰れると知っているから焦ることもない。


(もう、帰れなくなっちゃえばいいのに)


 帰りたくないから帰れないようになんて、いかにも子どもじみた願望だ。気分は親と喧嘩して家出した小学生だろうか。

 道がわからなかったとしても、このまま帰らないわけにはいかないのに。自分で自分に呆れてしまう。


 ――右に。


 頭に浮かんだそれに従って、千歳は角を曲がった。

 帰りたくないと願う心のまま浮かんだ“正解”がどういうものかも、何を引き起こすのかも知らずに。


「えっ!?」


 見たことのない道へ足を踏み入れた瞬間、千歳の視界は白く染まった。

 眩しくて目を閉じると、なぜかに立っていられない感覚に襲われる。“世界が回ってるみたい”とどこか他人事のように考えながら、そのままその場にへたり込んだ。






 しばらくして我に返り、おそるおそる瞼を上げる。千歳の前には目を疑ってしまうような光景が広がっていた。


 (何が、起こったの……?)


 どれだけ擦っても、千歳の目が映すのは薄暗くなった夜道ではなく白い服を着た知らないひとたち。

 俯いて目に入るのは、コンクリートの地面ではなく漫画やアニメで見る魔法陣。

 後ろを振り返っても、千歳が先程まで歩いていた道は影も形もない。


「おおっ、さすがエスパンタリオ神官長!!」

「こうも簡単に召喚魔法に成功されるとは……っ!」

「やはり、次の大神官となられる方はエスパンタリオ神官長しかおられませんな」


 周りで変な格好をした人々が何か言っている。その内容を理解しようとするには千歳は混乱しすぎていた。


(そっか。夢だ、これ)


 そう思って、試しに頬を抓ってみる。抓った場所がヒリヒリと痛んだだけだった。

 痛覚はあるし、大理石のような床はタイツ越しでも冷たい。

 信じられないことに、どうやらこの状況は夢ではないようだ。……夢であってほしかった。起きたら自室のベッドの上で、リビングに降りたら金ヅルを待ち構えている叔母にうるさく言われて、適当に当たり障りのない返事をして――そんな日常を思い返して、これが夢でないことを確信する。


(ここはどこ?)


 ――異世界。今までいた世界とは異なる場所。


 千歳の問いにいつもよりはっきりと浮かんだそれは、きっと“正解”だから。夢ではないことを千歳の力が告げている。この能力は万能ではないけれど、嘘だけは吐かない。


「あ、はは……意味、わかんない」


 思わず、乾いた笑いが口から漏れる。



 ――――どれだけ願っても、頭に帰り道が浮かんでくることはなかった。





《補足》

 千歳の能力は、無数にある選択肢の中から“最善”を選び取れる能力です。

 性質上、あらかじめ提示されている選択肢から選ぶ方が簡単なので選択形式の問題だとほぼ確実に正解を当てられます。体調や精神状態に左右されることがあるので百発百中ではありませんが、頭に浮かんできた“答え”は絶対に外れません。テストでいう記述問題にあたる部分もぼんやりとなら頭に浮かびますが、明瞭ではないために使い勝手はよくない……という設定です。ちなみに、どうしてそれが“正解”なのかや、“正解”の行動を取った場合に引き起こされる結果についてはわかりません。解説のない模範解答が手元にあるようなものと思ってください。

 使えたり使えなかったりすることがある万能ではない能力です――今のところは。


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