第11話 月夜の道に咲く花は
客室を出てしばらく歩くと中庭のような場所に着いた。どうやらここが目的地らしい。
真っ暗だと思っていた外は、出てみれば驚くほどに明るかった。月明かりか星明かりか、と空を仰ぎ見れば大きな二つの光が目に入る。
「えっ!?」
あまりの衝撃に声が漏れてしまった。
静かな庭に自分の声が響いた気がして、なんだか恥ずかしくなる。千歳は咄嗟に辺りを見回した。幸いなことに、この近くには誰もいないらしい。
もう一度、頭上に広がる夜空に目を向けるとさっきと同じように二つの月が輝いていた。
月、なのだろう。たぶん。青い月と白い月だ。たまたま満月だったのか、この世界には月の満ち欠けがないのかは知らないが、まんまるい月が当然のような顔で天上に鎮座している。
(ここ、ほんとに異世界なんだなあ……)
夕食時に見た鮮やかすぎる色彩の食材たちにも驚かされたが、今の驚きはそれ以上かもしれない。
見慣れない二つの月を眺め、遠くに来てしまったと千歳が呟いてしまうのも無理らかぬことだった。
(もしかして太陽も二つだったりとか……ないよね。さすがにそれはない……よね?)
そんな至極当然な問いには、千歳の能力がご丁寧にも答えてくれる。
この世界には太陽が二つもあるという事実に若干打ちのめされながら、千歳は思考を振り払うように頭を振った。それでも少し遠い目になってしまうのは仕方ない。
「あは、ははははは…………はああぁぁ」
溜め息が深い。何もしていないのに、なんだか精神的に疲れてしまった。
「!?」
ざっと音がして――背後にひとの気配を感じて、勢いよく振り返る。
ひとが来るとは思っていなかったせいで、驚きすぎて肩が跳ねてしまった。心臓が口から出そうだ。後ろに変な生き物が立っていたらどうしよう。
「あれ、チトセさん?」
変な生き物が声をかけて……いや、ソフィアだ。とんがり帽子がないので一瞬誰だかわからなかったが、身を強張らせる千歳に声をかけてきたのは異世界人仲間で魔女っ子のソフィア・ストレーガだった。
「なんだ、ソフィアさんか……良かったぁ」
ホッとして、身体の緊張を解く。
「す、すみません、いきなり呼びかけてしまって……私、誰かいるから“あれ?”って思って……っ」
「あ、いえ、責めてるわけじゃないんです! こちらこそ、なんかすみません」
お互いにひたすら謝り合って、何かが違うことに気づいて笑った。
話を聞くと、どうやらソフィアも眠れなくて外に出たらしい。
彼女の部屋はもっと離れた場所にあったはずと首を傾げると、ソフィアは手に持った箒を示して微笑んだ。箒に乗って、部屋の窓からここまで一気に来たようだ。さすが魔女、と千歳が呟くとソフィアは照れたように笑って箒を仕舞う。
魔法でどこかに仕舞ったのだろうが、千歳にはよくできた手品にしか見えなかった。そこそこ大きな物が目の前から一瞬で消えるというのは結構な衝撃だ。
「ここって月が二つもあるんですよねえ」
千歳がそう言って空を見上げると、ソフィアもつられるように顔を上げた。
「不思議ですよね。世界が違うって言っても、こんなところまで違うとは思ってませんでした」
「あはは、私もです。一つより二つ、とはなりませんよね」
「え?」
「……え?」
驚いたように目を瞠られてこちらが驚く。
「月は十二、ですよね……?」
「……いえ、私の世界では一つでした」
異世界はここだけではなかったと互いに頬を引き攣らせた。
しかし、十二とは。いくらなんでも多すぎるだろう。そんなに月ばかりあってどうするんだ。一か月に一回違う月が回ってくるとでもいうのか。
「あ、そうですね。それに近いかも。月の満ち日だけはすべての月が空を覆いますが、普段は魔素の濃度に応じて月が昇るので……」
出た、魔素。なんだかよくわからない魔法用語。
「チトセさんのいた世界では違うんですか?」
「ええ、全然違いますね。私の世界では、月っていうのは地球の周りをぐるぐる回ってる衛星で……」
今度はソフィアがぽかんとした顔をする番だった。
異世界文化を理解するための壁は厚いらしい。
「ソフィアさんってすごいですよね。私より年下なのに知識豊富で……いや、自分の世界のことも碌に説明できない私がおかしいって言われたらそうなんですけど」
「………………」
「? ソフィアさん?」
「……あの、チトセさんっておいくつでしたっけ?」
「あれ、そういえば言ってませんでしたね。私は十七歳です。ソフィアさんは?」
「………………」
ソフィアは困ったような顔で千歳を見つめていた。何か言い出しにくいことがあるような、そんな表情だ。
千歳は常時、能力を使っているわけではない。
今日は能力の大盤振る舞いだったが、異世界に来るなんていう異常事態だったから使っていただけで、日常生活においては能力の使用頻度は多くなかった。
とくに、ひとと関わるときは極力使わないようにしている。能力を使えば相手を不快にさせることはないし仲良くなりやすいということは経験上知っているが、能力に従って行動して仲良くなるとどうにも“仲良くなった”という気がしないのだ。だから、同じ異世界人――元の世界は違うが――で、しかも同性であるソフィアとは仲良くなりたいと思って使用を控えていた。もちろん、ソフィアと仲良くなりたいという気持ちのなかに味方にしておきたという打算的な考えがなかったわけではないが。
ここで、能力を使わなかったことを千歳は少しだけ後悔した。同年代で似たような立場なら仲良くなりやすいだろうと考えたのは失敗だったかもしれない。
何かまずいことを言ってしまったかと内心焦りつつ尋ねる。
「えっと、どうかしました?」
もう能力を使ってこの場を取り繕うかと千歳が考えたそのとき、ソフィアの口から出たのは衝撃的な一言だった。
「私、これでももう十九なんですが……」
十九。
十九歳。
千歳の二つ年上だ。
日本なら、あと一年でお酒も飲める年齢になる。
(十九歳? ソフィアさんが?)
ソフィアの台詞で思考が一時停止した。千歳の頭も身体も凍りついたように動かない。
じっくり時間をかけて解凍された千歳はおそるおそる目の前のソフィアを頭の先から爪先まで観察した。
小学生、いや、よくて中学生くらいにしか見えない。
「え、えええぇぇ……っ!?」
かなり遅れて、驚きの声が上がる。
今日一番の驚きはソフィアが年上だったことかもしれないと千歳はこっそり心の中で思った。
◇◇◇
同じような立場の者同士だからか、それとも眠れない夜に偶然出会うというシチュエーションのせいか、初めて会ってから時が経っていないにもかかわらず千歳とソフィアの会話は弾んでいた。
千歳は聞き上手だが、ソフィアは話し上手とは言いがたい。けれど、魔法の話となれば別だった。さすがはその道のプロといったところで、ソフィアの魔法講座はたいへんわかりやすく面白いものだ。
惜しむらくはその魔法知識がソフィアのいた世界のものであるという点か。なんでもこの世界の魔法とは術構成と魔力運用の仕方が異なるらしい。ソフィアにとっては興味深いことのようで熱く語ってくれたが……残念なことに、千歳には半分も理解できなかった。
(まあ、つまり、ソフィアさんのいた世界とここじゃ魔法の使い方が違うってことだよね。似てるけど違うから、この世界の魔法を使うんだったらそれなりに知識が必要……ってことかな)
「でも、魔法自体が違うんだったら困るんじゃ……? 魔力とか……その、向こうの世界で使えたものがこっちでは使えない、とか」
「いえ、魔力はこっちの世界のものになってるので大丈夫だと思います」
「ここの?」
「はい。たぶん、あの召喚陣を通して変換されたんじゃないかと。術構成と魔力運用については、簡単な魔法なら使えたので……」
お互いに年齢を明かしてからはだいぶ砕けた口調になった。ソフィアの方は心持ち程度にだが。
ソフィアが年上だとわかってから、千歳は年下扱いしてしまったことを詫びて普通に話してほしいと頼んでみた。ソフィアはもともとこの話し方らしくそれには頷いてくれなかったが、無理に敬語でなくてもいいと言ってくれたため今に至る。失礼かとも思ったが、さすがに敬語で常にしゃべるのは疲れるので正直助かった。ちゃんと敬語で話せている自信もなかったし。
しかし、やはり自分だけタメ口なのはどうにも心苦しい。
そんな思いもあり、千歳は自分より年上だからとソフィアを“さん”付けで呼んでいる。ソフィアは呼び捨てでいいと言ってくれたが、そこは“ありがたい。じゃあ、呼び捨てで”とはならない。ただ、ソフィアには“チトセちゃん”と呼ばれるようになった。そういう呼ばれ方をすると日常に戻ってきたみたいで何とも言えない気分だ。……“女神様”呼びは非日常の極みだと思う。
「もう魔法使ってみたんだね。部屋で?」
千歳が尋ねるとソフィアは少し目を瞬かせて、それからくすっと笑った。
「チトセちゃん、私はここに来るとき何を持っていました?」
「……あ、箒!」
「正解です。さすがに、この世界でもちゃんと魔法が使えるか確認してからじゃないと箒には乗れませんから」
なんだかソフィアが年上に見える。いや、千歳が勘違いしていただけで彼女はもとから年上なのだが。
大広間では頼りなさげに見えたが、案外しっかりしているようだ。魔法に関することだからかもしれない。己が魔女である、というのはソフィアのなかで大きなことのようだ。
「その術構成と魔力運用っていうのが違っても、魔力が同じなら魔法は使えるってこと?」
「私がいた世界の魔法そのままとはいきませんが、魔力の流れと魔素の比率を把握できれば、知っている術式をこの世界の魔法に近いものに置き換えられます。即席で穴だらけですけど、簡単なものならそれで十分なので」
(……駄目だ)
全然わからない。
ソフィアと話していて多少は魔法用語に慣れたが、専門的な話になるとさっぱりだ。彼女からすれば触りくらいのものなのかもしれないけれど。
「あ……す、すみません。わかりにくい、ですよね」
千歳の難しい表情に気づいたのか、ソフィアは悄然と肩を落とした。
――魔法以外で例えてほしい。
どうしようかと悩む千歳の頭に浮かんだのはいつもの“それ”で。使うつもりのなかった能力を使ってしまったことに複雑な気持ちを抱きながら、千歳は口を開いた。
異世界初の友人を慰められるなら多少のことには目を瞑ろう。
「私の世界には魔法がなかったから、あんまり詳しくなると魔法の話はちょっと難しいみたい。他のもので例えてもらえたらわかるかもしれないけど、そこまでして教えてもらっても私には使えないしね」
「………………」
「ソフィアさんの説明がわかりにくいとかじゃなくて、文化の違いが問題だから気にしないで」
こう言えば、ソフィアが千歳にもわかるように説明してくれるのだろう。
千歳の能力では頭に浮かぶ“それ”がなぜ正解なのかまではわからない。選んだ答えの結果を知ることはできないのだ。それでも、今までの話の流れとソフィアの性格、そして千歳の問い――どうすればソフィアを元気づけられるか――を知っていればわかることもある。
少し考え込んでから、ソフィアが口を開く。
「……例えば」
ほら、思った通り。
まるで答え合わせをしているようだ。模範解答を片手に解いた、絶対に間違うはずのない問題の答え合わせを。カンニングというのもあながち間違いではない。
「例えば、世界が国、魔法が各国で使われている言語だとします。仮に私のいた世界の言語を“ストレーガ語”だとするとこの世界の言語は“アビゲイルさん語”です」
(“アビゲイルさん語”って……)
そうは思ってものの口には出さなかった。わざわざ口を挟んで話の腰を折ることでもない。
「言いたいこと・伝えたいことを魔力としましょう。術構成は文法、魔力運用は発音です。文法が多少おざなりでも言葉は通じます。発音が拙くても会話は可能です。……えっと、言ってること、わかりますか?」
「だいたいは」
ソフィアは“良かった”とホッと息を吐いて話を続ける。
「私は“ストレーガ語”しか知らないので“アビゲイルさん語”はまったく話せません。でも、ある程度なら身振り手振りで伝えることができますし、基本的な挨拶くらいならすぐに覚えられます。この場合の身振り手振りに当たる行為を破術式魔法と言って、これは術構成も魔力運用も無視した乱暴な魔法の発動方法で、魔力と魔法を使う意思さえあれば誰でも使えます。ただ、理論に――術構成も魔力運用を理論と呼ぶんですが――基づかない魔法の発動は暴走のもとなので、私が試したのは基本的な挨拶の“はじめまして”や“こんにちは”に当たるような簡単な魔法ですけどね」
ソフィアの例えはわかりやすかった。千歳にもわかるようにと噛み砕いて説明してくれているからだろう。その甲斐あって、ソフィアの言う“魔法”について少しわかった気がした。もちろん、本当の理解にはほど遠いだろうが。
「ありがとう。なんとなくわかった気がする。本当になんとなく、だけどね」
「い、いえ! お礼を言われるほどのことじゃ……っ!」
「ソフィアさんくらい説明上手だったら先生になれそう。魔法の先生とか」
「そんなことは……私の拙い説明が少しでも役に立ったなら良かったです」
千歳の賛辞にソフィアは照れたように早口で返した。
それから、何かに気づいたようにハッとして俯く。
「……私みたいな落ちこぼれが、偉そうに魔法を語ってしまってすみません」
その言葉はひどく悲しく聞こえた。
ソフィアが卑屈になる理由を千歳は知らない。魔力が少ないと言っていたことが関係しているのだろうと想像はつくが、それは推測の域を出ないし本当のことは本人にしかわからないからだ。
(……辛いだろうな)
あんなに目を輝かせて、夢中になって語ってしまうほど魔法が好きなのに“落ちこぼれの魔女”と自分で名乗るのはどれだけ辛いことだろう。魔力が少ないというのは単なる卑下ではなく事実で、もしかしなくとも周りの他の魔女たちに言われてきたのかもしれない。
召喚されて魔力が増えたからとすぐに考えを改めることもできないほど強く、根強く、劣等感という種はソフィアの心に埋め込まれている。
でも、それでも、ソフィアは魔法が好きなのだ。
(すごいな)
魔法のせいで傷ついてきたのは確かなのに、魔法を好きでいられるなんて、諦めずに探求し続けられるなんて、すごいとしか言い様がない。
「すごいな」
ぽろりと本音が漏れた。
「え?」
「魔法が好きでずっと学んできたんですよね。魔力の少ない落ちこぼれって言われても、自分でもそう思っていても、めげずに頑張ってきたんですよね。……そう思うと、すごいなって」
「………………」
「私にはそういうのがないから純粋に尊敬します。ソフィアさんはすごい魔女です」
千歳の素直な気持ちはちゃんとソフィアに伝わるだろうか。
面と向かって言うのは恥ずかしい気もしたが、これ以上劣等感に苛まれるソフィアを見ていたくなくて敢えて言葉にした。
千歳の言葉にソフィアが泣きそうな顔で笑う。千歳はそんな思いがけない反応に戸惑いを覚えるとともに不安になった。
(何かまずいこと言っちゃったかな……?)
「チトセちゃん、敬語に戻ってますよ」
しかし、ソフィアの口から出たのは軽口で、緊張の面持ちで彼女の言葉を待っていた千歳は拍子抜けしてしまう。
「あ、そうですね。じゃない、そうだね。尊敬する相手には自然と敬語になっちゃうみたい。私の尊敬の念を示すためにもこれからは敬語で話していいですか、ソフィア先生?」
「堅苦しいので却下します」
「自分はその堅苦しい言葉遣いなのに?」
「私はいいんです。チトセちゃんよりお姉さんだから」
気心の知れた友人同士のようなやり取りをして、同じタイミングで噴き出した。
一度笑い出すとなかなか治まらない。夜中の中庭で笑い転げる二人の様子を誰かが見たら正気を疑われそうだ。いや、夜中に笑い声が響くと七不思議が誕生するのが先か。
ひとしきり笑って、どこかすっきりした気分になった。問題があるとしたら笑いすぎでお腹が痛いことくらいだ。
「私、魔法が好きなんです」
唐突にソフィアが告げる。
その真面目な顔にはさっきまでの笑いの余韻は残っていない。自然と千歳の表情も引き締まった。
「私のお祖母様は偉大な魔女でした。落ちこぼれの烙印を押されても憧れずにはいられないくらい、今も昔も尊敬しています。私が初めて見た魔法はお祖母様の魔法だったし、私が魔法を好きになるきっかけをくれたのもお祖母様だったから」
ソフィアはそこで言葉を切ると、手のひらを上に向けて何事か呟く。
何をするのかと尋ねる間もなく、彼女の手の上に花が咲いた。どこからか現れた種が芽吹いて、育って蕾をつけて、パッと音がしそうなほど鮮やかに花が開く。それはまるで早送りされた映像を見ているようだった。
「わあ……っ!!」
思わず感嘆の声が漏れる。
魔法。これが魔法なのかと、その美しさに見惚れた。
「お祖母様の魔法は誰かを幸せにするための魔法だった。だから私は憧れて、好きになったんです」
言い終わると、ソフィアは手のひらで咲く花にフッと息を吹きかける。
そんなに強く吹きかけたようには見えなかったのに、花は驚くほど呆気なく散っていった。花弁は風に乗るようにして宙を舞い、しだいに夜闇に溶けていく。残ったのは、ソフィアの手のひらの上で淡い輝きを放つ一枚の花弁だけだ。
「ソフィアさんの魔法も十分すごいと思う……」
「ふふ、ありがとうございます。でも、それはお祖母様の魔法を見てないからですよ。お祖母様は位階第一位の大魔女でしたから」
ソフィアは“はい”と千歳に花弁を差し出してくる。手に取ったら消えてしまうのではないかと不安に思いつつ、千歳はおそるおそるそれを受け取った。
近くで見る花弁はソフィアの手にあったときと同じで、ほのかに発光している。魔法の花弁だからだろうか。
「それには安眠の魔法をかけています。息を吹きかけたら眠気が訪れるようにしているので、部屋に戻ったら使ってみてください。眠れない夜のお供にぴったりですよ」
「それは……すっごくありがたいですね。ベッドに入っても全然眠れなかったので」
千歳が礼を言うと、ソフィアは嬉しそうに破顔した。
無邪気な子どものような笑みは、年齢を考えるとソフィアにそぐわない。だが、他のどの表情より彼女を魅力的に見せていた。
「チトセちゃんのおかげで初心に帰れました。――私がこの世界に呼ばれたことには意味があるはず。それなら、私は誰かの幸せために頑張りたいと思います。世界が違ったって、私が魔法を好きな気持ちは何ひとつ変わりませんから」
ソフィアの言葉を聞いて、まるで決意表明のようだと思った。事実、ソフィアにとってはそうなのだろう。それが、千歳の目には少し眩しく映った。
「じゃあ、眠れないときはソフィアさんに頼ろうかな。私のことも幸せにしてね?」
千歳がふざけて言うと、ソフィアは目を丸くしてから堪え切れないというように噴き出す。くすくすと笑うソフィアの雰囲気は劣等感なんて吹き飛ばしてしまいそうなほど明るい。
ソフィアと仲良くなれた。狙っていたにしても嬉しい。
彼女が前向きになった。とても喜ばしいことだ。
眠れないからと外に出ただけで、多くのものを手に入れることができた。
――――おそらく、千歳はこのために中庭に来たのだろう。




