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最善の導  作者: 雨柚
第一章 三人の神官長と三人の異世界人
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第1話 道はこの先に

 タイトルは“さいぜんのしるべ”と読みます。


 以前に投稿した小説を大幅改稿しました。タイトルは同じですが、主人公が異なるのでまったく別の作品としてお楽しみください。

 午後の授業というのはなぜこんなにも眠気を誘われるのだろう。

 そんなことを思いながら、千歳(ちとせ)は長々と教科書そのままの説明を並び立てる教師から窓の外へと視線を移した。

 眺めのいい窓際の席からはグラウンドで体育の授業に励む後輩たちの姿がよく見える。千歳たち二年生は球技だが、彼ら一年生は持久走らしい。この寒いのにご苦労なことだ。


「――今日はここまで。先週のテストを返すから、全員机の上を片付けろ」


 いつの間にやら授業が終わっていた。

 こんなことで教師に反抗する気もテストの点を誤魔化す気もない千歳は大人しく机の上に出していた教科書やらペンケースやらを鞄に仕舞う。テストの最中ではないので仕舞うのは机の中でも十分なのだが、痛くもない腹を探られたくはない。この教師は千歳を嫌っているから、隙を見せないに越したことはないだろう。


「相川! 今回もよくできてたぞ。生徒がみんなお前みたいに真面目だったらなあ」

「安藤! ほら。次は……井上!」

「岡野、上川!! お前ら、もうちょっと勉強しろ。クラスの平均下げてるのお前らだぞ」

「河合! ちょっと難しかったか? わからないところがあったら聞きに来いよ」


 出席番号順に教師が生徒の名前を呼んでいく。

 いい点数を取った生徒にはお褒めの言葉、悪い点数を取った生徒には叱責が飛ぶのもいつものことだ。自分が可愛いと思う生徒にだけ、点数が悪くても優しい言葉を掛けてやるのだからこの教師も性質が悪い。そういうところが生徒たちに嫌われているのだと気づいていないのだろうか。


「桐下!」


 友人の名前に思わず顔を上げる。

 成績こそ優秀だが扱いにくい生徒の筆頭とも言える雲雀(ひばり)には教師の“お言葉”はなかった。まあ、言われても彼女なら気にしないどころか言葉の揚げ足をとってやり込めそうだが。

 テストの答案を受け取って席に戻る雲雀に手を振るとニヤリとした笑みで返された。あの様子からすると予想通りの点数だったらしい。


知寿(ちず)!」


 ようやく千歳の苗字が呼ばれた。

 優等生らしく“はい”と返事してやると千歳の殊勝な態度に教師は満足したような笑みを見せる。


「今回は、カンニングしなかったみたいだな」


 その言葉で、クラスの空気が凍った。

 今回も何も千歳はカンニングなどしたことはないというのに、目の前の男を含む何人かの教師は千歳のカンニング疑惑を疑惑以上のものにしてしまっている。決して顔には出さないが、内心うんざりだ。


 ――肯定せず、けれど殊勝な態度で。


 教師の言葉を強く否定しようと口を開きかけ、頭に浮かんだ“それ”に言葉を飲み込んだ。

 他の相手ならともかく、この男相手に正論を言っても逆効果なのだろう。カンニング疑惑はとっくに晴らしたはずだが、信じていない相手に何を言っても無駄だ。

 この状況での正解の行動を、千歳が選ばない理由はない。


「先生には迷惑をかけてしまったみたいですみません。あのときのことは、やっぱりまぐれだったんだと思います」

「そうだな……まあ、あのときは先生も強く言いすぎた。もう席に戻っていいぞ」

「はい」


 半年前、千歳は世界史のテストで満点を取った。

 本当にあれは失敗だったと今でも思う。母が亡くなったばかりで気落ちしていたにしても、腑抜けていたとしか言い様がない。


 件のテストはこの教師の担当教科で、すべて選択問題だった。それ自体はいつものことだ。彼のテストは選択問題ばかりで記述がない代わりにやたらと問題数が多いのが特徴だったから。

 世界史のテストで満点を取る生徒がいないわけではない。だが、教科書にも載っていないことを出題されて答えられる生徒は少ない――つまり、不適格問題が混じっていたということ。何の手違いかかなりマニアックな問題で、普通ならまず満点を取れるはずのテストではなかった。

 そう、本来なら、千歳に満点が取れるテストではなかった。成績が悪くないにしても世界史が特別得意というわけでもない生徒に答えられる問題ではなかったのだ。


 千歳が“正解がわかる”なんて超能力じみた能力の持ち主でなければ。


 これまでは疑われないように適度に間違えてきたのに、油断してそのまま正答を書いてしまったのが運の尽き。こうして、優等生の良い子ちゃんだった知寿千歳は一部の教師に疑いの目で見られる問題児になってしまったというわけだ。


(お母さんが知らなくて済んで良かった)


 あの件に関して、千歳が思うのはそれだけ。

 半年前に交通事故で亡くなった母親は千歳を女手ひとつで育ててくれたひとだ。その母が悲しむようなことにならなくて良かったと心の底から思う。……あのときの千歳が注意力に欠けていたのは当の母親の死が原因だが。


「――ちゃん……ちーちゃん!」


 間近で名前を呼ばれた千歳は慌てて顔を上げた。

 見上げた先では、女子生徒数名が心配そうな顔でこちらをうかがっている。千歳は引き取ってくれた親戚と教科担当の教師には恵まれていないが、友人には恵まれているらしい。

 しかし、HRの始まりにも終わりにも気づかないなんて、いくらなんでも呆けすぎだ。クラスでもわりとしっかり者で通っている千歳がこの様子では心配されるのも当たり前のことだろう。


「ごめん、綾乃ちゃん。ぼうっとしちゃってた」


 千歳を“ちーちゃん”と呼んだ友人に申し訳なさそうな顔で謝ると、隣からにゅっと現れた手にデコピンをお見舞いされた。

 地味に痛い。

 咄嗟に額を押さえて千歳にデコピンを喰らわせた犯人の方に顔を向ける。


「気合い注入!」


 デコピンの現行犯である満留はそう言ってニカッと笑った。彼女はクラスのムードメーカーで2組女子屈指のお笑い担当だが、相変わらず意味のわからない行動が多い。けれど、その行動や雰囲気に肩の力が抜けてしまうのは事実で。何も考えていないようなアホの子だが、意外と考えているのかもしれない。


「気合いって……」

「だって、これから鴨島に文句つけにいくべ?」


 鴨島というのは世界史担当の教師の名前だ。ちなみに、あだ名は鴨ハゲ。


「え、いつからそんな話に?」

「安心しなさいよ。それ、満留の脳内のみでの話だから」

「つまりは妄想」

「ああ、そっか。そうだよね。私としたことが満留の言うこと真に受けちゃった」

「いや、三人ともひどいからね? 満留さんでも傷つくことあるからね?」


 そんなお決まりの流れを経て、涼華が本題に入る。


「鴨島のアレ、さすがに目に余ると思う。誰か先生に相談した方が良いんじゃない?」

「そーだよ、チクっちゃえ!」

「あんたは黙る」

「痛っ!?」

「古村先生ならうちの担任だし、何とかしてくれると思うよ? ちーちゃんが言いにくいなら、私たちからも言うし!」


 テスト返却時のやり取りのことで、みんな千歳のことを心配してくれているらしい。

 親身になってくれる優しい友人たち。なんて感動的なんだろう。

 嬉しいのに、泣きたくなるくらいに嬉しいはずなのに、薄い膜を挟んだ向こう側の出来事のように遠く感じるのはなぜなのか。母が亡くなってから、千歳は随分と薄情な人間になってしまったようだ。以前なら間違いなく心に響いた言葉も今は空々しく聞こえる。


(……こんなんじゃ、みんなに悪いのに)


 そう思うけれど、自分の気持ちはどうしようもなくて。

 なんて友達甲斐のないやつだと自分を責めるしかない。


「ネタはあがってるんだ、みんなで職員室に乗り込もうぜ!」


 満留が大声で言うと、近くで聞いていたらしい他の生徒も寄ってくる。男女関係なく集まるのは彼女の人徳か、それとも教師の糾弾というイベントに参加したいだけなのか。……千歳にもクラス全員とそれなりに仲良くやってきたという自負があるから、あまり不思議でもないけれど。


「鴨ハゲに一言言うなら、私たちも行くよ!」

「知寿さんにはいつも世話になってるし、こんなときくらいは俺らも手伝うって」

「そうそう。知寿は我らがスーパーアドバイザーだからな」


 千歳は他人から相談されることが多かった。

 能力のおかげで的確な助言ができるからだろう。能力のことこそ誰にも明かしていないものの、それが噂になって他学年からも相談しに来る生徒がいるくらいだ。


 頼りにされるのは、嬉しい。

 たまに“正解”がわかるだけで器用な方でもないし、要領も悪いから頼られても上手くいかないこともあるが、それでも、誰かに頼ってもらえるというのは嬉しいものだ。母親が頼ってくれなかった分、余計に。

 けれど。


 ――みんなの提案を受け入れて。


 千歳は他人に頼ることが苦手だった。

 だから、“答え”がわかっていても動けない。それが“正解”だとわかっていても、この場に相応しい対応を知っていても、自分の感情が邪魔をする。便利な能力を持っていたって精神が未熟なのだ。“正解”がわかっても、どうしてそれが正解なのかという理由や過程がわからないこの能力が便利と言い切れるものかどうかは不明だが。


「えーと、盛り上がってるところ悪いけど」


 日頃の鬱憤を晴らすように教師の悪口で盛り上がるクラスメイトたちに声をかけるのは憚られるが、そうも言っていられないと口を開いた。


「みんなの言うように鴨島には言いたいことあるけど、先生たちからの印象悪くなったら困るから……ごめん。みんな、心配してくれてありがとう」


 視線が突き刺さる。

 水を差した千歳を責めるような視線だ。


「あーあ、仕方ないなあ」


 重苦しい空気を壊したのは満留だった。


「千歳、今は叔母さんとこいるんでしょ? 何かしたらうるさいもんね、わかるわー。私のとこも先生に文句つけたなんて知られたら絶対に怒られるね!」


 その言葉に途端に空気が軽くなる。

 満留や千歳の事情は結構知られているから、みんな納得したような顔で頷いていた。同情するような眼で見られるのももう慣れっこだ。

 母子家庭で、その母親を半年前に亡くしていて、覚えのない疑惑をかけられて、終わったことで教師に言いがかりをつけられて……同情するなという方が無理なのだろう。

 千歳だって、昔からそんな眼には慣れているはずで――そのはずなのに。


(遠くに行きたい)


 どこか遠くに、誰もいないところに。

 帰っても母はいないから、そう思うのだろう。


 引き取ってくれた叔母夫婦とは仲が悪いけれど、誰も味方がいないなんてことはない。大切に思う友人たちがいて、学校の先生にだって気遣ってくれる良い先生はたくさんいる。

 それでも、ここにいたくないと思うのはなぜなのだろう。



 ――――恵まれているくせにそんなことを思っていたから、あんなことになったのかもしれない。





 ヒロインが暗めなのは色々あったからです。帰らせないためのキャラ設定だとか、そんなことは……。

 物語が進むと明るくなると思うので、あまり気にしないでやってください。


 ちなみに、作者は異世界トリップにおいて主人公が元の世界に帰るエンディングが嫌いです。←どうでもいい情報

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