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また、来週

作者: KAYA

 水曜四限は、技術である。三限は数学で、担当の先生がきりのいいところまで進めてから授業を終えようとするので、三年一組一同、ほぼ毎回、辛うじて走らずに到着できるレベルで技術室への移動をする羽目になる。

 だが、愛梨あいりは毎回、授業が終われば即、やや小走りと言ってもいいスピードで教室を飛び出していた。三年の教室は第一校舎の三階、技術室は第二校舎の一階にあるため、かなりの移動距離になる。やや息切れしながら技術室に入り、入り口のスリッパに履き替える。それを見て、技術の先生が朗らかに笑った。


「やあ、今日も早いね。こんにちは」

「こっ、こんにちは……っ」


 毎回一番に教室入りするせいか、一学期半ばであるにも関わらず、顔を覚えられてしまったようだ。この中学では全学年週に一度の必修になっているので、この春赴任してきたばかりの先生はなんと十六クラス十六時間の受け持ちである。普通は覚えていられないだろう。よって、自分がよほどレアケースなのだとわかる。それだけ目立つことをしている自覚も、多少はあった。

 今日も、技術室に他の生徒の姿はない。

 やはり、とわかっていても残念に思いながら、愛梨は挨拶もそこそこに、自身に割り当てられたパソコンの前に向かう。

そこには、週に一度のお楽しみが、彼女を待っていた。


「今日も授業がんばろうねv(^_^)v」


 ユーザー名とパスワードを入力するログイン画面。

 初めて、ユーザー名のところに残されているメッセージを見たのは、技術の最初の授業で、だった。

 技術の授業では、いつパソコンを使うかわからない。そのため、いつも授業担当が予め全部のマシンの電源を入れておいてくれる。起動に要する時間で大切な授業時間を削りたくないそうだ。そして、毎時間生徒は自身のユーザー名とパスワードを入れ、ログインするのである。授業の最後には、他のひとに悪用されないように、必ずログアウトするようにと注意を受けたのは、中一の最初の授業でのことだった。今もおぼえている。

 愛梨は技術のノートの今日の部分へ手早くメッセージを書き写し、それから誰にも見られないようにユーザー名のメッセージを消して、自分のユーザー名を入れ、ログインする。

 メッセージの内容は、たまに違う。雨の日には「帰りには雨止みますように(^人^)」とか、タイピングのコンテスト週間には「ふぁいとだよp(^-^)q」だった。メッセージは同じでも、顔文字が違っていることもある。

 今日もあるのだろうかと、この時間を楽しみにし始めて、すぐに誰が残しているのかも気になった。しかし、授業開始前にニアミスすることはなかった。どれだけ急いでも、生徒はいつも残っていない。


 こういうの、女の子って好きだよねー。


 愛梨はスマホを持っていない。いろいろな顔文字を見るのが楽しくて、書き写してからじっくり眺めている。どの記号で構成されているのかを、キーボードで確認するのも楽しい。


「あ、今日もあったんだー。カワイイね、それ」

「う、うん」


 徐々に技術室へ、生徒が入り始めた。追いついてきた出席番号が並びの仲良しの子が、愛梨のノートを覗き込んでくる。気恥ずかしくて、やや隠し気味に愛梨はノートを脇に寄せた。すると、使っていたシャーペンが転がり落ちる。慌てて拾い上げようと視線を落とすと、見慣れぬものが愛梨のパソコンに刺さっていた。黒い棒っぽいそれに、青い鈴のついたストラップがついていた。授業で先生が見せてくれたものにも似ている気がする。下手に触るとダメかもしれないと思い、シャーペンを戻して手を挙げた。すると、すぐに先生がやってくる。


「どうかした? 大嶋おおしまさん」

「あの、これって……」

「ああ、USBメモリ? 忘れ物かな。ちょっと待って」


 忘れ物?

 ……メッセージのコの?


 とくん、と期待で胸が高鳴る。

 先生はマウスでカチカチ画面を操作して、それからパソコンに刺さっていたUSBメモリを抜く。余りの早さに、目で追うこともできなかった。


「これやっておかないと壊れるかもしれないからねー。覚えておいてね、取り出しってとこね。えーっと、八番か。後で返しておくね」 


 愛梨のディスプレイについている番号を確認して、足早に教壇へ戻っていった。声をかける隙もない。


 先生なら、前の授業で、誰がこの席に座っていたのかわかるじゃない。


 ごく当たり前のことに、今頃気づく。

 聞いてみようと思った時、チャイムが鳴り響いた。

 委員長の号令と共に、席を立つ。

 心の中で、授業が終わったら訊いてみようと決意した。



「愛梨ー、先行くね」

「うん、ごめんー!」


 今日の課題はアルゴリズムの考え方で、ゲームを通じて最速でクリアできる方法を模索するというものだった。愛梨はプリントに解いた内容を記入するのを途中まで忘れていて、今もまだシャーペンを走らせていた。とはいえ、ラスト一問である。

 きっと、先に戻ったコたちが教室の席をランチモードにしておいてくれるだろう、と安易に期待しつつ、ようやく書き終えたプリントから手を放し、マウスを握ってログアウトの操作を行う。プリントを先生に提出すべく席を立ち、技術の授業準備一式を抱えて身を翻した。


「――すみませんっ、忘れ物です!」


 その時。

 技術室に響いたのは、男子生徒の声だった。


「小川ー、これだろ?」


 スリッパに履き替えることもなく、靴だけを脱いで駆け込んできた男子生徒に、教員は鈴を鳴らしてUBメモリを振った。男子生徒の目が輝く。


「そうです! ありがとうございます!」

「次から気をつけるんだぞー」


 教員の手からわざとらしいほどうやうやしく受け取り、男子生徒は感謝して踵を返した。その時、一瞬目が合う。ことばも出ない愛梨に対して、ふんわりとした笑みが返された。

 

 落ちた。


 男子生徒は靴を履き、「失礼しましたっ」と元気よく技術室から飛び出していく。

 本当に、失礼だ。年上をバカにしている、と思った。

 顔は知っている。今期の生徒会書記で、講堂の舞台上で見たことがある。黄色い悲鳴をまとっていた。ニアミスであの笑顔だ。人気があるのも頷ける。それにしてもひどい!


「大嶋、できたのかー? ん? だいじょうぶか? 具合でも悪いのか?」


 呑気な声が途中から心配げなものに変わる。

 立ち止まり、頬を赤く染めた愛梨の様子を見て、異常を察したのだろう。

 大きく首を振って、プリントを差し出す。


「大丈夫です! ありがとうございましたっ」


 先生が受け取るとすぐ、愛梨も小走りにスリッパを履き替えて技術室を出る。


 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう……!


 頭の中をぐるぐる回る。

 やさしいことばだったから、かわいい顔文字だったし。

 てっきり女の子って思ってたのに!


 しかも、年下で、見た目よくて噂では性格もよくて、次期生徒会長である。そのころに愛梨はもう卒業しているではないか。何ていうひどい話だろう。


 廊下を教室へ急いでいると、お昼の放送が流れ始めた。

 放送部の趣味なのか、リクエストなのか。

 よく知られた、軽快なラブソングである。

 ――このタイミングで!


 それを聞き流しながら、教室に入る。

 すると、仲良しの女子たちで、すでに机がランチモードになっていた。ありがたく、いつもの席に座る。そして突っ伏す。


「愛梨どうしたの?」

「何なにー?」

「うわ、顔真っ赤。熱でもあるの?」


 口々に問われ、深く溜息をつく。

 これはあれだ、もう語るしかない。

 でも、その前に。


「ちょっと待って……この歌が終わったら、話すから」


 勇気を下さい。

 片思いの子が、歌の最後で両想いになるフレーズを聞いたらきっと。

 この気持ちを、私もことばにできると思うから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても読みやすく、最後まで楽しく読ませていただきました。 顔も名前も知らない誰かからのメッセージ。そんな特別な出来事が起こると、たとえ嫌いな授業だとしても楽しみになってしまいますね! 男の…
[一言] 読ませて頂きました。 短編ですけど、凄くドラマがありますよね! メッセージの相手を探すドキドキ感。 そして、その相手を見つけた瞬間、恋に落ちる。 その反応が凄く初々しくて可愛くて…… 愛梨の…
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