婚約破棄という名の
勢いで書いたので色々おかしいところがあります。
「エリーゼ・オルコット!お前との婚約を破棄する!」
敵意に満ちた美声を上げたのは、この国の第一王子であるアラン・アスキス様です。
学園の卒業式後の盛大なパーティーにての発表であり、皆が皆、息を潜めつつ成り行きを見守っています。
アラン様の隣には可愛らしい小柄な黒髪の少女が、怯えたように縮こまっていました。確か、男爵家の庶子であった筈。
更に、少女の周りにいる四人の美青年、いずれも国の未来を担うであろう方々。
その中には、私の婚約者のセシル様も...。
その彼らに対峙するのは、私含めた五人の令嬢方。全員が彼らの婚約者です。
アラン様はエリーゼ様を睨みつけ、朗々と告げます。
「お前はリリィに対して散々誹謗中傷し更には物理的な嫌がらせを行った!一週間前にはリリィを階段から突き落としもした!幸い俺が偶然通りがかったから良かったものを、もう少し遅ければリリィは怪我をするところだった!」
...エリーゼ様、これでようやく...。
私は毅然と立つエリーゼ様の背中に、そっと視線を送った。
「嫉妬によって貶めようとする者など、王妃に相応しくない!加えて、オルコット家についても調べはついている!オルコット家は我が国を裏切り、帝国に情報を流そうとしていたのだ!エリーゼ、お前の処分は既に決まっている。国外追放だ!」
アラン様が言い切り、エリーゼ様は―――
「ありがとうございまぁぁぁあぁぁっす!!」
「ええ!?」
悲しむことも怒ることもなく、今までにない晴れ晴れとした顔で礼をしました。
「国外追放いただきました!それでは失礼致します!ふふはははははあ!!待っていてテオさん!今貴方の天使が参りますわああーー!!」
エリーゼ様が物凄い勢いで走っていくのを、誰が止められるというでしょう。
元々品行方正で通っていた彼女の豹変した姿に、皆が唖然としていました。
そんな中、エリーゼ様の親友であり、宰相の御子息クリフ様の婚約者であるアデル様が、前に進み出ます。
「アラン様、よろしければ彼女の行動についてご説明致しますが」
「あっ...ああ、頼む」
「エリーゼは、国を裏切る準備を着々と進め、更に正義感の強い自分を疎む両親を嫌っておりました。ですが、仮にも自分の親。多少の情は存在します。ですから、アラン様にその裏切りを暴いていただこうとしていたのです。エリーゼの正義感が強い理由は、幼い頃に偶然出会った冒険者によるもので、その冒険者の名前がテオ、というそうです」
「なっ、何を言う。正義感が強いだと?ならばリリィを苛めなど...」
「エリーゼは、裏切り者の子供たる自分は貴方に釣り合わないと考え、嫌われる為に、婚約破棄される為にその人を派手に苛めたのです。彼女の苛め、全て間が悪かったでしょう?ほとんどアラン様の前でしか行っていなかったのですから」
「う、うむ...だが、それでリリィは傷付いたのだし...」
「ですから、罪を償おうと自ら出ていったではありませんか」
「いや、物凄く嬉しそうだったような」
「気のせいですよ、気のせい」
アラン様は釈然としていないようでしたが、やがてはっと顔を上げました。
「そうだ、まだ終わってないぞ。いけ、セシル!言ってやれ!」
どくり、と心臓が音を立てた。
いつもと変わらない柔和な顔をしたセシル様が進み出て、私の名前を呼びます。
「ミリアム」
「...はい」
「しばらくゆっくり話してなかったよね、ごめんね」
本当に申し訳なさそうに眉を下げるセシル様は、やっぱり、愛しい。
「いえ、そんな...」
「それでね、リリィさんがミリアムに酷いことされたって言ってたんだけど...」
「わ、私...そんなこと、していません」
喉がからからになりながらも、私は必死の思いで伝えた。
「うん、そうだね。これからもよろしくね、ミリアム」
「...え?」
驚いて顔を上げると、同じようにアラン様とリリィさんも驚いていました。
「なっ、セシル!?どういうことだ!?」
「どういうことって言われても。アラン、俺がいくらミリアムはそんなことしないって言っても、信じてくれなかったじゃないか。だからこんな、皆の前で悪いけど、ミリアムに証言してもらったんだよ」
セシル様はにこにこと、全く表情を崩さずに、こちらへ歩いてきます。
「ごめんね、ミリアム。ありがとう、ちゃんと言ってくれて」
「はい...はい、セシル様...!」
私は耐えきれずに、セシル様に抱き着いた。
背後から三つの温かい視線を感じて、振り返ると、「良かったですわね」と言いたげな、私と同じ境遇だったアデル様達でした。私は力強く頷く。
「ま、待てセシル!まだ確証が」
「でも、ミリアムがしたのって、リリィさんの物を壊したってことだそうだけど、証人がいないんだよね?」
「だ、だがリリィが」
「リリィさんが証人ならミリアムも証人だよ?それに、俺はミリアムとは長い付き合いだからね。ミリアムが嘘を吐いてたら分かるよ」
「う、うむ...そうだな。後でちゃんと検証しよう、リリィ。ミリアム嬢も、勝手に決め付けてすまなかった」
「は、はい」
何だか顔色が悪そうですが、リリィさん、大丈夫でしょうか。
...こうしてリリィさんを心配出来るのは、私が安心したからなのでしょうね。
「よし、次だ、次!いけ、レイ!」
「はーい!」
元気よく返事をしたのは、レイ様。辺境伯の御子息で、いつでも元気な、まるで子犬のように可愛らしい方です。
そして、レイ様の婚約者であるレベッカ様が無言で進み出ました。
「レベッカさん!」
「何かしら、レイ」
「今、ここで誓います!僕はこれまでもこれからも、レベッカさんだけを愛します!だから僕と、結婚してください!」
「何でそうなったっ!!」
アラン様の絶叫が会場に響き渡ります。
「レイ!お前!何で!そうなった!」
「ちょっとアラン様ー!遮らないでくださいよー!レベッカさんに返事してもらわないと!」
「そうじゃないだろう!レベッカ嬢もリリィに嫌がらせを」
「えっ、レベッカさんリリィに何かしたの!?」
勢いよくレイ様が問いかけると、レベッカ様は首を振りました。
「してないわ」
「そりゃそーだよー!ちょっと、期待させないでくださいよアラン様ー!レベッカさん、僕のことあんまり好きじゃないんだから嫉妬で嫌がらせなんてしないものー!」
「だ、だがレベッカ嬢のしたことにはちゃんと証人がいる!」
「えっ、誰ですか!?」
「お前だろうがっ!?」
「え、僕!?」
アラン様は頭を抱えつつも声を絞り出します。
「お前が!リリィの悪評をレベッカ嬢が広めたと言ったのだろうが!」
「えーっ、と...多分それ僕の願望で言ったことだと思います」
「紛らわしいことをするなぁぁぁ!!確かにお前にきっちり確認しなかった俺も俺だがリリィのことでぴりぴりしていた時に呑気に紛らわしい願望を口にするなぁ!!」
「ごめんなさーい!それで、レベッカさん!どうか返事を!」
「もうやだこいつ...」
がっくりと項垂れたアラン様を他所に、レイ様はキラキラした眼差しでレベッカ様に詰め寄ります。
「...レイ。私には貴方への恋愛感情などないわ。貴方との婚約は、あくまでお父様が決めたもの。私の意志など介入していない。...けれど、こんなに情熱的に告白されたのは、初めて」
レベッカ様は、まるで花が咲くように、笑いました。
「貴方の想い、受け入れるわ」
「レベッカさん...!」
感極まったように、レイ様が抱き着き、レベッカ様はぽんぽんと頭を撫でます。
「いい話だなあ」
セシル様がにこにこと呟きました。
「くっ、次!いけ、クリフ!」
「...はい」
宰相の御子息、クリフ様が前に出てきます。
対峙するのは、アデル様。
いつも冷静なクリフ様と、同じくいつも冷静なアデル様。一体、どうなるのでしょうか。
「...どうして止められなかったのですか?」
「すまない...。だが、君も私と同じく、殿下と長い付き合いだ。その性格は知っているだろう」
「ええ、勿論」
「...ん?俺?」
アラン様が意味が分からないように自分を指差します。
「一旦走り始めたら止まらない...だからこそ、貴方がいるのでしょう?」
「ああ。ただ、今回はそれが二人だった...。それだけの話だ」
「そんなことで、支えられるのですか?」
「どうだかな...あまりに話を聞いてもらえなくて、自信をなくしたよ」
「それでも、貴方以外に適任がいません。貴方しかいないのだから、貴方がやらなくてどうするのです。貴方は、この国に必要な人なのですから」
「...そうだね。すまないな、いつも」
「いいえ。貴方を支えるのが、私の役目ですもの」
「これからもよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますね」
互いに困ったような笑みを浮かべるお二人。
あちらこちらで、「何あの通じ合い」「夫婦だ...」との囁きが聞こえる。
そして何事もなかったかのようにお二人は元の場所に戻りました。
「...ええい、次だ...!いけ、ヴィンセント!」
諦めないアラン様に従い、最後に進み出るは聖騎士団長の御子息、ヴィンセント様。そして震えながらも立つ、婚約者のシェリー。
シェリーは私の大切な友達。もし、ヴィンセント様がシェリーを酷く扱ったなら、私はヴィンセント様を許せない。
ヴィンセント様は、無口で無愛想な方で、何を考えているか分かりません。
でも、シェリーは常に懸命にヴィンセント様に釣り合うようにと、努力しているのだから。
「...シェリー嬢」
「は、はい!」
「...俺は、口が上手くない。だから、その...一度しか言えないので、聞いていてほしい」
ヴィンセント様は大きく息を吸い、語り始めました。
「...初めて会った時から、貴女は俺に、怯えていたと思う。俺が元来、体が大きく愛想がなかったせいだろう。それなのに、貴女は俺から離れることなく、俺のそばで、笑っていてくれた。ぎこちない笑みだったけれど、俺は、すごく...嬉しかったんだ。貴女がいてくれたから、俺は...その、何だ。貴女は、俺を嫌っているかもしれない。だけど、俺は、貴女のことが...好き、だ」
ヴィンセント様は真っ赤になって、咳払いをしました。
今までになかったヴィンセント様の本音に、静まる会場の中で、すすり泣きが聞こえる。
シェリーが泣いている。
「ヴィンセント...様。わ、私...嫌いになんて、なったこと、ありません...!」
「...え、いや、しかし、俺のような...」
「私も...貴方のことが、好き。大好き...!不器用なのに、一生懸命作ってくれた花飾り...ずっと、持ってるんですよ」
「...!」
息を飲んだヴィンセント様が、思わずシェリーを抱き締めました。
シェリーも彼にすがり付き、二人は互いに真っ赤になった顔を見合わせ―――口付けたのです。
「うわあ、ヴィンセント君頑張った」
「レベッカさん、僕達もしましょう!」
友人を称えるセシル様の背後でレイ様がレベッカ様に叩かれていました。
そして二人はようやく衆人環視を思い出し、逃げるように会場を出ていったのでした。
「...何だこれ!?」
やっと立ち直ったアラン様が喚きます。
「あれ!?おかしいな、こんな筈じゃなかったんだが!?...まあ、いいや!おめでとう、おめでとう!ヴィンセント!シェリー嬢!おめでとう!二人の未来に乾杯!」
「ちっがーーーう!!」
突然の大声に、拍手喝采が止む。
叫んだのは、今まで怯え震えていたリリィさん。
「何これ!?何このラブコメ!?あれ、断罪は!?ざまあは!?どうなってんのこれ!?」
「リ、リリィ?」
「ここってゲームの中じゃないの!?ねえアラン様!」
「げ、げえむ?何だそれは?」
「もしかしてここ現実なの!?私マジで転生したの!?VRみたいなもんじゃなくて!?うわ、マジですか!?無理無理無理無理、王妃とか絶対無理ー!!」
よく分からないことを叫びながら、リリィさんは会場を飛び出していきました。
その後、リリィさんの苛めは自作自演で行われていたことが発覚した。
私達を陥れようとしたこと、アラン様を騙したことなどで、リリィさんは捕らえられたけど、本人が凄まじく後悔しているらしく、私達に謝罪した後平民になることでこの事件は収まったそう。
アラン様はその事実に打ちのめされ、しかしすぐに持ち前の真っ直ぐさで立ち直り新たな婚約者を探し始めた。
風の噂では、伝説の冒険者に美しく強い妹が出来て、いくつもの迷宮を攻略したらしい。
次期宰相と唱われるクリフ様とアデル様は、これまで通りの距離感で、支え合い。
辺境伯の御子息レイ様はこれまで以上にレベッカ様に愛を伝え、レベッカ様もそれを受け入れ。
次期聖騎士団長たるヴィンセント様とシェリーは、直視出来ない程に愛し合い。
私とセシル様は、のんびりと穏やかな日常を過ごして。
そうして、婚約破棄事件は恋人達が愛を確かめ合う良い機会として伝えられていったのです。




