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 エミリーに付き合って3Dにリメイクされた往年の名作アニメをみながら、トムはコンテストを思い出していた。


(エキサイティングだったな。もっと早く病院から抜け出せば良かった。

 京子さんが舞台で両手を広げた時はびっくりした。まさか、マントがあんな風に広がるとは思わなかった。結果は良かったけれど、予想外の事が起ると心臓に悪いや。あれはRRTFSD関数の引数にMAXを使ったからだろうな。やっぱり事前チェックは必要だ)


 パタンパタンとレーシーと京子がキッチンで食器を片付ける音がする。ふっとトムはキッチンを振り返った。楽しそうな二人が見える。


(レーシーと京子さんはラブラブだな。きっともうすぐ僕はレーシーをお父さんって呼ぶ事になるんだろうな)


 トムはふっとため息をついて、アニメに集中しようとした。アニメは森の神と少女達の交流を描いた名作だった。


(もうすぐ地上に戻れるかもしれないって市長が言ってたな。

 もし、地上に戻ったら、そうなったらDモデはどうなるんだろう?

 GCグレーズクローズは?

 地下では、服を作る材料がないし、洗濯する水が足りないからGCグレーズクローズ は開発された。

 地上に戻って綿花が栽培されて、安全な水が簡単に手に入るようになったらGCグレーズクローズはなくなるんだろうか?

 そしたら、僕らが一生懸命開発してきたDモデの技術はいらなくなるんだろうか?

 そうなったら、僕はどうすればいいんだろう?

 ずっと昔も技術者はこうやって悩んだんだろうか?

 刀鍛冶は刀のない時代になったらハサミや包丁を作ったってきいた。

 だけど、プログラミングの技術はOSやハードがあってこそ発揮できる。

 GCグレークローズがなくなったら、僕はどうすればいいんだろう?)


 トムはそっと揺り動かされて目が覚めた。堂々めぐりの思考の輪の中で、いつのまにか眠っていたらしい。


「トム、寝るんだったらベッドに入りなさい」


 京子の優しい声が響く。


「僕が連れて行こう」


 レーシーがトムを抱き上げてベッドに運んだ。


「ねえ、レーシー、もし、地上に戻ったら僕らの技術はどうなるの?」


 トムは言いながらベッドに潜り込んた。


「そんな事を考えていたのかい? そんな時代はずっと先の話さ。気にしなくていいよ」

「でも、市長はもうすぐみたいな事言ってたじゃない。僕は大人になった途端、失業するような目にあいたくないんだ」


 レーシーはリビングで待っている京子を思ったが、ここはトムときちんと話した方がいいだろうと、トムのベッドに座り直した。


「トム、君のプログラミング技術は最高だ。新しい世界には新しいニーズが発生するだろうし、プログラムの必要性は変わらずあるだろう。Dモデではなく、別の言語になるかもしれないが」

「そうだね、また、覚えればいいんだね。Dモデみたいに覚えられるかわからないけど」


 レーシーは落ち込んでいるトムをどうやって励まそうと思った。


「なあ、トム。まだ起きていない出来事に悩んでも仕方ないだろう。未来はどうなるかわからないんだし。だけど、これから一ヶ月先の事はいえる」

「一ヶ月先って?」


 トムはレーシーが何を言い出すのかと思って掛け布団の中から見上げた。


「君はもっといい治療を受ける為に入院しているんだ。三ランク上の治療が出来るように申込んでおいた」

「え? それ本当? 三ランク上って凄い! 最高の治療じゃない!」

「まだ許可が降りてないから黙ってたんだ。がっかりさせたら悪いだろう? でも、役所に問い合わせたら、まず大丈夫だろうって言う返事でね。ほら、コンテストで君はプログラミング技術の高さを証明しただろう? 役所の人も知っててね、あの技術なら大丈夫だろうって」


 地下で生活する弊害から人々は皆どこか病んでいた。病人だらけなのだ。それでいて、医師や医薬品は不足していた。治療には優先順位がつけられ、より人類に貢献した人、或は、貢献する可能性のある者から順によりよい治療が受けられるようになっていた。トムは今までは保険適用範囲の普通レベルの治療を受けていたが、申請が通ればよりベターな、あるいはトムにとってベストな治療が受けられるのだ。そうなれば、トムは健康体になれるだろう。


「凄い! そしたら、僕、元気になれるかもしれないね。元気になったら僕は公園を走ったり、サッカーしたりするんだ!」

「ああ、そうとも。元気になれば、なんだって出来るようになるさ。もうお休み。いい夢を」

「ありがとう、レーシー、僕、Dモデやって良かったよ。あなたと知り合えたし、それに……。とにかく、ありがとう」


 最後の「ありがとう」はトムの眠たそうな声の中に消えた。レーシーはトムの寝室を出て京子の待つリビングに向った。

 トムは夢うつつの中で、レーシーの背中に向って語りかけていた。


(ありがとう、レーシー。僕、Dモデやって本当に良かったよ。……僕が京子さんを「お母さん」って呼べなかったのは、僕の本当のお母さんが大好きだったからなんだ。だって、僕が京子さんをお母さんって呼んだら、なんだか、死んでしまった本当のお母さんが可哀想でさ。でも、バラのドレスを見た途端、ひらめいたんだ。死んだお母さんにいつでも会える方法を)


 トムは暗闇の中で目を覚ました。床に脱ぎ捨てたGCグレーズクローズの上にベッドから手を伸ばしてバックルを置き、スイッチを入れる。

 ブーンという音と共に、GCグレーズクローズの上に等身大の女性の形が現れた。


「おやすみなさい、お母さん」

「お休み、トム」


 生前残っていたデータから再現された母親の声だ。影がゆっくりと微笑む。トムもまた微笑みを浮かべて深い眠りに落ちて行った。




(了)


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