坊ちゃま
「ん・・・・・・」
少年─アレン=ナイトレイは目を覚まし、上体を起こすと辺りを見回した。見慣れない空間、甘ったるい香り、硬いベッド。まだ覚醒しきっていなかった脳に突如流れてきた大量の情報に、彼は戸惑った。
「ここは・・・」
アレンが唖然としていると、突然部屋のドアが開き、見慣れない女が部屋に入ってきた。
「あ、起きてたんだね。体調はもう大丈夫?どこか痛いところある?」
「誰だオマエは?そしてここはどこだ?お前は俺に何をするつもりだ?」
「どうするも何も・・・私はただ道端に倒れてた君を看病していただけだよ?それと、私は神崎心奏。そしてここは私の家。」
「ふうん・・・」
「君は?」
「は?」
「だから、なーまーえ」
「・・・アンタに教える義理はない」
「なにそれ!タオル取り替えたり汗拭いたりしてつきっきりで看病してあげたのに感謝の言葉の一つもない訳?」
「俺、頼んでないし。」
「はぁー??」
ふと、心奏は我に帰った。
「・・・ま、ガキの相手なんかしてるだけ無駄よね!ねね、なんか食べる?」
「・・・庶民の飯なんか食べたら胃が腐る」
「アンタねぇ・・・」
「こらこら坊ちゃま、命の恩人にその様な発言は、感心しませんよ。」
「何!?」
いきなり声が聞こえて、心奏が声がした方を向くと、そこには紳士風の白髪の老人が宙に浮いていた。
「うわぁぁぁ宇宙人!!!」
心奏は腰を抜かして後ずさりした。
「・・・おっと、驚かせてしまったようですね。申し訳ありません。」
「ちょ、ちょっとどこから入ってきたんですか!?不法侵入ですよ?警察呼びますよ?」
「まぁまぁ、そうカッカしなさんな。私はそこにいらっしゃるアレン坊ちゃまの執事の山田です。以後お見知り置きを。」
「は、はぁ・・・」
「坊ちゃま、お迎えにあがりました。」
「嫌だ!俺は絶対帰らない!!」
「王位継承者としてのご自覚をもっと持ってくださいまし。」
「俺は勉強も稽古もしたくない。王位なら他の誰かに譲ればいい。」
「寝言は寝てから言ってくださいまし。さ、行きますよ」
「離せっ・・・!!」
「ちょっと待って!」
心奏は山田の手を掴んだ。
「何でしょうか?」
「彼はまだ子供です、少しくらい遊ばせてあげてもいいんじゃないですか?」
「駄目です。」
きっぱりと言い切られて心奏は少し怯んだが、アレンの悲しげに俯く顔を見ると、引き下がるわけには行かないと思い、決意を固めた。
「・・・じゃあ、私をこの子のお世話係に雇ってください。」
「・・・は?」
アレンが目を丸くした。
「遊ぶ時間を与えながらもしっかり勉強や稽古もやらせます。ちゃんと立派な王位継承者にしてみせますから。お願いします・・・!」
心奏は深々と頭を下げた。しかし返事はなかった。不安になった心奏が顔を上げると、口を押さえて喉でくっくと笑っている山田の姿があった。
「なかなか面白い方ですね。・・・わかりました、その話、お受け致しましょう。」
「ありがとうございますっ!!」
───こうして、神崎心奏のてんやわんやな日常が幕を開けたのだった。