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告白  作者: 鈴木りん
8/14

7 ディープブルーでアイラブユー(1億3千万年前)

 船は、私たちの不安と期待の成分を含んだあぶくを地上に向かってぶくぶくと吹き上げながら、深い深い、海の底へと沈んで行く。


「すごいですね、眞子まこさん。これが、日向ひゅうが家の持ち物だなんて……」


 そう云ったのは、榊原さかきばら祐樹ゆうきさんの会社の後輩で、すらりとした長身の姿フォルムで私の横に立つ近藤こんどうさんだった。

 水深3000メートルまで潜水可能な我が家のプライベート潜水艇「The elegance of Mako」号の薄暗い艦内で、子ども時代に帰ったかのようにキラキラと瞳を輝かせた彼が、ぶ厚い耐圧硝子でできた窓から見える海の様子を眺めている。


「いいえ、近藤さん。この程度のモノなら、我が日向家にはもう2、3台はありましてよ。たいしたことなど、ありませんわ」


 本当は5台あるけど謙遜して私がそう答えると、近藤さんは驚いたように目を丸くした。

 その横で、雛地鶏ひなじどり財閥の次期総帥、雛地鶏ひなじどり けんさまが、「ふん、ウチには5000メートル潜れる船があるけどね」と自慢げに云い放った。

 けれど残念なことに、その言葉に感心した人は誰もいなかった……。



 ここは、海の中。それも深海だ。

 事の始まりは、10日ほど前。

 近藤さんから、「榊原さんの告白に協力して欲しい」という電話でのご依頼があったのだ。私は、その流れるようなご説明を聞き、二つ返事でこの潜水艇をお貸しすることにした。

 やはり、デキル男はその説得力も違う。

 近藤さんは、榊原祐樹さんの会社の後輩であるとともに、きっと仕事上の大切な右腕でもあるんだろう、と容易に想像がつく。


 そして、今日はその実行日だった。

 10畳ほどの、ウチのショコラちゃん(トイプードルのワンちゃん)のお部屋と同じくらいの狭いスペースに、榊原さんや真奈美まなみお嬢様に近藤さんと私、それに何故か謙さままでいて、ぎっちり“すし詰め状態”になっている。


 ――このメンバーが同じ部屋に集まってるなんて、変な感じ。


 なんて考えている私の脳裏に、今の私を形作る、あるひとつの想い出が蘇っていた。


 あれは、今から18年前。謙さまが11歳、私が7歳のときだった。

 とある財界筋の社交パーティで、私は初めて謙さまにお逢いしたのだ。

 パーティ会場の片隅の、大人たちが賑やかに会話する場所から少し外れたところで、私たちは普段の生活や学校での出来事を、おしゃべりした。

 初めは、私も謙さまもおどおどしていたけれど、次第に心が打ち解け、話が弾む。

 そんな折だった。

 謙さまが、忘れもしない“あの言葉”をおっしゃったのは。


「眞子ちゃんは、僕の事が好き?」

「うん、大好き」

「なら、眞子ちゃんを僕のお嫁さんにするよ」

「本当に? じゃあ私、謙さまのお嫁さんになる! 絶対だよ」

「うん、約束だ」


 ……私の頭の中で何度も何度も繰り返し再生された、そんなやりとり。

 最後に指切りした時の謙さまの笑顔が今も心に焼き付いたままの私は、あれ以来、ずっと謙さま一筋でやってきた。

 でも――。


 ――謙さまの、嘘つき。


 あのときの私との約束を忘れたかのように、最近は真奈美お嬢様の後をつけてばかりの謙さま。

 こんなやるせない気持ちがずっと続くのなら、いっそのこと――。


 私が近藤さんの横顔を見遣った、その瞬間だった。

 潜水艇のコックピット内に、操縦士の声が響いた。


「榊原様、そろそろ水深1000メートルです。ご準備を」


 恐らくはパパが新しく雇った操縦士なのだろう、私は初対面だと思う。

 ごま塩頭のベテラン操縦士。初めてなので多少の不安も感じるが、その落ち着いた雰囲気と見事な操縦に納得した。問題は、なさそうだ。


 潜水艇が、ゆっくりと深海の陸地部分に近づいていく。

 そんな中、操縦士の言葉に大きく頷いた榊原さんが腰の後ろで手を組み、街頭演説に臨む政治家のような雰囲気を漂わせながら、発言を始めた。


「えー、本日は不肖、榊原祐樹のためにお集まりいただき、誠に――」

「前置きはいいから、早く進めなさい。酸素がもったいないわ」

「ああ、すみません……。じゃあ、とっととやりますね」


 船室の中央に設置された椅子にどっかと腰を降ろし、組んだ細く長い足を白のワンピースの裾から覗かせた真奈美さんの言葉が、場をビシリと引き締める。

 その剣幕に押された榊原さんが肩をすぼめ、口に手を当て、コホンと咳をした。打たれ強いのか、こういう状況に慣れてしまったのか、すぐに気を取り直した彼が、再びの演説を始める。


「ええー、これから私の真奈美さんへの告白タイムとなる訳ですが、その前に――」


 深海の水圧に押し潰されてしまったかと思うほど小さくなって船室の隅でいじけたように棒立ちする謙さまに、榊原さんが視線を向ける。

 男と男の勝負でも始まるのかと、一瞬、場の空気に緊張が走った。が、榊原さんはそのまま言葉を続けた。


「まあ、いつも必ず追いかけてきますので、今日は最初から雛地鶏さんをお呼びしておきました。でも、やっぱり邪魔されては嫌なので……」


 その台詞が終わるや否や、流れるような身のこなしで謙さまに近づいた近藤さんが、呆気にとられた謙さまの両腕を取り、そこに手錠をかける。


「おいこら。榊原、卑怯だぞ」

「ふっふっふ。雛地鶏君……恋に、卑怯も秘境も無いのだよ」

「うーん、ちょっと意味はよく分からんが、とにかくこの手錠を外せ!」


 暴れる謙さまを艦の奥の別の空間へと追いやろうとする、近藤さん。

 とそのとき突然、何故か閉ざされた空間のはずの船内で旋風つむじかぜが起き、目の前に一つの影が現れた。

 ――黒い和服姿の、忍者だった。


「おお、お前は香取かとり大五郎だいごろう! 今まで、どこにいた?」

「……若殿。私は、草の者。影の中に生きる草の者は、普段は気配を消しているのですよ……。とにかく、今すぐ御助けいたしますぞ」


 そう云って、すぐさま謙さまの前に立ちはだかる近藤さんに飛びかかろうとするも、近藤さんの全身から溢れるオーラと鋭い目付きが、それを阻む。


「この方は、誰ですか?」


 そんな緊迫感をよそに、呑気な眼をした榊原さんが私に小声で訊いた。

 私は、「雛地鶏家お抱えの忍者です」とだけ、答えておいた。実際、私も詳しくは知らないのだ。


 ――しかし、よくこの狭い中で人知れず隠れていたものね。さすがは、忍者。


 そう思った私に向かって、大いに感心したらしい榊原さんが、頻りに頷いた。

 一方、じりりとも動かない、近藤さんと香取さん。二人の距離は、1ミリたりとも詰まる気配がなかった。


「近藤とやら。この間合い……。オヌシ、出来るようだな。どこの忍者だ?」

「どこの忍者でもない。ただの、サラリーマンだ」

「なんと、ただのサラリーマンだと! この国もまだ捨てたものではないな」

「当たり前だ。この国は、サラリーマンの働きで支えられているといっても過言ではないからな。しかし……そちらこそ、さすがプロの忍者。動きに無駄がない」

「ふっふっふ。分かるかね」

「ふっふっふっふ……分かりますよ」

「ふっふっふっふっふ……」

「ふっふっふっふっふっふ……」


 永遠に続きそうな二人の含み笑いと睨み合いの中、何事も起きていないかのような冷静な口調で、低く渋い声の操縦士が云った。


「水深1000メートル。目標地点、到達です」


 船内の人々の視線が、サーチライトに照らされた厚い硬化ガラスの向こうの景観に集中する。間もなく、海底の陸地部分に潜水艇が着地した。

 何の動きもない、温かみも感じない――まさに死の世界。

 そんな世界に潜水艇が引き起こした砂塵が音もなく巻き上がり、視界をゆらゆらと揺らした。

 そんな景色に見惚れてしまった一同の隙を突き、近藤さんが手錠をはめられた謙さまを船室の奥へと連行していく。


「コラッ、榊原! やることがセコイぞ。これでも俺は、直参旗本家の次期当主で――」


 懸命に叫ぶも、その声は空しい響きとなって海の藻屑と化した。

 船室から姿を消した謙さまに、忌々しげに「ちっ」と舌打ちした香取さんが、その後を追う。


「さあ、邪魔者も消えましたし、気を取り直して……。深海1000メートルでの、僕の『告白』です。それでは、お願いします!」

了解ラジャー!」


 榊原さんの発したバラエティ番組の司会者のようなフレーズに応えた艦長兼操縦士が、威勢の良い声とともに、コックピットにある赤いボタンをぽちっと押した。

 そのとき、ふと気になって、真奈美お嬢様の表情が気になってチラ見した、私。

 さすがは、一流のお嬢さま。

 何事にも動じない、鋼鉄はがねのように無表情な横顔を私に見せている。口元がほんの少し緩んでいるようにも見えたが、それはきっと、気のせいだろう――。


 けれど、何事もないまま10秒が経過。

 何かが起こっているはず――なのに、私にはわからなかった。地獄の入口のように落ち着いた深海の世界に、恐ろしいほどの静寂な時間が流れて行く。

 と、痺れを切らしたらしい真奈美さんが、冷たく言い放った。


「で、これは何なの、祐樹さん。何も、起こらないわよ」

「いやいや、真奈美さん。真の告白タイムは、これからですからね」


 榊原さんが、自信ありげに答える。

 とそのとき、耐圧ガラスの窓の外が何やら騒がしくなっていることに、気付く。

 透明な小魚や白いエビ、それに良くわかんない“にょろにょろ”した変な形の深海生物までが、わんさかとこちらに押し寄せて来ているのだ。

 ゾクゾクする、背中。

 後ろに下がって逃げたくてもそんなスペースがないと思い出した私は、代わりに上擦った声で叫んだ。


「うわ、気持ちわるッ! もしかして、これが……」

「そうです、日向さん。これが、私の『告白』です」

「……」


 私と同様に、意味が分からないのであろう真奈美さんが、黙りこくる。

 よく見ると、潜水艇のお腹の部分から、ジェット噴射のように強烈な勢いで何かが吹き出している。どうやら……魚釣りをする時に使う「撒き餌」らしい。

 深海魚たちが、そこに群がって来ているのだ!


「あのう……すみません。これって、なんて書いてあるんですか?」


 魚たちの配置が、どうやら何かの文字になっているらしいと気付いた私は、恐る恐る榊原さんに訊いてみた。


「え、わからないですか? 片仮名で『アイシテル』って書いてあるんですよ」

「え! そ、そうなんですか?」


 どう見ても、そう読めない。

 いくらジェット噴射させているとはいえ、撒き餌は重力に負ける。当然、その撒き餌の形は、ただれた皮膚のような、もしくは融け落ちるアイスのような、だらだらと流れ崩れた文字と化す。

 まるで、B級ホラー映画のような、血の滴った「恐怖文字」だ。


 活火山における巨大噴火前の小噴火の如き雰囲気を携え、ここまで黙っていた真奈美お嬢様が口を開いた。


「とても、そう読めないわね」

「そ、そうですかね……。僕には、しっかりとそう読めますけど」

「真奈美さま。そうだと思えば、そう読めなくもないですわよ。おほほほ」


 私の力無いフォローなど、何の意味もなかった。

 真奈美さんの頬がみるみると熱を帯び、マグマの如く赤色に変化していく。


 けれど恐ろしい変化を遂げたのは、真奈美さまの頬だけではなかった。外の景色も、大きく様変わりしていたのだ。

 深海とは、人間が思うほど死の世界ではない。

 というより、逆に地上よりももっと圧倒的な生物量的圧力で、深海の様々な生物たちが私たちを取り巻いた。

 潜水艇のサーチライトなど、全然効かないくらいに。


「予想をはるかに超えた生物たちに囲まれました。これ以上ここにいると、危険です」


 ベテラン操縦士の言葉に、艦内で緊張が走った。

 と、神の恵みか、蜘蛛の子を散らすように、魚たちが目の前からすーっと消えていった。


 ――なんかよくわかんないけど、ラッキー! 今のうちに、上昇ね。


 と考えたのも束の間。やって来たのは、天変地異だった。

 まるでキューでつつかれた瞬間の、ビリヤード玉のよう。ギシギシと軋む音ともに、潜水艇が激しく左右に揺れる。そして、耐圧ガラスの向こうに姿を現したのは、ぎょろりと光る大きな目玉と青白く光る三角頭に、吸盤付きの長い足だった。


 ――ダイオウイカ?


 そう思うよりも早く、敵はたくさんの足を潜水艇に巻き付かせ、我々を羽交締めにした。

 ミシミシと壁が軋み、時折、照明までちらつく。


「ぎゃああ、何が起こってるんだぁ!」


 奥から聞こえて来たのは、謙さまの悲鳴だった。

 慌てふためく謙さまとは違い、真奈美お嬢さまはどっしりと構えている。席に凭れながら、眉毛ひとつ動かさない。私の頭の中で、川中島で上杉謙信との決戦に臨む武田信玄の姿が映し出された。


「艦が上昇しない! やばいぞ、このままだと我々全員、海の藻屑だ」


 操縦士兼艦長の男が、コクピットの計器を睨みながら、なんとも恐ろしい言葉を吐く。

 ついに、我らが武田信玄こと真奈美さんが采配をふるおうと口を開きかけたときだった。いつの間にかコックピットに戻った近藤さんに向かって、厳しい表情の榊原さんが指示をしたのだ。

 ぐぐっと目を見張り、榊原さんを見つめ続ける真奈美さん。


「潜水服はないのか? 僕が外に出て囮になるから、その隙に潜水艇を浮上させて皆は逃げてくれ! ……近藤、後は任せたぞ」

「榊原先輩。いくらなんでも、それはムリです」

「いいや、僕は出る。男には、やらねばならない時があるのだ」

「いやいやいや、絶対無理ですって。ちょっと、真奈美さんも、何か言ってくださいよ! 先輩、本当に外に出ちゃいますよ!?」


 どう考えても、無茶だと私も思う。

 ……というか、そんな潜水服は用意してないし。

 それにしても、潜水艇の外に出ると子どものように言い張る榊原さんを必死になだめる近藤さんの背中が、一際眩しく感じてしまうのは――何故?


 と、そのとき気配もなく、突然しゃしゃり出てきたのは忍者の香取だった。


「ふん。榊原とやら。ここは、忍者せっしゃに任せてもらおうか」


 艦内に、不思議な安堵感が広がっていく。心強い味方を得た気持ち、といってもいい。

 この現代にどこでどう活躍しているのかよくは分からないが、相手は、何せ百戦錬磨の忍者なのだから。

 そうこうしている間にも、イカは最後の仕上げとばかりに増々力を込めて潜水艇を絞め、艦内はガクガクと派手に揺れ続けている。


「これを、撒き餌の要領で外にばら撒け。……こんなこともあろうかと思ってな、用意しておいたのだ。忍者の里、秘伝の品だ」


 香取が手にしていたのは、透明なカプセル容器に入った茶色の液体だった。

 ちらつく照明の明かりで自慢げに輝く、香取の表情。どよめきが起こる。

 しかし私には、ただのウスターソースのようにしか見えない。でも忍者の里、秘伝の品だ。まさか、そんなチャチなものではないだろう――。

 恐る恐る質問をしてみる、私。


「これは、一体……?」

「我が伊賀の里で伝承されている、秘伝のイカ焼きソースだ。大王だろうが何だろうが、イカならこの匂いは苦手なはずだ――」

「……」


 ――その、まさかだった。

 押し黙った一同が作り出す重たい空気を打破し、皆を鼓舞したのはやはり、我らが武田信玄、真奈美お嬢様だった。


「とにかく、なんでもいいからやってみなさい!」

了解ラジャー! カプセル、セットします」


 総司令官と化した、強く美しい真奈美さんの号令に、操縦士は撒き餌代わりの秘伝ソースをコックピット内の機械にセットする。


発射ゴー!」


 喉をごくりと鳴らした、操縦士。

 彼が目前の赤いスイッチを押したのと同時に、カプセルが水圧を押し退けるようにして打ち出され、ダイオウイカのどてっぱらにぶち当たる。

 けれど、その程度の衝撃など物ともしない風の、ダイオウイカ。

 逆に怒らしてしまったのか、動きが活発化した。


 ――やばっ! 火に油を注いだのかも?


 私の背中に、人知れず一筋の冷たい汗が流れたその瞬間、水に溶けたカプセルから、内容物の茶色の液体がもわもわと雲のように海水中に浮遊した。

 と、それとほぼ同時に、ダイオウイカが苦しそうにジタバタとし始めた。


「うわっ。き、効いてますよ!」

「嘘だろ?」


 そう云って不思議がる近藤さんと榊原さんをよそに、ついにダイオウイカは尻尾――いや、10本の足――を巻いて、逃げていった。

 ガラス窓に残された、巨大な吸盤の跡。

 それを眺めながら皆が胸を撫で下ろす中、腕を組んだまま微動だにしない真奈美さんは、本当に素敵な女性だと思う。


「ふっふっふ。忍者の里の秘伝ソースをなめるなよ」


 得意満面の笑みで、香取が胸を張る。

 凶暴なダイオウイカを追っ払うほどの秘伝ソースなのだ。舐めるなと云われても、私はぜひ一度、舐めてみたいものだと思った。


 と、そんな安堵の充満した空気を打ち破ったのは、やはり真奈美お嬢様だった。

 切れ長の美しい目尻をキリリとさせ、口を開く。


「まあ、とにかく助かったんだし、よしとするか……。それならもう、ここに長居する必要はないわね。潜水艇、浮上せよ!」

了解ラジャー!」


 総司令官の掛け声一閃、操縦士は大きく頷いてコクピットにあるレバーを押し上げた。

 海上に向け、潜水艇がゆっくりと浮上していく。


「しっかし、榊原祐樹! あんたのアホな告白で死にそうになったわ! だから、私に告るなんて3億年早いわっ――と云いたいところだけど、さっきのピンチの時の眼差しに免じて、1億三千万年早いってことにしておくわね」

「眼差し……ですか?」


 1億3千万年と云われ、何故か胸を撫で下ろした、榊原さん。

 折角、協力した私からすれば、その時間は気の遠くなるほど長く、着地点は怖気づくほど遠いように思えるのだが……。

 それでいいのか、榊原祐樹!


 すると、皆からちょっと忘れ去られた感のある謙さまが、犬の遠吠えのように艦の奥から張り上げるのが聞こえた。


「何故だ! 何故、告白までの年数が減る。納得できん!」


 だがしかし、その言葉に誰も反応する者はいない。

 沈黙の続いた暫くの後、痺れを切らした謙さまが、再び叫んだ。


「わかった。もう、いいよ……。それより、香取。早く俺を開放しろ!」

「おっと、若殿のことを忘れてたぜ。だが、その前に……」


 香取さんの体から噴き出た、目に見えないオーラのようなもの。近藤さんを睨む鋭い目付きに、近藤さんも負けじと睨み返した。


「近藤とやら。オヌシとは、いつか勝負を決することになりそうだな」

「ああ、そうですね。私も、楽しみにしていますよ」

「ふっふっふ……」

「ふっふっふっふ……」


 睨み合った両者の目が、一瞬、緩む。

 戦場で剣を交えた者同志にしかわからない、友情のような感情が芽生えた瞬間――。

 そんな気がした。


 気が付けば、既に潜水艇は海上に浮上し、まるで宇宙に彷徨う宇宙船の如くふわふわと漂っていた。

 久しぶりに見る太陽の光を眩し気に、そして懐かし気に、私たちは暫し眺め続けたのだった。




 キミに届けたい、永久とわの愛を。深海にしたためた、ヒラヒラ泳ぐラブレター。


 ―続く―

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