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第18話「弱ブキだってちゃんと使ってみたら面白いかもよ?」

 ある政令指定都市の住宅街。その外れの日本家屋。そこにサティスファクション都の住む妖怪館があった。

 訪問客用の洋間で、サティスファクション都は、珍しく苛立っていた。それを他人にぶつけるようなことはしないが、どうにも話しかけ辛い雰囲気を発している。長い黒髪もその心情を表すかのように妖しくきらめいている。

 まだ犬飼美咲と城茂美はやってきてはいない。その間隙を突くようにして、今、サティスファクション都に苛立ちを与えている人物がやってきているのだ。

「我々といたしましては」

 そう言うのは、まさにメンインブラック。あるいは誰かのSPという風情の黒スーツ姿にサングラスの女性だ。髪はショートできっちりとした形。声の高さと仄かにある胸囲が無ければ、男と勘違いされてもしょうがない程、その種のテンプレートだ。

「あなた、緋の国の鬼女と采の国の魔女の交友は看過できないのであります」

 淡々と語るブラックウーマンに対して、サティスファクション都はやはり苛立ちを隠さない。座っている椅子の肘掛に置いた手の指で、肘掛をたんたんと小刻みに突いている。

「あなたね、もう緋の国も、采の国も、どちらもどこにもないし、その名で謳われた頃の実力は私もあいつもない、というのはそのちっぽけな頭の中で理解しているのかしら?」

「力が以前ほどない、というのは免罪にはならないのであります。いつか元の力を取り戻すかもしれないのでありますから」

「あいつはいざ知らず、私はもう今のまま、ゆっくりと弱くなってもいいと思ってるんだけどね。まあ、力を付け直した大妖怪が巷を混乱に、っていうあなた達の全くの被害妄想が分からないでもないけど。でも、杞憂よ?」

「可能性にゼロが無い以上、打てる手があるならそれを打つのは当たり前のことであります」

「……」

 サティスファクション都は、煎餅を机にある取り皿から取り、がりがりがりがりと景気よく音を立てて食べる。

「あなたもどう?」

「結構であります。利益供与は受けませんであります」

 勧めを断ったブラックウーマンは、話を続ける。

「我々、妖怪互助会としてはですね。あなた方が力をつけることを、そして昔のように振る舞うことをよしとしないのであります。如何にあなたが言おうとも、可能性を排除できない限りはこちらも影響力を行使せざるを得ないのであります」

「それが、妖助の見解? 橘ミストルテンさん?」

 橘ミストルテンと呼ばれたブラックウーマンは、こくりと頷く。

「場合によっては、妖助の強権すら発動させるであります」

「……へえ、大きく出るわね。それを、私に言っている意味が、そのすっとこどっこいな奴らに分かっているのかしら?」

 瞬間的に、部屋の中の妖気の濃度が上がる。サティスファクション都が常に抑えているそれが、噴出したのだ。それだけで、橘ミストルテンはひっと息を呑む。

「やめナサイ」

 声と共に突如現れたニシワタリが、サティスファクション都の頭にかかとを落とす。

「ぶべら!」

 無様な声を上げて頭を抱えるサティスファクション都に代わって、ニシワタリが応対をする。

「話は聞かせてもらっていマシタガ、とりあえず第三者の視点では、サティスファクションもパッションも覇権を取るとかそういうので付き合いをしている訳ではないデスヨ?」

「あなたが第三者でありますか、鬼女の走狗」

「もう鬼女の走狗ってわけじゃないノデ、十分に第三者視点デスヨ? まあそれはサテオキ。強権発動して下手にこじれて藪蛇になるよりは、警告程度で済ませる方が無難だと、ワタクシなどは思いマスガネ。そもそもそこまでの権限が、ミストルテン。あなたにあるか、というのもありマスガ」

「……」

 橘ミストルテンは、黙す。どうやら強権発動までは自分では出来ないようであると、ニシワタリは感じ取り、逃げ道を残すように言う。

「で、どうするんデスカ? 強権を発動してみマスカ?」

「……いえ、今回はとりあえず我々が見ているということと、行動の行き過ぎが無いようにとの警告で済ませたいと思うであります」

「賢明デスネ」

「しかし、サティスファクション都。頭に乗らないように、お願いしたいであります。我々は、いつでもあなた方を封じることができるのでありますから」

「……」

 サティスファクション都の無言を理解したと解釈した橘ミストルテンは、椅子から立ち上がって部屋から出て行った。

 残る二者。片方のサティスファクション都は見目麗しい顔をこれでもかと醜悪に歪める。そしてまた煎餅をがりがりがりがり。

「みっともないですよ、サティスファクション」

 もう片方のニシワタリが制するが、サティスファクション都は煎餅を全部がりがりがりがり平らげる。

「……、気分が晴れないから『スプラトゥーン』するわよ」

「好きにすりゃいいデスヨ。と」

 ニシワタリの性能のいい耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。美咲と茂美のそれである。

「二人、いらっしゃいマシタヨ」

「いつもの部屋にお菓子とお茶の準備よろしくね」

 素早く機嫌を入れ替えたサティスファクション都が、和室の方へと移動していく。切り替え早いなあ、と見送りながら、台所へと向かうニシワタリ。そこでふと。

「こんなんやってるから、未だに鬼女の走狗って言われるんでショウカネ」

 とはいえ、サティスファクション都が美咲と茂美の二人をわざわざ出迎えるというのは、それはそれでまだ引きずるところがあるのだろう、と理解して、台所で用意をする、ニシワタリであった。


 いつもの、といえる4人が揃ってテレビの前でゲームである。やるゲームは当然『スプラトゥーン』である。 

 セットアップ画面のままで、ゲームパッドを持ったサティスファクション都が言う。

「美咲、あなたの最近の『スプラトゥーン』プレイはどういう感じかしら?」

「ランクは40になったよ! ガチマッチはまだB帯で上がったり下がったりだけど、ナワバリでは活躍出来てる、って感じられる!」

「そう。楽しんでいるようで結構ね」

 でも、と美咲は浮かない顔をする。

「ちょっと倦怠期を感じたりもするんだよね。面白いんだけど、ワンパターンに感じられて」

「倦怠期、ねえ。ねえ、美咲。あなたは最近武器を変えたりしているかしら?」

 サティスファクション都の問いに、美咲は首をかしげる。

「んー? ああ、ここんとこずっと“スプラシューターワサビ”だね。“スプラシューター”や“スプラシューターコラボ”に偶に切り替えたりするけど」

 その答えに茂美が成程、と返す。

「つまり、基本的にスプラシューター類しか使ってないってことか」

「うん、そうなる」

「そりゃあ、代わり映えしないデスヨ」

 ニシワタリもそう言う。サティスファクション都も追従する。

「決まったブキを極めるのも一つの道ではあるわよ、美咲。でも、ゲームは楽しむための物。特にプロゲーマーになる訳でもないんだから、楽しくやらないといけないわ」

「でも、使い易いブキは使い易いじゃない? パッションさんが強いブキを色々教えてくれたけど、それもちょっと合わないんだよね」

 そりゃあ、とニシワタリ。

「パッションの言うブキは強いデスガ、尖ってるからこその強さデスカラネ。使い慣れれば強いデスガ、取っつき易さの面では“スプラシューターワサビ”辺りには敵いマセンヨ」

「ということで、私などはここはむしろ敬遠されているブキの方が合うかもしれないという独自理論を提唱するわ」

 声高らかに、サティスファクション都が宣言する。独自理論が独自過ぎる気が、他の三人にはしたが、当の本人はやる気満々言う気満々である。

「だから、今回は“弱ブキだってちゃんと使ってみたら面白いんだから!”ってことで講を開いてみましょうか!」


「弱ブキと言っても、色々あると思うんだが。竹か?」

「弱ブキと言っても、色々あると思いマスガ。バレルデスカ?」

 同時に言う茂美とニシワタリに対し、サティスファクション都は首を横に振る。

「ここは“ジェットスイーパー”でどうかと思っているんだけど」

 その言葉に、茂美とニシワタリが「それか!」と同時に言う。

「“ジェットスイーパー”って言うと、射程の長いシューターだったっけ?」

 美咲の言葉に、サティスファクションが頷く。

「“ジェットスイーパー”はシューターとしては最長の射程のあるメインと、サブに“スプラッシュシールド”、スペシャルに“トルネード”という構成のブキよ。メインは射程シューター類最長だけど、四確なのと連射力はそれなりよ。これがどう言う意味か分かるかしら、美咲?」

「うーんと、四確で連射それなりということは……、ん? どういうことだろ?」

 困惑する美咲に代わり、茂美が答える。

「連射の早いブキとか確の短いブキに寄られると辛いって所だな」

「そういうこと。逆に言うと、射程を活かせればチャージャーとか一部スピナー以外には寄せ付けない力があるのよ。そこが魅力ね。ということで、早速やってみなさい、美咲」

 そう言って、セットアップが完了してナワバリバトルにエントリーした状態で、サティスファクション都は美咲にゲームパッドを渡す。

「え? え?」

「習うより慣れろよ」

「え? あ、うん」

 為すがまま、美咲はゲームプレイを始めた。


 最初は使い方が分かりきっていない美咲は、当然お荷物のような状態だ。いかんせん、“スプラシューター”類とは使用し方が違っているのだ。しかし、二ヵ月みっちりと『スプラトゥーン』してきたスキルは伊達ではない。バトル数を重ねる程に、勝てる局面も増えていく。それでも、最終的な勝率はさんざんであった。


「どうだったかしら、美咲」

 10戦を終わった所で、サティスファクション都がそう美咲に問い掛ける。しょげているかと思いきや、思いのほか美咲の表情は明るかった。

「これ、楽しいね! 最初ちょっと突っ込んで行きすぎたけど、距離を取る所とシールド使う所が分かってくると、一方的に攻撃出来るからいいね!」

 サティスファクション都はくふふと笑う。

「勘所が分かったようだから、もうちょっと突っ込んだ話をしていきましょうか」

「うん、お願い」

「“ジェットスイーパー”はシューター類最長射程。つまり、射程を活かせばシューター類、ローラー類、スロッシャー類には無類の強さを持つのは分かったと思うけど、でも中々上手く射程を活かせない場面もあったでしょ?」

「うん。どうにも角とかで正面衝突でやられたりしたね」

「そういう時は、どうすればいいのかしら? チャージャーを使う城は分かるわよね?」

 話をふられた茂美は、しかし動揺はなく答える。

「基本的にはそう言う場所に行かない、だろうな。どうしても、と言う場合は、侵入する場所に気をつけることだな。迂闊に死角が出来る場所からは行かないのが鉄則だよ」

「大体そんなところね。あるいは、“スプラッシュシールド”を投げ込んで無理やり有利を取るのも手としてはあるけど、これは熟練がいるわね。とりあえず、危険な場所を覚えて、あまり踏み込まない、チャージャーと同じような立ち回りが重要になってくるわ」

「でも、チャージャーより倒す力はないじゃないデスカ。その辺どーよ、デスヨ」

 ニシワタリの指摘に、サティスファクション都は答える。

「そこは発想を逆転させるべきね」

「逆転?」

「そうよ。チャージャー類のように溜めて一発撃つのではなく、撃ち続けられると考えるの。これはやはり溜めが要るスピナー類ともまた違った操作感よ。そして、その使用の考え方も、チャージャー類とは違う訳よ。むしろスピナー類に近いかしら」

「というと、つまり遠めに広範囲に塗る、という思想デスカネ」

 ニシワタリの言葉を、頷き肯定するサティスファクション都。

「他のシューター類より、射程が長い故に遠めだと倒すのが難しいのが“ジェットスイーパー”だけど、それは倒すことに偏執し過ぎている場合もあるわね。遠距離を塗れる、というのはこのゲームでは十分な性能として挙げられるのよ。遠めから塗りで牽制する、というのは、それだけで一つの長所。つまり、遠くから味方を塗りでサポートする立ち回りも可能なのが、“ジェットスイーパー”の面白い点なのよ」

「倒すばかりが能じゃない、ってことデスネ」

 そう。とサティスファクション都はまた頷く。

「それはさておいて、立ち回りでの“スプラッシュシールド”の使い方も、このブキならではの部分があるわね。安全に撃てる場所を作るのが“スプラッシュシールド”の肝だけど、他のシールド持ちのブキはシールドのインク消費の重さとメインのインク消費の重さのせいであまり長い間撃てないんだけども、“ジェットスイーパー”はそれらに比べればインク効率がいいから長く撃てるのがポイントなのよ」

「ということは、安全な場所を作って長く攻撃出来る、ということでいいのかな?」

「そういうこと」

 美咲の問いに答えつつ、サティスファクション都は続ける。

「そして、使ってもすぐにはインクが切れないから、わりとポンと投げておけるのも、覚えていていいわ。味方の為にシールド使う、という思想も、それを気軽に使える“ジェットスイーパー”なら立ち上がってくるわね。そう言う考え方、遠距離で倒すだけではなく塗るとか、シールドを味方の為に、とか分かってくると、単なる弱ブキとはまた違う側面が見えてくるのよ」

 さて、とサティスファクション都は一息。湯呑みの茶を一飲みする。

「もう一つ言っておかないといけないのだけど」

「まだ何かあるの?」

 疑問符の美咲に、サティスファクション都は答える。

「安全圏に留まり過ぎてはいけない、ということよ」

「安全圏なら留まった方がいいんじゃないの?」

 疑問符の美咲に、サティスファクション都は答える。

「基本的には、安定した場所から援護するという使い方がお勧めではあるけど、でも美咲。同じ場所に固執するチャージャーと、色んな場所から目配りするチャージャーだと、どっちが脅威だと感じるかしら」

「それだと同じ場所より、色々動いて射線を変えてくるチャージャーの方が厄介だね。……ああ、成程」

 美咲の気付きに、サティスファクション都は呼応する。

「分かったかしら? いくら安全だとは言えど常に安全圏で戦える訳ではないのよ。状況を見てきちきち有効な場所に動ける方が、試合全体を通して強いわけ。その辺が、サポート向きの“ジェットスイーパー”には、倒せない場合はより求められるということなのよ」

 成程、とまた納得する美咲。その様子に満足したサティスファクション都は、さて、と仕切り直す。

「その辺が分かった上で、再度プレイしてみるのはどうかしら?」

「うん、やってみる!」

 そうして、ゲームプレイが再開された。それを見ながら、サティスファクション都は満足げな笑みを浮かべていた。その優しげな雰囲気を見たニシワタリは、妙な胸騒ぎを覚えるのだった。


「じゃあ、お暇するね」

「それじゃあ」

「ええ、またね」

 珍しく玄関まで見送りに出てきていたサティスファクション都は、美咲と茂美が去っていくのをしばらく眺めていた。

 そこにニシワタリ。

「サティスファクション」

「……何よ」

「どういう腹積もりかは知りマセンガ、あの二人を巻き込むのは感心しマセンカラネ」

「私がそんなことする訳ないでしょう。ただ、場合によっては巻き込む可能性もあるから、どうしたものかって思ってるだけよ」

「なら、いいのデスガ。ワタクシ、どちらかというとあの二人の味方デスカラ。それは覚えていてクダサイネ」

「はいはい、善処しますよ」

 と、そこでサティスファクション都の表情が曇る。険しいという顔である。そのまま、ニシワタリに問う。

「私はもうこの世で何かするつもりはない、んだけど」

「パッションの方デスネ。確かにあいつはまだ欲がありそうなやつデス。……ちょっと調べてみておきマショウ」

「頼むわ。最悪の場合は……」

 更に険しい表情になるサティスファクション都を、ニシワタリはやんわりと諌める。

「一応、そうならないように動きマスヨ。だから、あなたもちょっと落ち着きなサイ。サティスファクション」

「……あなたに諌められるのも何度目かしらね」

「さあ。じゃあ、とりあえず調べてきマスヨ。期待しないで待っていてくだサイナ」

 そう言うと、ニシワタリの姿は一瞬でかき消えた。それを確認するかのように、サティスファクション都は呟く。

「欲、か」

 その呟きは誰にも聞こえなかった。

第18話。弱いと言われるブキ話として“ジェットスイーパー”話でありました。

この話全体の終わりの流れがやっとこ頭の中で成立したので、そこに向けて動きつつ、さてどうするか。というのが今の状態ですね。『スプラトゥーン』ネタならまだまだ掘れるのが悩ましい所です。どう決着するか、はあるけど、それに『スプラトゥーン』ネタをかませられるかというと、なのがなあ。

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