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第12話「潜伏を使いこなすとイカしているかもよ?」

 俺は廃ビルに潜伏している。そこから700メートルほど先の、一軒の屋敷。そこを、望遠鏡で監視しているのだ。俺は探偵。軍隊くずれだ。過去には色々あったのだが、それはどうでもいい。今はこのボロい仕事の話だ。

 そう、これはボロい仕事だ。あの屋敷を見張るだけで、十年は遊んで暮らせる金が手に入る。望外だ。流石に胡散臭いとも思ったが、俺の事務所の資金難を一挙に解決するには、受けるしかない仕事だ。いや、受けて良かったと言えるだろう。退屈で死にそうなこと以外は、大変に楽な仕事だ。向こうの、視線の先の女達の方が、まだ忙しいだろう。

 女達は総勢で4人。茶色の毛の女学生。ポニーテールの女学生。金髪のプ―タローっぽいの女。

 そして、長い髪の謎の女。それが、俺の監視対象だ。

 何度見ても、美しいと言える。他の三人も相当の器量良しだが、その謎の女にはどうしても劣る。それだけ、謎の女は際立つ美しさをしている。特に、髪が美しい。黒色、という単純な言葉では表せない、複雑な色をしているのが、この遠間からも分かる。赤くもあり、青くもあり、緑でもある。どこか捉えどころのない、そんな色だ。あれは、はたして人の身で持てる色なのだろうか。

 俺は、監視生活をしながら、あの色を追い求める。美しい。美しい物をただ美しいとしか言えないくらいに美しい。他の修飾詞も、表現も、あの色の前ではただの飾りだ。美しい。ただそれだけだ。

 そんな生活をして、何日が過ぎたか。それは不意に訪れた。携帯が鳴る。いきなりの音で、俺はびっくりして望遠鏡を取り落としそうになる。それはなんとか回避して、携帯を通話に。

「もしもし」

「どうですか、経過の方は」

 依頼人だ。この依頼人とは顔を合わせていない。事務所に契約にやってきたのは秘書で、そこから電話口で会話しただけの間柄だ。

「特に問題ありませんよ。相手はただ、ゲームしているだけです」

「そうですか」

 依頼人の口ぶりには何の感情も感じられない。女一人監視させているのだから、そこには痴情のもつれでもあるのだろうと踏んでいるのだが、その口調からはそれらしい事は感じられなかった。この監視の意味はなんだ? 流石にそれについての疑問が首をもたげて着始めていた。だから俺は問う。

「何から何まで教えてもらえてませんが、あの女がどうしたって言うんですか? 毎日ゲームしているだけにしか見えないんですがね」

「それをあなたが知る必要はありません。ただ、時が来るまで、何をしているか見続けてください」

「……」

 予想通り、いや予想以上に意味が分からない返答だ。契約の時に聞いた、その時、というのがいつ来るのか、そもそもどういう時なのか。それを教えてもらえないのに、監視する意味があるのか?

 そう考えていると、依頼人は沈黙を肯定と受け取ったのか、一方的に言ってくる。

「今回お電話したのは、確認です」

「確認?」

「私は、監視は1キロ先から、と言ったと思いますが、それは守られていますか」

 言葉に、一瞬俺は混乱する。確かに1キロ先から、とは言われた。だが、程度の問題だろう。あそこを監視するのにいい場所はこの場所しかなかった。だから、問題ない。

「ええ、守っていますよ」

 俺がそう答えると、依頼人は何故かため息を吐いた。

「誓いを守れない人とはお付き合いできませんね。やはり人などに任せるのが問題だったか」

「……なんですって?」

「契約は破棄です。心配なさらずとも前金くらいは残してあげますよ」

「すいません、一体どう言うことになってるんですか?」

 依頼人が、突然契約を破棄すると言いだした。何が何だか意味が分からない。俺は特に問題は起こしていないはずだ。なのに。

「答えは、望遠鏡で見れば分かりますよ」

 そう言って、依頼人は通話を断った。俺はまだ呆然としていたが、ただ言葉に従って、望遠鏡を覗く。

 黒髪の女はそこに座っていた。こちらを見つめ、手を振りながら。

「な」

 俺はすぐに望遠鏡から離れる。なんだ今のは。見られた? こちらを? 700メートル離れているのに?

 俺は混乱する。なんとなくだが、まずい事態になったことは分かる。依頼人から切られた理由はこれだろう。だが、どうしてこちらのことが分かった? 離れているのに。700メートル離れているのに!

 と。

「マッタク。妖怪使いの荒い奴デスネ、サティスファクションは」

 その女はいきなり出てきた。予兆も何もなく、まるでそこにさっきから居たかのように。

 あの、金髪の女だ。さっきまで見ていた先に、居たはずの女だ。

「な」

「フム。見るからには一般ピーポーデスナ。誰かの差し金と見るのが妥当デショウカ。サテ、お兄さん。ワタクシはニシワタリと言いマス。この辺りでゲーマー妖怪をさせてもらっている者デス。デ、あなたが誰だか知りませんが、どうしてサティスファクションを見張っていたのデスカ?」

「な、な、よ、妖怪……?」

「ナニ。妖怪とは言っても人を食うのはとうにしなくなりましたから安心してクダサイ。ただ、聞きたいだけデス。何故、サティスファクション都を、監視していたのデスカ?」

 何が取って食わないだ。雰囲気は今にも頭からバリバリってやつじゃないか。しかし、相手に一方的に喋られて主導権を握られている。どうする? 逃げる以外の手が思いつかない。

 逃げよう。

 そう思って、俺は動こうとした。その機先を、女のつま先が制する。鼻先に、ぴたりと止まるそれ。やはり動きの出だしが全く見えない。速いというものじゃない。

「逃げないでいただきたいデスネ? こちらの質問に答えたら、すぐにでも解放シマスカラ。ホレ、どうして監視してたんデス?」

「あ、う」

「ホレホレ」

 どうする? 話すか? でも、俺のも知っていることはほとんどない。それで、解決するのか? 解放してもらえるのか?

 と。

 携帯が鳴る。

「……」

「……」

 顔を見合わせる俺と、ニシワタリと名乗った女。口を開くのは女の方だった。

「貸してクレマスネ?」

 しぶしぶと、俺は女に携帯を渡す。女はハンズフリーで通話し始める。

「モシモシ」

「……やはりあなたですか、鬼女の走狗」

「ワタクシ、サティスファクションの使われ者じゃないデスヨ。シカシ、あいつの犬扱いってことは、これまた懐かしいやつデスネ。まだ生きていたトハ」

「こちらの台詞です」

「で、あなたの目的はなんデス? あなた、人に監視させるなんて、手間な上に意味も無いことをする奴だった覚えはアリマセンガ」

「―――」

 声が、頭に響いた。明確な声であったかどうかは分からない。ただ、響いた。

「……ナンデス? 今ナンテ」

 当惑する女の隙。そこを狙う。

「があ!」

 俺の声は既に人ではなく、姿もまた人では無くなりつつあった。意識も、強靭になっていた。逃げる? 何を馬鹿な。訳の分からない移動をする女だ。その程度にビビる必要があるか?

 俺の伸ばした手を、女は紙一重で回避する。が、携帯は守り切れない。俺は、俺の携帯を破壊したのだ。

「ナルホド。さっきのはコマンドワードって訳デスナ。人を巻き込むのは感心しないデスナー」

「うぐるるる」

 さて、どう料理してやろうか。俺は獰猛な顔で女を睨む。対する女は泰然自若。特に焦りは見えない。

 と。

「逃げマショウ」

 言うなり、女は逃げだした。素早い動きだったので、虚を突かれる。

「逃げるな!」

 俺はすぐに追いかける。女は人間離れした跳躍で階段を飛び降りていく。俺もそれに付いていく。体が軽い。それなのに、力強い。気分が高揚してくる。なんだあの女。妖怪と言った癖に。ちゃんちゃらおかしい。

 俺は追いかける。女は逃げる。

 俺は追いかける。女は逃げる。

 と。

 一人、少女が道に立っている。あの、サティスファクションとかいう女の家に居た、ポニーテールの女学生。その横を、金髪の女は通り過ぎていく。

「丁度いい所に! 任せマスヨ!」

「僕はただ帰ってただけなのに、巻き込まないでほしいな」

 そう言いながらも、ポニーテールの少女は俺の前に立ちふさがった。

「まあ、半付きが害を及ぼさない内に、か」

「邪魔だ!」

「邪魔しているからね」

 そう言うと、少女は右手を上に、そして下に。すると、いつの間にか刀が姿を現した。そして、ぃんと音を立てる。

「……参る」

「ごあああ!」

 俺は、少女を砕こうと、思いっきり両手を振り上げ、振り下ろした。道路にめり込む程のそれは、しかし少女には当たらない。少女は、するりと自然に動き、俺の横を通り抜け、その過程で刀で俺の体を薙いだ。

「あ……」

 一瞬、俺は痛み、血、死を覚悟した。それくらい確実に死をもたらす動きだった。だが、そうはならない。代わりにあれだけ充満していた力が、抜けていく。

「あ、あ」

「とりあえず、とり憑いてたモノは切りました。反動があるので、しばらく動けないですけど、死にはしないので安心してください。それでは、僕も用がありますんで」

 そう言って、少女は去る。言う通り力が入らず、そのまま意識を失った。


 気が付く。そこはどこかの邸宅であるようだった。わいのわいのと声が聞こえる。

「今日は潜伏に付いて話していこうかと思うけど、聞く気はあるかしら、美咲?」

「あるよー。でも、潜伏ってなんかネガティブなイメージがあるよ」

「やられると、とても酷いことをされた気になっちゃうからね。ずるいって気持ちになっちゃうのも仕方ないよ」

「デスガ、ゲームの中で出来るとされていることをしないのは、はっきり言ってばかめ、デスヨ」

「まあ、するしないは個々人の裁量。でも、知識として知っておけば、それに対しての対処も出来るわ。ということで、今回は“潜伏を理解すればイカしているかもよ?”ってことでやっていきましょうか。まず潜伏の基本知識。城は分かっているかしら」

「それは分かる。『スプラトゥーン』は塗ったインクの場所に“潜る”事が出来る。そうすれば、動かない限り見た目で場所が分からない。それを利用して、いい位置に居て待ち伏せする。そういう戦法だ。僕はちょっと好きじゃないな」

「城が嫌っているノハ、チャージャーだとそれが出来ないからという部分も大きいんデショウネ」

「否定はしない」

「それはさておき、城の説明では70点ってところね。いい位置、というのがどこかが明確ではないわね」

「具体的にはどこがいいの?」

「基本、物影か角がいいのデスヨ。相手が撃ってきても当たらない場所、というのが重要デス」

「物影も、例えば高台の下の死角とかもありね。そういうところに潜んでおくのが、“潜伏”の基本よ」

「基本があるなら応用があるのかな?」

「そうね、時間配分のバランスとか、あるわね」

「時間配分、というのはつまり、どれくらい潜っているか、ということか?」

「そうデスネ。潜って待つのは行動としては強いデスガ、このゲームは塗るゲーム。潜り続けていては塗ることは出来ないので、当然潜り続ければじり貧デス。何時、何処に潜伏するかを考えるのが重要ナノデス」

「前に画面を見るって話はしたと思うけど、この潜伏もこの画面を見るのが重要よ。塗られ始めている辺りは相手がいる辺り。そう言うのが無いのはいない辺り。その辺が分かれば、潜伏も捗るわ」

「安全な場所で潜伏中ならゲームパッドを見る余裕もアリマスカラネ。あまり見過ぎて画面を見ないのもいけませんが、瞬時に状況を見る為に潜伏する、というのもまたありデス」

「どれくらい潜っているか、というのはどこで潜るかで大体決まってくるわね。基本的には相手近くで潜伏して、すぱっと終わらせるたいところね。長期的に潜るということは、相手が来ない、ってことだからつまりそれなら場所変えた方が正しいわよね」

「ガチマッチなどでは、有利な地点で長期的に潜って倒して潜って、もアリマスケレドモネ」

「後は、潜伏に向いたブキというのも話しておく必要があるわね」

「基本的にキルタイム、倒す速さデスネ、これが早いブキが当然強いデスネ。これについては色々ありますが、早いと言われるのはカーボンローラーとか、ボールドマーカーなどの近距離型武器デスネ」

「カーボンはえぐい。あれはえぐい」

「確かに、あの速度でやられるの、えぐいよねえ」

「カーボン側としたら、射程が届かない所で撃たれる方がえぐいんだけどね」

「対処法の方も話しておきまショウカ?」

「それは聞きたい。僕はいつも引っかかるんだ」

「チャージャーだと引っかかったら対処難しいわね。まあ、それ程難しくないんだけどね、対処法」

「簡単なの?」

「わりとね。基本的にただ、きっちり塗るの」

「……バカにしているのか?」

「わりと本当のことよ、城。きっちり塗って、相手の動きを制限すればいいの。それが一番有効よ。相手が角とかに居ても、その周りはある程度は塗れるでしょ? それで相手の出方を待ったり、あるいは塗っておいているのを活用してヒット&ウェイしておびき出すとか、あるいはボムが大変有効ね。相手は動かざるを得ないから。そういうのがあるブキを選ぶのも重要でしょう。まあ、そういう立ち回りが必要ね」

「チャージャーだと厳しいんだが」

「あるいは、敵が居そうな所に攻めないのも、チャージャーなら必要な思考なんじゃないデスカ? 角に対していい位置で撃つ、でも大分違ってくるんじゃないかと思うんデスケドネ」

「さて、大体の話はこれくらいかしら。分かったかしら、美咲?」

「とりあえず、角とか物影は注意すべきだね、ボムがあれば投げておく。そしてやる時は当然そこで、倒すのが早いブキだとより有利。ってことなのかな?」

「大体理解した様ね。じゃあ、早速プレイの方に……、うん?」

「どうしたの、都ちゃん?」

「ああ、気にしないで。ちょっと中座するだけだから」

「ああ、それならワタクシも」

「……加減しろよ」

「?」

 そこで、襖が開いた。目の前には、多彩の黒髪の女。その後ろに、先の金髪女がいる。どちらも好奇の目だ。これから、何が起きるのだろうか。逃げようにも、体が脱力して、起き上がることも出来ない。万事休すと言える状況だ。

 入ってきて襖を閉める、黒髪の女。一緒に入ってきた金髪の女が、俺に言う。

「サテ、我々としては、知っていることを教えてもらいたいのデスガ。なんであそこで潜伏していたのか、とかデスネ? でも先の素ぶりでは全く知らない可能性が高いデスヨ、サティスファクション」

「まあ、ちょっとくらいは情報になることを知っているかもしれないわ。だから、直接、見てみるわね?」

「何を」

「痛くないから、安心しなさいね?」

 そう言うと、黒髪の女は横たわっている俺に近づき、顔を近づけ、そして両の目で俺の目を覗きこんできた。

 瞬間、頭の中に色々な記憶が巡るのを感じる。それがぐるぐると回り始めるような錯覚を覚える。頭がぐらぐら、ぐらぐら。

「どうです、サティスファクション」

「最初の接触の時に、こっそり半妖をくっつけられてるね。ってことは、やっぱりあいつか」

「デショウネ。でも、目的が分かりマセン」

「監視させることにどう言う意味が、というのはこの人は知らないみたいだね。そこもあいつらしい」

 なにやら言う二人の声を聞きながら、俺は意識を失った。


 気が付くと俺は俺の事務所の前で倒れていた。訳が分からない。さっきまでの脱力感はまだあるが、動けないでもない。起き上がり、事務所のドアを開く、その前に気付く。事務所のドアに張り紙だ。

“潜伏はうまくやらないといけないわよ?”

 と書いてある。それは、誰からの金言かは知らないが、俺はそれを然り、と思うのだった。

ちょっと小説っぽい感じになったですが、“潜伏”のお話。わりと強い行動で、ヘイトも溜めやすいですが、長所短所を知っていればそれも選択肢として使える、という感じでしょうか。

さておき、この話どう閉じるべきかなあ、とか考えてますが、なんか変に終わらなくてもいいかもなあ。

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