第10話「上手く倒せる動きが出来たら余計に面白くなるかもよ?」
風靡な邸に、ゲーマー妖怪がいた。サティスファクション都である。
「妖精ね」
サティスファクション都は今日は縁側にいて、茶菓子と共に日本茶などを飲んでいた。外の陽気はうららかであり、そこにひなたぼっこするサティスファクション都は気持ちよさそうであった。これがジャージ姿なのが減点ポイントではあったが。
「春ねえ」
「そうだねー」
隣の犬飼美咲がそう答える。本日も学校帰りに遊びに来ているが、今日はゲームをするではなく、一緒に茶飲みの会としゃれこんでいる。栗毛が優しい風に揺れる。
庭にある木々の緑も壮観になり始めていて、この間までは花をつけていたことを思うと、時節の移り変わりを感じさせていた。そして暖かい。
「うーん」
美咲が背伸びをする。そしてそのまましおしおと後ろに倒れ込む。
「眠い」
美咲の言葉に、サティスファクション都はくすりと笑う。
「そうね、気持ちはわかるわ、美咲。でも、いくら向こうが壁だからって、スカートの中が見えるような態勢に入るのはどうかと思うわ。壁に耳あり障子に目あり、よ?」
がばりと起きる美咲に、サティスファクション都はまたくすりと笑う。
「いやでも、そんな人居ないでしょ? 都ちゃん狙いならいるかもしれないけど」
「そんな奴はそれこそいないわよ。いても……」
サティスファクション都はにやりと笑む。美しいが凶相と言える表情であった。初見な人なら十分に怯える顔だが、付き合いの長い美咲は怖いなあ、程度である。
「まあそれはさておき。美咲は案外、そう言う機微に疎いのが問題よねえ」
「? そんな事は無いと思うんだけど」
「そう? じゃあ、私が美咲、あなたにどういう気持ちを持っているかも知っているのかしら?」
「……へ?」
サティスファクション都が、湯呑みと茶菓子の置いてあるお盆を、自身と美咲の間から除ける。そして、すすっと近づき、顔を近づける。
息がかかるくらいの距離。サティスファクション都の息は、暖かく、仄かな甘みすら感じるものだった。表情も蟲惑的とすら言えた。
端的に言って性的な意味で狙っている雰囲気が出ていた。
その雰囲気に、美咲は呑まれそうになる。特にそう言う方向性がある訳ではない美咲でも、その美しさと匂いに酔いそうだった。
「美咲、私が嫌いかしら?」
「えと、それはその、嫌いじゃないよ?」
「なら、いいでしょう?」
「いや、何がいいのか分からないんだけど!? そういう許可出した訳じゃないよ!?」
「嫌いじゃないならいいじゃない」
「そう言う意味じゃないよ!」
「でも、いいじゃない?」
美咲の上に、のしかかるようにするサティスファクション都。顔の近さも依然変わりなくである。
「駄目なの?」
「駄目というか悪いというか」
「それは、私が妖精だから?」
「そういうのじゃなくて、その、性別的な意味で」
「男だったら、上に乗られてもいいって言うの?」
「いやそういう意味でも」
「じれったいわね。すぐに済ませてしまいましょう?」
「いやだから!」
という唇に向かって、サティスファクション都の唇が進む。
あわや!
というタイミングで、サティスファクション都の姿が美咲の体からすっと離れる。あまりに唐突だったので、覚悟を決めていた美咲は面食らう。
と。
その鼻先を、一迅の風が通った。その風は実体を伴っていた。
刀である。
そして声がする。
城茂美だ。
「何をするつもりだったんだ、都くん」
「ふふ、見て分からなかった?」
サティスファクション都の挑発的な言葉に対し、茂美の表情は堅い。努めて冷静を装っているのが丸分かりだ。だから、それをサティスファクション都は面白がり、挑発を続ける。
「もう少しで、美咲の淡いつぼみを頂けたのに。興を削いでくれるわねえ、城」
「都くん。あまり僕を怒らせない方がいい」
茂美の顔はやはり堅い。堅さが、その怒りを表している。サティスファクション都は、その堅さ具合から、そろそろ本当にヤバいと理解し始めた。顔に突きつけられた刀の放つ力も上がっているのがひしひしと感じられる。
ちょっと調子に乗り過ぎたわね。
サティスファクション都は自省し、悪びれる。
「……ごめんなさい。ちょっと美咲が可愛くて、ね?」
「……それは否定しないが、冗談にしては度が過ぎているぞ」
「そりゃあ、半分ほどは本気だったし」
「貴様ぁ!」
刀が閃き、サティスファクション都を捉える、その寸前でぴたりと止まる。間に、美咲が入ったからだ。
「美咲。離れるんだ。禍根を断つ」
「いや、でも、あたし」
一旦区切り、そして言う。
「都ちゃんが嫌いじゃないし」
「……」
「……」
しばし沈黙が場を支配する。が、すぐに、サティスファクション都がくすり、と笑う。
「ほら。可愛いわよ?」
「……あーもう! 君の甘さは何時か酷いことを起こすよ! 注意することだよ、美咲!」
「それはもう、留意するよ」
「はあー」
盛大な溜息をする茂美。その表情に堅さは無くなっていた。
「もういいや。なんだか変にくたびれた。なんか憂さを晴らしたいから、『スプラトゥーン』させてもらうぞ」
「サブアカならいくらでもどうぞ」
「けっ」
茂美はらしくない舌打ちをすると、ゲームプレイを開始し始めた。
「さて、美咲。今日は茂美の動きを見ながら『スプラトゥーン』の話をしていきましょうか」
「今回はいつもと趣向が違うね」
「偶にはね? さて、茂美の動きを見てどう思うかしら」
「珍しく短い射程のブキでぶいぶい言わせてるね」
見れば、茂美は“わかばシューター”で機敏に動いていた。その動きは常はチャージャーを使っているとは思えない、的確なものだった。
「美咲、最近は動けるようになって、塗れるようになってきたけど、行き詰まりも感じてるんじゃない?」
「よく分かるね。そうなんだよ。相手を中々倒せなくて、その分やられてるよ。どうすれば上手く戦えるか、っていうのが分からないんだよね」
「なら、茂美の動きは参考になるはずよ。ほら、見なさい」
その言葉に画面を見ると、茂美が目の前に居るが少し距離のある相手に対して、前進しながら射撃し、近づいて倒していた。
「まずレッスン1ね。あれが前進撃ちよ」
「まんまだね」
「凝る必要が無いし、今ここで決めた暫定的なネーミングだからね。そして解説する程細かい話はないわね。撃ちながら前方移動して、射程内まで接近する撃ち方よ。『スプラトゥーン』というゲームは、画面の中央に相手を入れるとある程度自動で照準が合うから、それをしやすくする為に前進するやり方、とも言えるかしらね。相手が大きくなればその分中央に入る部分が大きくなるから。そして、これ単体だけでするんじゃなくて、……ほら」
画面を見れば、茂美はスプラッシュボムを投げていて、それを回避に動いた相手に対して、前進撃ちを行い、これを撃ち倒していた。
「ああやって相手の来る方向を制限して、そこに突っ込むというのも前進撃ちの使い方よ。射程差を埋める使い方と言えるでしょうね」
「わりと解説することあったんじゃないかな」
「そうね。それはさておき、レッスン2。あれよ」
画面を見れば、茂美はローラーの接近に対して、下がりながら射撃をしていた。ローラーは接近し切れず、振りで攻撃しようとするが、一歩及ばず撃退された。
「あれは引き撃ち。下がりながら撃つ技術ね。これも特に行動自体は難しくないわ。相手を中央の照準に入れるようにして、下がりながら撃てばいいだけ。茂美はローラー相手に使っていたけど、これはこちらの射程が相手に勝る場合に強い行動よ。相手より射程が長いブキなら、相手の前進撃ちに対しても有利な状況が作れるわ」
「そうなると、射程の短いブキは大変だね」
「そうね。逆に言うと、射程が長いブキの利点の一つとも言えるわね。短射程でも、さっきの茂美みたいにローラーに対してすることもあるわね。相対射程差があるなら、使い易い、と言っておきましょうか。まあ、移動速度とかの兼ね合いもあるけど、そこも知っておくと有効な手段よ。覚えておくといいわ」
で、次は、と画面を見るように示せば、茂美は横に移動しながら撃ちこんでいた。それだけで、茂美の操作キャラにダメージは無く、というのにするりと相手は倒される。
「レッスン3。あれが横撃ちね。横に移動することで攻撃を回避しつつ、相手に撃ちこんで倒す技法よ」
「言うだけなら簡単そうに聞こえるけど」
「そうね。その予想通り、結構熟練がいる技術よ。横に移動しながら相手を中央に置くように照準を合わせる必要があるから、細かいゲームパッド操作を必要とするわ。とはいえ、出来ると相手の射撃をさっきの茂美みたいにするする回避しつつ相手を倒せるから、かなり戦えるし生存率もアップするわ。練習する価値はあるわね」
「これは練習はためし撃ち辺りでやるのがいいのかな?」
「最初はそれがいいでしょうね。まずはデコイがたくさんあるところの、簡単には壊れない大きいやつを使うと、使い方のコツがつかめるようになるわ。それから、すぐ壊れる小さいので感覚を掴むといいわね。とはいっても、やっぱり動いている撃ってくる相手にやることだから、そういう練習と並行して実戦でも使う、というのがやっぱりどうしても必要になるわ。まあ、一朝一夕で身に付くものでもないから、気長にやるいいわ」
「うん、頑張ってみる!」
「さて、それ以外に見ておきたい動きを、茂美、ジャンプ撃ちしないの?」
「さっきからなんか言っている程度ならいいが、口出しはしないでもらおう」
「美咲が見たい。だって」
「……仕方ないな、使える所で使ってみるから待ちたまえ」
ちょろいなあ。とサティスファクション都は思うが口にはしない。
茂美がキャラを操作する。と、キャラが相手のキャラとばったりと遭遇する。至近距離。引き撃ちする間も無い。
と。茂美の操作キャラが不意にジャンプした。相手のキャラが一瞬動きが鈍る。そして、その隙を茂美のキャラは突き、あっという間に撃退した。
「あれが、ジャンプ撃ち?」
「そう。レッスン4ね。単にジャンプして撃つからジャンプ撃ちよ。利点は相手の照準を縦に突如ずらすことでインクを回避するテクニックね。これは特にフデ系のブキがしていることだから覚えはあるでしょ?」
「ああ、あれも一種のジャンプ撃ちなんだ。確かに妙にこっちの攻撃を当てにくいね、あれは」
「そういうことね。ただ、ジャンプ撃ちをすると地上で撃つよりも集弾性が悪くなるのが難点よ。素早く倒せない場合が出てくる訳ね。それとジャンプすると着地まで横とかに動けないから、突然のボム系にやられたりもするの。だから無闇に飛ぶよりはさっきみたいに咄嗟の時にするのが効果的ね」
「成程」
「よし、勝った」
見ていると、茂美の操作するキャラのいるチームが勝利していた。塗り面積のパーセンテージを、サティスファクション都は見て、一言。
「……なんでかなり微妙なのよ」
「普段使わないブキなんだから、むしろあれだけ動けたことを評価して欲しいな!」
「だったら普段から使うブキでいいじゃない」
「猪突猛進したい気分だったんだよ!」
「……猪突猛進したい、でこのキルレートなら、まあ大したものね」
そうだろう。と茂美は薄い胸を張る。
「というか、一回もやられてなかったんだ」
「そうだよ。いい腕だろう?」
「二回ほどバリアに助けられてたけどね」
ドヤっとしていたところに冷や水を掛けられ、茂美はむっとサティスファクション都を睨む。
「それで済んだのも腕の内だ」
「はいはい、そういうことにしておきましょうね」
茂美は尚も憮然としているが、サティスファクション都は無視をして、美咲に問い掛ける。
「さて、美咲。今回の、戦う動きについては大体分かったかしら?」
「うん。前に詰めながら撃つ、下がりながら撃つ、横に移動しながら撃つ、ジャンプして撃つ、だね。画面の中央に相手がくるようにするのが、全部の肝みたいだったけど」
「そこが分かれば問題なさそうね」
「ただ、どれにも言えるが、彼我の射程が分かっていないと効果は出ない。そこを身につけるのも重要だぞ」
「分かった。その辺も含めて、練習してみるよ」
「なら、早速ね。茂美、美咲に代わってあげなさい?」
「君の指図だと嫌だと言いたいが、美咲の為ならしょうがないな」
ちょろいなあ。とサティスファクション都は思うが、当然口には出さない。
「さて、美咲。まず横撃ちの動かし方だが……」
そうやって一緒にゲームをし始める美咲と茂美を見ながら、サティスファクション都は既に戻してあったちゃぶ台の湯呑みを傾ける。
そして、言う。
「ということで撃ち方の話はこれまで。次回はそろそろ美咲のランクも20になったようなので、もう一度ブキの話をしてみようかと。ブキ選び回上級編になるのかしら? まあ、どうなるかは情勢を見ながら、なので果たして」
「都ちゃん、横撃ち難しいー」
「ああ、美咲。それはゲームパッドの動かし方が悪いのよ」
虚空を見ていたサティスファクション都は、美咲の声を聞くとそう言って、ゲームの輪の中に戻っていった。
ということで、倒し方、つまり撃ち方の話でした。倒すばかりが能じゃないゲームですが、でも倒さないといけない場面は当然あるので、その辺をどうするのか、というのを書いてみました。まあ、世間的に言われていること以上であるかというと難がある気もしますが。
さておき、次回はもう一回ブキの話をしておこうか、という感じですね。前回はランク10までのブキの話だったので、ブキの最高ラインであるランク20辺りは話せていなかったので、これをいっちょ書いてみようかと。長くなりそうだ……。




