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第二章『愛戦争、勃発』(2)

     ◆ ◆ ◆


「俺からでいいのか?」

「うん、だって今日は私が誘ったんだし。先に遼平から」


 だいぶ混雑した人混みの中、二人の会話を一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてる奇妙な追跡者達がいる。



「『遼平くんから』って、何のことかしら?」

「何か目的があるようやな……ユリリン、何やと思う?」

「まだ何とも言えないけど、もしかしたら……」


 「いや、でもまさか……」と何かに戸惑う友里依を、真が不思議そうに振り返る。彼の左手には、隙あらば逃げようとする澪斗の両腕ごと胴体を縛り上げている縄。


「貴様ら……俺にこんなことをして、タダで済むと思うなよ……大体、何故休日に俺がこんな……こんな……」


 小さく震えながらブツブツ呪いの言葉を呟いている澪斗なんかお構いなしで、夫婦は遼平と希紗を見失わないように一定の距離を保って追い続ける。



「すっごい数の人混みよね〜、遼平、大丈夫?」

「一応耳栓してはいるがな……やっぱり人間が多い所はうるさくて敵わねぇ」

「人が多すぎて迷子になりそうだしね〜」

「ガキじゃあるまいし、その歳で迷子になるなよ? ……こっち来い」


 そう言って不意に腕を伸ばした遼平は、希紗の手を握る。雑踏に揉まれながら、二人の距離はぐっと近くなる。


「え、遼平っ?」


「こうすりゃはぐれねぇだろ?」


 軽いふざけたにやけ顔で、悪戯っぽく遼平は笑っていた。




「「ああああぁあああっ!?」」


 バカップルの叫びも、さすがにココでは掻き消されていく。クリスマスの音楽が大音量で流れるこの雑踏の中では。


「み、見たっ、シンっち!?」

「バッチリ見たがなっ、ユリリン!」


 飛び跳ねて興奮している二人から、なるべく無関係の他人に見えるように澪斗は一歩退く。


「澪斗っ、見たか!? 遼平が希紗の手をっっ」

「……見たが、それがどうかしたのか?」

「『手を繋ぐ』っていうのはね、恋人関係の第一段階なのよ!?」

「……逢引なら、おかしくないのではないか?」

「あんた、ちっとでも心が痛まんのかァ!?」

「だから、何故俺なんだ??」


 ここまで言われてもわからないのか。己への好意など一ミクロンほども感じとれない澪斗は、『鈍感』を過ぎてもはや『悪人』である。


「シンっち、阿修羅貸して……一度斬り殺して澪斗くんの目を覚まさせてやるわ……!」

「ちょっ、ユリリンあかんって! 阿修羅はもう人を殺さんと誓っ――」

「乙女心がわからない鈍感野郎は『人』の資格無しよーっ!」

「ユリリンっ、人格変わっとるっ、キャラ変わっとるって! こんなトコで阿修羅抜刀せんといてー!」


 夫の腰から木刀を抜き、更に抜刀しようとしている妻。澪斗は、真の腕から繋がっている縄の束縛のせいで逃げられない。


「友里依、ま、待て、俺が何をしたというんだ!?」

「何もしないのがいけないのよーっ!!」

「何故だー!?」


 腕ごと腹部を縛り上げられている澪斗は、銃を手にすることも出来ない。そんな彼の上半身を蹴り倒し、友里依は仰向けになった澪斗の顔横数センチ地面に、黒刃を突き刺して。



「最後まで見届けるわよね、澪斗くん?」



 超極上の笑顔で言い放った。刃を顔へ向けたまま。



「…………あ、あぁ……」



 澪斗、敗北。


 その返事に満足したのか、友里依は何事も無かったかのように阿修羅を鞘に戻し、夫に返す。真は引きつった笑みでそれを受け取り、澪斗を縛っていた縄を解いた。「……今度ユリリンが抜刀したら、本気で逃げてや」と囁いて。

 運良くまだ遼平達はゆっくり歩いているだけで、見失っていなかった。また、彼らの会話に神経を研ぎ澄ます。




「なぁ希紗、どんなモノがいいんだ?」

「私はカワイイ物がいいな〜。でも、もう子供っぽい物じゃなくて、ちょっと大人びた物がいいかな」

「よくわかんねぇよ。店も多いし……お前が適当に選んでくれ」


 まだ二人は手を繋いだまま、ゆっくり街路を歩きながら道ばたの店を見てまわる。そこで、周りの店とは少し雰囲気の違う道角の店を希紗が指差す。西洋風の、少し洒落た店だ。


「『メロディー・ギャラリー』? なんだよ、ココ」

「遼平から贈るんだったら、コレが一番よ! 私、ココがいいな」


 希紗は自信を持った笑みで、その店へと遼平をつれていく。丁度店内はガラス張りで、中の様子が観察できた。




「や、やっぱり……!」

「ユリリン? どないしたん?」


「シンっち、コレは…………クリスマスプレゼントの贈り合いよ!」


「プレゼントの贈り合いやて!?」


「これは絶対そうよ! イヴの日にデートして、お互いでプレゼントを選び、夜に交換する! クリスマスデートの王道よ!」

「そこまで発展してたんか……」


 いつの間にそこまで恋仲を発展させたのであろうか。同じ死線を潜り抜けてきた仲間には特殊な感情を抱く、と言われているが……。


「ところであの店……何を売ってるのかしら?」

「……看板に、『オルゴール専門店』と書いてあるぞ」


 今まで沈黙を守っていた澪斗が、初めて自ら口を開いた。彼が指差した店の前の立て看板には、確かに『オルゴール専門店 メロディー・ギャラリー』の文字。


「なるほど……遼平やから音には敏感やろうし。希紗の言うことも合っとるな」


 店の横のガラスから顔を覗き込み、店内の会話を聞き取ろうとしてみると。




「充電するタイプから電池式……まだネジ巻き式のもあるのね」


 色とりどりのオルゴールが並ぶ棚を、希紗が物珍しそうに見る。遼平はそんなに興味深そうに見たりはしなかったが。


「オルゴールなら、ネジ巻き式でいいだろ」

「え、でもこのタイプが一番値段が高いわよ?」

「値段なんか気にしねーよ」


 遼平宅の家計は居候共々大食いなせいで大抵は火の車状態。そんな彼の意外な発言に、「「なにぃぃ!?」」と声を押し殺してガラスにへばりつく不審夫婦。


「コレなんて良くない? この白いの」


 大きめのコンパクトのような、純白のオルゴール。ネジを巻いて開くと、甘い音楽が流れ出し、天使の細工が踊る。


「曲名は何かしら?」

「値札に書いてあるぜ。えっと……『愛しい君へ』?」

「へぇ〜、ロマンチック〜」

「……けど、コレは却下だな。俺に合わねぇし……白いし」

「え〜、なんでよぉ〜」


 希紗の手のひらの上にあったオルゴールを遼平は棚に返し、他のを物色し始める。そしてふと、青い箱形のオルゴールを手にした。

 しばらくじーっと見てから、ネジを巻いてみる。箱を開いてみると音楽が鳴り出し、鏡に星が流れる様が映った。



「あ、コレもキレイ! 曲名は……『ずっと傍にいるから』、だって」



 青というよりは爽やかな蒼に近く、もの悲しい旋律を流すオルゴール。それを遼平は黙ったまま一曲分聴いて、そっと優しく閉じた。


「……コレにする」

「え、他のも見なくていいの?」


 大きな手で大事そうにオルゴールを包み、遼平はレジへ向かいながら口元を引き上げる。



「だってコレが一番、俺達らしいだろ?」



 まるで蒼波の唄を歌っている時のような、優しげな笑みだった。





「あの遼平くんが……!」

「あんな風に笑いおった……!」


 店のガラス窓に両手を押しつけた夫婦は、それだけ口にした後、絶句する。店内では、精算してプレゼント用に包装されるオルゴールを眺めている遼平。そんな彼を微笑ましく見上げている希紗。


「澪斗くんも見てよっ、あの遼平くんの優しそうな表情!」

「……見えている」

「どう思う!?」

「…………気色悪いな」


「「そっちかよ!!」」


 さすが、関西人の夫を持つ夫婦。ツッコミが見事に揃う。

 そんな賑やかな彼らに気付いた、長身の男がいた。




「ハ〜イ、ロスキーパーの皆サン、こんな所で会うナンテ奇遇だネ〜」


「貴様は……!」


 純白の神父服をまとった二メートル近い長身の白人は、人混みの中でもよく目立つ。銀色の十字架をネックレスのように下げ、片腕に茶色い紙袋を抱いていた、彼は。



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