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第二章『愛戦争、勃発』(1)

第二章『愛戦争、勃発』



 容赦ない北風に、純也は思わず首を縮める。マフラーに顔をうずめて、真っ白な息を吐いて。



「ふざけてんのかテメェ! 何か言えよ!」


 ふと街中で聞こえてきた、荒々しい声。そちらに顔を向ければ、パチンコ屋の前で白昼堂々、強面の男達が誰かを取り囲んでいた。

 人も少なく、治安の悪いこの辺りではよくある光景なのかもしれない。表社会でも。通りかかる人々も巻き込まれないように知らぬフリで足早に遠ざかっていく。


「ご、ごごっ、ごめんなさいっ、すみません! 許してください……っ」

「お前、この人が誰だかわかってんのかぁ!? この人はなぁ、ここいらでは有名な――――」



「……有名な、誰なのかな?」


 不意に聞こえた子供の声と、直後の男の野太い悲鳴。

 何事かと若者達は振り返って、自分達のリーダー格であるその有名な人をアスファルトにねじ伏せている白銀の髪の少年に驚愕した。


「なっ、ガキっ? お前――」

「ごめんなさい、いきなり失礼なことして。大丈夫、どこにも怪我させませんから。……ココから一刻も早く立ち去ってくれれば、ですけど」


 男の巨体を片腕一本で地に押しつけている小さな少年に、誰もが畏怖を覚える。そっと優しく少年が男から手を離すと、即座に若者達は逃げ出していった。


「ばっ、化け物だぁっ!!」


「『化け物』、ね……」


 白い息と共に小さく漏れた自嘲は、誰が聞き取れただろう。俯いた少年は、悲しそうに少しだけ微笑んでいた。




「純、ちゃん……?」


 聞き覚えのある、若者の声。それに我に返って顔を上げると、先ほどまで若者にからまれていた人物が土下座したポーズそのままでこちらを見ていた。ウェーブのかかった赤毛に朱色の瞳を持つ彼が。


「あ……リンリン! ごめん、気付かなくて……大丈夫?」

「うん、助けてくれてありがとう! 俺、もう怖くて怖くて……」


 純也に『リンリン』と呼ばれているこの男、名を『りん李淵りえん』という(自称)泥棒である。一応は裏の人間だが、どうしようもなく小心者なのだ。


「こんな所で、どうしたの? どうしてあんなことに?」


 立ち上がった李淵は、サンタクロースの服に帽子までかぶっている。足下には大きなバスケット。


「俺、今は街中でカイロ配りのアルバイトしてるんだ。ほら、コレ」


 バスケットから取り出した小さなカイロは、裏面にカラオケ屋の宣伝が印刷されたものだった。冬場などによくある、ポケットティッシュならぬカイロ配りだ。


「あの人達にも配ろうとして近づいたら、いきなり睨まれちゃって……それでビビってうっかりカイロを投げつけちゃってね……」


 サンタのコスプレをした男が近づいてきた途端にカイロを投げつけてきたら、それは怒るだろう。「本当に怖かったよぉぉ〜」と涙ぐむ男に、純也は少し苦笑しながらも「もう大丈夫だよ」と手を握る。


「このカイロ、全部配るの?」

「う、うん。じゃないと今日は帰れないんだ」


 こんな寒空の下、細い身体を震えさせて、この二百近そうな数のカイロを配ってまわるのだろうか。その労働意欲に、純也は涙ぐましくさえなる。


「なんか、現代版『マッチ売りの少女』……みたいだよね」

「え、それ何かのお話?」

「うん、童話でさ、健気な女の子が必死に冬の夜にマッチを売ろうとして、それで……」

「最後はどうなるの?」


 ワクワクした希望の眼差しで先を促す李淵。確か、純也の読んだ絵本では。



「……女の子、凍死しちゃうんだよね……」



 …………。



「純ちゃぁぁぁああんっっ!」

「あぁっ、ごめんリンリン、ただのお話だから! 泣かないでっ、ほら、泣かないで! 僕も手伝うからっ」


 号泣して純也の身体に抱きつく李淵を、純也が必死に励ます。その痩せ細った身体を見て、純也は内心で(本当に凍死しちゃいそうだな……)とか思っていたが。


「俺死んじゃうのかなっ……誰にも知られずに、冷たいアスファルトの上で静かに息を引き取るのかなぁっ? 嗚呼、それできっと、春には俺の死んだ場所にヒマワリが咲くんだ……アスファルトに咲く花のように、俺の骨は道行く人に何度も踏まれながら涙の数だけ強くなって……うぅっ、ママー!!」


「……リンリン、最近栄養の有る物食べてないの? 落ち着いて、とりあえず春にヒマワリ咲かないから」


 頭に栄養が回っていないと思われる被害妄想錯乱思考に、純也はカウンセリングを施そうとする。精神科系統は苦手なのだが。




 十分後。


「どう、落ち着いてきた?」

「うん、俺はまだ生きてていいんだね……」


 無尽蔵な李淵の涙に、大苦戦した純也。そして、ある提案をする。


「こんな所で配ろうとするから、あんな風な表のガラの悪い人にからまれちゃうんだよ。もっと、明るい駅前とかに行こう? 僕も一緒に配るの手伝うからさ」


 裏社会の人間なのに表社会の不良に土下座しているようでは、やっぱり不安だ。純也がバスケットを持ち上げて、「ほらっ」と李淵に手を差し伸べる。


「俺、純ちゃんの優しさは一生忘れないからねっ、友達だもんね!」



「『友達』、か……ありがとう、リンリン」


 何故か李淵に礼を述べた純也の笑顔は、どこか悲しげだった。



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