第一章『愛の探偵団』(4)
◆ ◆ ◆
「コレを」
「……はいよ」
薄暗く埃かぶった狭い店内で、男がカウンターに銃弾のパックを置く。それをちらっと一瞬だけ見て、老店主は手元の新聞に視線を戻した。
代金など今更言われなくても充分知っている。男は細い指で財布から札束を抜き、銃弾パックの横に置いた。
「随分とご無沙汰だったじゃないかい。仕事が来なくなったかい? 消去執行人」
「……言ったはずだ、俺はその名は捨てたと」
「おや、そうだったかねぇ」と興味無さ気に札束を数え、常連客を虚ろな眼で見上げる。相変わらず淡緑色の前髪が目元を隠しているが、その奥の瞳には、確かに《色》があった。
「旦那ほどの人間が……人殺しが怖くなったかい?」
男は購入した弾丸を早速自分のリボルバー式拳銃に装填し、黙って出て行こうと店の扉へ歩んでいく。その沈黙は肯定の意なのかと、老人は思ったが。
「勘違いをするな。俺は《守護者》……それだけのこと」
漆黒のロングコートをまとったその姿は、あの瞬殺の悪魔と同じなのに。
明らかに彼の瞳には、感情の《色》、その光が戻っていた。この店に初めて訪れた時の心無き青年ではなく。
軋んだ音を立てて、扉は閉まっていく。それを眺める老店主の顔は、シワまみれで奇妙に歪んで。
「……またのご来店を、紫牙の旦那」
◆ ◆ ◆
裏路地から一歩踏み出せば、そこは虹色の光溢れる賑やかな繁華街。裏と表がどこまでも遠く、あまりに近い、今の東京の実態。
クリスマスムードなど澪斗が気に留めるはずもなく、ただストックの少なくなった銃弾を買いに来ただけなので、ウールのロングコートを整えて人並みを無表情で通過していく。今は仕事ではないので裸眼のままだが、それでも照準グラスを持ち歩いてはいる。
ただ彼が歩いている、それだけなのに周囲の女性から振り向かれ、視線を注がれる様は、やはり澪斗の美貌と空気が成せるワザなのか。本人はちらちらと見られて不愉快極まりないのだが。
「あれは……」
元・暗殺屋だから気付いてしまう、《気配を消している者の気配》。しかもよく見知ったバカップ……いや、上司とその妻だ。何をしているのか、まさに馬鹿らしく二人で蛍光看板に隠れている。
(……見なかったことにしよう)と澪斗は即決。あの、いかにも『厄介な事に首突っ込んでます』オーラに関わりたくない、と回れ右で百八十度回転。
足早に遠ざかろうとした、そんな時だった。
「あっ、澪斗くーん!」
見つかってしまった。
(聞こえなかったことにしよう)と、即判断。思いっきり地を足で蹴って逃走――!
出来なかった。
「「ふ〜ふふ〜ふふ〜!」」
不気味な笑い(?)声のハーモニーと一歩も動けない状態に振り返ると、両腕をそれぞれ真と友里依が掴んで黒い笑顔を向けてきているではないか。
「いいところに来てくれたわ澪斗く〜ん……」
「……離せ、友里依、真」
「逃がさへんでぇ、今日だけはなァ……」
「……貴様らから逃げられたことなど一度も無いがな」
どうやらこの状況は、挨拶だけでは済まされないらしい。明らかにこの夫婦は澪斗を何事かに巻き込もうとしている。
「とりあえず話を聞いてよ澪斗くん! 中野区支部の一大事なのっ!」
「何だと?」
そこでやっと向き直り、澪斗の瞳が《裏》のそれに変わる。悲しきかな、馬鹿がつくほど生真面目な彼。
「とにかく、アレを見て!」
アクセサリの多くついた友里依の腕……その指先が示すのは、一組の男女。
「希紗と……蒼波だと?」
「そうっ、そうなのよ澪斗くん! どうする!?」
「……何を?」
「よく見てみぃ澪斗! アレってまず間違いなくデートやで? 希紗と遼平がデートしとんのやで!?」
「……だから??」
「「あーもーっっ!!」」
本気で怪訝そうに首を捻る澪斗に、夫婦はこれ以上無いもどかしさを覚える。二人揃って地団駄を踏んで、澪斗を絞め殺すような勢いでロングコートを握り締めた。
周囲の一般人の視線が余計集まってくるので早くこの状況から逃げ出したい澪斗を背にし、夫婦は囁き合う。
「ねぇシンっち、澪斗くんまだ希紗ちゃんの想いに気付いてないのっ?」
「ダメなんよ、ほんまに恋愛には超鈍感なヤツで……」
「希紗ちゃん、想いが届かないことに自棄になって遼平くんなんかに手を出したのかしら……」
「せめて純也に行ってほしかったなァ……」
「……おい、これだけならば俺は帰るぞ」
「「帰るなァァァ!!」」
夫が澪斗の首もとに木刀を構え、それを回避するために後ずさった脚へ妻が抱きつく! 真の戦友である澪斗さえ逃れられない、愛の連携コンボ。
「このままじゃあまりに希紗ちゃんが不憫じゃないっ、相手があの遼平くんなのよ!?」
「あんたのせいでもあるんやで澪斗! 遼平は獣やで!?」
「はぁ?」
遼平、あまりの言われ様である。
「へくしっ」
「やだ、遼平風邪ひいたの?」
「いや、なんか違うと思うんだが……」
背後で散々な展開が繰り広げられているなど露知らず、遼平と希紗は歩いていく。抵抗の声をあげようともがく澪斗を押さえつけ、真と友里依は追跡を再開した。
「愛の探偵団、新たな仲間を加え、出発よ!」
「行くで澪斗!」
「……何故俺が……」
男の空しい呟きが、聞こえたとか聞こえなかったとか。