PL『白と朝陽』
依頼8《聖夜パニック!》セイヤパニック!
PL『白と朝陽』
珍しいくらいに、その朝は平和かつ静かに訪れていた。
台所で鼻歌混じりにフライパンを振るう少年が、片脚のターンで食卓に向き直って皿に卵焼きを乗せていく。予定通り、やがてトースターが食パンを焼き上げた音が鳴る。
一通りの朝食の準備を終えて少年が一息吐いた時、不意に個室に繋がるリビングのドアが開いた。パジャマ姿の紺髪の男が、あくびをしながらリビングに出てくる。
「あれ、今日は自分で起きたの? お休みだからもう少し寝てるかと思ったんだけど。おはよう、遼」
「あー、おぅ……純也」
ボサボサの頭髪を掻き乱しながら、まだ眠そうに遼平はそれだけ返す。低血圧で気分が優れないながらも、純也に八つ当たりするでもなく顔を洗いにいった。
珍しい特別休暇の日で、今日は支部ごと休み。それでも依頼が入れば緊急召集がかかるが、普段でさえ滅多に仕事なんか来ないのでその心配はいらないだろう。折角の休日、遼平のことだから一日中寝ているかも、と思っていた純也は僅かに驚いていた。
「少し時間がねぇな……。朝飯は?」
「そこにあるの、食べていいよ。ドコか行くの?」
「……ちょっとな」
何かに急いでいる遼平に、先程作った朝食を指差す。本当は純也の食事で、遼平のものは起きてから作るつもりだったのだが、察しの良い純也は何も言わずに譲る。だが、どう見てもその食事の分量は純也用だったが。
「俺、流石に朝からトースト四枚は食えねぇんだけど」
「いつも三枚は食べるじゃん。いいよ、残してくれれば僕食べるから」
「俺、いくらなんでも起きた途端に卵三つ分のスクランブルエッグは食えねぇんだけど」
「いつも卵二つ分は食べるじゃん。残してくれれば僕食べるから」
「……俺、これ以上背を伸ばす必要が無いから牛乳一リットルは飲みたくねぇんだけど」
「いいってば、僕が全部飲むか……って、なんか今の一言腹が立つんだけど! なに? それは僕にカルシウムを譲ってくれてるわけ? それが遼なりの柔らかい嫌味っ?」
頬を膨らます純也に苦笑して、トーストをかじりだす。水を注いだコップをわざと大きな音を立てて卓上に置く少年。パンが喉に詰まる遼平は、コップを取って水を流し込む。
「下手に頭いいと勝手に嫌味が聞こえて不便だなぁ、オイ。身長について自意識過剰なんじゃねーの?」
「遼にはわかんないよっ、背が伸びない僕の悩みなんてっ!」
「俺がお前の歳ぐらいの時はもう百七十はあったからなぁ。牛乳を毎朝一リットル飲んでるくせに伸びねぇなんて、返って不思議だな。成長魔王に『背の伸びない呪い』でもかけられてるんじゃねえの?」
「えっ、そんな魔王がいるの!?」
「おぅ。悪いことをするとな、子供の成長を妨げる魔王だ」
「えぇっ!? 遼が成長できたのに僕はダメなのー!?」
「……お前、俺がガキの頃から悪いことしてたってのは決定事項なのか?」
確かに間違ってはいないが。
やっぱり簡単に遼平の嘘に騙される純也は、人が良いのか子供っぽいのか。知性は高いが人を信じやすく、遊ばれることはしょっちゅうだ。
「僕何の悪いことをしたのかなぁ? どうすればいいのっ?」
「あー? そうだな……逆立ちして『鬼は外ー、福は内ー』って叫びながら町内一周すれば?」
「えっと逆立ちしてー……って、この体勢でそんなことしたら成長以前に通報されない?」
とりあえず逆立ちしてみて、逆さまに見える男の顔を訝しげに睨む。心底おかしそうな遼平のにやけた表情に、自分が騙されているのに初めて気付いた。
「あーっ、また僕に嘘ついたー! 遼のバカーっ、僕は本気で悩んでるのにっ! 遼がモテないことのコンプレックスぐらい悩んでるのにぃー!!」
「……お前さ、さっきから悪気無く人を傷つけるのやめろよな?」
本当に、間違ってはいないが。しかし事実こそ人を傷つけるものだ。
食べれるだけ食べていくらか朝食を残した遼平は、立ち上がって寝室に戻り、やがてラフな私服に着替えて出てくる。
「やっぱり出かけるんだ? どうしたの、こんな日に」
「特に何でもねぇよ。お前は今日、家にいるか?」
「ううん、炎在先生に呼ばれてるんだ。午前中だけね」
「……診察か?」
「あはは、それもあるけどあくまでオマケ。お使いを頼まれてるんだ。遼は気にしないで」
一瞬気にかけた遼平に、牛乳を飲みながら純也が笑って答える。「ふーん……」と受け流すような言葉を発しつつ、遼平は財布をポケットに突っ込んで時計を確認し、玄関へ向かおうとした。
「あ。そうだ純也、もし真から仕事の連絡来ても、俺は寝込んでるってことにしとけ」
「え、仮病使うの? 無理だよ、だって遼は病気になったことないじゃないか」
「そこをなんとかしとけっ。フグ食って食中毒おこしたとか、サソリ踏んで昏睡状態とか」
「……どこからツッこめばいいかわからないんだけど、とりあえずウチにはフグを食べる余裕も無いし、日本国内にサソリはいないよ?」
「な、なんか上手い言い訳作っとけよっ。頭いいんだろ?」
「遼の頭の良さ基準って、言い訳のレベル?」
なんだか空しくなって、食卓の上に吐息を零す。バカバカしいので言い訳は考えない。
「でもさ、そんなに大事な用なんだ? 珍しいよね、何の用事?」
「別に。お前には関係ねぇよ」
「……。そうだよね、いってらっしゃい」
遼平が誤魔化そうとしている用事を知りたかったのだが、プライベートに首を突っ込むのは無粋だと思い追及を止めた。少しだけ感じる寂しさを押し込めて、笑顔で見送る。
男は出ていき、アパートの部屋に一人残る。自分の朝食を再び準備し始めながら、ふと視線がカレンダーで止まった。
「今夜はご馳走でも作ろうかなぁ……折角クリスマス・イヴなんだし」
そんなものを我が家の同居人は喜ばないことをわかっていたが、それでも一人で呟いていた。たまには自分の為に、楽しみたい。クリスマスは子供の希望の日だ。
窓から望める空は、白に覆われていた。分厚い雲は北風に散らされることなく、朝陽さえ弱めさせて天を支配する。
白は今年も、少年に一抹の不安を抱かせた。