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EL『青と聖誕祭』(1)

EL『青と聖誕祭』



「おはよー、みんな!」


 中野区支部事務所に、純也の明るい挨拶が響く。いつもの遅刻の時間ではないが、それでも全員揃っていた。


「おはよう、なんだか嬉しそうね、純ちゃん」

「あれ、友里依さん? おはようございます、珍しいですねっ、どうしたんですか?」


 真のデスクの隣りに座っていた女性に、純也は首を捻る。友里依が事務所に来ることは珍しい。


「いや、二人のその後を……じゃなくて、シンっちとその〜……アレよね!」

「せ、せやなっ、アレやな!」

「……なんだよ『アレ』って」


 純也の後ろから、遼平も事務所に入ってきた。胡散臭そうな遼平の視線に、夫婦は固まる。大きな紙袋を持って上機嫌な純也とは逆に、遼平はあくびを連発してなんだか眠そうだ。


 話題を変えようと、真はぎこちなく純也に話を振ってみた。


「な、なんや純也、嬉しそうやなァ。エエことでもあったんか?」

「うん、あのね、サンタさんにプレゼントをもらえたんだ!」


 とても純真であどけない笑顔で『サンタさん』などと口にした少年は、紙袋の中から青くて箱形の物体を取り出す。真達は、ソレに見覚えがあった。


「「あ、ソレ……」」

「これねー、オルゴールなんだよ。とっても綺麗な音楽が鳴るんだ〜」


 真や友里依にも見えるように掲げるが、彼らはソレを既に見ている。昨日、遼平と希紗が選んで買っていたところを。




「ねぇシンっち、これってどういうことっ? アレが純ちゃんへのプレゼントだとしたら……」

「希紗はなんでや??」


 顔を近づけてヒソヒソと言葉を交わすが、疑問が解けない。




「そうだ、遼、これは僕から」


 思い出したようにまた紙袋をあさる純也に、遼平は「あ?」と自分のデスク前のイスに座りながら少年を見下ろす。

 少年が遼平のデスクに置いたのは、白い大きな箱。それを開けると、甘い香りがふわっと漂う。


「……ケーキ?」

「ちょっと早起きして、作ってみたんだ。紅茶のシフォンケーキ。……誕生日おめでとう、遼」


 市販されているのと同じくらい完璧な小麦色の丸いケーキを前にして、遼平は目を見張って純也に振り返る。純也は、満面の笑みで「おめでとう」と繰り返した。


「わーっ、純くんのケーキ美味しそう〜」

「相変わらず純也は器用やなァ」

「えっ、今日って遼平くんの誕生日だったの!?」


 希紗達も身を乗り出して純也の作ったシフォンケーキを覗く。そういえば今日、十二月二十五日といえば、遼平の誕生日。随分と似合わない日に生まれたものだと、よく他人に言われている。


「朝っぱらからやけに早起きして何かしてると思ったら……。ありがとな、純也」


「うんっ、お誕生日おめでとう!」


 望まれずして生まれ落ちたこの命を、今、目の前の少年に祝われている。その感覚は遼平にとって慣れないものだけれど、決して心地の悪いものではなかった。軽く少年の髪の上に手を置いてやると、それだけで純也は喜ぶ。




「遼平って、今日で二十二歳になるのよね?」

「そうだな。……あ」


 希紗の確認の言葉に、不意に遼平は何かに気付いた。そして、にやりと悪魔っぽく口元を引き上げて。


「そーだ、俺は今日から二十二歳だ! 紫牙っ、てめぇと同い歳だからな、もう年上扱いしねーぞ!」


 ずっと自分のデスクで黙って読書をしていた澪斗に、遼平は勝ち誇った笑みでビシッと指を差す。その言葉を聞いた澪斗は、軽く吐息を零してから本を開いたまま横目だけ一瞬向けた。


「……貴様から年上扱いを受けた記憶など、片鱗も無いがな。人間とは生きた歳月ではない、積み重ねた徳で優劣が決まるものだ。……まぁ、貴様のその天下も、所詮は今日限りだがな」

「あぁ!? どういう意味だよっ、紫牙!」


 澪斗が本の活字を追う視線は、止まっていない。それでも遼平の言葉を聞き取り、鼻で嘲笑って答えてやった。



「明日、十二月二十六日が、俺の誕生日だ」



「はあぁぁ!?」


「本当なのっ、澪君!?」


「あんた、誕生日が遼平と一日違いだったんか!?」


 うるさい周囲の驚きの声を聞いているのかいないのか、澪斗は涼しい顔で読書を続ける。普段の遼平を真似たのか、口元を引き上げて「せいぜい今日一日を楽しめ、蒼波」と皮肉たっぷりの言葉を。




「ねぇ……澪斗っ」



「……希紗?」


 いつの間にか澪斗の横に立っていた希紗に、澪斗が本から目を離して見上げる。希紗は顔をやや赤くさせながら、息を呑んで、澪斗を見つめた。



「一日早いけど、誕生日おめでとうっ!」



「…………は?」


 彼女が背中に隠していた紙袋を言葉と同時に突き出し、頭を下げる。澪斗はその紙袋と希紗の顔を交互に見て、混乱を隠せない。


「貴様……何故俺の誕生日を知っていた? 俺は今まで誰にも言ったことがないぞ」

「聖斗に……教えてもらったの、二人の誕生日。それで、昨日プレゼントを買ってきて……」


 いつもはうるさすぎるぐらい明るい希紗の声が、どんどん小さくなっていく。もう耳まで真っ赤にしている状態。

 目の前の急展開に、真と友里依は驚愕し、そして遼平に詰め寄る。彼の両肩から顔を出して、微かな声で。




「これってどーゆーことやねん、遼平! あんた昨日、希紗と一緒におったやろ!?」

「あぁ、一緒だったぜ? 変なやつらに跡をつけられてたけどな」


 まるで何でもないことのように、さらっと答える遼平。すると今度は友里依が。


「遼平くん、私達の追跡を知ってたの!?」

「……お前ら、本当に気付かれてないとでも思ってたのか?」


 今度は完璧に呆れた声で、遼平はため息を吐く。あれだけの大人数で騒いで、蒼波の耳に届かないほうがおかしいのだ。


「希紗に頼まれたんだよ、『男物の服を買いたいけどサイズがよくわからない』ってな。それで、紫牙と体格が近い俺が連れて行かれたわけだ。その代わりに俺は、純也へのプレゼント選びに協力してもらったんだよ」


 低い小声で、真と友里依にしか聞こえないように遼平は話し出した。


「い、いつからワイらに気付いてたん?」


「妙な音がするのはオルゴール店あたりで気付いていたんだが、確信を持ったのは喫茶店だったな。悪寒が走るような粘着質の気配を感じて……耳をすませてみたらあのカマ野郎の声がするじゃねーか。ぶん殴りに行ってやろうかと思ったが、希紗は全く気付いてなかったからな、やめた」


 どうやら遼平は、その特殊聴覚よりも梅男の発する粘着乙女オーラで気付けたらしい。……恐るべし、猛将スネーク・チャーマー。


「じゃ、じゃああのいかにもカップルみたいな雰囲気は何だったの!? ちょっと遼平くん、そこのところ、詳しく説明しなさいよぉぉ!!」


 両肘を組んで背後から首を絞める友里依に、遼平が「ちょ、ぐぁっ、息が……」とかうめき、真が「ユリリンあかん! プロレス技かけたらあかんって!!」と妻を制止させようと必死になる。

 意識が遠のきながら遼平は「せっ、説明するから……」と、か細い声を出してギブアップのサインをする。それに頷いて、「わかりやすく、ね?」と黒い笑顔をする友里依に、一体世界の誰が敵うだろう。


「……お前らの中に、紫牙の野郎がいたろ?」

「い、いたけど……だから?」


 煙草を片手で取り出し、くわえてライターで火を点けながら面倒臭そうに遼平は話し出す。……が、そのまま友里依達の視線を、両者固まったままの希紗と澪斗に向けさせて。






「俺に……コレを……?」

「ダメ、かな……その……澪斗には白いセーターとか似合うと、思ったんだけど……」


 紙袋を受け取ってくれない澪斗に、希紗は不安そうな顔つきになっていく。澪斗は澪斗で、予測不可能だった事態に硬直しているだけなのだが。


「だが俺は、貴様を……」

「え……?」

「貴様に恨まれても当然の男だ、俺には……」


 不思議そうな視線を向けてくる希紗から、澪斗は目を逸らす。淡い緑の前髪で表情が見えないが、唇を噛み締めているような。


「恨むって、何のこと?」

「……」


 いつまでもプレゼントを受け取ろうとしない澪斗に、希紗が涙目になっていくのがわかる。その目線に、澪斗は言葉が詰まり、自分自身の感情がわからなくなってしまう。


「や、やっぱり嫌かな、澪斗は人から贈り物を貰うのって……」

「そういうわけでは……。本当に俺でいいのか、希紗?」

「だって、明日は澪斗の誕生日だもの」


 はにかんで微笑みながら、希紗はもう一度紙袋を突き出す。しばらく考えるような間を置いてから、やっと澪斗はゆっくりとソレを受け取って。


「……礼を言おう、希紗。その……日頃の働きも、今更だが…………感謝している」


 澪斗らしからぬ発言に希紗は驚き、そしてやがて笑みを零して「どういたしましてっ」と嬉しそうに。






 事の成り行きを唖然と見ていた夫婦を我に返したのは、紫煙を吐きながらにやつく男の小さな声。


「……あいつらは、揃って不器用で鈍いからな。特に紫牙の野郎は。少しぐらい背中押してやらねーと、いつまでも同僚以上、恋人未満、だろ?」


「もしかして遼平あんた……わざと澪斗に見せつけて……?」

「さぁーな。俺は紫牙の野郎なんざ大っ嫌いだ、あんなヤツがどうなろうと知らねぇよ。……けど、希紗には色々と世話になってるしな」


 相変わらず掴み所のないふざけた態度の裏に、真は彼の優しさを見る。『裏切り者』という名を背負っておきながら、仲間を想える彼に。


「で、でもちょっと待って! じゃあ最後、希紗ちゃんに囁いた『愛の言葉』ってのも演技!? 何て言ったのっ?」

「あ? あぁ、アレは嘘じゃねーよ。本当のことを言ったまでだ」

「本当のことって……遼平、何を……」



『お前は傷つけさせねぇよ、俺が――紫牙に殺されるだろ、あいつの大切な女を傷つけちまったら』



「へっ、お前らにゃ教えねーよ」

「ずるいわよ遼平くんっ!」


 背中をバシバシと叩かれながら、それでも遼平は普段のにやついた笑みを浮かべて。あんな言葉、遼平はもう二度と口にすることがないだろう。……口にする必要が、もう無さそうだから。



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