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第五章『それは愛と呼ぶには儚すぎて』(3)

     ◆ ◆ ◆


 三重になっているセキュリティロックを解除し、玄関の扉を開ける。

 そのまま暗い廊下を歩み、リビングに着いたところで照明のスイッチを入れた。ほとんどの物が白か黒の、生活感の無いモノクロな部屋に光が溢れる。

 普段なら素通りする通信端末が置かれた小さなデスクの前で、ふと澪斗の眼が止まった。端末に、『着信一件有り』の文字が浮かんでいる。


「……?」


 携帯ではなく、自宅用の通信端末に連絡を入れる相手に心当たりが無い。

 端末のキーボードに触れ、着信履歴を確認。相手の名前を見て……澪斗はすぐさま通信をかけ返す。



『はーい、氷見谷聖斗ですけど……って、あ、澪斗!』


 違うパソコンのディスプレーを見ながら横目で通信に出た聖斗が、澪斗の顔を見た途端に一切の仕事を投げ出して嬉しそうに手を振った。双子にして真逆の性格である、澪斗の兄。


「兄上、俺の自宅に通信があったようですが、何かあったのですか? すみませんでした、俺に何か用が?」

『何か用がなくちゃ、君に連絡しちゃいけない?』

「い、いえ、決してそういうわけでは……っ」


 少しだけ上目遣いで哀しそうな声と視線を向けられ、澪斗は必死に首を横に振る。それが、お茶目な兄の演技だなどとは露知らずに。


『澪斗は全然連絡してくれないんだもん、寂しかったんだよ。中野区支部の皆さんは、時折僕に通信してくれるのに』

「あの者たちが?」

『そうだよ、僕を気遣って喋り相手になってくれるんだ。……本当にいい仲間を持ったね、澪斗』


 今でも研究室に引きこもっているのであろう聖斗を心配して、澪斗も知らぬ間に同僚達が連絡していたなんて。弟は小さく、唇を噛み締める。



『それで……最近、希紗さんとはどう?』

「は……希紗、ですか?」


 何故兄の口から希紗の名前が出てくるのか不思議そうな澪斗に、聖斗は呆れたような顔をする。


『もしかして、全く進展してないのかい?』

「進展、とは?」

『君たちの距離だよ! 少しは近くなったかい?』

「距離?? いや、家を引っ越したりはしていませんが……」


 弟の全く見当違いな答えに、聖斗は大きく失望のため息を吐く。それに動揺し、「い、いかがなされました兄上!? 俺が何かお気に召さないことでも!?」とか焦ってる鈍感弟。


『……僕の口からはあえて言わないけど。でもさ、僕もそろそろ妹が欲しいかなー、なんてね』


 その言葉に、弟がはっとして目を見開く。遠回しな言い方でやっと気付いたかと、聖斗は安堵したのに。


「兄上……俺に女になれと……っ!?」


『…………ごめん、君って実は天然だったよね』


 肩をがっくり落として頭を抱える聖斗を見ず、澪斗は俯いて小刻みに震えだす。


「兄上が、望まれるのなら……俺は……俺は女装でも……!」


 必死に自分の中のプライドと戦いながら、澪斗は声を震わせて本気で道を踏み外そうとしていた。


『あ、待ってっ、澪斗ストップ! 意味違うから! ……さすがの僕も、女装癖のある双子の弟は勘弁だよ……』


 よほど兄への忠誠心と自分へのプライドの葛藤が強かったのか、ついには澪斗は画面前で自分のこめかみにリボルバー式マグナムの銃口を押しつけていた。……死にたいほど悩んだのか、澪斗。


「では、どういう意味なのですか、兄上?」

『あはは、もういいよ、気にしないで。きっと君にも、いつかわかるさ。それに……特別な明後日も、君と祝いたかったんだ』

「兄上……俺は今すぐにでも、氷見谷に帰ります。しばらくお待ち下さいっ」

『あ、それはダメ! 澪斗は、ちゃんと中野区支部の皆さんと居なくっちゃ。希紗さんの傍に、居てあげてよ』


 にっこりと穏やかな笑みを浮かべる聖斗に、澪斗は押し黙る。画面には映らない彼の両手は、強く握り締められていた。そして、やや俯いて、兄とは視線を合わせずに。



「俺が希紗の傍に居る必要は、ありません。希紗に……俺は必要無い。俺は、希紗に恨まれても当然の男なのですから……」



 ――――『あんな感謝の欠片もねぇ、無愛想が。お前は紫牙の道具か?』


 希紗のサポートを、当たり前のことだと思っていた。道具扱いも同然だ、彼女に憎まれていても、それは当然のこと。



 独白のような弟の低い声に、兄は眼を細めて。何かを感じ取った聖斗は、『澪斗、顔を上げてごらん?』と優しく温かな声をかける。

 そして澪斗の戸惑いと困惑が絡み合った表情を見て、柔和に微笑む。



『君の心は、もう自由なんだ。少しずつでいい、周囲を見渡してみて? そして澪斗自身の《想い》に、気付いてあげなよ』



 澪斗はまだ、兄の言葉の真意がわからない。そして聖斗は、まだ弟が悟れないことを知っている。

 そんな澪斗の鈍感で純情なところが、聖斗は好きなのだけれど。



『……じゃあね、澪斗。君の顔が見たい時はまた連絡するよ。…………君自身が幸せになれることを、僕はいつでも祈っている』



 子供の頃から変わらない、弟の幸福を見守る笑顔で、聖斗は通信を切断した。

 黒い端末画面に映った男の顔は、不思議そうな困惑のまま。


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