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第四章『愛、乱れて』(5)

「……ここまで明るい場所に出てくれば、あんなやつらも来ねぇだろ」


 とても大きなクリスマスツリーのオブジェが眩しく輝く、広場の隅で遼平はやっと脚を止めた。少し疲れたような様子の希紗を、壁に寄りかからせて。


「悪ぃな希紗、俺のせいで邪魔が入っちまって」

「わ、私はいいけど、遼平が怪我を……」

「あ? こんなの、怪我の内に入らねーよ」


 本人は笑っているが、流血で左手はもう真っ赤だ。希紗はバックからハンカチを取り出し、遼平の長袖を強引にめくって傷口を押さえる。


「……悪かった、希紗。俺の傍にいるヤツはみんな、俺と同じく狙われちまう。だから……本当は、誰も俺の近くに居ない方がいいんだ」


「もしかして……遼平が女性に近づかない理由って――――」


 ――――愛してしまったら、その人まで狙われてしまうから?


「ははっ、妙な勘違いすんなよ? 女の方が、俺に近づかないだけだ。これでいい、これでいいんだ……《破壊者》である俺は」


「何がいいのよっ! 遼平は《破壊者》なんかじゃないって、みんな知ってるじゃない……純くんも、真も、澪斗も、私もっ!」


 己を《破壊者》と断言する彼の瞳には、光が無い。……けれど、濁りも無い。純粋なる、漆黒。

 その闇色の眼で、希紗を見据えて。



「……いいか、希紗。《天性の破壊者》ってのは、そいつが何もかも壊すだけじゃねえ。そいつの意志に関わらず、周囲も勝手に壊れていくもんだ。壊し、壊され、絶望して、最期は心の崩壊と共に肉体が散っていく。……天性の破壊者は、その《定め》から逃れられねぇんだ」



 その《天性の破壊者》だと言うのか、遼平は。彼の瞳にも声にも、迷いは無くて。嘆きさえ……無くて。

 この男はいつから受け止めたのだろう、その悲しすぎる《定め》を。


「ねぇ……、そんな《定め》なんか破ってよ……遼平らしくない、そんなのっ!」


「抗ったさ……俺は何度も、この《定め》に抵抗した。大切なモノを護ろうとした、《守護者》であろうとした。……結局、友を殺し、チビを壊し、俺の手は紅いままだったがな」


 その濃い紅に染まった左手を見下ろして、遼平は自嘲の笑みを浮かべていた。にやついた口元はいつもと同じようなのに、明らかに、己の無力さをわらっていた。

 護れなかった、救えなかった、壊してしまった――――愛していた命。



「……安心しろ、お前は壊さない。傷つけない。必ず……」


 震える希紗の瞳の真意を誤解した、遼平の作られた優しさの顔。そんな男に、女は精一杯の声で。


「私が壊されるのが怖いんじゃないの! 遼平が……誰の手も借りないで、独りで壊れていくのを見ているのが辛いのっ!」



「希紗……。甘いな、お前は本当に。お前は傷つけさせねぇよ、俺が――――――」



 壁を背にして立っている希紗の顔の横に右手を押しつけ、遼平は顔を近づけて希紗の耳元で何かを囁く。その言葉に彼女は目を見開き、一瞬で頬を赤く染めた。











「きゃーっ、二人とも顔近いっ、近いわっ!」


「この空気って、このまま口づけとかになるんか……?」


「キッ、希紗チャンの唇は奪わせないヨー!」


「ちょっとアンタたちぃっ、遼平ちゃんが何て言ったか聞こえなかったじゃないン! もっと静かにしなさいよンっ!」



 ……やっぱり見ていた、不審者集団……もとい、『愛の探偵団』。物陰に隠れているつもりだろうが、さすがにシュンも参加した六人では、押し合い圧し合いで大変な状況になっている。



「ちょっと瞬ちゃん! 今、遼平ちゃんが何て言ったのか、瞬ちゃんなら聞き取れたわよねン!? 何て言ったのっ?」


 地面に耳をつけて聞き取っていた……と言うよりは、五人に押し潰されてアスファルトにうつ伏せになっていたシュンの背を、バシバシと梅男が叩く。あれでは、喋ろうにも声が出ないだろう。


「朽縄殿……そろそろ我らは本社に帰りますぞ。これ以上、本社を我らが留守にするのはいささか危険故。風薙様も、報告を待っていらっしゃるでござろう」

「えっ、嫌よンっ、これからが盛り上がるトコロじゃないのン! 遼平ちゃんはアタシだけのモノなのにぃぃぃ〜ン!!」

「はいはい、良い大人でござろう、我が儘を言わぬように。……霧辺殿、本日は大変楽しませていただいた。我らは本社に帰りまする」


 オモチャを買ってもらえず駄々をこねる子供のようにジタバタする梅男を、ズルズルと引きずりながら帰ろうとするシュン。彼に、引き留めの声をかけたのは真だった。


「待てやシュン、あんた情報部部長やろ? あの性悪フォックスに、盗撮・盗聴やめるように言うとけや。他人に変な写真ばらまかんようになっ」

「ふふっ、あの狐めはそれが生き甲斐でござる故、きっとやめられないであろう。……まぁ、耳には入れておくでござるよ」


「今日はロスキーパーの三大側近が見レて嬉しかったヨー。マタ会おうネ、シュン君〜」

「うむ、バテレンの情報屋よ、拙者も貴殿とはいつかじっくり語り合いたいものよ」

「オゥ、ボクは一度も『情報屋』だナンテ言ってないケド? さすがだネ〜、ピエロ君」

「……貴殿も、あなどれぬな。ますます、いつか貴殿と会える時が楽しみになったでござる」


 青年と外人は、純粋に楽しそうな笑顔を浮かべていた。まるで、旧知の仲の友のように。同業者にして異種族の、二人の情報屋。



 まだ愚痴を零している梅男は無視し、シュンが一歩を踏み出そうとした、その時。


「……シュン」

「なんでござろうか、紫牙殿?」

「貴様には聞こえたのだろう? 蒼波の、先ほどの言葉が」


 疑問系になってはいるが明らかに確信を持っている澪斗の言葉に、シュンは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「気になりますかな? 紫牙殿」

「…………」

「シュンくん、聞こえたのなら私達にも教えてっ」


 友里依と真、そしてフェイズと急に黙った梅男の視線が集まるが、シュンはただ澪斗の眼だけを見つめていた。……そして、わざと焦らした間を置いてから。




「蒼波殿の愛の言葉……実に清純であった。中野区支部が、拙者はとても羨ましいでござるよ」




 その言葉を聞いて唖然としてしまった者達を残し、シュンはまだ残っていたバラの花弁を掲げた右手から風に乗せる。

 桃色の花が降り終わった時、そこにはもうドレスの女性も、ジャージの青年の影も無かった。


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