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第四章『愛、乱れて』(4)


「私、遼平って身なりに気をつければそれなりにモテると思うのよねー」

「あぁ? いきなりなんだよ」


 希紗が、街案内の大きな看板を見ながらふと口を開く。先ほどからそこに立ち止まって看板で何かを確認している彼女の横で、遼平は訝しげな声を返した。


「だから、性格も荒っぽいけど面倒見の良いトコとかあるし、実は敏感だし。顔だってそんなに悪くないんだから、身なりをキチンとしたら女性に好まれるかもよ?」

「けっ、俺は、俺に合わせる女がいいんだよ。……それに……俺はこのままでいいんだ」


 最後の一言は、騒がしい雑踏に掻き消されそうな、低く小さな声。その声色を疑問に思った希紗が遼平に振り向いた瞬間、いきなり、



 抱きしめられた。



「りょ、う……へい……?」




















「こういう日ぐらい大人しくしてらんねーのかよ、てめぇらみてえなクズは」


 呆れと嘲笑、そして憎悪のこもった声。右腕で希紗の身体を庇いながら、遼平の構えられた左腕はいきなり突撃してきた男の包丁に突き刺されていた。


「鬼め……死ねええぇ!!」


 そのまま男は、出刃包丁で遼平の左腕を縦に引き裂く。いきなりの刃物を持った男の襲撃に、周囲の一般人達が悲鳴をあげた。


「ったく、こんな表社会にまで出てきやがって……そんなモノで俺が殺せるとでも本気で思ってんのか?」


 左腕に突き刺さった刃物を、遼平は腕の一振りで強引に投げ捨てる。そして、噴き出す出血にも関わらず、渾身の左アッパーを男にブチかました。

 たったそれだけの一撃で、泡を吹いてアスファルトに倒れる男。だが、どうやらその後ろからも、同じような目的の男達が数人、こちらへ向かってくるようだった。


「……ま、今日はてめぇら、運が良かったな。俺の機嫌がいいことに感謝しな、ザコども」


 普段なら、場所などお構いなしで乱闘を始めるのに。何を思ったのか、遼平は突然、希紗の身体を抱き上げる。……いわゆる、『お姫様抱っこ』の体勢で。


「しっかり俺に掴まってろよ、希紗!」


「えっ、ちょっとっ、遼平ー!?」



 先ほどまで見上げていた街案内の看板に飛び乗り、そこから低い建物の屋上まで一気に跳躍。強く遼平の首に抱きつきながら、希紗は空を飛んでいるような浮遊感に鼓動が高鳴った。……いや、もしかしたら、力強く抱いている、彼の体温に。


「にっ、逃げるのかっ、卑怯だぞ鬼! お前は『最強』の称号を持つ誇りが無いのか!?」

「バーカ、『逃げるが勝ち』って知らねぇのか? 誇りなんざ、ハナっからねーんだよ!」


 「俺は結局、アイツに勝てなかったんだからな……」という低い呟きは、顔が近い希紗にしか聞こえなかった。低めの屋上から、凶器を手にした男達を見下ろす。



「午前の殺気はお前らか……? いや、違うな、質が違ぇ。生半可な勢いで来るんじゃねーよ、俺を襲うんだったら……死ぬ覚悟をしてこい」



 そう言い残すと、男は女を抱いたまま違うビルへと飛び移って消え去った。



     ◆ ◆ ◆



「……シュン、あんた……わざと逃がして試しおったな?」


「はて、何のことか拙者にはわかりませぬな。……それにしても……蒼波殿の《守護者》としての確実な技量の成長、我が目で見届けたでござる」


 表街路が覗ける位置に、『愛の探偵団』達は居た。真に疑いの目で見られ、シュンは微笑のまま肩をすくめる。そして、未だ膝をついた姿勢のままの夫を心配する友里依に、小瓶を渡して。


「霧辺殿に怪我を負わせてしまったのは、拙者の失態が故。これは甲賀に伝わる塗り薬でござる、どうかお納めを」

「あ、ありがとう……」


 友里依が真の傷口へ薬を塗る間、梅男は裏路地の壁に寄りかかりながら、警察が刃物男達へ駆けつけていくのを他人事のように見ていた。しかし、ふとルージュの口元に笑みを浮かべて。


「瞬ちゃん、風薙のおじ様の退屈にも困ったものねン」

「はてはて、朽縄殿まで奇異なことを仰る。拙者は影として、駆けつけただけでござるよ?」

「もう、瞬ちゃんってば忍なのに嘘が下手ねン。アタシが『面白いことを見つけた』なんて伝言しちゃったから、おじ様のことですもの、瞬ちゃんを観察役にさせてくると思ってたわン」

「ふふっ、風薙様のご命令が無くとも、情報屋の性、拙者は観察に来ていたでござろう」


 「好奇心は、情報屋の最高の武器にして最大の弱点でござるよ」と、小さく付け足して。「情報部部長も大変ねン」と、やはり他人事のような梅男の囁き。




「シンっち、痛む? ごめんなさい、私が……」

「大丈夫、こんくらい全然平気やって。ユリリンが無事でホンマ良かったわ」

「すぐ無茶するんだものっ、シンっちが血を流すところ……見たくないのに……」


 薬を塗り終わってから、友里依は心配そうに傷口へそっと指で触れる。その手を、夫は真剣な顔で握って。


「ワイはユリリンを護って死ねるなら本望や。ワイは、ユリリンを愛するために生まれてきたんやから」


「シンっち…………、やっぱり大好きー!!」

「ワイだってぇぇー!!」


 泣きそうなくらい破顔しながら激しく抱き合う夫婦に、慣れている者と慣れていない者は対応が違う。



「澪斗クン……これぞ神の領域の愛なのカナ……?」

「情報屋、これを日本では俗に『バカップル』と呼ぶらしい。覚えておけ、そして絶対にこういった人間とは関わり合いになるな」

「中野区支部……色々と大変なんだネ……」

「……まぁな……」


 こんな変態情報屋にまで同情され、澪斗は深くため息を吐く。何故だか無性に、本社が恋しくなった。本社は本社で、変なオカマや老人がいるのに。




「さ〜てっ! 一悶着あったけど、『愛の探偵団』、再び追跡を開始するわ!!」


 すっかりテンションを取り戻して立ち直った友里依の、堂々の犯罪一歩手前宣言。


「デモ、遼平クンをすっかり見失ッテしまったヨ? ドコマデ逃げたのかわからないし……」

「問題ないわ、梅さんっ、シュンくん!」

「なにかしらン?」

「な、なんでござろうか?」


 振り返って、友里依はどこからそんな自信が湧いてくるのか、確信の笑みを浮かべていた。


「梅さんは、《乙女の直感》で遼平くんがどっちに行ったか探ってください。シュンくんは、忍術でも忍法でもなんでもいいからとにかく二人を見つけて!」

「オッケェ〜イ、アタシの『遼平ちゃん探索アンテナ』がビビッと反応しちゃうわよ〜ン」

「いや、あの、友里依殿? 拙者の忍術はそう易々と使用が許されていないものでして……」


 細い身体をくねらせて何やら怪しい動きを始めた梅男の横で、シュンは戸惑う。真に剣術流派の守るべき《道》があるのと同じく、忍にもルールがあるらしい。



「天下の三大側近の一人ともあろうシュンくんが、仲間ウチのシンっちに怪我させるような失敗したんだもの、それくらいやるわよ、ねぇ?」



「ぎょ、御意……」


 『なに軽々しく失敗してんだコラァ、今度は役に立てよっ、ござる野郎!』(翻訳・シュン)という真っ黒なオーラを友里依の笑顔の背後に感じて、シュンは怯えながら疾風のように遼平と希紗を探しに行った。



「ゆ、ユリリン? あの、ワイそこまで傷深くないし……シュン、今ちょっとだけ泣いて……」

「あの三大側近をここまで扱えるのは、裏社会広しと言えど、風薙と友里依だけかもしれんな……」

「乙女の愛は強し、ダヨー」




 ……この後、僅か五分で見事遼平達の居場所を発見してきたシュン(疲労困憊絶頂)のおかげで、『愛の探偵団』は再び動き出す。



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