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第四章『愛、乱れて』(3)

 一斉に駆け出した闇の前に、立ち塞がった影があった。

 表街路に背を向け、蠢く闇の者達の道を塞いだ五人が。


「なんだお前ら! そこをどけっ」



「……ひとーつ、人の恋路を邪魔するアホでェ、」

 右腕に握った棒状の物体を肩に乗せた、訛りのある男の言葉。

 

「ふたーつ、不埒で無粋なおバカさんはン、」

 妖艶な、皮膚にねばりつくような粘着質の甘ったるい声。


「みーっつ、ミンナで袋叩きにシテッ、」

 見上げるほどの巨体そして、同じほどの大鎌。




「私達『愛の探偵団』が退治てくれよう、月に代わってぇ……惨殺よっ!」

 その五人の中央に仁王立ちした、若い女がビシッと闇へ指を差す。





「ユリリンっ、『惨殺』はマズいって! ここは半殺し程度でエエんよっ」

「えーっ、だってコイツらすっごく腹立つしー!」

「アタシは構わないわよン、惨殺でも拷問でも〜」

「俺だけ……台詞が無い……」

「澪斗クンは本当にタイミングが悪いネー。ホラ、今のうちに何か言ってオケバ?」


 急にトーンの上がった変な妨害者達に、蠢く闇達は動揺していたが、すぐに怒りの形相に変える。


「どけえぇ! 《鬼》を潰すのは俺達だ!!」


「……ねぇシンっち、これってどういうこと? なんで遼平くんと希紗ちゃんが狙われてるの?」

「正確には、狙われとんのは遼平だけや。この裏東京で知らない者はおらん、紺色の髪を持つ《鬼》のこと」


 友里依に危害が及ばないように肩を抱き寄せた夫に、妻は今更ながら不思議そうに問うた。真は、しっかり友里依を抱きながら闇を睨んで答える。


「なんで遼平くんは……」

「蒼波を『最低最悪の裏切り者』という呼び方をするのは、過去、スカイの傘下に居た者だけだ。他の者にとっては、『最強』の称号が新たな者に受け継がれたようにしか見えん」

「ツマリ、白鷹翼クンを殺した《邪鬼の権化》蒼波遼平クンは、現在裏東京で『最強』の名を冠する者なのサ〜」

「だからン、こういった下品な坊や達がその称号をめぐって、時間場所構わず襲うのよン」


 至って冷静な言葉達に、友里依は「そんなっ」と反感の声をあげる。彼はただ、平和に休日を過ごしているだけなのに。街を歩くだけで、襲撃されるというのか?


 そんな理不尽が常識なのだ、この闇の世界――――裏社会は。



「アタシ、確かにワイルドな子が好みなんだけれど、アナタ達みたいな野蛮なタイプは嫌いなの。消えてくれるン?」


「この……っ、クソババアが!!」


 一番か弱そうな熟年女性へ、犬歯をむき出した男が突進していく。その様子に、真は「あーァ……」と手遅れのため息を静かに吐いて。


 野太い大蛇に絡みつかれた男の身体は呆気なく宙へ浮き、次の瞬間にはコンクリの壁に埋め込まれる。



「『麗しいお姉様』と呼びなさい、クソガキども」



 とても『お姉様』なんて呼べないようなドス低い声で、梅男は右手の大蛇……否、長いむちを地面に叩きつける。まるで、獣を調教するように。

 瞳に光るのは獰猛で狡猾な色。右腕の一払いで、一気に六人もの大の男が鞭で壁に飛ばされていく。まるで新体操のリボンのように、自由自在に大蛇を操る姿はまさに、《蛇使い》。


「あーァ、あの梅はんを怒らせてもうた……ワイ、どうなっても知らんで」

「これしきの敵、朽縄一人で倒せるのではないか?」

「すごい……まるで踊ってるみたい! バラが舞っているように見えるわ!」

「……ッテいうか、本当にバラが降ってるケド?」


 とても清々しそうな笑顔で、舞い落ちるバラの花の中を踊っている梅男。薄汚い路地がピンク色のバラに埋め尽くされていく。


「あぁンっ、もっと、もっとよン! 瞬ちゃん、もっとアタシに美しいバラを!!」


「……まったく、朽縄殿は人使い……否、忍使いが荒くて困りまする」


 今日聞いたことのある声に友里依がふと上空を見上げると、ビル壁に走るパイプに脚を引っかけて、逆さまの体勢でバラの花を撒き散らす青年がいた。


「シュンー、今日もお疲れやなー」

「霧辺殿、貴殿も戦ってくだされ。朽縄殿だけに動かれては、拙者の身が持ちませぬ」

「わかったわかった、ならもう降りてこいや。久々に《動きを把握》しておかんと、また集められた時に厄介やしなァ」


 抱き寄せていた友里依の身体を離し、真は肩をほぐす。歩み始めた彼の横に、いつの間にか黒ジャージの青年。


「……情報屋、俺達の出る幕は無いぞ」

「オーケー。じっくり観察させてもらうヨー」

 表街路近くまで引き下がり、友里依と澪斗、フェイズは見つめる……闇に潜む多勢と、それに挑む三人を。




「瞬ちゃん、久々に《三大側近》で暴れたいのよン」

「このような輩……我らが風薙様の側近が相手することもありますまい?」

「エエやないか、久しぶりに三人で会えたんやし。手合わせ、願おうやないか」


 それぞれが浮かべる笑みは、色は違えど明らかな余裕。形容できない空気……つけいる隙など何処にもありはしない、三人の静かな闘志。



「アタシ達、《ロスキーパー三大側近》がお相手するわン、坊や達。……この《猛将スネーク・チャーマー》が」


「ワイ、この二つ名あんまり好きやないんやけどなァ……《聖罪剣士》、手加減はせぇへんで?」


「下劣な輩には天誅を加えるのみ! 《忍び刀のシュン》、殲滅して参る!!」



 かつて風薙社長の下に集った、一騎当千の猛者達が今、再び牙をむく。




「《動》の章、第二技、閻魔!」


 一刹那で、三回もの斬撃。木刀だから斬れないとはいえ、右膝、左胸、鳩尾を強打され、激痛で呻きながら男は失神していく。

 左斜め後方、死角に立った男を真は蹴り飛ばし、反対側へも木刀を振るうが、上空がガラ空き状態。狂気か狂喜か、奇声を発しながら真の上空から刃を振り上げる者が三人。


「……今のワイらに、死角なんて無いで?」


 黒く、何か短い刃が真の上空にいた者達を直撃、服を貫通して壁へそのまま縫いつける。混乱する頭で男達はその物体を見ると、二十センチほどの刃の、短刀のようなモノ。

 魔法としか思えない……壁に両足を付けた青年が、重力に逆らって横向きに立ちながら放ったのだ……もはやこの時代で知る者少ない忍具、『クナイ』を。


「な、んだアイツっ、壁に……!?」

「ほう、壁伝いの技がそんなに珍しいでござるか? 現代人は脆弱なり」

「は……っ?」

 そう、今、前方の壁に立っていた青年を見ていたのに。声がしたのは、確実に自分の背後。恐怖すら覚えて、振り返れば。



「火遁・灰燼烈火の術ッ!」


 青年の息から、一気に火炎が燃え広がる。それに驚いた者達は、腰を抜かしたり、逃げ惑ったりして一気にパニックに陥った。


「相変わらず敵には容赦無いなァ、シュン。もうちょっと火力弱めな、ホンマに灰になってまうで?」

「そう言う霧辺殿も相変わらず人情が厚いようで。抜かなければ、刃は錆びてしまいますぞ」

「ワイが抜刀せんでも勝てるんが、我ら《三大側近》、やろ?」

「ふふっ、そうでござったな。かつて三人で共に過ごした頃を思い出してしまいまする」


 感情を表に出さないとされる忍者の、邪気の無い笑み。真と背中を合わせ、思い出しているのだろう。……過去、あらゆる苦楽を共にしてきたことを。


「いや〜ンっ、瞬ちゃんと真ちゃんがイイ感じで楽しそうじゃないン! アタシももっと楽しみたいわンっ」

「あはは、すんません梅はん、真面目にやりますんで」

「朽縄殿の嫉妬も困ったものでござるな……霧辺殿、早めに片づけますかな?」


 「せやなァ〜」と苦笑を浮かべる真のどこにも、焦りなど見られない。けれど、瞳には油断の色も無い。軽い会話を交えているようで、彼らは確実に闘志を集中させている。



「美しく舞いなさい、痛みは快楽よン?」


 何重にも鞭を身体に巻かれた男は、梅男の腕一振りで宙へ投げ出される。鞭を振り解いた反動で身体は回転し、やがて轟音と共にアスファルトへ落下、重力の何倍もの衝撃。

 柔軟な大蛇は何度も男達を壁に叩きつけ、潰し、絡めとる。梅男の鞭が届く範囲は、シュンや真のフォローが要らない。


「……なんちゅーか、梅はんも相変わらず、やなァ……」

「あの嗜虐的な振る舞い……非情に徹する拙者でも真似出来ませぬ」

「シュン、あのなー、あーゆーのって現代では『S』って言うんやで」

「エス……? 『江洲』?? ふむ、現代語は奇なり……」


 この青年、一体どんな環境で育ってきたのだろう。まさか、おとぎ話のような『忍者の里』出身とかなのだろうか? ……あの風薙社長がスカウトした人物なら、あながち有り得ない話でもないから怖い。


 

 

「さて、一通り楽しんだし、そろそろ終わらせるわよン? 久しぶりに《アレ》でいくわ。やれるわねン、真ちゃん、瞬ちゃん?」

「懐かしいでんな〜、了解!」

「御意ッ!」


 まだ半数近くの男が猛っているというのに、三人は最終形態に入る。残りの数、約三十人余り。



 スッと三人が静かに息を吸う音。敵からの殺意など、もはや彼らの精神集中の前では無に等しい。

 やがて、一番最初に眼を見開いたのは、シュン。地へしゃがんで左手をつき、右指で印を結ぶ。

 そして。



「土遁・大地爆乱の術ッ!!」


 男達の足下のアスファルトが一気に爆発、多くの巨体が軽々と宙へ飛ぶ。もちろんこれは、素早く移動しながらシュンが今まで密かに仕掛けていた地雷を起爆させたからだ。


「《静》の章、第四奥義、輪廻!」


 足場が無くなって吹き飛ばされた男達よりも高く、跳躍する影があった。無防備に浮くその身体達を見下ろし、両手で構えた黒刃で素早く円を描き、刀が巻き込んだ風の渦ごと衝撃波を打ち落とす。

 その暴風、波動に一気に地面へ叩きつけられる者達。しかし、最後にして最悪の男が、この時を待ち構えていたのだ。


「散りなさい……坊や達はココで塵になるのがお似合いよン」


 真の攻撃があまりに強力なために、地面に叩きつけられた後、一度だけ僅かに身体が跳ね上がる。その瞬間を、神業に近いその刹那を、梅男は待っていた。

 ほんの少しだけ地から離れた身体を、大蛇の尾がうねりながら壁に、地に、肉体同士に、強打させる。真がわざと地に落ちるタイムラグを付けた順に、跳ね上がる者を刹那に見抜き、鞭は自在に敵へと伸びるのだ。

 この三人の最終連携技を受けて、立ち上がった者は存在しない。存在し得ない。



 圧倒的にして、必然的な、勝利。




 静かになった裏路地で、アスファルトが砕けたせいで僅かに砂塵が舞う。倒れた無数のゴロツキ達は、後悔する一瞬さえ与えられなかったのだ。


「あぁ〜ン、久しぶりにたくさん暴れて、お姉さん大満足よン。二人とも、腕は衰えていないようね〜」

「……否、拙者としたことが、失態をおかしたようでござる」


「っ、ユリリンっっ!!」


 最初の一撃、シュンの術に巻き込まれていない者が僅かに数人、残っていた。彼らは空いてしまった空間、友里依達の方へ一斉に飛び出していく。

 真が、その特殊な流派の移動術ですぐさま友里依まで駆け出す。フェイズも、澪斗さえも反応できない不意の突進に、一般人の友里依が動けるはずもない。


「シンっち……!」


 反射的に目を閉じた友里依に伝わる、温かな衝撃。妻を抱きしめた夫の左肩が、邪魔な女を切ろうとしていた刃物によって裂かれていた。

 大切な愛妻を抱いた姿勢のまま、真は膝を落とす。友里依を護れた安堵を思った次の瞬間、真は出血する傷口も気にせずに表街路に振り返っていた。

 咄嗟に動いた為に、忘れていたのだ。この男達の、本来の目的を。


「シンっち! シンっちっ、血が……っ!」

「ワイのことはエエっ、遼平と希紗がっ!!」


 そうだ、彼らの目的は、《鬼》を殺すこと。もう表街路へ飛び出していってしまった男達を、真は追うことが出来ない。



「逃げろ……っ、遼平ー!!」



 息を切らした真の、それでも必死な叫びは、《鬼》に届かない。


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